ちが、そんなつもりじゃ…… 9
「!?」
「はい、お疲れ」
緑色の肌で角の生えた屈強な異形オーガの背後から短剣を振り抜き首を刎ねる。
寸前で気付いたようだが時既に遅し。あっさり絶命。
仲間をやられたことで周囲に居た他のオーガが臨戦態勢に入るが、
「ギャゥ!?」
三匹の内一体は飛来した火球で頭を吹き飛ばされ残る二匹は俺が蹴りと短剣で仕留めた。
「ふぅ」
返り血を拭い一息吐いたところで気配が近付いてきた。
「け、怪我はありませんか?」
「おう。日影ちゃんもお疲れさん」
冬野さん改め日影ちゃんだ。
三角帽子を被りローブを纏って湾曲した杖を持つ姿はまるで魔法使い。
まるでっつーかマジで今は魔法使いなんだがな。
(……もう半年になるのか)
まさかまさかの異世界転移から半年の時間が流れた。
あの森で出会った耳長お姉さんことエルフのシェリルさんには大変お世話になった。
この世界についてどんな場所か気を付けた方が良い常識など色々とレクチャーしてもらった。
それだけでもありがたいが当面の生活資金と冒険者としての登録まで手伝ってもらった。
通常異世界人の冒険者は最下級からなのだが保証人が居る場合はその限りではない。
どん底から一つか二つ上で始められてお金も貯めやすいのだ。
申し訳ねえと頭を下げる俺たちに、
『命を救ってもらった礼としては安いぐらいだ』
と爽やかに笑っていた。日影ちゃんは陽のオーラに焼かれてたがな。
そんなこんなで異世界暮らしがスタートした。
最初は俺が稼いで日影ちゃんを養うつもりだったんだが、
『さ、さすがにそれは……私も何か魔法? 使えるみたいだし……』
日影ちゃんに断られた。
異世界人は転移の際に幾らか力を授けられることがあるらしい。
それをギルドで確認した結果、日影ちゃんには魔法の才(弱)が与えられていた。
『……チートガチャしょっぼ。Rでしょうこれ』
とぼやいていたのは本当に図太いと思う。
それはさておき力がある、人間相手じゃないと言っても現代日本人に殺し合いは酷だろう。
そう気を遣ったから既に異形どころか人を殺めた経験もある俺がと思ったのだ。
目立ち過ぎるから天使の力は控えるようにと言われていたがそれでも問題はないしな。
出力は落ちるが人間のままビジュアル変えずに力を使うこともできるし。
そこらを説明して思いとどまるように説得したのだが日影ちゃんは聞き入れなかった。
『な、何かしていないと不安ですし……一人で宿に、というのもキツイので』
これもまたご尤も。
ならば俺が上手いことフォローをするしかないと受け入れることに。
素人を抱えて異形と戦う。多少手間だろうが問題はないと楽観的に考えていた。
――――正直異世界舐めてた。
戦い自体は特に問題なかった。
懸念していた日影ちゃんの精神的な負担もなくサクサクやれた。
問題は日常生活だ。生活水準がこの上なく低い。
現代日本の生ぬるい環境に慣れ切った俺たちにはかなりキツかった。
飯はまあ悪くないし服も我慢はできるが……。
『……お風呂、高いですね』
『……うん、高いね』
宿に風呂はない。桶に湯を張り体を拭くぐらいだ。
公衆浴場はあるが汚い。ちゃんとしたところは高い。
どん底からスタートしたわけではないとはいえそれでも底辺は底辺。
この世界基準なら悪くない暮らしができる程度の額ではあるんだが……なあ?
先にも述べた通り俺たち基準の生活水準を求めるなら全然足りない。
じゃあ依頼を数こなして稼ぐかとも思ったがそれもよろしくない。
『……わ、悪目立ちしちゃいますよね』
『……他の冒険者たちと揉めるわけにもいかねえしなあ』
話し合った結果、妥協することにした。
男女だしと個室で宿を取っていたが日影ちゃんの提案で一つにした。
その上で浮いた部屋代と日々の稼ぎを合わせ週に一、二回良いお風呂に入ろうということになった。
ぶっちゃけるとラブホ的なとこを利用しようってわけだ。
ちょっとお高い連れ込み宿なら小さくはあるが個室風呂もあるからな。
二人それぞれで烏の行水みたいな大衆浴場や高い風呂屋に行くよりかはマシだろう。
『あと体が資本ですしご飯はしっかり食べましょう』
『だな。体と心を充実させるために使う金はケチらんようにしよう』
という方針で改めて冒険者として生活基盤を築いていくことになった。
同じ階級の冒険者に比べれば稼げているが支出も多いので貯金はあまり貯まっていない。
それでも金を貯めることに腐心して体か心をやっちまうのは馬鹿らしいからな。
特に日影ちゃんは俺とは違って純粋な人間だし。
「じゃ、じゃあ早速素材剥ぎ取って帰りましょう。今日はお風呂の日ですし!」
「ああ」
二人で死骸を漁りギルドに納品する素材を剥ぎ取っていく。
最初はうへえ……となってた日影ちゃんも今じゃ平然とモツを引き抜いている。
ラブホ利用にすらキョドりまくってたのになあ。
異世界暮らしですっかり逞しくなっちゃってママ感動で泣いちゃう。
「いっきし!」
考え事をしていたら盛大にくしゃみをかましてしまう。
少し恥ずかしくなってしまい誤魔化すように俺は言う。
「まだ日は上ってるのに冷えてきたなあ」
「ふ、冬が近いですからね。仕方ないです」
冒険者として活動を始める際、シェリルさんから幾つか助言を貰った。
その中にこういうものがあった。
『良いか? 冬への備えはしっかりしておくんだぞ。じゃなきゃ地獄を見るからな』
部屋での薪代。外で活動するための防寒着。冬の寒さで稼ぎが落ちるから貯蓄。
冬を越すための備えを怠れば死ぬ羽目になるとマジ顔で言われた。
特にここらは雪がかなり積もるらしいからな。
ただ俺らに関しては薪代については問題ない。
愛理ちゃんの炎があるからな。あれを使えば火事の心配もなく暖を取れる。
外だとおかしな炎だと誰かに目撃される恐れがあるけど部屋の中だからな。
なので気を付けるのは防寒着と貯蓄ぐらいか。
貯蓄もまあ俺に関しては冬場でも問題はないんだがこれまた悪目立ちするわけにいかんからな。
同クラスの冒険者よりちょっと稼げる程度で留めるつもりだ。
「こたつが恋しいなあ」
「だ、暖炉も風情があって悪くはないんですが……寛ぐという点ではこたつのが良いですよね」
「うん。でもまあないもの強請りしてもしゃーないし我慢するしかねえわな」
「はい」
剥ぎ取りが終わったので今日はもう引き上げ。
道中警戒しつつ街まで戻りギルドへ直行。
丁度空白の時間だったようでスムーズに納品と報酬の受け取りが完了した。
臭い消しを使ったので血や臓物の香りはないが気分的に落ち着かない。
飯に行くつもりだったが順番を前後させて先にラブホへ向かうことにした。
「泊りでよろ~」
「かしこまりました」
もう顔なじみになった受付に金を払って鍵を受け取る。
休憩じゃなくて宿泊なのはリフレッシュも兼ねているからだ。
個室に風呂あるだけあって結構、良いとこなんだよこのラブホ。
「……す、すいません」
「どした急に」
部屋に入って荷物を置いていると突然、日影ちゃんが謝罪を口にした。
「ふ、普通ならこういう時はえっちなイベントがあって然るべきなのに私ですから……」
それは普通ではなくラノベ脳なのでは?
っていうかマジですげえよこの子。
わりと過酷な環境なのにラノベ脳でかなり順応してるんだもん。
「地味で陰気な女ではキラキラ桃色ハッピースケベなんて到底……」
言葉のチョイスが地味に好き。
それはさておき謙遜、どころか卑下に足突っ込んでる発言だ。
「そうでもないさ。日影ちゃんも十分に可愛いし」
半年前なら俺も言えなかった。
だが名前呼びできるぐらいに親しくなり、日影ちゃんの図太さも理解した今なら問題はない。
「――――ナイスおっぱい!」
ぺろ、と舌を出して茶目っ気たっぷりに笑う。
いや、前からそうじゃないかとは思ってたんだ。
制服も体操服もワンサイズ上ぐらいでゆったりしてたから確信が持てなかった。
倉庫バイトで一緒になった時も制服だったしその後の私服も体のラインが出てなかったからな。
だがこっちで日々を過ごす内に確信した。
「ありがとう日影ちゃん。妄想していた通りのおっぱいだったよ」
「え、ぁ……ど、どうも? しかし妄想、とは?」
顔を赤らめながらも普通に聞き返してくるあたり日影ちゃんである。
「古来より地味なあの子は脱げば凄いというお約束があってだな」
「……確かにそういうのはありますけど、私のは……そう、なんですか?」
「ああ。自信を持って良い。薄い本のヒロイン張れるスペックだよ」
年齢と人種の違いもあるのでミア先生ほどではない。
だが同年代と比べればほほーう? と言いたくなるサイズだ。
「つか他の女子のおっぱい見ることもあるのに自覚なかったの?」
「へ、へへ……私のような人間は下を向いて生きているので……」
キラキラはしゃいでる奴らを見ると虫唾が走るのだと日影ちゃんは笑った。
やっぱ良い性格してるよこの子。
「で、でもそういうことでしたら……あの、お風呂、一緒に入ります?」
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまう。
「ほ、ほほ本番はあのあの、あれ、まだその、こ、心の準備があれですが……」
「ちょ、ちょ」
「お風呂と、あの、手や口でなら……」
「何言ってんの!? ママそんなはしたない子に育てた覚えはありませんよ!」
「育てられた覚えはありませんが……やっぱり、お世辞でしたかそうですねそうですよね」
「い、いやそんなことはない! 一緒に風呂入れるなら入りたい!」
その先もやれるものなら!
だが、ここでそれをすると俺の気持ちが切れるからやれない。
ここで一発キメたら十中八九、俺は堕落する。
日影ちゃんを元の世界に帰すという気持ちが続かなくなるだろう。
もうこの世界で二人で生きていくのも悪くないんじゃねえかなって。
「俺の事情に巻き込んどいて流石にそれはな……」
「はぅ!?」
「お、イケメンムーブにキュンきた?」
「へ、へへへ……そ、そうですね。そ、そういうことでしたら……はい。じゃあ、お風呂だけにします?」
「……風呂ぐらいはセーフか」
「せ、セーフかと」
「セーフなら良いな!」
一線超えなきゃモチベも持続できるやろ。
つかモチベのためにもむしろ風呂イベントぐらいは許容すべきだよな。
ただでさえ娯楽もねえんだからさあ。心の潤いが必要だよ。
可愛い同級生と一緒に風呂入るとか最高にブチ上がるシチュじゃんね。
かなりカスなこと言ってるような気がしないでもないが考えないようにしよう。
「じゃあとりあえずあのー、服脱ぐとこからお願いして良いかな?」
「え、割り切った途端にぐいぐい来るこの人」
俺は心に棚を作るのが上手いんだ。
「で、では失礼して」
「はい」
「……すごい、何て曇りない瞳」
わなわなと震えながら日影ちゃんは帽子を置きローブを脱いだ。
(……良い)
現地の服なのでわりと粗末な布地で薄い。
それゆえボディラインがくっきり出てしまう。眼福だ。
「……なるほど。粗末な下着も逆に良いな」
赤くなりながらシャツを脱ぎ下着が露出する。
これまた現地産で日本なら1000円ぐらいで変える安物より粗末な代物だ。
しかし逆にそそる。草臥れた感じが日影ちゃんの雰囲気と相まってエロい。
「な、何言ってるんですかこの人……?」
いや君も大概だよ。
思いつつ日影ちゃんが全裸になるのを見守る。
「ど、どうでしょう?」
「グッド」
「そ、それは良かったです……エッチなイベントになれたようで本当に良かったです……」
日影ちゃん的にこの手のイベントはよっぽど重要らしい。
いや俺もお色気展開は好きだけど別に必須ってわけじゃないからな。
そこらは個々人の好――――
「じゃあ次はじ、次郎くんの番ですね」
「ぇ」
「ひ、ヒロインが主人公の裸を見たりとかもお約束ですし……ね? じっくり見せてください」
しょ、正気かよ……。