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まがい物の星 7

 迷宮に隔離された飛鳥と了は即座に臨戦態勢を取った。

 しかし敵意を向けられている藤馬の方はへらへらと笑いながら両手を上げる。


「おっとと、悪いな。今日は別にやる気はねえんだ。他に気になることがあるんでね」

「だったらここから出してくんない? こう見えて忙しいんだよ僕ら」

「いやぁそうもいかねえんだ。一応、約定があるんでね。決着つくまではお前ら隔離しとかにゃならんのよ」

「……やはり狙いは次郎か」


 外の様子は窺えないが予想はつく。

 何者かが次郎を狙っていて藤馬はそいつに協力し戦力を分断させたのだ。

 だが解せない点もある。


「お前、何故協力した?」


 藤馬が下手人に協力した理由だ。

 藤馬渚という男は良く言えば独立独歩。悪く言えば自分勝手な人間だ。

 そんな輩が他者と協力するというのはどうにもピンとこない。

 ライトサイドの互助組織である紳士淑女同盟のようにダークサイドにも寄合は存在している。

 いずれ潰し合うにしてもまずはライトサイドの連中を滅ぼしてからというものだ。

 だが藤馬はそこには所属していない。所属していた方が何かと有利に運ぶのにも関わらずだ。

 馴れ合いを嫌う一匹狼というよりは好き勝手に動くのが好きだからだろう。

 そんな輩が何故、次郎を狙う者に協力をしているのか。


「お前は一体何を知りたい? 見届けたい?」


 藤馬の私的な興味が絡んでいると考えるのが自然だろう。

 それが一体何なのかと了は藤馬を問い詰める。


「クク、たかだか数か月で随分ご立派になったじゃねえの。あん時とは見違えたぜ?」

「要らぬお喋りに付き合うつもりはない」

「つれねえな? まあ良いさ。別段、隠し立てする気もねえしな」


 どっこらせと地面に腰を下ろし飛鳥と了にも座れよと促す。

 二人は顔を顰めつつも受け入れ同じように地面に座る。


「明星次郎。初めて見た時からまあ、特異な奴だとは思ってた」

「三……いや四種のハイブリッドだからかい? 裏では珍しいみたいだね」

「ああ。二種以上の血を宿しておきながら破綻も劣化もなく自然に成立してるってのはまずねえからな」


 とはいえ完全にあり得ないということもない。

 自分が知らないだけでそんな技術が生まれてる可能性は十分ある。


「だからそのデータ取りのために代理戦争にアイツをぶち込んだんじゃねえかなって思ったワケ」


 藤馬もまたミカエラたちと同じように今に至る経緯に作為的なものを感じていた。

 イレギュラー二人については現状、何も分からない。だが次郎に関しては予想はついていた。

 イレギュラーを通じて代理戦争に関わらせて運用データを取ろうとしているのだろうと。


「……だが、そう考える時点で俺は随分と常識人だったらしい」

「どういうことだい?」

「俺が協力してるのはレモンってガキなんだがそいつから直接、話がきたわけじゃねえ」


 話を持ってきたのは藤馬と契約している悪魔だという。


「ンで俺がそんなかったるいことしなきゃなんねえんだって断ったら理由を聞かされてな」

「……それがそのレモン? ってのに協力するに足る理由だったのかい?」

「ああ。次郎はな。事によっちゃ代理戦争の根幹を揺るがしかねないような爆弾かもしれねえのさ」


 二人は同時に息を呑んだ。藤馬に嘘がないと分かったからだ。


「正直、流石にねえだろとは思ったんだが困ったことに状況を考えるとマジっぽいんだよなあ」


 あり得ないなんてことはあり得ないのになと藤馬は珍しく自戒の色を滲ませていた。


「……焦らすな。一体お前は次郎の何を知ったんだ?」

「そうだな。これ以上焦らしてもしゃあねえし教えてやるよ」


 良いか? と前置きをして藤馬は言った。


「明星次郎は魔王ルシファーの息子だ」

「「――――」」


 絶句。我に返りあり得ないと思うも、二人は心当たりに気付いてしまう。

 天使堕天使悪魔という種族的な要素に加え、


「気付いたな? そうだよ、あの日お前らを救ったミカエラ・アシュクロフト」


 赦されざる天使。その身に宿る血は大天使ミカエルのもの。

 そしてミカエルはルシファーの弟だ。


「…………そりゃ、気にかけるはずだよ」


 呻くように飛鳥が漏らす。

 似たような境遇ゆえ気にかけてしまうとは聞いていた。

 だがそれは同じ混血という意味だと思っていた。それがもっと深い意味だったなんて。


「ちなみに次郎の父親は調べてみたが純粋な人間だったぜ?

死んだとされてる奴の母親がそうだったのか。或いは父親が義父なのかは知らねえが」


 少なくともどちらかの親がルシファーであるのは間違いないと藤馬は言う。


「DNA鑑定でもすりゃ分かるんだろうがぶっちゃけそこまで調べる必要はねえしな」


 重要なのは次郎がルシファーの息子であるということ。

 どちらの親がそうだったのかなんてことはどうでも良いことだ。


「……次郎を狙っているレモンとやらはプレイヤーなのか?」


 代理戦争をひっくり返す可能性のある次郎を排除するために襲撃をかけてきた。

 了がそう考えるのは自然な流れだろうが藤馬は薄ら笑いと共に否定した。


「ルシファーの娘……」

「「はぁ!?」」

「と当人は思ってるとのことだ」

「当人は思って……ルシファーの細胞を使った人造人間のようなものということか?」

「察しが良いな。俺の契約者はそう言ってたよ」


 ただ、と藤馬は顎を摩りながら続ける。


「直に話した感じだと“思ってる”ってのは怪しいな。焦燥、コンプレックス、そういうものを感じた」


 レモンは自分がホムンクルスだと知っている可能性が高い。

 その言葉を聞いて了は目を見開いた。


「だからか。だから次郎を? 自らの証を立てるために正統な血を超えてやろうと」

「なんじゃねえかと俺は思ってる」

「……で、結局あんたは何が知りたいの?」


 次郎が特異な血筋の持ち主だということは分かった。

 代理戦争を根底からぶっ壊してしまうかもしれないということも。

 その上で藤馬自身は何を目的としているのか。


「とりあえずは次郎がどれほどのもんかってのを知りてえ」

「……とりあえずは、ね」

「ああ。とりあえずは、だ」


 含みを持たせて笑う藤馬に二人は顔を顰める。


「俺の見立てじゃ今っとこ次郎じゃレモンにはどう足掻いても勝てねえ」


 しかしその身に流れる魔王の血が真なら。その血を継ぐに相応しい器の持ち主であるなら。

 凡俗の見立てなどあっさり覆してみせるだろう。


「つーわけで、だ。一緒に観戦と洒落込もうじゃねえの。一人じゃつまんねえしな」


 パチンと指を鳴らすと壁にテレビが出現した。

 画面の向こうでは降りしきる酸の雨の中、次郎とレモンが戦っている。


「おうおう予想通り押されてんな」

「……まずいな」

「……うん」


 飛鳥と了が漏らした言葉に藤馬が怪訝な顔をする。

 不利な状況でまずいのは確かだが、まだそこまで深刻な表情になるほどではない。


「「何かもう良いやって感じになりかけてる」」

「はあ?」

「私たちを攫った下手人がお前なのはもう分かってるからな」

「色々考えて今は殺されないだろうって答えに行きついたんだと思う」


 つまり現状、危ないのは自分の命だけ。

 そうなると次郎としてはもう良いかな、と諦めに気持ちが傾いてしまうのは無理もない。


「おいおいおい、アイツはかなりガッツのある奴だぜ?」

「それはそうだが自分だけのためとなれば話は別だ」

「基本、なあなあで楽にやり過ごしたいタイプなんだよ次郎は」


 次郎の人物評を聞いてマジかと情けない顔をする藤馬だったが、


「ん? ってこたぁモチベさえあれば」

「何だ? お前が負ければ友人二人の命はないぞと脅しつけるか?」

「それも悪くねえが……ククク、お前らダチなんだろ? だったらもっと効果的なのがあるって分からねえか?」

「「あ」」




                                  ◆




 いやもう無理っすわ。

 右頬をブン殴られ吹き飛ぶ俺の心はもう八割方、諦めが占めていた。


(……何か俺ってこんなんばっか)


 前も愚痴ったような気がするが俺、血統的にはすげえのよ?

 だってルシファーの息子だぜルシファーの。

 天使堕天使悪魔人間四つの力を宿してるとかこれもう主人公並みの盛られ具合じゃん。

 どう考えても無双かませるスペックじゃないの。


(なのにボコられてばっかじゃんね……)


 初めての戦闘では藤馬にボコられ翌日のテストでは先生にボコられ。

 ちょっと鍛えて良い感じになったと思えば愛理ちゃんにボコられ。

 いやまるっきり勝ててないわけじゃないんだ。

 愛理ちゃんの村に行く切っ掛けになった依頼では自爆だったけど一応、圧倒したし?

 他にもちょこちょこ受けてる依頼では余裕で敵を倒せてるんだよ。

 でも漫画で言うモブみたいなんだけなんだよ。ネームドの強キャラには基本ボコられてる。


(最近は飛鳥と了にもかなり迫られてるしさあ)


 親父は悪魔に理不尽な支配を押し付けようと表立って文句言えないぐらい圧倒的な強さだったらしいんだぞ?

 その息子の俺がこれっておかしいじゃろがい。

 あれか? がっかり二世か? がっかり二世なのか俺?

 父親は立派だったのにねえ、悪くはないけど期待外れみたいな評価受ける枠なのか?


(やってらんねえわ)


 飛鳥と了の命が懸かってるなら俺ももう少し頑張れそうだけどさ。

 でも冷静に考えてみるとな。

 藤馬の性格上、クソガキみたいな面白みのない奴に積極的に協力しているとは考えられない。

 多分、柵か何かで協力してやってるとかだろう。

 ならクソガキが仄めかしたように俺が負けた瞬間、始末するとは考え難い。

 何せ二人は色々とおかしな存在でわざわざ確かめにくるぐらい興味持ってるみたいだからな。


「ハッ!」

「がっ……!?」


 ガードの上からでも響く打撃。強い、確かにコイツは強い。

 だが藤馬を力づくで従わせられるほどではないから殺せと言われても無視するだろう。

 だったら秤に乗っかってるのは俺の命だけ。無理なもんは無理と諦めるには十分な理由だ。


(そりゃ俺だって死にたくはねえけどさ)


 コイツ強いんだもん。ただ強いだけならともかく付け入る隙がねえんだわ。

 あんだけ尊大な態度取ってんだぜ? 普通は強者ゆえの傲慢とかあって然るべきだろ。

 少年漫画の主人公たちだってそういう強者の傲慢を見逃さず食らいついてジャイアントキリングかますじゃん。

 なのにクソガキってばマジで堅実な立ち回りしやがる。

 一撃入れられそうな瞬間が生じそうならすっと引いて仕切り直すし、隙のありそうな大技を出すこともない。

 ゲームで言えば出が早く硬直の少ない小パンとかでちくちく削る感じ?


(この酸の雨だってそう)


 継続デバフだ。

 回復しなきゃダメージが入り続けるし回復すればこちらのリソースが減る。

 チクチクとこっちを削るやり方は体以上にメンタルにズシンとくるのだ。

 だから俺も嫌気が差しちまってもう殆ど諦めの境地に達してるワケ。

 クッソムカつくぜ。俺がくたばればさぞや勝ち誇るんだろうな。


(コイツのドヤ顔を想像するだけでもう……うん?)


 ふと、気付く。クソガキの表情がどうにもおかしい。


(何でコイツ、こんな必死な顔してんだ?)


 確実に勝利を得られるまで余裕を見せない。

 これなら分かる。堅実な立ち回りをしてるわけだし不思議ではなかろう。

 獲物を前に舌なめずりするのは三流とか誰かが言ってたしな。

 だが追い詰めているはずの奴が逆に追い詰められているような顔をしているのはどう考えてもおかしいだろう。


(諦めかけてる俺よりひでえ顔してんのは何でだよ)


 頭が茹だっていた時と違い諦めの境地にいるからこそ逆に視野が広がったのだろう。

 これまで見えていなかった表情がしっかり見えるようになったお陰でよく分かる。

 クソガキ……いやさレモンは見れば見るほど余裕がない。

 それを悟らせまいと必死に押し殺しているようだが今の俺にはバレバレだ。

 何故だとあれこれ考えを巡らせ、


(!? この女……泣いてるだろ)


 全身に力が漲るのを感じた。

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