甘き夢見し 4
「君、君、お名前聞かせてくれる?」
おいおいおい、どこで一体どう好感度稼いだんだ俺ぁ?
モテ期ってやつか? 参ったな。俺ってば魔性の男(激ウマギャグ)。
「関東を照らす一番星こと明星次郎っす」
「思い上がるな」
「良いとこご町内……いやさご近所程度でしょ」
君らホント塩対応だよね。
親友と呼べる間柄じゃなきゃ許されないよその塩分は。
「明星次郎くん。次郎くんね? 君、本当に良い顔で食べてくれるじゃない。作り手の冥利に尽きるってものよ」
「いやいや、俺ぁただ正直な感想を言っただけっすよ」
マジに美味いんだこれ。
うちの禿にも土産として買ってってやらんとな。
「その心からの言葉が嬉しいのよ。それに次郎くん、君、センスも良いわ」
「センス?」
はて? 今は制服だしファッションで主張してるとかはないんだが。
「幸せの味、そう言ったでしょ?」
「ええ。そうとしか言いようがなかったんで」
「それ! それなのよ! 冬花的に百点満点の賞賛よ!!」
ひゃー! と両手を上げる冬花さん。
ちょっと子供っぽいがあざとさやキツさは感じない。実に似合っている。
「冬花思うの。スイーツっていうのは幸せそのものだって」
おぉぅ、主語がでけえ。
「仕事で嫌なことがあった時。お友達とぎくしゃくしちゃったした時。家族と喧嘩した時。
人間は生きているだけでどうしたって辛いこと悲しいことに行き会っちゃうの。
でもそんな時、何となくコンビニで買ったシュークリームが、冷蔵庫の中にあったアイスが、プリンが心に染みる!
苦しい時、そんな時、頼りになるのが甘味! スイーツ食べとけば大体、上手く行くんだから!!」
期待がデカすぎる……。
「だから冬花はパティシエを志したのよ! 世界中の人間をスイーツで幸せにするためにね!!」
志が高すぎる……。
いやだが笑うまい。この姉さんは真剣にそう思って菓子作ってんだからな。
というか俺も実際に今、幸せにしてもらったしな。否定できんわ。
「ここだけの話、スイーツはいつかきっと戦争すら無くしてしまうと思ってるわ」
というわけで! と冬花さんはトレイの上にあったマカロンの盛り合わせをテーブルに置いた。
「気持ち良く食べてくれた君にサービスよ! お代はいらないわ! だってこれ冬花のおやつだもの!」
仕事の合間につまもうと作っていたのだという。
本当にスイーツ好きなんだなこの人。
「……受け取らないのは失礼だしありがたく!」
ただもらいっぱなしってのは性に合わねえ。
「俺もお返しにうちの禿親父へのお土産に沢山買わせてもらいまっす!」
「毎度アリィ! 次郎くんのパパさんもきっと冬花のスイーツにメロメロになっちゃうんだから!!」
アデュー! と冬花さんは奥へと引っ込んで行った。
嵐のような人だったな……しかし気持ちの良い女性だ。
「恋人はパティシエ――悪くねえなァ!」
「「……」」
「ってかお前ら食べないのかよ?」
「恥ずかしくて食欲が失せた」
「僕らのも食べて良いよ」
「マジ? 俺は社交辞令とか通じないタイプだから普通に遠慮なくもらうぜ?」
「「どうぞどうぞ」」
「やりィ!」
二人の分の菓子も貰い大変素晴らしい時間を堪能することができた。
お土産も買ってホクホク顔で帰ろうとしたところ、
「「待てや」」
「え」
路地裏に引き摺り込まれ頭をはたかれた。
「え、じゃないよえ、じゃ。僕らがここにきた理由忘れてない?」
「あ、あー……いやあれ大丈夫っしょ。全然悪い感じしないし」
「悪意の有無と害であるかどうかは無関係だ。……お前は身を以ってそれを知っているだろう?」
「む」
それを言われると俺も弱い。
……が、ちと嬉しい。
あんな話を聞かされても触れてくれるあたり優しさが垣間見えるよな。
臭いものに蓋をして愛理ちゃんの存在を“なかったこと”にしないでくれるのは嬉しい。
「あのー、次郎は気付いてないみたいだけどさ。あの人の作るお菓子普通じゃないよ?」
「まあ、確かにとんでもなく美味かったが」
「そうじゃない。何かしらの依存性、中毒性があると言ってるんだ」
「――――んん?」
目を見開く俺に二人はこれまでの観察から得た推察を話してくれた。
客の目とか全然気づかなかったけどそれよりも何よりもだ。
「依存性あるの分かってるのに俺のこと放置してたの!?」
「「うん」」
「うん、じゃないが!?」
バクバク食ってる俺のことどんな目で見てたの!?
「いやお前は私たちより頑丈だし平気かなって」
「それにこうして指摘されたら危険性を感じてるってことはそこまでの強制力はないんだろう」
「もしくは混血ゆえの耐性かだな」
「何冷静に考察してくれちゃってんだよ……」
「文句を言うな。それに普通の人間であるお前の親父さんにそれが渡る前に止めただろう」
いやうちの禿は問題ないし……。
とはいえ禿の正体については俺とお袋しか知らないので言えんのだが。
「はあ……で、どうすんのよ?」
「コスモスさんの口ぶりからして喫緊の課題というわけではないと思う」
「見極めるだけの猶予があるのは間違いないよね」
「つまり?」
「「とりあえず話を聞いてみる」」
穏当な手段だな。俺としても賛成だ。
対話で解決できるならその方がずっと良い。それが善人なら尚更だ。
愛理ちゃんの時のようなことは……なるべくなら避けたい。
「ただ話をするにしても人目があるようなところでは難しいからね」
「尾行して所在を割り出しお宅訪問だな」
「普通にキャプコスさんに聞けば良くね?」
「阿呆。それなら渡された資料に店だけでなく自宅の住所も書くだろう」
「僕らがそういう調査ができるかどうかってのも見てるんじゃない?」
言われてみれば……確かにそうだ。
キャプコスさんとは俺らの行動を予測できる程度に付き合いは深まっている。
だというのに資料に明記していないってことはそういうことだよな。
「じゃあこれからストーカー?」
「「言い方」」
「取り繕ってもしゃーねーべや」
「そうではあるが……だが尾行は明日からだ」
「何でよ?」
「流石に今からだと時間がね」
「あー」
そりゃそうだ。うちは放任主義だからあれだが二人のとこは違うもんな。
事前に言ってるならともかくいきなり夜遅くなるのは問題だ。
「とりあえず明日、お前の家に泊まるからと言って時間を確保するが良いな?」
「OKOK。何の問題もねえよ」
「じゃ、話もまとまったし今日は解散ってことで」
◆
ウォッチャー本部の来賓室で志村とジョンのジジイ二人が茶を片手に話し合いをしていた。
「元教師の立場から言わせてもらうと、だ」
「ふむ?」
「やんちゃな子ってのは存外、対応が楽なんだよ」
悪いことをすれば叱る。良いことをすれば褒めてやる。
向き合い方がシンプルなのだと言う。
「子供ゆえのやんちゃではなく荒んだ家庭環境などが原因であれば話は変わってくるのではないかね?」
「そういうケースであっても同じさ。だって彼らはSOSを発しているんだから」
やんちゃという形で外にサインを向けているので対処はそこまで難しくない。
例えば家庭環境が怪しいというのであれば子供のやんちゃを理由に介入し易くなる。
志村の言葉にジョンはなるほどと頷き続きを促す。
「逆に気にかけなきゃいけないのは僕ら大人の目から見て年齢不相応に手のかからない子だ」
早熟ゆえというなら問題はない。
しかしそれ以外の理由でだとすれば一筋縄ではいかない。
「表面上は問題がないため干渉し難いということかな?」
「そう。それとなく探りを入れてみたりはする。悩みはないかとかね。だが」
「その手の子供は何もないと言うだろうな」
「うん。そうなるとこっちとしてもアクションに困る」
やんちゃの子は外にサインを向ける。
しかし手のかからない子は外に何かを主張しない。
その違いが手を差し伸べる側にとっては大きいのだ。
「前置きはここまでにしよう。僕は飛鳥くんと了くんを後者だと捉えている」
「ルシファーの息子という特級の厄ネタよりもかね?」
「背景は確かに特級さ。でも次郎くん当人の人格は分かり易いからね」
言い方は悪いが単純なのだ。
「善行も悪行も……いや悪行というのはちょっと言い方が違うかな? 問題行動と表現しよう。
そのどちらであっても彼自身の身の丈を超えるようなことはしない。
心のまま素直に道を選択しているからフォローも容易い。だが飛鳥くんと了くんはどうだろう?
彼らもまた良い子であることに疑いはない。担任のミアくんもそこは太鼓判を押してくれている」
だが、彼らはどこか危うい。
「何が、と問われると困るんだが僕ぁうすら寒いものを感じている」
その何かがイレギュラーという要素と絡みついているのかどうかそれさえ分からない。
飛鳥と了に関しては殊更慎重に対応しなければいけないと思っている。
そう言って志村はジョンに問う。
「あなたも僕と同じような考えなんじゃないかな? ジェントルチェックでそのようなことを言っていたと聞くしね」
「同意しよう。君が聞きたいのは危うさの理由かな?」
「うん。僕よりも他者を測る良い目を持っているあなたならもっと深い部分も分かるんじゃないかと思ってね」
ジョンは善人であると前置きした上で毒、或いは黒き光であると飛鳥と了を評価した。
「あなたの評価を聞くに彼らは“善意でとんでもないことをしでかす”タイプの人間ってことなのかな?」
変革に痛みはつきものだ。
だからこそ時の為政者はその痛みが少しでも和らぐよう苦心しながら行動に移す。
その分、変化も緩やかでそれゆえ変革を目指す理由の根絶も遅々としたものになってしまう。
それを良しとしない人間も当然、いる。
病理を除くためには例え今、激しい痛みを伴うとしても決断的に進めねばならないと。
そういう“行き過ぎた善”ゆえダークサイドに分類されるプレイヤーもいる。
飛鳥と了もそのタイプなのかと志村は言っているのだ。
「もしそうなら理由を聞きたい。僕も職業柄、その手のプレイヤーとやり合うこともあるからね」
彼らが纏う独特の空気も何となく分かる。
しかし飛鳥と了からはそれを感じないのだ。
「力も思想も足りていない。大それたことをやらかしそうには……」
「“足りていない”からこそだよ志村くん」
「……どういうことかな?」
「力だけでは足りない。想いだけでは届かない。どちらも満たしてこそ大業は成る」
言うまでもないことだと志村は頷く。
「だがその不測の度合いは人によってバラバラだ。
想いはあるが力がない。どちらも欠けているが想いの方が大きく不足している」
それも当たり前の話だ。
一体何が言いたいのかと志村は視線で続きを促す。
「だがあの二人はどちらも綺麗に同じだけ欠けている」
「……それは、主観の問題じゃないかい?」
力と想い。前者はまだ強さという見える部分もあるが後者は曖昧だ。
実際に数値化することは不可能だろう。
「そう主観だ。しかしそれを言うなら君の元教師としての見識も主観ではないかな?」
「それは……まあ、そうだね。ならその主観を受け入れるとして綺麗に欠けているからどうなんだい?」
「作為的なものを感じる」
「……不足が満ちることを前提にしている、と?」
「ああ。そも彼らがこちらに巻き込まれた状況からして陰謀の臭いしかせんのだ」
であれば均等に足りていないという状況もその一環かもしれない。
「つまり代理戦争という舞台を通して完成に至るのが黒幕の目的?」
「可能性の一つとして考えておくべきだろう。少なくとも私はそうした」
だから試金石として依頼を回したとジョンは数枚の書類を差し出す。
次郎たち三人にコスモスが見せたのと同じものだ。
「私は次郎くんこそが鍵だと思っている。無論、彼自身にもルシファーの息子という厄介な背景はあるがね」
イレギュラー二人と出会ったことも魔王の陰謀によるものかもしれない。
「だがそれと飛鳥くん了くんの問題とは分けて考えるべきだろう」
二人の背後にいる者の陰謀を邪魔することがルシファーの目的であったとしよう。
だがそれ自体は恐らく自分たちにも益のあることなので問題はない。
であれば今、注視すべきはルシファーではなくイレギュラー二人の背後にいる黒幕だとジョンは言う。
「この依頼の結果如何で次郎くんが謀の歯車を狂わせる砂であるかどうかを見極めるつもりだ」
「具体的には?」
「――――ギャグ展開だ」
「――――何て?」
このジジイ何言ってんの? 志村は訝しんだ。
「飛鳥くんと了くんが黒幕が敷いたレールの上を順調に進んでいるなら穏当且つ真面目な結末に落ち着こう」
だがそうでないのなら。
「ギャグでオチがつく。私のジェントルアイはそう読んでいるのだよ」
「…………そうっすか」