まがい物の星 6
七月に入り俺たちはウォッチャーの庇護下を離れ正式に紳士淑女同盟に所属することと相成った。
結局、飛鳥と了がプレイヤーになった原因は不明のまま保護期間が終わってしまった。
とはいえ二人も既に腹は括っていたようだ。
『イレギュラーの原因を解明して足抜けするのが一番楽な展開ではあったけどさ』
『そう簡単に分かるようならそもそもイレギュラーなど起こり得まいよ』
『生きるため、理不尽に屈しないためやれることをやるだけさ』
『私も飛鳥もとうの昔に覚悟は決めているさ』
とのこと。
さて、ウォッチャーの庇護下を離れはしたが俺と先生の師弟関係は継続している。
特定のプレイヤーに肩入れしたり直接ゲームに干渉するのはアウトだがそもそも俺プレイヤーじゃねえしな。
指導をつけるぐらいはセーフってことだ。
なので同盟の仕事に差し支えないよう頻度は減らすがこれまでと変わらず指導は受けられる。
もうそういう目で見られなくはなったが美人とプライベートレッスンできるってのは良いリフレッシュになる。
その上強くもなれるのだから正に一石二鳥。
「……だってのに緊急の依頼なんてついてねえぜ」
七月七日。今日は本来、夜間に先生と修行の予定が入っていたのだが放課後の時点でキャンセルになった。
今回動かせる人員が他にいないので急ではあるが依頼を受けて欲しいと言われたのだ。
場所の関係上、出動は深夜になるってんで疲れを残さないようにとレッスンは中止。
「やれやれ、そう不貞腐れるな」
「終わったらラーメン食べに行こラーメン。ね? だから機嫌直しなよ」
「同盟が取ってくれたホテルの近くで屋台がやってるらしいぞ」
「……深夜ラーメンそれも屋台か、悪くねえな」
時刻はいわゆる草木も眠る丑三つアワーってやつだ。
こんな時間に食べるラーメンとくればそれはもう……うへへ。
「安い男だな」
「もう機嫌が直ってるよ」
途端に気分が上向きだした。
「っと、着いたな」
「だね」
「気分が良くなってきたからかなーんかこの光景もテンション上がるなオイ」
俺たちがやってきたのは某港湾区域にあるコンビナートだ。
最近、夜毎怪異が出現し作業員を殺しているとのことでその討伐を任された。
常なら二十四時間稼働しているが怪異が出現するということで今は人気も皆無。
昼間ならどうとも思わないが深夜のこういう場所というのは些かテンションが上がる。
「……俺らがバッチリ仇を取るからさ。見ててくれよな」
入る前に手を合わせてから刑事ドラマでよくあるテープを越えて中へ。
「どうだ次郎」
了が俺に話を振ってくる。
同じ魔性の力を持ち、尚且つ魔性に敏感な聖性も有しているのが俺だ。
ゆえに人外相手なら俺の方が索敵に向いているのだが……。
「魔性の気配が濃過ぎて正確な位置まではちっとわかんねえや」
「足で探すしかない、か。ま、そうそう楽はできないってことだね」
張り詰め過ぎない程度に神経を尖らせつつ内部の探索を開始する。
油断はない。数の強みを活かせるよう何があっても互いをフォローできるしっかり位置取りをしている。
これならばよっぽどの相手でもない限り不意打ちを食らうようなこともあるまい。
同盟が仕事を振ってきたのでそのような相手と出くわすことはないだろうが油断は禁物だからな。
「――――いやあ、やっぱ深夜のこういう場所って風情があるよなぁ?」
「「「!?」」」
突如、聞こえた“覚えのある”声に全員が振り向く。
「よっ」
「「「またかよ!!」」」
藤馬だ。パイプの上に腰掛け俺らを見下ろしている。
「藤馬ァ、おめえが目障りだったんだよ! 最初の出会いから今に至るまでそのニヤケヅラで毎度俺らを見下しやがる!!」
「何かデジャビュを感じるイントネーション……あ、あれか。お前、あの映画見たの?」
あ、通じるんだ。
「ああ。ちょっと前、コイツらとお泊り会した時にな」
いやあ、昔の映画だからって侮ってたが普通に面白かったわ。
名作ってのは年月を経ても色褪せないものなんだなって。
「「そうじゃねえだろ!!」」
「あ痛ッ!?」
飛鳥と了が同時に俺の頭を叩きやがった。
「何しやがんだ!!」
「何してるはこっちの台詞だ馬鹿!!」
「出待ちしてるとかどう考えて罠だろうが!!」
言われてみればその通りである。
何かと因縁のある藤馬が偶然、居合わせたなんてあり得ない。
この依頼自体が俺らを釣りだすためのものだったと考えるべきだろう。
(……内通者がいたりすんのか?)
同盟に入った依頼の状況を把握してなきゃ誘い込むのは難しくね?
ただ内通者が居たとしても新参で小僧の俺らが何か言うのもなあ。
いやそっちは後回しだ。今は藤馬に集中せんと。
「テメェコラ藤馬よォ! ハメたと思って調子こいてんじゃねえぞオォン!?」
廃墟の時、冬花さんの時と……二度だ、二度お前とはやり合った。
二度あることは三度あるとは言うがうぜぇ腐れ縁だよ。
だが三度目の正直という言葉もある。
「日々爆速で進化してる俺らを舐めんなや! フクロにして二度と逆らえないようにしたらァ!!」
「フクロってあたりにお前の冷静な判断が窺えるよな」
藤馬はケラケラ笑った。
青筋をおっ立てて更に言い募ろうとするが、
「悪いな。今日はお前とは遊んでやれねんだわ」
「は?」
つまりは、
「飛鳥! 了!」
庇うように前に出て警戒を促すように叫ぶが、
「! 違う、ブラフだ!!」
「狙いは君だ、次郎!!」
二人は不可視の衝撃波に吹き飛ばされながらそう叫び返した。
へ? と思ったのも束の間、眼前には藤馬がいて俺の腹に拳を突き刺した。
「ぐっ……!?」
咄嗟に腕を挟んでガードするが衝撃を殺し切れず吹っ飛ぶ。
だがこれで距離を取って仕切り直せると思ったが……読み違えた。
「あ、おま!!」
藤馬は俺を無視して飛鳥と了の方へと向かっているではないか。
俺には飛鳥と了を狙っているように思わせ、二人には俺を狙っているように思わせる。
藤馬はこちらの思考を噛み合わなくさせることで連携を阻み俺たちを完全に分断してのけたのだ。
「チャオ♪」
ひらひらと手を振り藤馬は二人を巻き込み消え去った。
「クッソやられた! 畜生、どうする!? どうすれば……」
先生に連絡――いや駄目だ。
藤馬はプレイヤーだからこれは代理戦争の一環と見做されるだろう。先生を巻き込めない。
「えっと、なら……ああ! 同盟! 同盟に連絡すりゃ良いんだ!」
焦りで上手く頭が回らなかった。
スマホを取り出し連絡しようとしたところで、
「――――みっともないわね」
「! き、君は」
レモン……ヴィナス。
「つくづく期待外れだこと。仲間と分断された程度でここまで取り乱すなんて」
はぁ、と溜息を吐く姿を見て頬がひくつく。
何やこのクソガキ。お前か、お前の仕業なんかこれ?
「良いわ。このままじゃあんたも身が入らないでしょうし明言してあげる」
二人は無事だとクソガキは言う。
「邪魔が入らないよう隔離させただけだから。ああでも、あんたが死ねばどうなるか」
クスリと嘲りを隠しもせず奴は嗤った。
「……てめぇ」
俺を殺したいってのはまあ良いよ。
(ルシファーの娘だと思ってるお前からすれば俺は不出来な兄貴にしか見えねえだろうしな)
ああ、殺してなかったことにしたいって気持ちは……理解できなくもない。
だが飛鳥と了は関係ねえだろ。
「何でアイツら巻き込む。普通に果たし状なり何なりで俺だけを呼び出せや」
「呆れた。こんな世界に身を置いておきながらよくもまあそんな甘いことを。少しは常識というものを弁えなさいな」
「うるせえな論点がずれてんだよクソガキ」
これは甘い甘くないの話じゃねえ。
「“俺”が気に入らねえっつってんだよ」
裏の常識だとかンな話は誰もしてねえんだよ馬鹿が。
「……ッ。身の丈に合わない傲慢な物言いじゃないの」
「そういうテメェは態度の割に随分と小利口じゃねえの」
とんとんと人差し指で頭をつっつきながら舌を出し馬鹿にするように言ってやる。
「お前」
「だってそうだろ? 俺らを分断したってことは、だ。三人がかりでヤバいと判断したからじゃねえか」
一人なら問題なくやれる。でも三人は無理ないしは難しい。
だからわざわざ協力してくれそうな奴を見繕って完璧に分断した。
「いや正しいぜ? ああ、勝つために全力を尽くしてるのは悪かねえよ? むしろ褒めてやるさ。お利口さんでちゅね~?」
君は偉い! ようやっとる!
だが、だがだぜ?
「初対面の時から尊大な態度かまし続けてきてそれかよってのが俺の正直な感想なワケ」
端的に、
「――――ダッセェ」
「――――殺す!!」
魔力が噴き出しクソガキの背中から蝙蝠のような翼が飛び出すと同時に周辺の空気が変わった。
コンビナート一帯が隔離されたと見て間違いないだろう。
「ハナからその気で来たくせにわざわざ殺すとか言うなよ。図星突かれて切れたようにしか見えねえぜ?」
「口だけは回るようね? でも直ぐにその減らず口を叩けなくしてやるわ!!」
「喧しい! そっちこそ覚悟しろや!? 俺だって完全トサカきてんだよォ!!」
飛び上がったクソガキを追って地を蹴る。
地対空ミサイルの如くかっ飛んだ俺は奴の顔面に拳を叩き込もうとして、
「すっとろい!!」
「へぶっ!?」
カウンターで顔面を張り飛ばされ羽虫の如く地に叩き付けられてしまう。
「チィッ……!」
即座に立ち上がりめいっぱい翼を広げて羽根の弾丸を撃ち出す。
奴は防ぐでも避けるでもなく同じように翼を広げそこから光弾を放ち迎撃することを選んだ。
真正面からの撃ち合い。徐々にこちらが押し込まれていく。
威力で負けているなら手数で補う。更に回転を上げる。
「蜂の巣にしたらァ!!」
押し返し――押し切る。
「へえ?」
クソガキの頬に大きな切り傷が刻まれ赤い血が流れ出す。
「なるほどなるほど? 出来損ないなりにそこそこやれるってわけね」
ぺろりと滴る血を舐め取りクソガキは嗤った。
「良いわ、評価を改めましょう。ここからは私も少し、本気を出してあげる」
高々と左手を掲げパチン! と指を鳴らすや世界が一変した。
赤と黄が入り混じるドロドロとした色で塗り潰された空間。酷く、嫌な予感がする。
「――――魔姫の落涙」
キラキラと輝く雨粒が降り注ぐ。
息を呑むほど美しいそれは容赦なく俺の肌を焼いた。これは酸の雨だ。
絶え間なく降り続けるそれによる傷を治癒しつつ、俺は思った。
(――――いや強えなオイ?!)
キレてたせいで忘れてたがそうだよこのクソガキ普通に俺より強かったわ。
最初に会った時の見立てでは三枚四枚ぐらい上かな~? って感じ。
いや俺もそん時から多少は成長してっけど目覚ましい進歩ってわけじゃねえしな。
よくよく考えたら実力差が埋まるわけないよねっていう。
(ど、どうすんだこれ……!?)