まがい物の星 5
「とまあそんなことがあってだな」
息子が必殺技について熱く語り合っている頃、父は晩酌がてら今日の出来事を妻に語り聞かせていた。
「母さんが傷ついたらどうするんだってもう激おこなんだ」
【マ? え、ちょ、ま、あーしらの息子めっちゃコーコー息子じゃん。三年生ぐらいはあるっしょ】
「ああ、卒業間近だよ」
高校じゃないよ孝行だよと思ったが妻が可愛いので太郎はスルーした。
「いや本当に優しい子に育ってくれたと改めて思ったね」
ちょっと早とちりなところはあるがそれもまた愛嬌。
母親のために本気で怒れる子であることの方が誇らしいと太郎は笑う。
それはそれとしてこれ魔王の会話か?
【たろちゃんのお陰だね。あーしの分もめいっぱいラブ注いだ結果じゃん?】
「ははは、いや照れる」
【ってかそのレモンちゃんだっけ? たろちゃん的にありなん? そーゆーアレ放置しといて】
「ん? んー、いや別に気にはしていないかな」
【勝手に血だか何だか使われてたろちゃんがパパだっつって吹き込まれてんのに?】
「うん」
正直、太郎としては心底どうでも良いというのが本音だった。
人間としてはマジで無関係だし魔王ーとしても微塵も興味が沸かない。
「正直勝手にやってろって感想しか沸いてこないかな。一家の大黒柱として忙しいから巻き込まないでどうぞって感じ」
【ウケる(笑)】
「仮にみーちゃんに出会う前の私だったとしてもなあ」
量産型クローンルシファーの軍団でも作り攻め入ってくるなら興も乗る。
「だが件の少女は血を混ぜただけの半人半魔ってだけみたいだしなあ」
【じろちゃんとおなしでハーフなん?】
「多分ね。いやコンセプトは分かるよ?」
ルシファーというのは完成された存在で余白がない。
ゆえに人間という不確定要素に混ぜることでルシファーを超える可能性を求めたのだろう。
しかし詰めが甘いというのが太郎の見解だった。
「確かに人間は可能性の塊だからアプローチとしては間違ってはいないんだが」
それをするならテキトーに作るぐらいが丁度良いのだ。
ガチガチに固めてしまった結果、それなり程度でまとまってしまった。
「製作者が人間なら不完全な人間が作るものゆえという揺らぎも生じただろうが悪魔だしなあ」
だーからアイツは駄目なんだとぼやく太郎に妻は、
【何言ってっか全然わかんない(笑)】
「だよね!」
ぐいっとビールを飲み干し笑う。つくづく妻に弱い男である。
【ってか今の口ぶり的に誰が作ったとか分かってる系?】
「分かってる系。オルターク・ヤッキーノという魔界でも古株の悪魔の仕業だろう」
【誰それ? 有名なん? あのー、あれ。バカモン四十七的な?】
恐らくはソロモン72柱と言いたいのだろう。
「いやそんなメジャーどこじゃないよ。人間にとってはマイナー極まる存在だろう」
ソロモン72柱の知名度が全国区のアイドルならオルタークはご町内程度のもの。
「だからとて彼らに劣るかと言われればそれも違うがね」
【強いん?】
「まあ強さもそれなりではあるよ。ふむ……みーちゃん、悪魔にとって一番重要な能力は何だと思う?」
【っぱコレっしょ】
遺影の妻がぐっと腕を曲げ力こぶを作るジェスチャーをしてみせる。
可愛いなあと思いつつも太郎はそれも大事だがとやんわり否定。
【そうなん? 何か魔界って常時悪魔が微笑む時代っつーの? そういうイメージある】
「まあ腕っぷしもあるに越したことはないが一番ではないかな」
【じゃあ何なん?】
「バレないよう裏でコソコソ悪事を働く能力こそが悪魔の本領さ」
ニヤリと笑い太郎は続ける。
「例の少女を作るのに私に気取らせず必要な血なり何なりを掠め取れるほど裏で動くのが上手い悪魔は限られている」
その中でやりそうな奴は更に絞られる。それがオルタークなのだ。
【ふーん? そのオルターク? はなーんでたろちゃんジュニア的なの作ろうと思ったん?】
「んー……そうだなあ」
枝豆を口に放り込みながら思案する。
真っ当な理由とアホな理由の両方が太郎の頭の中にはある。
とはいえ相手は悪魔。実質一択、後者以外にはないだろう。
「“理想の推し”を作ろうとしたんだろう」
【???】
「オルタークはな、人間で言うところのアイドルオタクのような気質の持ち主でな」
言い方は少し間抜けだが間違ってはいまい。
それに何よりこの方が伝わりやすいだろうと太郎は更に続ける。
「それもただのアイドルオタクではない」
【ド級のオタク?】
「いや厄介オタクだ」
そう言って太郎は大昔のことを語りだす。
「神に敗れた私は魔界に堕ち、力を蓄えいつかのリベンジを果たそうと魔界の制圧を開始した。
雑魚は早々に恭順を示してきたが有力な悪魔たちはそうもいかない。
単独では私に勝てずとも徒党を組めば十分対抗できると考えたのだ」
最終的な落としどころとしては魔界の大勢力の一つあたりに抑えるつもりだったのだろう。
「だが強い悪魔たちの中でも様々な理由でいち早く私に跪いた者らもいる。オルタークもその一人だ」
【へえ、じょーせー読むの上手かったんだね】
「いや奴の場合はそうではない。私という存在に心奪われたがゆえさ」
【あ、ひょっとして】
先ほどのオルターク評を思い出したのだろう。
「そう。奴の推しが私だったのだ」
【マ?】
「マジマジ。どこに惹かれたとかは私が口に出すのは恥ずかしいから省くがね」
ともかくだ。
推しを見つけたオルタークは自身の損得を顧みずルシファーに尽くした。
【忠臣じゃん。討ち入りしてくれるんじゃね?】
「おっと、忘れたのかい? 言ったはずだよ奴は厄介オタクだとね」
健全なオタクなら推しを推せるだけで幸せだろう。
見限るようなことが起きてもそっと離れるだけ。
しかしオルタークは違った。
「奴はアイドルを自分のものにしたい系のオタクなんだよ」
【キッショ】
「ああいや、少し語弊があるか」
支配を望むわけではないから自分のものにしたいとは異なる。
推しの一番近くにいられて、推しに一番想われている存在になりたいのだと太郎が訂正を入れる。
【いやそれもキッショ。アイドルってそーゆーんじゃなくね? いやファンと結婚したみたいなんもあるけどさあ】
「レアケースだよね。ともかくだ。私は別にオルタークを特別視しているわけではなかった」
オルタークのみならず他の悪魔たちもだ。
良い意味でも悪い意味でも特別視しているのは神と妻子ぐらいのもの。
他はどうでも良いというのが太郎の本音だった。
「どう足掻いても手に入らぬ星を見つめ続けるのは辛い。しかし完全に諦めるのも辛い」
【めんど】
「仰る通り。それで奴は私以上に推せる存在を作ろうと考えたのだろうよ」
【……それがその、レモンちゃんなワケ?】
「恐らくはね」
ルシファーの血を引く存在ならば今以上に理想の推しを創り出せる。
創造主となることで被造物にとって特別な存在になれるし一石二鳥。
「だが結果は御覧の通り、奴からすれば失敗作だ。とはいえ利用価値がないでもない。
逸脱した存在にはなれずとも長ずれば力という意味では自分よりも強くなれる。
戦力としてなら使い道もなくはないと思ったから養父として振舞っているのだろう。
大方、ルシファー様からお前を預かり子として育てるよう密命を受けたとでも吹き込んだんじゃないかな?」
何それクソじゃんと呆れる妻に仰る通りと太郎も頷く。
【オルクソがクソなのは分かったけどさあ。ンでレモンちゃんがうちのベイビーちゃん狙ってるワケ?】
「そりゃまあ、どこかで知ってしまったのだろう。自分が出来損ないであるとね」
失敗作の烙印を払拭し、真に魔王の娘として名乗りを上げるため本物を。
あまりにも分かり易い展開だと苦笑する。
【クッソ迷惑なんですけど】
「ちなみにそれがレモンとやらの思惑でオルタークの方は……」
【……分かりたくないけど分かっちゃったかも。たろちゃんに代わる理想の推しになるかもってこと?】
「そう。その試しの一つでレモンが仕掛けるのを静観しているんだろうよ」
【親子揃ってクッソ迷惑。うちの可愛いベイビーちゃんに手ぇ出すとか許されざるよ?】
「だな」
とはいえ太郎としては手を出すつもりはない。
裏の世界から逃げるという選択をしていたのなら万難を排し尽力していただろう。
だがその道を選んだのなら自分の過剰な助力は息子の成長を妨げる枷にしかならない。
ゆえに助言以上のことは現状、していないのだ。
【じろちゃん大丈夫なん? その子、強いんしょ?】
「現状、次郎より三枚四枚ぐらいは上回ってるんじゃないかな? でも大丈夫」
【なして?】
「母さん。次郎が初めてテストで100点を取った時のことを覚えているかい?」
【そらもう。たろちゃんがガン泣きしながら話すんだもん。あーしも泣いたし】
うちらの息子めっちゃ良い子と二人で褒め合ったよねと笑う妻に大きく頷く。
「あそこは母親がいないから。父親だけだからと誰ぞに言われて私が馬鹿にされたと思ったんだな」
次郎は言っては何だが結構、アホの子だった。
宿題放置して元気に遊びまわるようなタイプで太郎もそれは承知していた。
にも関わらずある日突然、がむしゃらに勉強を始めたのだ。
これは何かあるなと太郎が察するのは当然の流れだろう。
それで100点を取った日、祝いにかこつけ悪魔トークでそれとなく探り理由を知ったのだ。
【今思い出してもちょっと泣く】
「まあその後はいつものあの子に戻ったんだが……っと、話がずれたね」
親馬鹿談義になりそうなので軌道修正を入れる。
「あの時のことからも分かるように次郎は自分のためだとどうにも頑張り切れないんだ」
基本的にだらしないし、楽して乗り切りたいというのが次郎の基本的なスタンスだ。
にも関わらず裏でのキツイ鍛錬をこなしているのは友人のため。
他人に尽くすための努力ならそれを労とは思わないのが次郎なのだ。
「十中八九、レモンは友人二人と次郎を引き離して一対一の状況を作るだろう。
自分だけのことなら死ぬかもしれないような状況でもイマイチ乗り切れないかもしれない」
じゃあやばいじゃん、と抗議する妻に大丈夫と再度告げる。
「誰かのために負けられない理由を見つければあの子は何度だって限界を超えてみせるさ」
【それってあーしらを泣かせたくないとかそういう?】
「まあそれも理由にはなるが土壇場ではちと弱いかな?」
先立つ申し訳なさなどを感じることはあるかもしれない。
だが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそこに目が向くかは怪しい。
仮に目が向いても無理なもんは無理だと踏ん張る理由にはなり切れないだろう。
【やっぱやばいじゃんね!】
「ふふ、誰かのために頑張れるのはあの子の長所だ。では今度は短所に目を向けてみようか」
【短所?】
「そう。その短所が武器になることもあるのさ」
そう言って太郎は更に続ける。
「100点取って私を馬鹿にした奴らを見返せたと思えば何時ものあの子に戻った。
そのことからも分かるようにあの子は少々、目先のことだけしか見ていないところがある」
長期的なものの見方が疎かなのは短所と言えよう。
だが目先のことしか見えていないのは言い換えれば目先のことは“見逃さない”ということでもある。
「そんな次郎がはたして心で泣く乙女の涙を見過ごすかな?」
つまりはそういうことだと太郎は笑った。