ちが、そんなつもりじゃ…… 18
視線の先では次郎が大蛇を相手に真正面からぶつかり合っていた。
紅き蛇は無軌道な暴虐を振り撒くのを止め、次郎だけを敵と見做している。
それすなわち他一切が脅威にもならぬ塵芥であるということ。
(紅き蛇、か)
藤馬の目から見て今の次郎ではかなり厳しい相手だ。
あの夜、垣間見た六枚羽根でもなければ勝てはしない。
(そのはず、なんだがなあ)
今も劣勢を強いられているが不思議と負けるとは思わなかった。
自分が支援するから? いいや、今だって何もしていないしこれからもする必要性は見出せない。
理屈で考えれば支援をするべきだと分かっているのにだ。
「ッ……一族の未来を占うこの大戦に如何なる道理で部外者が割り込む?!」
保守派純愛派、共に自然と一人と一匹の戦いからは距離を取っていた。
そこでようやく我に返った保守派の首魁が次郎を糾弾する。
「打算と義理!!」
「んなッ」
あまりにも簡潔で堂々たる次郎の答えに首魁がたじろぐ。
ただ視線一つ寄越さず言ってのけたのが癪に障ったのだろう。
首魁は直ぐに先ほどよりも刺々しい声で叫ぶ。
「そのようなくだらない理由で……!!」
「くだらなけりゃ俺はもう死んでるよ」
悪魔の腕で光線を散らし人間の腕で横っ面を殴りつけながら次郎は言う。
「今こうして戦えている! それが全てだ!!」
「ぬぐぅ!?」
あまりにもスロエ好みの振る舞いだと藤馬は苦笑する。
一週間程度の付き合いだがスロエ族の好みぐらいは大体、察せられる。
小難しい理屈を捏ねることを嫌い、堂々と一本筋の通った言葉と行動を好む。
(首魁が刺々しくしてるのもちょっと良いなって思ってるからだろうな)
派閥を率いる長としてグラつくところを見せるなぞ言語道断。
それゆえ意識して過剰に棘を見せているのだろう。
「……渚、次郎は一体何者なんだ?」
「さあ? 強いて言うなら奇妙な星の下に生まれた王子様ってとこかねえ」
それより、と藤馬はエリザに問う。
「結局俺らはどうすんの?」
「……むぅ」
次郎は話も聞かず飛び出したが当初、エリザは精鋭を率いて共に紅き蛇と戦うつもりだった。
だがタイミングを逸してしまいこうして動けずにいる。
「何考えてるか当ててやろうか?」
そんなエリザに藤馬は楽し気に語り掛ける。
「理屈で考えりゃ次郎の救援に向かうべきだ。なのにそうすべきではないとも思っている」
恐怖ゆえ? 違う。
恐ろしくはあるだろうが恐怖を抱きながらもそれを制して戦えるのがスロエの女だ。
「味方を危険に晒す? いや違う。次郎の目的を考えれば単独でやらせるのが良い? これも違う」
ならば何が理由で動けずにいるのか。
「理屈ではない深い部分でこの戦いを見守るべきだと思っているからだ」
「……うむ。私自身、何故そう思うのかは分からないのだが」
こんな不確定な感情で異邦の友を見捨てるべきではない。
やはり動こうとエリザが口を開きかけるが、
「見守りましょう」
「愛衣!?」
愛衣がそれを遮った。
「この世界で多少、不思議な力を得はしましたが私は闘争とは無縁のただの女」
それでも分かることはあるという。
「明星くんは手のかかる子です。結構だらしないし易きに流れがちで頑張ることが好きではありません」
でも、と愛衣は次郎を見つめたまま続ける。
「自分のことだけなんです。誰かのため一度背負うと決めたらめならどんな苦労も厭わない」
今もそうだと愛衣は心底から嬉しそうに笑う。
「私のこと、エリザさんたちのこと、あそこに居る保守派や純愛派の人たち」
次郎の背には沢山のものがある。
それが彼に力を与えているという愛衣の言葉に藤馬もだろうなと笑う。
「誰かのために頑張っている時のあの子は夜空に煌めく星のように眩い」
彼ならきっと成し遂げられると心の底から信じられる。
「だから今は静観で良いと思います。ふふ、男の子のカッコいい姿を拝見させて頂きましょう」
口元に手を当てクスクスと上品に笑う。
「とはいえ背負ってくれるのだから甘えてしまえというわけではありませんよ」
本当に危ないと思ったら次郎は迷いなく助けを求めるだろう。
「……独り善がりな人間とは違いますからね」
少し滲んだ自嘲の色を散らすように愛衣はこう締め括る。
「その時助けになれるようここでしっかり敵を観察しておくのが私たちの役目かと」
「……うむ、我らより付き合いの長い愛衣がそう言うのであればそうなのだろう」
相分かった! と元気良く返事をしてエリザはどかっと腰を下ろした。
「うん?」
「どうかしましたか?」
「戦士ではない愛衣には分からないかもしれないが少し、奇妙だと思ってな」
落ち着いて戦いを観察できるようになったからだろう。
エリザは首を傾げながら藤馬に話を振った。
「藤馬、同じ戦士である君ならば分かると思うが紅き蛇と次郎、力の差は大きい」
「まあそうだな」
「愛衣が語った理由で気分が乗りに乗っているのは確かなのだろうが」
奇妙だと再度エリザは言う。
「精神状態によるプラスを考慮した上でもかなりの不利は揺るぎないはず。
だというのに見立て以上に次郎が渡り合えているような気がしてならんのだ」
勿論、自分の見立てが間違っている可能性もあるがと零しエリザは首を傾げる。
(……やっぱり妙だよな)
自身が支援の必要性を感じさせない原因の正体。
それもエリザが感じているものと同じなのだろう。
藤馬は改めてその理由を考察し……一つの解に行き当たった。
(――――蛇?)
邪悪さや狡猾さを表現する際、よく蛇のようにという言葉が使われる。
そのことからも分かるように悪と蛇というのは親和性が高い。
アダムとイヴが楽園を追われる切っ掛けになったのも蛇だ。
一説によると原初の二人を唆したその蛇はルシファーとも同一視されるサタンの化身であるという。
表の神話でなく裏の歴史で語るならその蛇は正にルシファーだ。
そしてルシファーが数多く備える特性の一つ蛇への特効があるという。
魔王の血を引く次郎もまた邪悪な蛇に対する特効を備えていてもおかしくはないだろう。
(この世界は陰キャ小娘の完全オリジナルってわけじゃねえ。下敷きとなったものが存在する)
それは現実の神話であったり伝承であったり。
ならば蛇に対する特効が働いていても不思議ではないだろう。
だが問題はそこではない。注目すべきはこの“マッチング”だ。
(格上で、それでいて相性の良い敵。自ずから奮起せざるを得ない状況……)
あまりにも符号し過ぎている。これが偶然だなどと考える方がおかしい。
我が子に力をつけさせようという傲慢な親の意図があからさまに透けて見えるではないか。
(陰キャ小娘を見出した連中もこれでもかというほど裏を取った)
そしてルシファーの関与はないと断定した。
だというのに、だというのにだ。外側からではなく内側から見ればこうもあからさま。
(ならば赦されざる天使たちに接触した俺の行動すらも……)
今にも明けの明星の嘲笑が聞こえてきそうではないか。
◆
(いや強えなオイ!?)
蛇の尾が鞭のようにしなり俺に叩き付けられる。
その衝撃と大地に叩き付けられた衝撃。
ダブルショックサンドで血反吐を撒き散らす俺はさぞやみっともない感じだ。
(これならイケとか言った奴誰だよ俺だった……)
ああもうホント、キッツイ。
何やってんだろうって俺の中の冷静な部分が呆れてる。
けど、俺の中の一番熱い部分はここからだとテンションブチ上げてやがる。
(……そう、そうだよな)
炎で傷を癒しながらちらりと遠くでこちらを伺う人たちを見やる。
エリザさん、先輩、藤馬……いや藤馬はどうでも良いな。
エリザさんやスロエの皆は言ってしまえば夢の中の住人だ。
けど、それが何だっつー話よ。
袖触れ合って言葉を交わした以上、そいつは本物の人間と変わりはしない。
だったら戦わないと。
(そして、聖先輩)
俺のせいで巻き込まれてしまった尊敬するすげえ先輩。
こんな非常識極まる状況だってのに見ろよあの顔。
俺が何とかするんだって信じて疑ってもいない。
(応えないと……いや違う)
そうじゃない。
(応えたいんだ。どうしようもなく、他でもない俺自身が)
また、無明の虚から力が湧きだした。
「――――財布のお守り程度があんま調子こいてんじゃねえぞ!!!!」
追撃をすり抜け一息に奴の顔面まで飛翔。
間抜けな大口から覗くその牙に向け力いっぱい悪魔の拳を叩き付ける。
≪おぉ!?≫
バキィ! と小気味良い音を立ててその牙が圧し折れた。
歓声が酷く心地良い。
「もっとだ! 星々よ! もっと俺を照らせ! ここが俺の檜舞台だ!!」
あちこちの傷口から流れ出す血を操り鮮血の蛇に変え紅き蛇に噛み付かせる。
【±■≡▽+儿宀从亠丶亡亡亡!?!?】
「この程度でぴーぴー言ってんじゃねえぞオラぁ!!」
ノリで鮮血の蛇を通して奴の血を吸ってみたんだが体がめっちゃ熱い。
そういや蛇って精力剤とかそういうののの材料に使われることあるんだっけ?
「まあ良いか! オラ! ギャラリー! 何やってんだ!?」
突然、声をかけられた保守派と穏健派の戦士たちが軽く仰け反った。
「今夜、旧く忌まわしい物語に幕が下りて新しい伝説の幕が上がるんだぜ!?」
その生き証人になろうってんだ。
「もっと沸かせ! 更にブチアゲんぞ!!」
俺がそう煽り立てるとスロエの戦士は敵も味方もなく雄たけびを上げた。
女のそれじゃねえなと思いつつ、ノリとしてはこれが正解だと俺もめいっぱい哄笑を上げる。
(何か気付けば戦局逆転してらぁ)
多分、このままでも普通に勝てるだろうけど……どうせなら勝ちにこだわりたい。
名を上げるって目的のためでもあるが、それ以上に俺が派手にやりたいのだ。
蛇を蹴り飛ばしながら思案していると天啓のようにそれは導かれた。
滞空したまま両腕をめいっぱい左右へ突き出す。
「飛鳥! 了!」
力いっぱい左拳を握り締める。
薬指に嵌められた指輪から闇が噴き出した。
「ミア先生!!」
力いっぱい右こぶしを握り締める。
中指に嵌められた指輪から光が溢れ出した。
「力、借りるぜ!!」
燃えるような奔流がそれぞれ光と闇の剣に変化した。
五メートルはあろうかという刀身もお構いなしに、力いっぱい振るう。
光と闇の斬撃が空を駆け抜け紅き蛇を切り裂く。奴はもう虫の息だ。
「はっ」
二刀を重ね合わせるように頭上高く掲げる。
刀身が解け力の奔流となり混ざり合って先ほどよりも巨大な一本の剣が鍛造される。
そしてめいっぱい体を逸らして、
「――――じゃあな!!!!」
力いっぱい振り下ろす。
光と闇、神々しさと禍々しさが両立するその刃は紅き蛇と大地を深々と両断せしめた。
血霞にも似た蒸気となり紅き蛇は消滅した。
痛いほどの静寂が雪原を満たす。
俺は剣を消滅させると小さく笑い高々と右腕を天に向け突き上げた。
≪ぉ……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!≫
割れるような歓声が響き渡った。
色々考えなきゃいけないことやらなきゃいけないことはある。
でもそれらは一旦、置いて言わせてくれないか?
(めっちゃ気持ちエエ……)
やっぱこれひと夏の思い出カウントで良いかもしれん。
明けの明星の嘲笑(幻聴)
次で脱出その次でこの章終了になります。




