ちが、そんなつもりじゃ…… 14
紆余曲折あったものの藤馬がパーティ入りすることとなった。
日影ちゃんはクソほど不満そうだったが、
『次郎と楽しく冒険してえって気持ちは分かるがよく考えろ』
『な、何をです』
『この世界の支配権を握られてるってことは生殺与奪を握られてるも同然なんだぜ?』
自分の命を誰かに預けたままで良いのか? という説得により渋々受け入れた。
ただ飛鳥、了の話を聞くにこれ嘘だよねっていう。
檻としての強度を高めるためにその他の部分をマイナスにしてるらしいじゃん?
日影ちゃん自身も創造主つっても命をどうこうできないとは言ってたし。
ただ彼女は素人だ。
『お前の箱庭建造に携わったのはやり手の悪魔ばかりだ。お前じゃできないことも当然、できる』
プロにこう言われたらそういうもんかと思うのも止む無しだろう。
ちなみに思いついたらしい脱出に必要な俺覚醒の作戦だが、
『詳しいことは赦されざる天使たちと合流してからだな。これには奴らの協力が必要不可欠だからよ』
ぐへへ! とのこと。
飛鳥と了は何やら嫌な予感を覚えたらしいが現状、コイツに頼らざるを得ないからな。
藤馬と同じぐらい頼りになるであろうミア先生が合流するまでは受け入れるしかない。
とまあそんなこんなで五人パーティとして仕切り直し冒険を再開したわけだが、
「……フッ、どうしよう」
俺は今、豚箱にぶち込まれていた。
俺を閉じ込めるための世界の中で更に檻にぶちこまれるってどういうこったよ。
「何でこうなったんだっけ」
ズキズキ痛む頭で記憶を辿ってみる。
確か、そう。藤馬と合流してから二週間ぐらいだったか。
星の王子様ご一行は北を目指して険しい雪山を進んでいた。
寒い時期に更に寒いとこ行くとか正気を疑うかもしれないが当然、理由はある。
現状、先生とレモンの手がかりは皆無。
だったら名を上げられそうなイベントを求めて彷徨うついでに行く先々で二人を探そう。
それが飛鳥、了と合流した際に決めたパーティの方針だ。
『北方でスノウドラゴンの目撃情報があったらしい』
酒場での情報収集で了が拾ってきた噂話。
スノウドラゴンは季節竜と称されるドラゴンの一種でその脅威はかなりのもの。
これを討伐できれば名が上がるのは間違いないだろうということで北を目指すことになったのだ。
「……で、クソ寒い中えっちらおっちら雪山登山してて」
確か山越えの半ばあたりでキャンプをすることになった。
その際、催した俺が皆から離れて……ああそうだ!
「ズボンはいたところで誰かの襲撃を受けたんだ!」
後頭部にドギツイの貰って気絶したらこの有様。
おいおいおい情けなさ過ぎないか俺。
「便所してる最中にガツンで拉致られるとか結構な恥だぞオイ……」
救助対象が更に救助対象になるとかやべえじゃんね。
深く考えると何もしたくなくなるから一旦、置いとこう。
とりあえずこれからどうするかだな。
(……出られなくはない、が)
今頃、皆も俺を探してるはずだ。
藤馬も居るし危ないことはないだろうしここで大人しく助けを待つのが吉、かな?
ああでも大人しくしてたら厄介なことになりそうなら逃げ出すべきか。
誰が何の目的で俺を拉致ったのかは知らん現状だと二択だな。
どっちが良いかを判断するためにもしばし見に徹するべきだろう。
「やれやれ。攫っておいて飯も出さねえのかここの豚箱は」
ごろんと粗末なベッドに寝転がり尻をかく。
今は動かないと決めたのだ。気を張っていてもしょうがない。
人外の疲れ難い体ではあるが心の疲れは別だ。
有事の際にトチらぬよう力を抜くべきだろう。
「刑務所だって臭い飯は出るのによ~」
そういや何で臭い飯なんていうんだろう? 古いお米使ってるとか?
益体もないことをつらつら考えていたらふと気配を感じた。
(ようやく第一村人ならぬ第一看守と遭遇か?)
涅槃のポーズで寝転がったまま視線を向ける。
少ししてギィ、と軋むような扉が開く音が聞こえた。
「……見間違いであれば良い。そう思っていましたが」
「――――」
現れたその人を見て頭が真っ白になった。
「……ひ、聖先輩?」
「……ええ、お久しぶりですね明星くん」
えらく露出の高い格好をしているがそれは紛れもなく聖先輩だった。
「まさかあなたまでこのような不可思議な世界に来てしまっていたとは……明星くん?」
どっと汗が噴き出した。
普段から特別、察しが良いというわけではないが状況が状況だからな。
(この世界は俺を閉じ込めるための檻だ)
俺を閉じ込めたい連中からすれば今回のことは千載一遇の好機。
少しでも閉じ込めておける可能性を高めるためなら何でもするだろう。
それこそ一般人であろうと平気で放り込む。
(足枷になりそうな俺と親しい人間なら尚更……!!)
クソが! そこはうちの禿狙っとけや!
誰にもバレないままあれ放り込んでくれたら脱出も楽にできたのによォ!
(家族に手を出すことで極まった怒りによる覚醒を危惧したとかか?)
だからこそほどよく親しい聖先輩を放り込んだ。
飛鳥と了も最有力候補だがこっちは勝手に入ってくれたからな。
裏にいる悪魔どもからすればマジにラッキーの連続だ。
この幸運を逃すわけにはいかない。やれるだけのことはやっておくべきだ。
「あ、あの顔色が優れませんが……」
「い、いやまあ雉撃ちしてる最中にいきなり拉致られて目覚めたらここだったもんで」
そんな状況で出会うはずがない聖先輩と出くわしたのだからそりゃ驚くと言い訳をする。
何とか取り繕えていると思うが内心、罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
(ごべーん! ごめんよぉ先輩! 俺のせいで!)
楽しいひと夏の思い出とか言ってる場合じゃねえぞこれ。
「……ごめんなさい。配慮が足りませんでしたね」
「あ、いやそんな」
やめて俺を心配しないで。良心が痛むから。
「とりあえず詳しい話は落ち着ける場所まで逃れてからにしましょう」
先輩は外套の中から鍵束を取り出し一本一本穴に嵌めていく。
そうして何本目かで鍵が開き、檻が開け放たれた。
「私が先導します。さあ、こちらへ」
「は、はあ」
言われるがまま後を追う。
「……困惑するのは分かりますが今は集中してください。でなければ」
命を落とす?
「――――明星くんはパパになってしまいますよ」
「――――何て?」
◆
愛衣が次郎拉致を知ったのはミカエラたちが知らされたのとほぼ同時だった。
もう殆ど拠点のようになっている部室で夜を茶請けに茶をシバいていた時だ。
『明星が拉致された!』
『ッッ~~詳細を話しなさい!!』
慌てた様子でやって来た共犯者清水の言葉で愛衣は意識を飛ばしかけた。
そりゃルシファーの息子という特級の爆弾ではある。
だとしても自分を含め次から次へと陰謀をホイホイし過ぎだろうと。
『……契約者から聞いた話だが』
そう前置きして藤馬が説明したのとほぼ同じ内容を愛衣に伝えた。
『僕かお前か?』
主語を省いていたが二人に支障はなかった。
情らしい情は欠片もないが共に同じ大義を追う共犯者だから。
自分とお前、どちらが次郎の救出のサポートに向かうのか。
愛衣と清水。その素養を考えれば人を救うことは“本能”のようなもの。
だが同時に大いなる善のためであれば非道非情にもなれるのが彼らだ。
二人に動く理由に足るものがないかと言えばそんなことはない。
計画の要たる飛鳥と了は確実に次郎の救出に向かう。
万が一を考えてサポートできるようにするのは決して悪いことではない。
が、それだけでは即断即決するには弱い。
つまりはまあ何だ。
――――どちらも意識できないほどに“絆されて”しまっているということだ。
『……私の方が良いでしょう』
『何故――ああ、異界に入れられる理由か』
『ええ。その異界が明星くんを閉じ込める檻というのであれば枷は多い方が良い』
ほどほどに親しい人間を放り込めば良い塩梅でその動きが鈍る。
そういう意味で聖愛衣という人間が選ばれるのは不思議なことではない。
救出に向かうであろうミカエラたちとバッティングしても勝手に勘違いするだろう。
『代わりに』
『ああ、分かっている。契約者たちに働きかけて閉じ込めた連中の動きを誘導しよう』
『お願いします』
そして愛衣は何も知らない利用される一般人として日影の異界に拉致された。
(……まさかこうも容易く出会えてしまうとは)
合流にはかなり苦労するというのが愛衣の見立てだった。
それほどまでにこの世界は広く完成度が高かったから。
ゆえに最初は保護してくれた現地人に協力しつつ地盤を整えようと思っていた。
なのにたかだか数か月であちらから求め人がやって来るとは。
「……? ごめん先輩、ちょっと耳がおかしかったみたいだ」
無理もないと思いつつ愛衣は再度、言う。
「パパになる。子持ちになると言ったのです」
「???」
「……まあそこらも含めて安全な場所で説明します」
監獄を脱出して雪原を走ることしばし。
愛衣は渡されていた転移礼装が使えるようになったのを確認し起動する。
「おぉ愛衣! 無事に仲間を救い出せたようだな!!」
「ええ、お陰様で」
「どちらも怪我がないようで何よりだわ」
「……それにしても良い男じゃん」
「あの、先輩? このお姉さん方は?」
えらく露出の高い衣装の上から外套を羽織った美人の群れ。
思春期の少年たる次郎は当然の如く鼻の下を伸ばしていた。
「右も左も分からなかった私を助けてくれた恩人たちです」
愛衣はリーダーに一言断りを入れて次郎を自室に連れ込んだ。
「さて、どこから説明しましょうか」
「……とりま先輩が何でここに居るかを聞いて良いっすか?」
「何で、と問われると困りますね。気付けばこの世界に飛ばされたというのが私の認識ですので」
嘘を吐くのは心苦しくはあるが馬鹿正直に言うわけにもいかない。
愛衣はさらりとその辺を上手いこと流して現状の説明を始めた。
「装いを見るに明星くんもそれなりの期間、この世界で暮らしているとお見受けします」
ちなみに私は三ヵ月ほどですと付け加え愛衣は次郎の答えを待った。
「え、ええまあ……半年ぐらいっすかね」
「それだけの期間この世界に居るのならスロエ族について聞いたことはありませんか?」
「…………何か、どっかで聞いたことあるな。どこだっけ」
少し唸っていたがポンと手を叩き次郎は言った。
「飛鳥と了から聞いたんだ!」
何故その二人の名が? と思いつつ愛衣は次郎の言葉に耳を傾ける。
「アイツらが転生した一族のライバル的存在だっけ?」
「!?」
転生……え、転生?
愛衣はこの世界の仕組みは知っている。なので転生が疑似転生だということも承知の上だ。
(……女に、なって?)
愛衣が内心動揺していることなど露知らず次郎は続ける。
「太陽と風の女神様だかを奉っててケベスと同じように女しか居ないとか……あ、ひょっとして」
「ええ。先ほどの彼女たちがスロエ族です」
「はー、そうなんだ。いや美人しかいねえ一族ってすげえなあオイ」
あれ? でも何で俺は捕まったんだ? と首をかしげる次郎。
「ひょっとして知らん内にスロエ族の縄張り侵しちゃったとか?」
「……どうやらスロエ族について深くは知らないようですね」
「はあ?」
「思い出してください。私が言ったことを」
「先輩が? えっと、パパに――――え、ちょっと待って。嘘でしょ?」
信じられないものを見る目の次郎。
そんなのこっちだって同じだと言いたい愛衣だがぐっと我慢し頷く。
「一族を増やす……その、種馬として攫われたんです」