ちが、そんなつもりじゃ…… 1
第一印象は苦手な人、でした。
人を見た目で判断してはいけないと言うけれど見た目は大事です。
だって言葉も交わしていない状態ではそれ以外に判断する要素がないのだから。
初対面の人間に悪印象を与えないよう配慮するのは当然のことだと思います。
その配慮をしていないという時点でやはり苦手と言わざるを得ません。
明星くんの外見から得られる印象は柔らかい表現を使うならやんちゃな感じ。
歯に衣着せぬのなら気に入らない男は虐げ気に入った女を何人も囲っていそうな不良。
クラス内で過ごしていれば聞こえる発言を聞いて多少、マシにはなった。
見た目はアレだが根っこは陽気なソフトヤンキーぐらいなんだなと。
それでも苦手は苦手です。ああいう陽の者はデリカシーとかなさそうだし。
実際、
『おっはよ冬野さん!』
朝とかも平気で挨拶とかしてくるんです。
クラスメイトだからって関わりのない相手に話しかけるとか信じられません。
こういう距離のなさがもう駄目だとそう思ってたんです。
そんな関係が変わったのが六月に入って少しした頃でしょうか。
『てぃーっす!』
『ぅぇ……あ、あの……何で、明星くん、が……』
私は図書委員をしていてその日は当番だった。
もう一人の図書委員は桐生くんという男子でこちらも苦手なタイプ。
温和な印象を受けるが何だか腹黒そうで怖いから。
一見すれば全然そんな風に見えない相手こそ怪しいと私は思うのです。
それはさておき桐生くんではなく明星くんがカウンターに座っていて私は驚きました。
何でと思いつつ、これはあれだなとあたりをつけましたよ。
こういうタイプは委員会活動の最中であろうと平気でずけずけと絡みに来てお喋りとかするんです。
桐生くんとは仲が良いみたいだからそういうことだろうと。
『飛鳥のお袋さんが事故に遭ったみたいでさ。今さっき学校に連絡が来たのよ』
命に別状はないようだがお父さんは折悪く単身赴任中で親戚も近くには居ない。
それで桐生くんが慌てて病院に向かったのだという。
正直、バツが悪かった。
『だからそれを伝えるのと、俺が飛鳥の代わりに一日だけ当番やろうかなって』
図書委員って力仕事とかもあるんでしょ? 女子一人だけだと大変じゃんと彼は言った。
間違った予想をしてバツが悪かった私は断ることもできず仕方なく受け入れることにしました。
意外なことにと言うべきか明星くんは実に真面目に仕事をしてくれました。
私では届かない場所の整理なんかも嫌な顔一つせず。
普通なら下心アリと判断するのでしょうが私みたいな陰キャにそれはないでしょう。
『か、カウンターには私が居ますので明星くんは本でも読んで時間を潰してくだされば……』
少しばかり評価を上向かせたとはいえ苦手なものは苦手。
経緯が経緯なので帰れとも言えないので遠ざける方針を取りました。
彼は素直に受け入れ昆虫図鑑を手に寝転がって読めるスペースに向かってくれました。
よそはどうか知らないがうちの高校はテスト前でもなければ図書室の利用者は少ない。
私も心置きなく読書に励むことができた、のですが……。
『――――へえ、冬野さんってそういうの読むんだ』
『!?』
夢中になり過ぎて後ろから彼が覗いていることに気付くのが遅れてしまったのです。
気分は最悪。この後の展開はもう読めました。
キッショ、と直接口にはしないでしょうが薄ら笑いを浮かべて私を内心小馬鹿にするのでしょう。
オタクくんならぬオタクちゃんキッショっと。
だがこれもまた予想とは違う返答が返ってきたのです。
『良いよね異世界もの。夢がある』
『うぇ!? あぅ、あの……あ、明星くんも読むんですか?』
その見た目でとは言えませんでした。
『いや俺は活字全般苦手だからアニメだね』
そう言って彼は今期やってるラノベ原作のアニメを幾つか挙げた。
それは私もチェックしているもので正直驚きました。
『冬野さんからすりゃニワカって言われちゃうかな』
『い、いえそんなことは』
『でもやっぱ続き気になるし原作にも手ぇ出そうかなとは思ってんだよね~』
『よ、よいことかと』
『活字苦手な俺でも大丈夫かな? あとさ、おススメの作品とかあったら教えてよ』
当番が終わるまでぽつぽつと聞かれるがまま答えた。
驚くことにこれは私に合わせたその場凌ぎのお喋りではなかったのです。
それから実際に手を出したようで時折、その感想などを私に話してくるようになりました。
拙い語彙ではありますが本当に楽しんでいるのがよく分かるような感想でした。
気付けば私も打ち解けていてラノベ以外のお喋りもするようになっていました。
その中で私は彼の信条なども知ったのです。
あれはそう。少しの嫉妬と共に私がこう言ったんでしたか。
『……明星くんって何か楽しそうなことがあればいつも首を突っ込みますね』
騒がしい人たちより、私と一緒にいれば良いのに、なんて。
嫉妬も嫌味も彼には伝わっていませんでした。
だって笑顔でこんなことを言うんですから。
『遠くから眺める祭りも風情はあるが、俺はやっぱ踊る派なんでね』
決して意図したわけではないのでしょう。
でもその返答は私にも、少し思うところのあるものでした。
その日から悶々と悩んでいたのですが、
『お、冬野さんじゃん。え、バイト? きぐ~』
夏休みに入ってお小遣い稼ぎにと応募した短期バイト。
そこで偶然、明星くんと出くわしたのです。
バイト自体はそう不思議ではありません。
明星くんのような人種なら遊ぶ金欲しさに単発バイトなどもするでしょう。
でも同じところで、なんて想像もしていませんで。自然と、胸が高鳴りました。
『ねね、良ければこの後遊びに行かね? 俺、奢っちゃうぜ~』
そして生まれて初めてのデートをしました。
私のような女には縁遠いと思っていたイベント。
ページの中で主人公とヒロインがやっているのを眺めるだけだった私がデートをしたのです。
陽の者である明星くんのプランだからきっと、合わないだろうと思っていました。
でも彼は私が楽しめるようにと私に合わせて連れまわしてくれたのです。
何より嬉しかったのは、気を遣っても遠慮はしなかったということ。
私の目が節穴でなければ明星くんも楽しんでくれていたように思います。
それはつまり私が好ましいと思うものを、彼も好ましいと思ってくれたということ。
同じ時間を共有できたということに他ならないのです。
お腹の底から嬉しくて、これでもかと弾む胸。
――――私は決心したのです。
「…………同じ阿呆なら、ですよね?」
◆
八月十一日。世間一般ではお盆休みが間近に迫ったその夜のこと。
飛鳥、了、ミア、レモンの四人はウォッチャーの本部にある貸し切りにした食堂で頭を抱えていた。
「「何だアイツ厄介ごとホイホイか?」」
言葉にこそしなかったがミカエラとレモンも同感だった。
まあレモンの場合はホイホイされる厄介ごとの側だったので言えなかったというのもあるが。
「……こちらの技術を用いて捜索しましたが見つかりませんでした」
オカルトを用いた探査にも色々ある。
今回用いたのは様々な条件が必要ではあるがそれを満たせば国内ぐらいなら問題なく把握できるもの。
それを用いても消えた次郎が見つからない。
そう、次郎は七月末から行方不明になっていたのだ。
四人にも色々予定があり噛み合わず発覚したのは昨日だった。
「……次郎くんのお父さんが出張中なのが不幸中の幸いでしたね」
明星一家の大黒柱太郎は現在、出張中。
そして頻繁に連絡を取っているわけでもないのだろう。警察に届などは出ていなかった。
「早くて八月末までだっけ? 猶予はあるけど」
「……現状、まるで手がかりがないからな」
分かっているのは日本国内に居ないということだけ。
「日本に居なくて現状、次郎を狙ってそうな相手を考えると……」
飛鳥がチラリとレモンを見る。
「魔界、は候補の一つには上がるでしょうね」
「有力ではない感じか?」
「ええ。言い方は悪いけど兄様は事情を知っている悪魔たちからは基本、腫物扱いだもの」
下手に刺激をすれば面倒だというのが大体の共通見解だ。
自分のように仕掛ける方が珍しいと思ってくれて良いとレモンは補足する。
「前にディスっちゃった君の義理のお父さんはどうだい?」
「……そうね。義父様は別の思惑があるようだったけれど」
まずないでしょうと首を横に振る。
「何故、そう言い切れるので?」
ミカエラが問う。
「魔界に攫うより兄様が魔界に赴く口実を作り出す方が義父様らしいもの」
「……なるほど」
結局八方ふさがりじゃねえか、と四人が再度頭を抱える。
と、その時である。
「大変だねえおたくらも」
いるはずのない――否、いてはならない男の声が聞こえた。
カップラーメンを啜る男を見て真っ先に動いたのは飛鳥と了、そしてレモン。
しかしその拳と蹴りは箸と指で止められ魔術を発動させようとしていたレモンは術式を霧散させられた。
事も無げにあしらったことからも分かるように男は三人にまるで注意を向けていない。
警戒しているのは眼鏡の奥で目を細めるミカエラだけ。
「えらく落ち着いてるじゃねえの赦されざる天使殿。ひょっとして俺に惚れてる?」
「なわけないでしょう迷宮狂い。私の好みのタイプは次郎きゅんです」
「え」
男――藤馬はギョッとして飛鳥と了を見た。二人はさっと目を逸らした。
「ま、マジかよ……え、だって確か教師と生徒じゃ……」
「子宮でもの考えてるクソ馬鹿淫行教師のことはどうでも良いのよ! あんた、何故ここに」
「馬鹿とは失礼な。子宮と頭で考えてるから私の知性は常人の二倍ですよ」
「それがもう馬鹿の理屈じゃねえか……」
職業倫理が欠片もないミカエラに藤馬は引いていた。
「というか先生、何でそんな冷静なのさ!?」
「桐生くんはさておき如月くんはらしくありませんね。この男が何故、ここに居るかを考えてみてください」
「ぁ」
と小さな声を漏らし了は気恥ずかしそうに顔を背けた。
親友が突如行方不明になったのだ。冷静でいられないのも無理からぬこと。
その点、年の功と言うべきか。心配しながらもミカエラは冷静だった。
「ど、どういうこと?」
「このタイミングでこの男が私たちの前に姿を現したということは」
「……チッ、そういうことね」
ここは敵の本拠地。
そんな場所に単独で出向くなど普通はあり得ない。
それこそ手を出されないという確信でもなければ。
つまりだ。藤馬は次郎の所在、もしくは行方不明になった原因を知っているのだろう。
そして自分たちに次郎を救出させようとしている。
レモンも遅ればせながら理解し、飛鳥に説明してやると彼もなるほどと頷いた。
「迷宮狂い。一体次郎きゅんに何が起きているというのですか」
「……色々言いてえことはあるが、まああんたの職業倫理についてはさておくとしよう」
藤馬は切り出した。
「まず第一に次郎の存在は分かってる悪魔の殆どからすりゃ頭痛の種でしかねえ。かといって」
「短絡的に排除しようとするのも怖い、ですね?」
「ああ。下手に追い詰めてその血を覚醒させちゃ手がつけられなくなる可能性がデケエからな」
レモンとの戦いがそれを証明してしまったと藤馬は笑う。
「となれば、だ。取れる手段も限られてくるわなあ?」
「次郎を遠ざけ……いや隔離、するか?」
「そう。だが潜在能力クソやべえアイツを閉じ込める檻となれば生半可なもんじゃ心許ない」
「……あなたなら可能なのでは?」
「ああ。俺の能力ならまあやれんだろ。だが俺にその気はねえから契約者の打診は断ったよ」
だからそう簡単に檻は用意できない、
「……はずだったんだがなあ」
深々と溜息を吐きながら藤馬は続ける。
「下手人は代理戦争のプレイヤーだ。だがこっちの事情はまるで知らねえ」
「それは」
「かと言ってお前らと同じようなイレギュラーでもない」
素養のある表の人間をだまくらかして力を与えたのだという。
だから正規の参加者とは見做されないという言葉に飛鳥が首をかしげる。
「うん? あれ? それだと僕らも除外になるんじゃないの?」
「お前らには刻印があるだろうが。例のプレイヤーにはそもそもそれがねえんだよ」
刻印の有無が重要なのだと藤馬は自身のそれを見せつける。
「話を戻すぞ? 当然ルール違反だから仮にそいつが偉業を達成しても契約者は魔王にゃなれねえが」
「……だからこそ都合が良いというわけか」
「おうよ。うちの契約者を始めとしてそれなりの数、檻の作成に協力したみたいだ」
「何者なのよそいつは」
「個人の特定までは俺も無理だった。だが次郎たちが囚われている場所は知ってる」
そこまで言って藤馬は楽しそうに笑う。
「――――手を組もうぜ。星の王子様救出隊結成といこうじゃねえの」




