まがい物の星 序
「そう言えばそろそろ中間テストの時期なんじゃないか?」
夕飯時、沢庵を齧りながら親父がそう切り出した。
「そろそろっつーか明日からだよ」
もう六月入ったからな。
「勉強はしっかりしてるのか?」
「飛鳥と了、んで先輩のお陰でそれなりにはやれてるよ」
特に先輩な。
「っぱ可愛い女の子とのマンツーマンの授業はやる気の出力も違いますなァ!!」
【じろちゃんめっちゃ思春期じゃんウケる】
しょうがねえよ。
例え脈がなくたって女の子と何かするのは年頃男子的には嬉しいもん。
「……女の子、ねえ」
「あん?」
「いや何でもない。まあ勉強してるならそれで良いさ」
ぐい、とビールを半ばほどまで飲み干し親父は続ける。
「春からこっち色々と忙しかっただろうがな。裏が人生の全てじゃないんだ」
むしろメインは表。
裏にのめり込み過ぎて人生を疎かにするようなことはするなよ。
親父の言葉は尤もで、俺は大きく頷き返した。
「でもそれはそれとして魔王の言葉じゃねえよな」
「魔王は死んだよ」
「勝手に殺すな」
勝手に辞職しただけだろテメェ。
いや改めて考えてみると迷惑極まるな。
総理大臣が周囲に相談せずいきなり辞職して雲隠れするようなものじゃん。
結果、続けてたよりマシな状況にはなってるけどそれはそれこれはこれだ。
【ところでさあ、明日からテストってことは大体三日ぐらい?】
「うん。五日で終わるよ」
【マジ? スッキリした気持ちで誕生日迎えられるじゃん!】
テスト最終日の翌日、六月六日が俺の誕生日だ。
煩わしいことから解放された途端にめでたいことが待ってるってお得だよね。
「うん。あ、でもその日は俺、友達とすごすから」
飛鳥と了、んで先生が祝ってくれるのだ。
「じゃあうちの誕生会は前日にやるか」
「悪いね」
【良いって良いって。パパママとしては誕生日祝ってくれる友達いる方が嬉しいし】
「プレゼントはどうする? 去年は確かゲームソフトとアクセサリーだったか」
【ちな今だから言うけどアクセはママちゃんチョイスだったりします】
「というか毎年二つ贈ってる方の片っぽは母さんチョイスだな」
「マジか」
ああでも、そうか。そうだよな。
物心ついた時から俺は誕生日やクリスマスにはプレゼントを二つ貰っていた。
何で? と聞いた時、父さんと母さんで一つずつだと親父は言った。
今思い返してみれば言葉通りの意味だったんだなって。
「……母さんってギャルやってただけあってセンス良いのな」
【まーね!】
母さんの分と言って渡されていたのは大体、お洒落関係のもの。
小学校卒業までは服とか靴とかで中学からはアクセサリーだった。
友達からも結構、センス褒められたりして鼻高々だったんだよな。
「今年からはもう隠すこともないし普通に希望も聞けるがどうする?」
「あー、母さんにはピアス頼もうかな。何かカッコいいの見繕ってよ」
【おけおけ。明日にでもたろちゃんとデートがてら見てくるわ】
「というかお前、ピアス空けるのか?」
「うん。前々から興味あったしね」
中学ん時は運動部だから無理だったけど今は何もやってねえからな。
「んで親父にはぁ……中古で漫画の全巻セットを何種類かよろ!」
新品だと一作品しか無理だが中古なら複数作品もセーフやろ。
「分かった。お前が好きそうなの調べておくよ」
「サンキュ!」
【ご飯はどうする? 外食にする?】
「それだと母さん連れてけないし家で良いっしょ」
【やっべあーしの息子めっちゃ良い子(笑)】
「いや結界張れば良いし普通に母さんも連れて行けるぞ?」
「あ、そうか。魔王だしそれぐらい余裕か。んー、でも家が良い。外食の気分じゃねえし」
「了解。何食べる?」
「寿司が良い!」
「分かった。出前の予約入れておくよ」
へへ、楽しみが増えたぜ。
お陰でテストへのやる気も出るってもんよ。
「……しかしお前も、もう十六歳なんだな。早いもんだな子供の成長って」
【生まれた時は早産でちっちゃかったじろちゃんがこんな大きくなってママちょっと泣きそうなんですけど?】
ちょっとやめろよ恥ずかしい。
「あ」
「どうした?」
「誕生日で思い出したんだけどさあ……あのー、これって偶然?」
「何がだ?」
「六月六日の午前六時に生まれたとかモロじゃねえか」
これまでは別に気にしてなかったけどさ。
この身に宿る血を知った今だとえぇ? ってなるよね。
【悪魔の子(笑)ウケる】
ウケる(笑)じゃねえんだわ。
「いやそこは偶然だぞ。というか前言っただろ。お前に人外の血が宿ってるのは予想外だったって」
「そうだけどさあ。今考えると意味深すぎるでしょ」
【逆に言うとナチュラルボーンで闇の申し子っつーね】
「お前って漫画とかだと読者に伏線と受け取られそうな意味深要素多すぎるよな」
「おい元凶」
確かに俺もちょっと思ったけど。
作者からすると「何もそんな……俺は軽い気持ちで……」みたいなアレね。
【まあじろちゃんの意味深要素って全部たろちゃん絡みだよね】
「いやでも私、何もしてないからな本当に」
「それは俺も分かってるよ」
親父は父親としてふっつーに頑張ってるのは俺が一番知ってる。だって息子だもん。
あいやお袋もか。一番は言い過ぎだったな。
【でもそれはそれとして胡散臭いにもほどがあるのは事実じゃね? っていう】
「それな。多分だけどミア先生とか志村さん、めっちゃ親父……ルシファーのこと疑ってると思うぜ」
どこまで情報共有してっかは知らないけどさ。
それでもウォッチャーの代表である志村さんとこれから世話んなる紳士淑女同盟のボスジョンさんは知ってると思う。
「……こないだの愛理ちゃんの一件とかもさ。できすぎだもん」
普通にやってたらほぼ詰みの厄ネタチート爆弾。
それをルシファーの息子が正しい攻略法を以って倒したとかどう考えても不自然だろ。
ルシファーが誘導した結果、攻略の鍵を得られたと考える方がよっぽど自然だ。
「とんだ風評被害だ……謀を巡らせているのは私ではないというに……」
小声でぶつくさ文句垂れる親父。
丁度良い機会だから聞いておこう。
「ってか親父さ、聞こうと思ってたんだけど俺が話を持ち掛けた時点で看破してたろ?」
「ん? ああ、見抜いてたよ」
やっぱりな。
親父が陰謀を巡らせて俺と愛理ちゃんを引き合わせたとは微塵も思っていない。
だが解せない点もある。
何故、電話口の会話だけで愛理ちゃんがプレイヤーであることとその能力まで見抜けたのか。
「お前の話を聞いていれば大体は分かるさ」
「当事者の俺がボコられながら気付いた事実を何で分かるんだよ」
「あまりにも透き通っていると、お前は件の少女をそう評しただろう?」
「あ、ああ」
それが何だと言うのか。
「それだよ。お前はあまり自覚がないようだが鋭い感性の持ち主だ」
「そ、そう? いや照れる」
「優れた舌を持つ者が一口料理を食べただけで細やかな気遣いまで分かるのと同じようなもの」
具体的にそれを説明する知識がないだけで俺は多くの情報を受け取っているのだという。
「そんなお前があまりにも透き通っているなどと評する人間だ。そりゃあ普通じゃあるまいよ。
そして私の人生経験からすれば大体の見当はつく。直ぐに分かったよ。聖女の類だろうとな」
聖女……ああ、親父はプレイヤーだと見抜いていたわけではないのか。
「稀有な素養を秘めてるから力にも目覚めかけている、と。なるほど」
「そこは……いや良い。ともかくだ。取り巻く環境、資質、それらを鑑みれば発現する力の性質も予想ができる」
その上で、と親父は悪魔のように笑った。
でもグラスにビールを注ぎながらだからどうにも間抜けだ。
いやそれ以前に禿た小太りのオッサンって時点でシュールがすぎるわ。
「お前の入れ込みようと気質を考えれば問題なかろうと判断した」
……父親だもんな。子供の性格ぐらいは分かるに決まってらあね。
「ふむ。それなりに飲み込めているようだし丁度良いか」
「……?」
「次郎、天使として悪魔として多くの人間の末路を見届けてきた私が断言しよう」
背筋に冷たい汗が流れる。
きっとこれから、良くないことを言われるのだろうことが分かってしまった。
「――――供花愛理に“もしも”はなかった」
……ほら、やっぱり。
「もう少し早く出会うことができれば、などという考えが頭をよぎったんじゃないか?」
「……うん」
愛理ちゃんは死んだ。俺が殺した。その事実は揺るがない。
そのことは飲み込んで自分なりにまた歩き出せているように思う。
だからだろうな。日常に戻ったことでふとした瞬間、頭をよぎるのだ。
もしも俺がもっと早くに愛理ちゃんと出会えて村から連れ出せていたらって。
ひょっとしたらこの陽だまりの中であの子が笑っていられる未来もあったんじゃないかって。
「お前も分かっているだろう? そんな未来はあり得ない」
俺が自分の身に流れる血を知ったのは高校初日。その頃にはもう手遅れだった。
じゃあもっと早く親父が教えてくれていたら? いや無理だ。
裏の世界に足を踏み入れる今の流れがなければ俺はあの村に行くこともなかった。
ああ、ああ、親父の言う通りだ。分かってるんだよ。
俺にはどうしようもないってことぐらい。
「でも」
「頭では分かっていても心が追いつかないんだな?」
「……うん」
「だろうな。だから私が残酷な真実を突きつけてやろう」
もしもの未来なんてなかった。それ以上に酷いことがあるのか?
聞きたくはない。でも、ここで耳を塞ぐこともしたくない。
多分、これは親父が俺を想って言ってくれていることだから。
「お前の手で生を終えることが彼女が得られる中で一番、救いのある結末だよ」
「――――」
……ああ、確かにそりゃ酷い。だってそうだろ?
俺と出会ってから別れるまでの間、何があったよ?
楽しい時間は過ごせただろうさ。笑い合えたあの瞬間に嘘はなかったろうさ。
でも、それは特別でも何でもない……。
「そう。実にあり触れたものだ」
「……」
「そんなささやかな幸福を噛み締め、自分を心底から愛してくれた男の手で命を散らす」
それ以下はあってもそれ以上はないと親父は断言した。
「仮に彼女が掲げる愛を以って世界を包み込んだとしても先に待つのは永遠の孤独だ。
達成感や皆を救えたという安堵はあっても個人の幸福なぞあろうはずもない。
そんな少女にお前は愛される喜びを、幸せを教えて送り出してやったのだ」
誇れとは言わない。だが卑下するのは如何なものかと親父は嗤う。
「お前がそれを否定するということは彼女が得られた光を否定するということでもあるのだからなあ」
「……」
「中年親父の妄想と切り捨てるかな? いいや不可能だ。何せお前にはその証が宿っているのだから」
胸の奥で炎が揺れた。
「これからも茨と薊の道を歩き続けるあなた。
どうかその心が凍えぬように。どうかこの温もりが歩みを支える一助となりますように。
終わりこそが救いと謳った少女が歩き続けるお前の幸福を肯定したのだ。これ以上の愛はあるまいよ」
親父の言葉を肯定するようにあの子の炎がじんわりと心身に染みわたっていく。
それが嬉しくて、悲しくて、泣きそうになる。
「私の言葉を直ぐに飲み込めとは言わんがまあ、片隅にでも置いておいても損はなかろうて」
「……うん。親父、ありがと」
「父親だからな。迷える我が子に言葉をかけてやるぐらいは当然さ」
そうだな……。
「でも、それはそれとしてテスト前日によくもこんな重い話ぶっこんできやがったな禿テメェ!!」
勉強しっかりやってるか? とか言ってる父親のやることか!?
【ウケる(笑)】
ウケる(笑)じゃねえんだわ!!




