まがい物の星 終
レモンとの一件から三日後。俺は通常営業に戻っていた。
目覚めた後は、
『……あれこれ勝手に決めちゃったけど大丈夫か?』
ちょっと焦ったものの俺が寝てる間に飛鳥と了が先生に連絡をして先生が話をつけてくれたらしい。
藤馬のアホに拉致られた後で、三人揃って俺の戦いを観戦していて事情は把握していたとのこと。
俺の頑張りを無駄にするのは忍びないと奴らは笑っていた。
結果、幾らかの情報提供と引き換えに身柄を保護してくれるという話がついたらしい。
俺が目覚める前にレモンとも話をしたようで当人も納得しているので俺としても言うことはない。
「……あっづ」
そして今日、放課後に俺は普段はっつぁんと遊んでる公園で人を待っていた。
待ち人は飛鳥と了、そしてレモンだ。聴取が終わったので改めて顔を合わせようということになったのだ。
俺は掃除当番でさっきまで学校に居たので飛鳥と了が迎えに行ってくれている。
「っぱどっかの店で待ってた方が良かったなこれ」
特に考えず公園指定しちゃったことを俺は普通に後悔していた。
いや待つ間、はっつぁんと駄弁れるし良いかなと思ったんだよ。でも今日はっつぁんおりゃん……。
「氷とか風の魔術的なの使えたら楽なんだがなあ」
炎は使えるがそういう涼しい系は習ってないので使えない。
魔術とかの小技は飛鳥と了に任せっきりにしてたが考えを改めるべきだろう。
脱線になってはしまうが猛暑日という敵と渡り合うために涼しい系の技術の会得は必須だ。
「暑い……コンビニにアイス買いに行きてえ……」
でも微妙に距離があるんだよな。
入れ違いになったら申し訳ないしとうだうだ考えていると、
「待たせたな」
「しかし次郎も変わってるよね。暑いのにこんなとこで待たなくても良いのにさ」
飛鳥と了がやってきた。後ろにはレモンもいる。
ひらひらと手を振るとレモンは小さく頭を下げた。
「大方、特に何も考えず指定したのだろう」
「うるせえよ。分かってんならさっさと冷やすなりしてくれや」
「やれやれ」
と了が魔術を行使しようとすると私が、とレモンが前に出た。
パチンと指を鳴らすや、周囲の気温が一気に低下。
一瞬にして炎天下の公園が冷房の効いた室内のように涼しくなった。
「あー……良いなこれ……」
外にいるのにこの室内にいるような涼しさってのが堪らん。
「まずは改めて兄様に感謝を」
「兄様!?」
え、何それ!?
ギョッとする俺を見てレモンが捨てられた子犬のように眉をハの字にしながらあたふたと弁解を始める。
「えと、あの、何だかそんな感じがして……もし私に兄がいたらって……ごめんなさい! 不快なら二度と」
「いや別に良いよ。いきなりだったから驚いただけだし」
それに実情を知ってる俺としてはまあ、そこまで抵抗もないしな。
親父からすればレモンを娘と思うのはどう足掻いても無理だろう。
でも絆された俺からすれば親父の血が流れてるわけだし妹分みたいなもんだろ。
「それによくよく考えると可愛い年下の女の子に兄様呼びされるのも悪くねえしな」
何だったら優越感すら覚えるよね。
他の男どもに自慢したくなる。こんな可愛い子に兄様って呼ばれてるの羨ましくな~い? って。
「まんま予想通りのリアクションで笑う」
「こいつホントに単純だな」
「喧しいわ! 話の腰を折るんじゃねえ!」
「「お前が言うな」」
というわけで続きをどうぞと促すとレモンは戸惑いつつも頷いた。
「……ありがとう兄様。あなたが私の呪縛を断ち切ってくれたお陰で今、こんなにも心が軽い」
胸に手を当て静かに言葉を紡ぐその顔はとても落ち着いている。
あの時、俺が見た追い詰められた表情とは似ても似つかない。
「まだ私を好きになれるかは分からないけれど好きになれれば良いなと思ってるわ」
改めてありがとうと再度、感謝の言葉を告げられる。
「そう言ってくれるなら俺も頑張った甲斐があるよ。ま、無理せずゆっくりやってけば良いさ」
「……うん」
「で、具体的にこれからどうなんの? ってか大丈夫なの?」
情報提供云々の話は聞いた。
保護つってたが具体的にどういう感じになるのか。
それと義父様とやらの下を離れることになるわけだがそこらは大丈夫なのか。
気になっているところは多々ある。特に後者な。
(確かオルターク、だっけか?)
家に帰ってから親父に仔細を問いただしてみた。訳知り顔だったからな。
その際にレモンを造った悪魔についての話も出たんだが、
『しょうもない奴だよ。お前が気にかけるまでも……いや待て』
『?』
『次郎は性格は母さん似の陽ギャルタイプだからな。事によっては』
『あんだよハッキリしねえな』
『私からの言及は避けよう。もし会う機会があれば直にその目で見定めると良い』
だって。意味深なことしか言わねえなこの禿はよ。ラスボスか? ラスボスだったわ。
というわけで名前ぐらいしか知らねえんだが、
「義父様ってのが何か言ってくんなら俺ももうひと頑張りするのも吝かじゃねえぜ?」
手を出したのは俺だ。最後までやり切るのが筋ってもんだろう。
やる気を漲らせる俺だが……。
「大丈夫。……あの人にとって私は一々処分するような価値もない存在だから」
あるなら使うがないならないで問題はないってか?
気に入らねえ。子供にこんなこと言わせる時点でロクなもんじゃねえよそいつ。
「……おいレモン」
「? 何かしら」
「義父様とやらに連絡は取れるか? 今、ここで」
「え、ええ……可能、だけど……ど、どうしたの?」
「ちょっと繋いでくれや。頼む。な?」
お願い! と手を合わせるとレモンは戸惑いながらも受け入れてくれた。
虚空に指を躍らせると虚空に魔方陣が浮かび上がる。
そして少しの間を置き魔方陣からホログラムのようなものが投影された。
【ふむ。君が私に話があるという人間かね?】
白々しい……俺が知らないことになってるから正しいリアクションなんだけどさ。
しかし、なるほど。
「……」
【どうしたね? まさか私に怖じているというわけでもなかろう】
「ん? ああ、うん」
親父の言っていたしょうもない奴、という言葉の意味が分かった気がする。
確かに家族以外に雑極まるあの禿からすれば至極どうでも良いんだろうな。
「詳しい事情は何も聞いてねえが、レモンにあんな顔をさせた原因の一つなんだろうなとは思ってたんだよ」
【私に心当たりはないがまあ、子に何か瑕疵があるというのであればそれは親の責任ではあるのだろうね】
痛みを堪えるような顔のレモンだがそんな顔をする必要は欠片もない。
(二つの意味で白々しい……あいや、この様子を見るに片方は無自覚か?)
なるほどね。
「ああ。だから文句の一つも言ってやろうと思ってたんだわ。これからこっちで面倒見るわけだしな」
【過去形かね?】
「おうさ。でもあんたの顔見たら全部吹っ飛んじまった」
出会う順序が逆なら。最初にこいつと会ってたのなら多分、気付かなかった。
でもレモンの後でオルタークを見ればなるほど、そっくりじゃねえか。
「あんた自分のこと嫌いだろ。ああいや正確には自分に価値を見出せない?」
【――――】
「子は親を映す鏡とはよく言ったもんだ」
自分を好きになれない親の姿を見て育った子が自分を好きになれないのも道理だろう。
まあレモンの方は好きになれれば良いと思ってるみたいだからまだマシだがこっちはな。
何歳か知らねえが悪魔の貴族ってんだ。相当な年齢だろう。
「戦ってる時のレモンそっくりだよあんた。いやマジでな。
薄笑いか苦悩の表情かって違いはあるが薄皮一枚隔てた向こう側はまんま同じだ」
あの顔を見ていたからこそ気付けた。
何だ。キッチリ親子してるじゃねえかコイツら。
まあ今の状態では毒以外の何でもねえからレモンを帰すつもりはねえがな。
【くふ……初対面の者に随分とずけずけ物を言うね君は】
「いやあこれが普通の奴なら俺も気ぃ遣うさ」
でもコイツは俺からすれば好感度上がる要素ない奴って前提があるわけじゃん?
そこに自分が好きじゃないってのが加わったら……ねえ?
「自分に価値を見出してねえんだから何言われようと怒れねえだろ」
いや仰る通りつって薄く笑うんじゃねえの?
だったらコイツ相手に無礼な態度とかはまるで関係ない。
「ま、アレだ。あんたもそんな自分をどうにかしたいってんなら面倒見てやらなくもねえよ?」
情はないがレモンを引き受けると決めたわけだしな。義理はある。
「その気になったら連絡くれや」
【……ああ、そうさせてもらうよ】
何か顔赤いな。怒りではないだろう。興奮?
ま、ええわ。一言言ってやらにゃと思ってたがそんな必要もなさそうだしこれ以上話すことはない。
「レモン、切って良いぞ」
「あ、うん」
キョトンとしながらもレモンは言われた通り魔方陣を消した。
「あの、兄様。今のは……」
「あくまで俺がそう感じたってだけだから正しいかは知らんよ」
どうしても気になるなら色々考えれば良い。
「で、自分一人じゃあれだってんならその時は俺も一緒に考えるさ」
「……うん」
「兎に角保護者の方は問題なさそうだな。もう一つの方について聞かせてくれよ」
「あ、うん。とりあえずウォッチャーの所属になってミカエラ・アシュクロフトと同居することになったわ」
先生の名を口にする時、すんげえ嫌そうな顔してたな。
まあミカエルの娘とか普通にアレか。でも妥当な人選だし仕方ないね。
先生は良い人だしその内、打ち解けるだろ。
「そっか。それなら安心だ」
「……知らないって幸せだよね」
「……ああ」
「あんだよ」
「「別に」」
?
「まあ良い。問題なさそうで安心したよ。これからは……まあ、ぼちぼちやってけば良いさ」
「うん」
「何かあったら俺に連絡してこいよ? あ、スマホある?」
「ええ。ウォッチャーから支給されたわ」
「じゃ連絡先交換な。俺ぁオカルト的な通信手段はまだ覚えてねえからよ」
レモンと連絡先を交換したところで空気を換えるように軽く手を叩く。
「レモン、まだ時間大丈夫だよな?」
「大丈夫よ。何かあるの?」
「折角だし親交を深めるために飯でも行こうぜ。いやさ、午後体育だったから腹減ってんのよ」
バーガーでも摘まみながら駄弁ろぜと提案するとレモンは快く受け入れてくれた。
飛鳥と了も異論はないようなので四人揃って繁華街へと繰り出した。
「「あ」」
どこ入るよと相談しながら歩いていたら親父とばったり出くわす。
隣にいるのは部下の人だろう。外回りの最中かな?
「課長、どうしたんです?」
「あのチャラついた奴、うちの息子なんだ」
誰がチャラついた奴だ。
「あ、次郎のおじさんだ。どうもです!」
「こんにちは。お仕事ですか? お疲れ様です」
「はいこんにちは。うちの次郎が迷惑かけてないかな?」
「っせえな。テメェこそどうなんだよ? あの、うちの禿が迷惑かけてねえっすか?」
「ははは、大丈夫だよ。むしろお世話になりっぱなしさ」
ホントかな~?
「やれやれ。ああそうだ、今日父さん飲みに行くから夕飯はいらんぞ」
「あいよ。あんま飲み過ぎんじゃねーぞ」
「はいはい。じゃ、私たちはこれで」
「おう。しっかり稼いで来いよ」
親父と部下の人が去って行った。
「……あれが兄様のお父様?」
「お父様ってツラじゃねえが、まあ父親だな」
「とても優しそうなお父さんね」
羨ましそうな、それでいてどこか俺を気遣うような視線。
先生の目さえ誤魔化したんだから当然、気付くはずがねえよな。
(…………ん?)
ふと、妙な視線を感じる。
飛鳥と了だ。何だ少し気まずそうな……。
「あんだよ」
「「……いや別に」」
あ、これひょっとしてレモンからルシファー関連のこと聞いちゃったパターンか?
それでミア先生と同じようなことを?
(うっわ、めんどくせえ)
そして改めて思った。
(あの禿、偽装完璧過ぎてマジムカつく)
完全部外者ヅラしやがってよぉ……。