ちが、そんなつもりじゃ…… 13
「……気付いてたのか?」
薄ら笑いが消えキョトンとした表情で俺を見る藤馬。
よっぽど鈍い馬鹿だと思われてんのか俺は?
「気付いてたっつーか気付かされたんだよ」
ミア先生たちと組む以上、藤馬は何かしらの制約は負わされたはずだ。
悪行は控えろとかそういう感じでな。
例えそれが口約束でも付け入る口実を与えないためにも藤馬は遵守する。コイツはそういう男だ。
「お前がこのタイミングで殺そうとするとか日影ちゃんが黒幕以外にはねえだろうよ」
「道理だ。じゃあ、何故庇う?」
日影ちゃんを背に庇いながら藤馬と対峙する。
ポケットに手を突っ込んでへらへら笑ってるが隙あらばコイツは仕掛けてくるだろう。
「関係性は知らねえが相応に親しいんだろう。情か?
俺が垂れ込まなきゃ下手すりゃ一生、出られない檻ん中に閉じ込めた張本人だぜそいつは」
へえ、そんな凄いんだココ。
「だから殺すってか?」
「実際、それが手っ取り早いだろ。説得なんぞするよりよっぽどな」
対話が通じると思ってるなら大間違いだと奴は言う。
「同系統の能力者だから分かるのさ。そのガキは相当のロクデナシだってな。
願いがある、不満がある、心に渇きを覚えた時、普通の奴はどうする?
自分を変えるのさ。願いに届く自分になるために。己を満たすためにな。
だが俺らは自分じゃなくて世界の方を変えちまおうとする。問題があるのは世界の方だってな」
自分に応えない世界が悪い。だから変える。
その結果、他者が不利益を被るとしても知ったことではない。
そんなことを考える奴はどう足掻いてもカスだとカスは言う。
「お前の前じゃ猫被ってるんだろうが」
「いや? 俺も日影ちゃんが結構、アレな性格してんのは気付いてるよ」
「!?」
「わりと他人への攻撃性が高い他責思考っつーのかな」
そういうところがあるというのは正体を知る前から薄々察してる。
「な~んか飛鳥と了を見る目がじとっとしてたのも正体分かった上で考えるとアレか」
多分、冒険の邪魔しやがってとかそんな感じだと思う。
飛鳥と了はまるで悪くないのにナチュラルに責任を押し付けられるのは中々イイ性格してるわ。
俺の言葉にまたしてもポカンとする藤馬。
これまた薄々そんな気はしてたがコイツわりと常識人じゃな?
「…………何だお前ゲテモノ趣味か?」
「そういうお前は風見鶏か何かか~?」
鼻で笑い一つの問いを投げる。
「なあオイ藤馬、陽気な奴とうるさい奴の違いって何だと思う?」
「あ?」
答えは簡単。
「自分がどう感じるかだよ」
好ましいと思えば陽気な奴になるし嫌いに思えばうるさい奴になる。
「お前は誰かを嫌う時、他の奴らが嫌ってるから右に倣えで嫌うのか?」
俺は違うね。
「誰を好きになるのも誰を嫌いになるのも決めるのは俺だ」
「じゃあ何かいお前はそこのガキを嫌いになってねえのか?」
「なる理由がどこにあるよ?」
「いきなり拉致られて下手すりゃ一生出られねえ檻にぶち込まれたのに?」
「お前らが来たじゃねえか」
日影ちゃんが無差別に人間拉致ってるとかなら俺も多少、スタンスは変わっただろう。
だが飛鳥と了の話を聞くにここにぶち込まれてる人間はロクデナシばっか。
そしてそれにしたって日影ちゃんを利用したい奴らがご機嫌取りのため調達してるだけ。
……ついでに俺も客観的に見れば危険因子という意味では否定できないしな。
「だったらこれは別に害を及ぼされたとは言えねえだろ」
「じゃあ何だってんだよ」
何? そんなの決まってる。
「――――ひと夏の思い出さ」
仕組みが分かってしまえばこれはフルダイブのVRゲームみたいなもんだ。
現実じゃお目にかかれない架空のそれをリアルに体感できるとか最高のアクティビティだろ。
冒険だってしてるしひと夏の思い出としては文句なし。
「むしろ感謝したいぐらいだね」
更に言うなら、だ。
「お前に文句を言う権利はねえぞ。だって勝手に入って来たんだからな」
純粋に俺を心配して来てくれたであろう飛鳥、了、先生、レモンはともかくとしてだ。
何かしら俺を利用したいから助けに来た藤馬はただの不法侵入者。
「他人の家に勝手に押し入って出られないからって家主殺そうとするとかドカスじゃねえか」
そんなドカスから友達を守護るのは当たり前だよなあ?
「……じ、次郎くん」
「ん?」
「あ、あの本当に……? 本当に私のこと……」
「嫌いじゃないよ。癖のある子は好きだ。だから俺もグイグイ行ってたわけだしな」
不安げに揺れる瞳を安心させるように笑う。
嘘じゃないとも。日影ちゃんのイイ性格は結構、好みだ。
「……良かった」
「フッ」
「嫌われてないの分かったから言いますけど」
「ん?」
「ごめんなさい。出してあげたくてもここから出してあげられないんです」
「「!?」」
笑顔でさらっと放たれた言葉にギョっとする。
出したくないなら分かるが……え、出してあげられない?
「お、おい小娘。そりゃ一体どういうこった? お前の権限なら……」
「だ、誰が小娘ですかチンピラめ……じ、次郎くん私アイツ嫌いです」
「あ、うん」
俺の背中に隠れながら威嚇する日影ちゃんマジイイ性格してると思うわ。
でもそれはそれとしてどういうこと?
「あ、はい。次郎くんはさっきラノベとかにあるフルダイブゲームみたいだと仰いましたが」
正にその通りなのだという。
今ここにいる日影ちゃんは本体というわけではなくアバターのようなもの。
世界を構成している本体の日影ちゃんは次元の違う場所にいるのだとか。
「そうだ。だからアバターのお前を殺して本体に通じる道を……」
「う、うるさいです。えと、それでですね?」
藤馬マジで嫌われてて笑う。
性格云々じゃなく見た目が受け付けないんだろうなあ。
「ち、チンピラに色々バラされた時に死に逃げして本体に戻ろうと思ったんです」
「嘘だろ……あそこで速攻、保身に走ろうとしてたのかよコイツ……」
「ややこしくなるからお前は黙ってろ」
藤馬を黙らせ続きを促す。
「え、えへへ。そ、それで死のうと思ったんですができなかったんです」
「!」
「できなかった?」
「VRの例えで言うならログアウトボタンが消されているというか」
そして多分、第三者が自分を殺してもその場で蘇るだけだという。
「ッ……しくった!!」
藤馬がガシガシを髪をかき混ぜながら叫んだ。
「こんだけ大規模な土台を創ったんだ。
権限を外部から奪う手段も……いやだが連中からしても保険レベルだろ。
このガキが自分からこの世界に降り立たなきゃ成立しねえし性格的にそれは難しいのも分かってたはず。口車で誘導するにしてもこれだけの能力者に臍曲げられて関係悪化するのも面倒だし」
同系統の能力者だからこそ分かるんだろう。
この状態で異界の創造主から権限を奪うためには幾つもの制約が必要だと。
日影ちゃんが自分の意思でこっちに来なきゃ無理だったっぽいな。
どうも外からぶち込んだ人間の物語を眺めてるのが好きだったみたいだし。
悪魔からしても本当に保険程度のつもりだった。
それが様々な偶然が絡んで権限を奪う手筈が整った、と。
(いやはや、ついてね――――)
その時、ふと脳裏によぎるものがあった。
『……明星くんって何か楽しそうなことがあればいつも首を突っ込みますね』
『遠くから眺める祭りも風情はあるが、俺はやっぱ踊る派なんでね』
何時かのやり取りを思い出しドッと汗が噴き出す。
あれ、待って。ちょっと待って。この状況って……。
(……僕が原因だったりします?)
いや、ない、ない。ないです。
でも聞くのはやめよう。ほら、日影ちゃんにも話したくないことがあるだろうし。
「藤馬さん、二次遭難っすか~?」
とりあえず藤馬煽っとくか。
「え、何かドヤ顔で日影ちゃんぶっ殺そうとしてたのに嘘でしょ?」
俺が間に合わなくても日影ちゃんは死ななかったっぽいな。
ドヤ顔で殺ったとか思ったら殺れてないとかちょ~間抜け。
「……おめえも散々カッコつけた偉そうな説教垂れてくれたじゃねえか」
「ん゛」
「どんな気分だ? 守ろうとしてた奴が保身のために死に逃げしようとしてたのを聞かされた気分はよ~」
「いや、それはだな」
困ったことに言い返せない。
それでこそ日影ちゃんと思わなくもないがそれはそれとして俺が間抜けなのは事実だし。
「……ま、まあそれはさておきだ」
「カウンター決められて話逸らすとか情けなさ過ぎんだろ」
「うっせえ! 真面目な話、どうするんだよ?」
ひと夏の思い出としては悪くないがずっと続くとなれば困る。
「お前、同じ系統の能力者なんだし何かこう、インチキできねえのか?」
「無理だな。外から押し合うならともかく一旦内側に入っちまえば力関係は覆せねえ」
「……絶対に?」
「完全にマウントポジション取られてるようなもんさ。よっぽどの奴じゃなきゃ……」
「藤馬?」
「と、とりあえず無駄なことはやめて冒険を楽しみませんか?」
日影ちゃん……。
「……おい次郎。お前、レモンとやった時に自分の領域を創り出してたよな?」
「え? 窮星雨のこと?」
「ぷらねたりうむ?」
「ああ。窮する星の雨と書いとプラネタリウムと読む俺の必殺技さ」
「おぉ、中二臭くはありますがしかしそういうコテコテ感はわりと嫌いじゃありません!」
先生といい日影ちゃんといい女の子の方が理解してくれるってどうなんだろな。
「で、その窮星雨がどうしたんだよ?」
「……そいつを使えばこの世界に孔を穿てるかもしれねえ」
「あ、孔とかいきなり卑猥なことを言わないでください! セクハラです! 今すぐ消えてください!」
徹頭徹尾邪魔者扱いされててちょっと笑う。
「良いか次郎。この手の異界が堅固なのは自分が決めたルールだけで内部が満たされているからだ」
「……えーっと、孔を開けて外の世界のルールを流し込めば自壊するってこと?」
「その認識で間違いはない」
この世界は既に日影ちゃんのルールで満たされている。
だからこそ藤馬が自らのルールを基礎とする異界を形成しても圧殺されてしまうのだとか。
だが相応の質と出力で以って異界を展開できれば内部でせめぎ合いが可能となる。
二つのルールが衝突することにって生じる圧を利用すれば世界に孔を穿てるかもしれない。
そうすれば外界のルールも流れ込んで異界は自壊するだろうと藤馬は言う。
「いやでも俺、使えねえよ? あれ以降、翼も二枚に戻っちゃったし」
仮に使えてもその手の能力の先達である藤馬に無理なんだから俺にできるわけねえだろ。
「いや、俺より可能性は高い」
「あんでよ?」
「え? あ、あー……その、何だ。お前の潜在能力は俺が見るにかなりのもんだ」
コイツまで俺がルシファー関連のこと知らないように気ぃ遣ってんの笑うわ。
先生や飛鳥、了だと良心が痛むけどコイツなら素直に笑えるよね。
「だから一時的にでもそいつを引き出すことができれば……やれる? やれるんじゃねえかなって」
「ハッキリしねえなあ」
「ま、まあアレだ。何も一人でやれとは言わねえよ。俺もサポートする」
「具体的には?」
「色のない異界の外殻を俺が担当してお前は色をつけるだけで良い」
役割分担ってわけか。
「ああ。とはいえ今のお前じゃ無理だから何とか力を引き出さなにゃいかんが」
「何? 修行でもすんの?」
「いやお前の場合はそういうのじゃ……」
そんな話をしていると飛鳥、了が帰還した。
猪やら野鳥やらキノコやら成果はバッチリのようだ。
「「藤馬!?」」
「あ? 誰……え、嘘。お前ら……わははははははははは!!」
その正体に気付き大爆笑の藤馬。気持ちは分かる。
「「チッ……!!」」
そして盛大な舌打ちである。
「TS転生とは恐れ入……待てよ」
爆笑していたかと思えば神妙な顔で黙り込む藤馬。
丁度良いのでこの間に俺は二人に事情を説明することにした。
「わ、私は悪くありませんから! 次郎くんは受け入れてくれましたもん!」
悪いのは勝手に入って来た飛鳥と了だと日影ちゃんは言う。
「「いやまだ何も言ってない。というかそういうキャラだったのか……」」
呆れてはいるが怒ってはいないようで安心した。
まあこの二人がキレるようなことは滅多にないのであまり心配はしてなかったけどな。
「コイツらと……んで赦されざる天使にレモンを使って……」
そしてコイツは何かぶつぶつ言ってるけど何なんだ。
「これならイケる」
「「「「?」」」」