甘き夢見し 3
「……これ僕がいる意味ないだろ」
図書室のカウンターに座り頬杖をつきながら飛鳥がぼやく。
本棚の整理はとっくに終わったので利用者がいなければ本当にやることがない。
相方の女子は今日、歯医者に行く予定があって一人なのも飛鳥の愚痴に拍車をかけていた。
人目があればもう少し取り繕うのだが誰もいないならその必要もない。
「そう腐るな。美化委員とかよりはマシだろう」
と思っていたが気付かぬ間に了が図書室にきていたようだ。
「あ、了じゃん。そっちはもう終わったの?」
「ああ」
ちなみに了は保健委員である。
今日は保健室の掃除と備品整理、保健便りの作成をやっていた。
「先に次郎のとこ行って良いんだよ?」
「何、それだとお前が一人になるだろう? あっちは話し相手がいるようだしな」
了がスマホの画面を見せつける。
トークアプリには鳩と一緒にダブピーしている次郎の写真がアップされていた。
「これが例のはっつぁんか……鳩だねどう見ても」
「ああ。紛うことなき鳩だ」
二人は思った。
ベンチに座って鳩と会話している姿は傍から見ればかなり物悲しいな、と。
「ま、そういうわけで優しい私は一人寂しくぼやいているお前に付き合ってやろうと思ったのだ」
「ありがたくて涙がでるね。ユージョーバンザイ!」
「隣座るぞ」
「あいあーい」
カウンターに並び揃って頬杖を突く。
容姿は似通っていないのに仕草はまるで兄弟のようだ。
まあ本人が知らぬだけで事実、兄弟なわけだが。
「ねえ」
「何だ」
「次郎がいないから話すけどさあ」
「ああ」
一つ呼吸を置き飛鳥は切り出す。
「――――ミア先生次郎のこと狙ってない?」
「――――間違いないな」
顔を見合わせ頷く二人。
薄々、そうじゃないかという気はしていたのだ。
ただ大体は次郎も含めて三人でつるんでいるから中々話題に出せずにいた。
「目が違うよね目が」
「ああ。下心が迸っているな」
「いや考えてみれば最初からあれ? って感じだったんだよ」
「あの夜からいきなり次郎だけ名前呼びになってたからな」
自分たちが軽んじられているというわけではない。
裏の事情もあってかなり気にかけてもらっているという自覚は二人にもあった。
だが次郎の場合はちょっと行き過ぎなレベルで入れ込んでいるように見えるのだ。
「混血片親って境遇が似過ぎてるから他人事に思えないのかなって最初は思ってたんだよね」
「私もそうだ」
最初は自分のことだけで精一杯。兎に角新しい環境に慣れねばと必死だった。
しかし余裕がでてきて改めて次郎に接するミカエラを見ているとあれ? と思うようになった。
「何か時々、次郎を見る目が怪しいよね」
「怪しいっていうかイヤらしいだな」
男子であっても人前で着替えることに抵抗がある者は少なくない。
だが次郎は元々運動部だったからだろう。
グラウンドの隅などでも平気で着替えていたから肌を晒すことも全然気にしないのだ。
なので特訓終わりは上半身裸でタオルを首からかけてそのままダラダラすることもままある。
そういう時、ミカエラの次郎を見る目がどうにもジトっとしているのだ。
言葉を飾らずに言えばあれこれ興奮してない? って感じ。
「清楚な美人教師って感じだと思ってたんだがなあ」
「お、何だお前先生のこと狙ってたのか?」
「違うよ。単なる印象。そもそも僕、女の人に興味がないんだ」
「こっちか?」
手の甲を頬に当てる了に飛鳥は違うよと投げやりに答える。
「男にも興味ない。というかどうも僕、その手の欲求が薄いってか皆無だし」
今まで誰にも告げたことはない。
だが次郎や了であれば話しても良いと思えるぐらいには飛鳥は二人に心を許していた。
「何っていうのかな。そもそも性自認自体も曖昧なんだよね」
頭では男だと思っているし肉体的にも男。
だが自分が男であるという意識は薄いしかと言って女であるという意識もない。
だから次郎のエロトークなども正直、ピンとこないのだと飛鳥は苦笑する。
「……」
「驚いた?」
「ああ。まさかお前もそうだったとはな」
「え、それって」
「私もなんだよ」
「あら奇遇。こんなこともあるんだねえ」
「だから友人になれたのかもな」
「まあ次郎の方はバリバリのスケベエさんだけどね」
「その割には妙なとこで理性的だがな」
「それな。ミア先生ミア先生言ってたのに今はねえ」
「その境遇ゆえ気にかけられていると思っているからな」
それにつけこむような真似はできないと思っているのだ。
律儀というか何というか、しかし二人は次郎のそういう部分は美点だとも思っていた。
「どうなるかな?」
「さあ? だが一つ確かなのは他人の恋路を見るのは楽しいということだ」
「確かに!」
そうして時間いっぱいまでお喋りをして図書委員の仕事は終了。
二人は学校を出て次郎と合流しそのまま紳士淑女同盟の支部へと向かった。
まだウォッチャーでの保護期間は続いているがこちらでの依頼も少しずつ請け負うことにしているからだ。
「やあ学校お疲れ様!」
「いえ大丈夫です。それでコスモス先生、今回僕らに頼みたいことって?」
「うん。とあるプレイヤーへの対処をお願いしたいのさ」
プレイヤー、という言葉に了の目が細まる。
「……それは代理戦争への正式な参戦と受け取られませんか?」
「ダークサイドのプレイヤーとの戦いであればそうなるだろうネ。しかし今回は事情が違う」
? と首を傾げる三人にコスモスは説明しようと頷く。
「ライトサイドにダークサイド。これはプレイヤーの区分けだが指し手にも分類が存在するのさ」
「悪魔たちにも何かあるんすか?」
「うん。大まかにだがネ。一つはガチ勢。これは説明しないでも分かるかな?」
三人が頷く。
ガチ勢というのは本気で魔王の座を獲りにいっている悪魔のことだろう。
「で、二つ目が準ガチ勢。こっちは魔王の座を狙ってはいないが利益を狙っている」
プレイヤーを立てる権利を売ることで利益を得る。
もっと直接的に自分が立てたプレイヤーを使い支援をさせる。
代理戦争という舞台の中で自らの利益を求めるため暗躍するのが準ガチ勢。
「そして最後は」
「ガチ勢なんて言葉を使われたら予想もできますけどね」
「エンジョイ勢っすよね?」
「正解!」
「しかしエンジョイ勢とは? ゲームを引っ掻き回したいとかそういうことでしょうか?」
「一概にこうとは言えないがそういうタイプもいるのは確かだネ」
ただ今回は関係ないとのこと。
「今回は面白そうな人間を観察するのが好きなエンジョイ勢によってプレイヤーになった者が対象なんだ」
「具体的に僕らは何をすれば良いんでしょうか?」
ダークサイドなら倒せば良い。ライトサイドなら争う理由はない。
だが先にも述べた理由で前者はないだろう。
しかし後者だとすればそもそも依頼という形になるのもおかしな話だ。
「迷惑行為をやめさせる……? いや違うな。本人に悪意はないしそう言うのは可哀そうかナ?
いやでもまだ害はでてないけど放置はできないし……かと言って全否定も……?
説得? 勧誘? 正直、私も何と言えば良いのか言葉選びに悩むネ!」
イマイチ要領を得ない言葉に三人は更に困惑した。
「とりあえずその対処しなければいけないというプレイヤーの情報を頂けますか?」
「だね。それ見て判断すれば良いし」
「……」
「コスモスさん? どしたんすか?」
「いやこれは変に事前知識がない方が良いんじゃないかと思ってネ」
直にその目で見定め、その上でどのような対処をするのか。
そこを見させて欲しいとコスモスは言う。
「ふむ……どうすっぺ?」
「良いんじゃない? コスモスさんの話を聞くに命の危険とかはなさそうだし」
「それだけに逆にややこしそうでもあるが、そういう案件への対処も糧にはなろう」
「じゃあ、決まりで良いな?」
次郎の言葉に二人は頷く。
「分かりました。依頼、受けさせてもらいます。あ、情報なしつっても場所ぐらいは教えてくれるんすよね?」
「流石にそれぐらいはネ。対象の名前と写真、所在地ぐらいは教えるヨ!」
スペースシャトルがプリントされたファイルがテーブルの上に置かれる。
代表して次郎が手に取り中を確認すると、
「お、可愛いじゃん」
ゆるふわショートの可愛い系のお姉さんの写真に次郎は鼻の下を伸ばす。
こいつほんま……と呆れつつ飛鳥と了が資料を読み上げ始める。
「えーっと名前は甘魅冬花さん。年齢は二十六歳。職業はパティシエ」
「冬花さんか。良い名前じゃん。スタイルは……スレンダーな感じかな?」
「ほう、この年齢で店を構えているのか。よほど腕に自信があるのか単なる馬鹿なのか」
「彼氏とかいんのかな~? あと思ったんだけど山ガール系の服似合いそうじゃない?」
「「お前は黙ってろ」」
「くぅーん……」
三人が情報を確認し終えたのを見計らいコスモスが口を開く。
「明確に期限は決めていないが一週間二週間ぐらいで何かしらの答えを出してくれると嬉しいネ!」
見定めた上で依頼を下りるというのも一つの選択肢だ。
特にペナルティはないので気負わず依頼に臨んでほしいという言葉に三人は頷く。
「早速客として行ってみるか? 結構遅くまで営業してるみたいだし」
「……夕飯前にスイーツか。まあ良いだろう」
「ケーキの二つ三つぐらいならいけるかな? 僕も賛成」
「んじゃ行くべ!」
電車を乗り継ぎ店のある地域へ向かった。
正直、飲食店の立地としてはイマイチな場所である。
が、どうだこれは? 甘魅冬花の店には平日の夕方だというのにずらりと行列ができているではないか。
「うぉぉ! こんだけ並んでるってことはかなり期待できるんじゃね!?」
「そうだけど……了、どう思う?」
「……少し、気になるな」
「だよね」
「は? どゆこと?」
「今は何とも言えん。少し様子を見てみよう」
飛鳥が頷いたので次郎も首を傾げつつ同意した。
そうして待つことしばし。ようやく順番がまわってきた。
「おぉ? これかなりリーズナブルなんじゃない?」
通された席で早速メニューを開いた次郎がそう漏らす。
「……ふむ? この値段、平日のこれが通常の客足だとして赤字ということはないだろうが」
「利益は出ててもそこまでって感じかな?」
「良い店じゃ~ん。これで味がイマイチとかならアレだがこんだけ並んでるんだし」
え~何頼もうかな~とキャッキャする次郎。
この男、ここにきた目的を忘れているのでは? 飛鳥と了は訝しんだ。
「プチケーキセットに苺パフェ……あ、アップルパイも頼も。飲み物は~」
「「注文しすぎだろ」」
「腹減ってんだから良いだろ。ほら、お前らもさっさと決めろや」
飛鳥はチーズケーキとコーヒー、了はエッグタルトと紅茶で注文は決まった。
少しして注文の品が届くと、
「「……」」
「ひゃー! 美味そう!!」
飛鳥と了は何かを感じ取ったようだが次郎はこの有様。
「……とりあえず次郎に食わせるか」
「……だね。僕らより頑丈な体してるし」
言いつつ二人は次郎の様子を窺う。
当人はまるで気付かずプチモンブランに手を出し、
「! 何これうんめぇ!?」
くわ! っと目を見開き絶賛。
その瞬間、二人は確信した――――ここの菓子には強い依存性があると。
並んでいる時からどうにも妙な空気を感じていたのだ。
具体的に言うと客の目がおかしい。どこか熱に浮かされたようなそんな蕩け方をしていた。
無論、そこまでなら単純にとんでもなく美味しいという可能性もあった。
だが作っているのがプレイヤーで何らかの対処が必要であると紳士淑女同盟に判断されたこと。
そして次郎が文字通り一瞬で目の色を変えたことで確信を得た。
出会ってまだ二ヵ月も経っていないがそれでも心を許し合った仲だからこそ分かる。
今の次郎は様子がおかしいと。
「……依存性というなら害悪と判断しても良さそうだが」
「まだ害はでていないってコスモスさんは言ってたよね」
「となると」
「もう少し探りを入れてから判断すべき、だね?」
「ああ」
一先ずそうすることに決めたのだが……。
「やっば、これマジやっば。え、ちょ、やばい」
「「アホ丸出しの食レポやめろ。こっちが恥ずかしいだろ」」
「いやだってでもこれすっげえって! この出会いを神に感謝したくなるんですけど?」
悪魔(の血も入ってる)だろお前と二人は内心でツッコミを入れた。
「は~……何だろこれ、幸せの味ってこういうこと?」
「お、おい少しは大人しく食べられないのか」
「生温かい目で見られてるだろ! クッソ、これが躾のなっていない子供を持つ親の気持ちなの……?」
飛鳥と了が俯き赤面していると、
「んふふふ、気に入ってくれたみたいね」
「おん?」
次郎が食べつつ声の主に目をやるとそこにはニコニコ顔のお姉さん。
飛鳥と了は軽く目を見開きつつ内心で呟く。
「幸せの味……何よりの誉め言葉よ。冬花とっても嬉しいわ!!」
釣れた、と。