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まがい物の星 2

 渡り廊下を歩いていると校庭から賑やかな声が聞こえてくる。

 部活動に勤しむ生徒たちが賑やかなのは普段からそうだが今日は特にだ。


「やっぱりテスト明けの解放感は違いますよね」


 クスリと一つ笑って歩き出す。

 ここ最近、裏で馬鹿があまりにも元気で忙しすぎて少しばかり疲れていたが元気をもらえた。

 歩を進め中庭の自販機コーナーに行くと、


「あ、お疲れ様ですミカエラ先生」

「清水先生もお疲れ様です」


 付近に設置されたベンチで清水先生がコーヒーを手にぐてーんとしていた。

 テストの作成、そして今は採点とで疲れが溜まっているのだと思う。


「いや僕なんて」


 少し困ったように清水先生は笑った。

 私の方がよっぽど、と暗に言っているのだろう。

 あの村での一件が片付いた後、私は彼に守秘義務等の簡単な説明をすることになった。

 創作でよくある記憶操作のようなことはしていない。

 一応、そういう処置をすることもあるが情報を拡散しそうな危ない人間にだけだ。

 社会的な立場もある弁えている大人にすることは殆どない。


「あー……その、少しお聞きしたいことがあるんですが」


 悩むように視線を彷徨わせた後、清水先生がおずおずと切り出した。

 私は自販機でコーヒーを購入してから頷き返した。何となく予想はつく。


「えーっと、内容があっちのことなので場所を変えた方が良いですよね?」

「いえ大丈夫ですよ。今、軽く結界を張ったので」

「け、結界ですか……これまたファンタジーな……」


 軽く引いているようだが直ぐに表情を引き締め言った。


「明星のことなんですが、あいつ大丈夫でしょうか?」


 何があったかまでは話をしていない。

 だが連休明けの次郎きゅんを見ればあの子が辛い経験をしたのだと察しもつく。

 清水先生は次郎きゅんを心配していたがまさか本人に聞くわけにもいかないしで悶々としていたのだと思う。

 以前も遠巻きに次郎きゅんを気遣わしげに見つめているところを目撃しているので間違いないだろう。


「……清水先生も察しているようですが明星くんは心に深い傷を負うような出来事を経験しました」


 流石に同僚の前で名前呼びはしない。

 桐生くんと如月くんの前では次郎くん呼びだが……まあ、彼らはね?

 裏での付き合いもあるのだし別に良いかなって。


「十代の子供が経験するべきではないような、そんな辛い経験です」

「……」


 艱難辛苦は人を成長させる。それは否定しない。

 だが必ずそれを味わえなどとは思ったことは一度もない。

 辛いこと悲しいこと苦しいことなんて経験せずに済むのならそれに越したことはないのだから。


「それでも、今は乗り越えて……いえそれだと語弊がありますか」


 痛みを抱えながらもまた歩き出したと言うべきだろう。


「清水先生もそこらは何となく気付いていたでしょう?」

「ええ、でも」

「分かります。だからとて心配にならないわけありませんよね」

「……はい」


 清水先生は漠然と教師になったわけではないのだろう。

 私のようにお堅い職に就いておけば得という下心でもない。

 先達として子供たちを教え導くことにやり甲斐と責任を感じて教師になったタイプだと思う。

 だからこそ次郎くんの現状にこの上なく心を痛めている。


「分かってるんです。僕にできることなんてないって。それでも」

「そんなことはありませんよ」


 これは気休めでも何でもない。


「そうやって心の底から自分を案じてくれている人がいてくれるという事実が救いになることは確かにあります」


 これは経験則だ。

 私も思春期に、闇の中を駆け抜けていたからこそ言える。


「裏の世界で生きるということは一寸先も見えない暗がりの中を進むようなもの」


 あの村での出来事も役者はともかく筋書き自体はそう特別なものではない。

 これから先も次郎きゅんはまた形の違う悲劇の演者となることもあるだろう。


「だからこそ、だからこそなんですよ」


 陽だまりの中に在るささやかな光が闇の中で輝きを増すのだ。

 暗がりで凍える心と体を温め前に進む力をくれる。


「清水先生の優しさはきっと明星くんの歩みを支える一助となるでしょう」

「ミカエラ先生……」

「私もまた教師として、そしてあの子の師匠として全力で支えとなるつもりです」


 いずれは公私ともに。


「なので安心してください、とは言えませんがまあ見守って頂ければ」

「……はい!」


 それから少しばかり雑談をして二人で職員室に戻った。

 そして終業まで黙々と仕事をこなして学校近くの公園で桐生くん如月くんと合流。

 今夜は三人で次郎きゅんの誕生日を祝うのだ。


「こんばんは先生。ケーキはバッチリ確保したよ」

「おぉ、それが例の甘魅さんとやらの?」

「ええ。次郎の誕生日祝いにと頼んだら気合を入れて作ってくれましたよ」


 ……これは警戒した方が良いのか?

 いやでも次郎きゅんは胸もお尻も大きい方がタイプで甘魅さんはスレンダータイプのようだし……。


「夕飯の材料も用意したので準備は万端です」

「すいません、お任せてしてしまって」

「先生は仕事してたんだし仕方ないよ」


 本当に良い子たちだ。

 忘れない内に材料費を支払って二人と一緒に自宅へ。

 今は単身者用なのであまり広くはないが四人ならば問題なかろう。


「次郎くんを待たせても申し訳ないですし早速始めましょうか」

「はい。まあ別に待たせたところで問題はないと思いますが」

「ね。さっきもはっつぁんと遊んでるってメッセきてたし」

「……はっつぁん?」


 どなただろう? 紳士淑女同盟で知り合った人?


「この人だよ」


 パリピっぽいサングラスをかけた次郎くんと鳩がポーズを取っている写真を見せてくれる。

 え、ひょっとしてこの白い鳩がはっつぁん?


「……人っていうか鳥なんですが」

「何やら込み入った事情で鳩越しでしか接せられない人のようですよ」

「それは」

「怪しいは怪しいけど多分、大丈夫かと」

「一度挨拶したけど悪い感じはしなかったし次郎も良い奴だって太鼓判押してたし」

「そう、ですか」


 気にはなるが交友関係にうるさく口を出すのは違うだろう。

 何かあれば全力で動く。これだけで良い。


「まあでも早くするに越したことはありませんので改めて頑張りましょう」

「「はい!!」」


 私の指揮の下、三人で料理に取り掛かる。


(……手際良いですね)


 驚いたのは桐生くんと如月くんの料理の腕だ。

 男の子だし簡単な仕事をと思ったのだが、パパっと片付けてくれる。

 これならもう少し任せても良いだろう。


「お二人はよくお家の手伝いをされているんですか?」

「いえ特には」

「同じく。そういうのはむしろ次郎じゃないかな」


 となるとセンスだけでか。いやはや器用なものですねえ。


「ところでお二人はどのようなプレゼントを?」

「依頼で懐も温かったので裏関係の物品を二人で金を出し合って用意しました」

「初心者装備的な? まあ性能はともかくデザイン諸々は気に入ってくれるんじゃないかな」

「先生は?」

「同じく装備品ですね。天使の力を引き出し易くする効果があります」


 ちなみに二人の分も用意してある……ああ、こっちは先に渡しておこうか。

 ちょっと待っててくださいと言って自室に戻り渡す品を回収。


「受け取ってください」

「え、僕らに? 僕らの誕生日は全然先なんですけど」

「来月からウォッチャーの庇護下を離れる餞別も兼ねていますから」

「ありがたい話ですが少々次郎に申し訳ない気も」

「ああそこは大丈夫です。性能としては三人共に同程度のものですが次郎くんの分はハンドメイドですから」


 天使の力……それも大天使のものを補助するのだから市販のものでは難しい。

 素材に私の血やら何やらを使うのは極々当然のこと。

 特別感はあるし誕生日プレゼントとしては申し分なかろう。


「そういうことなら……あ、チョーカー?」

「はい。状態異常への耐性を向上させるものです」

「ほう、それはありがたい」

「お二人は純粋な人間で悪魔や天使では軽減される類のものも効いてしまいますからね」


 とまあそんなやり取りをしつつ調理を続け八時を回る頃に準備は終わった。

 事前に連絡をしておいたので次郎きゅんも少ししたら到着。


「「「お誕生日おめでとう!!」」」

「どうもどうも! わははははははははは!!」


 祝いの言葉を贈ると次郎きゅんはこれでもかと喜んでくれた可愛いエッチしたい。


「テンションたっけえ……というか何だよその星型サングラス。はしゃぎ過ぎだろ」

「というかピアスまで開けて……ますます女癖悪いバンドマン感増したな」

「グラサンはともかくピアスは良いだろ! お洒落じゃい!!」


 正直、顔が引き攣るかと思った。

 左耳のピアスは市販品のようだがデザインが明星を想起させるというか……。

 下手に触れるのはやめておこう。それより右耳だ。


「あの、右のピアスは」

「友人のはっつぁんに貰ったんです。何かタリスマンの類らしいっす」


 それは分かる。問題はそこじゃない。

 注目すべきは剣を模した支柱が特徴的な天秤というデザイン。

 剣に天秤とくればそれはもうミカエルしかあるまい。


(――――これはもう私への求愛と言って差し支えないのでは?)


 深く関係するものを身に着けるとかこれもう求愛でしょう。

 私も何か星っぽいアクセサリーを身に着けるべきか?


「……参ったな」

「どしたい飛鳥」

「ああいや、私と飛鳥もアクセサリーを用意したんだよ。ピアスではないが被ってしまったと思ってな」

「え、何か問題ある? 全然嬉しいんだけど」


 それは良かった。というか詳しく聞かなかったけど二人もアクセサリーだったのか……。


「金額の関係で僕と飛鳥、二人からってことになるけど」

「全然問題なし! 開けて良い!?」

「ああ」


 喜色満面といった風に次郎きゅんが渡された小箱を開けると、


(げ!?)


 被った! 指輪で被ってしまった!!

 携行が容易だからと選んだのだろう……考慮すべきだった!!

 い、いやでも私の指輪とはまた意味合いが違うのでセーフ!


「か、かかかかカッケーで御座るなこれェ!!」


 そこは私も同意する。

 髑髏に逆十字のリングとか異能系バトル漫画とか大好きな私としてもかなりポイント高い。


「予想通りのリアクションだな」

「だね。これ見つけた時、あ、これ次郎好きなやつってなったもんね」

「正直私たちにはピンとこないけどな」

「「そんな!?」」

「いや次郎はともかく何で先生も?」

「先生、こういうの好きなんですか?」

「好きか嫌いかで言えば大好きですとも」


 ただ私の場合、天使の翼があるので浮いてしまうという……。

 いや光と闇のマリアージュもお約束ではあるのだけど私の場合はホーリー成分が強過ぎるのだ。

 大天使ミカエルの力と釣り合うだけのダークでないとしょぼ過ぎてカッコ良さより滑稽さがにじみ出てしまう。

 そのようなことを切々と語ると桐生くんと如月くんは半笑いになった。


「ちなみに効果だけど闇の力をブーストするとかそういうのがあるらしいよ」

「お前が持つ悪魔と堕天使の力を使う時の役に立つだろう」

「サンキュ! 早速着けて良い!?」

「「どうぞどうぞ」」

「……悪魔の力だから左手のが良いよな?」


 そして、


(あぁ!?)


 迷うことなく左手の薬指に嵌めた。

 そんな、何で……そ、そこは私が狙って……。


「何? 遠回しに僕らへ告白してんの?」

「ちげえよ。はっつぁんと駄弁ってる時、雑学的な感じで教えてもらったんだがな」


 そう前置きし次郎きゅんは理由を語りだす。


「左手の薬指って何か昔から直接心臓に繋がってるとこってされてるらしくてさ。

命に一番近い指として神への聖なる誓いの指って考えられてるんだって。

そんなホーリーなとこに敢えて闇の物品を身に着けたらどうよ?」


 ……困った。普通にちゃんとした理由だった。


「先生、どうなの?」

「……間違っていませんね」


 ジンクスだのは一般人にとっては気休め以外の何ものでもないが私たちにとっては違う。

 邪な儀式をするのなら仏滅や不吉な時間を選べばその効果は強化される。

 次郎きゅんのそれも、微増ではあるが効果は増すはずだ。


「ほらぁ! ちゃんと考えてんのよ俺だって! ま、それはともかくありがと! 大事にするよ!!」


 再度感謝の言葉を伝え二人がそれを受け取り笑う。

 今度は私の番だ。


「……被ってしまいますが私からのプレゼントです。ちなみにハンドメイドです」

「先生も指輪なんすね。しかも手作り……おぉ! 良い! これは良い!!」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「これは茨をモチーフにしてんのかな? 嵌め込まれた赤い石は……何かめっちゃホーリー」

「ええ。それには次郎くんに宿る天使の力を引き出し易くするための効果が宿っています」

「ほーう? えーっと、それならこれも薬指にするか? 二連だけどそれもまたシャレオツ……」


 !


「あ、待てよ。こっちもあったか」


 あぁ!?

 次郎くんは右手の中指に私の指輪を嵌めた。

 邪気から身を護るとされている場所だ……選択肢としては、正しい……。


「露骨にガッカリしてるなこの人」

「うん。次郎ははしゃいでて気付いてないけどね」

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― 新着の感想 ―
何故、はっちゃんとか言う友人から貰った物がミカエル「親父」所縁の物と気づいてるのに流すのか……やはりポンコツか この従姉
アクセサリーをジャラつかしてるファン食ってそうなバンドマン風イケメン爆誕!
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