甘き夢見し 1
「フフ、安心したまえ少年たち。ジェントルチェックは人体に害のないクリーンなものだ」
そういうこっちゃねんだよクソジジイ。
いきなり客人の前で物理的に目を光らせてんじゃねえ。テメェの常識はどうなってんだ。
目を押さえながら呻く俺たちの感想は共通していたと思う。
「さて……ふぅむ。まずは君からだな輝ける星の子よ」
あ、これ俺の正体バレてるわ。
だが考えてみれば当然の話である。
ウォッチャー内だけなら先生と志村さんだけで完結させられるが他所の組織に預けるんだもんな。
ルシファーの息子だという情報を隠したまま受け入れさせてそれ絡みの問題起きたらやべえし。
(ああこれ、ある種の指標に使えるかも)
先生が俺の背景を明かしたということは一定の信は置けるってことだもんな。
仮に信用できない、ってのは少し言い過ぎか?
ルシファーの息子であることを告げて不利益が生じる相手なら俺が所属することを阻んでいただろう。
紳士淑女同盟に身を置くことを許容してる時点である程度は安心できる組織なのだと思う。
「直情的で些か思慮に欠け所作もイマイチ」
「何だぁテメェ……?」
喧嘩売ってんのかジジイ。
どうどうと俺を宥める飛鳥と了がいなければ今すぐ中指おっ立ててたぞ。
「しかし粗にして野だが決して卑に非ず。紳士を紳士足らしめる心に瑕疵はない」
お?
「明星次郎、ジェントルチェック90点。言葉遣い等の礼儀作法を学べば一廉の紳士になれよう」
「いや別に紳士目指してるわけじゃねえから」
まあでも褒められたみたいだしそこはありがとう?
「次は君だねイレギュラーの片割れくん」
「む、私か」
了が目を白黒させる。
「一見すればドライに見えるがその実気遣いに溢れ情に厚い。知性品性共に問題なし」
おいおいおい、俺ん時と随分違うじゃねえかジョンさんよぉ。
「が、“危うい”。常なる日の中に在らばその毒或いは黒き光が現れることはなかろうが」
目を細め今度は飛鳥を見る。
え、採点は? 後回し? ってか何か不穏じゃね? 俺のダチディスってんのかメーン?
「温和で寛容。さりとて情で目を曇らせることはない冷静さも兼ね備えている。これまた知性品性共に問題なし」
「……」
「が、やはり危ういな。日の当たる場所だけを歩くならばそれでも問題なかろうが」
納得のいかねえ評価だなオイ。
「如月了、桐生飛鳥。ジェントルチェック共に71点。導き手なくば些か不安である」
身を固くする二人にジジイはふっと表情を緩め続ける。
「が、安心したまえ。ここには先達たる紳士淑女がいる。君らも必ずや立派な紳士になれよう」
「「いや別に紳士目指してないし」」
「謙遜しなくても構わんよ。さ、かけたまえ。お茶にしようではないか」
何このマイぺジジイ……。
いやまあお茶は貰うけど。良い匂いしてっしお菓子も美味そうだし。
「というか今のは何だったんだ? あなたの能力か?」
「いいや? 私の人生経験に基づく極々私的な評価だよ」
「「「つまり偏見じゃねえか!!」」」
関わり合った上で評価を下すならまあ分かる。
でも現段階で先の物言いは偏見じゃんね。
「いやまあ組織の長を務めるだけあってジョンさんも相応の目は備えていますので」
先生がそうフォローするが何だかなあ……。
「さて。モラトリアムが終われば君たちは我々紳士淑女同盟に所属することになるわけだ」
「「「お世話になります」」」
「うん。一応、私がまとめ役をしているが同盟において基本的に上下関係というものはない」
勿論、年長に払うべき礼儀などはあるが付け加え続ける。
「我も彼も人、ゆえに対等。互いに敬意を払うことを忘れなければそれで問題はない」
「っす」
「承知した」
「分かりました」
結構、とジジイは笑った。品のある笑みだ。
「細々とした説明は後日コスモスくんからしてもらうとして君たちから何か質問はあるかね?」
「あ、このお菓子どこで売ってるか教えてもらって良いすか? うちの禿に土産で買って帰りたいんで」
「気に入ってくれたかね? よろしい。メモを書こう」
懐から取り出したメモ帳の一ページを破りさらさらとペンを走らせる。
この店にハズレはないから安心したまえと笑うジジイに俺も笑みを返す。
なるほど先生が言った通り色々濃くはあるが悪い人ではなさそうだ。
「……私からも一つ」
「構わんよ。何でも言ってくれたまえ」
「――――あなたが思い描く“偉業”とは何だ?」
いきなりぶっこみやがった、ってのが正直な感想だ。
藤馬やキャプコスさんのように願いと偉業の形が一致したタイプのプレイヤーがいる。
もしジジイもそうだというのならお前が悪魔に魂を売った理由を教えろと言っているようなものだ。
探り探りでそこらを確かめてからじゃなくいきなりぶちこむたぁ……了さんパネェ。
「ちょ、ちょっと了」
飛鳥も俺と同じく軽く引いているようで了を嗜めようとするが、
「構わんよ。別段隠し立てしているわけでもないのだから」
ジジイがそれを制止。
……何となくこの人も願いと偉業が一致したタイプのプレイヤーっぽいな。
藤馬やキャプコスさんと同じ空気を感じる。
「私の思い描く偉業の形、それは」
「「「……それは?」」」
「――――人類紳士化計画の実行だ」
「「「何その往年の名作アニメに出てきそうな計画」」」
え、何? どういうこと? ってかそれ他人に迷惑かからないタイプの偉業なん?
「語呂が悪いので省きはしたが淑女も含まれるのでそこは誤解しないでくれたまえよ?」
いやどうでもいいわ。それより中身説明しろや中身。
「さて。諸君らに問おう。紳士とは何かね?」
「髭、眼鏡、ハット、ステッキ」
「単語の羅列やめろ。幼児かお前は」
「僕らまで馬鹿だと思われちゃうだろ」
何でそんなひどいこと言うの?
「次郎くんのそれも紳士を構成する一欠片ではあるが本質ではないな」
ジジイ優しいじゃねえか……。
「東に泣く乙女あれば静かに寄り添い涙を拭う。
西に重い荷物のせいで難儀している老人あらば駆け寄り荷を肩代わりする。
苦境にある他者に自然と手を差し伸べられる精神性こそが紳士を紳士たらしめる核なのだと私は思う」
優しい人ってことね。
「だが誰もが他人に手を差し伸べられるわけではないだろう」
「世の中良い奴ばっかじゃないしね。僕らだってそう立派な人間でもないし」
エッチな意味では紳士の自覚はあるんだがなあ。
「その通り。かく言う私とて幼少期は紳士とはほど遠い子供だった。
好きなあの子のスカートを盛大にまくり上げてみたり悪戯で大人を叱らせたりとね。
だが学びを経て私は紳士としての在り方を身に着けることができた」
何も最初から善人である必要などない。
学びを経て優しくなれれば良いのだとジジイは言う。
「私は万人に等しく学びを得る機会を与えることを思いついた」
「……万人に等しく学びを? 一体何をするつもりなんだ」
「そう難しいことではない。善因には善果を。悪因には悪果を。世の摂理を書き換え応報の理を敷くだけさ」
だ、だけって……。
「良いことをすれば良いことが返ってくる。最初は即物的なものでも構わん。
下心を以って善行を積み続けていてもいずれは欲も薄れる。いや慣れるというべきか?
我欲を満たした際に覚える感動が馴染み当然のことと受け止めるようになれば視界も広がる」
これまで見えていなかった部分にも目が行くことになるとジジイは笑みを深める。
「善行そのものが齎す心の充足を知る、それがあんたの言う学びか?」
「その通り」
その充足を経て他者への献身の素晴らしさを知り紳士へと至るのだという。
「う、うーん? いやでもその心の充足とやらもいずれは慣れちゃうんじゃないの?」
飛鳥の疑問に俺も頷く。
いつまでも新鮮な刺激をというのは難しい。そうなれば惰性に傾くのでは?
いや表面的には善行を積み続けるわけだから紳士的な振る舞いではあるんだろうけど。
「私はそうは思わない。見返りを求めての善行は外向きだが見返りを求めぬ善行は内向きだからね」
「「「……?」」」
何言うとんのやこのジジイ。
「与えてもらうのか自ら得るかの違いだよ」
「……見返りを求めての善行は外からのリターンがなければ満足できない」
「でも見返りを求めない善行はそれを施すことそれ自体が報酬だから外からのリターンを必要としない」
つまるところ、
「それって自己満足じゃね?」
飛鳥と了の発言を引継ぎ俺なりに結論を出す。
しかしそれは紳士と呼べるのだろうか?
「その通り。だがそれの何がいけないのかね? 言葉に囚われて本質を見失ってはいかんよ。
そう在りたいと願う自分の姿を体現することで心を満たす。素晴らしいことではないか。
それはつまり理想の己になるということなのだからね。
私は私が思う理想の人間像を皆に知ってもらうための一助として応報の理を望んでいるのだ」
人類紳士化計画とは言ったが別にそれを強制するつもりはないとジジイは言う。
「即物的なリターンを求めて善行を成すならそれはそれで構わない。或いは別の形であろうとも。
悪行すらも否定はせんよ。応報の理にめげずそれを捻じ曲げんと悪を貫くのも一つの道だろう。
私の考える紳士像ではないがしかし悪であろうと決して譲れぬ己を謳うのもまた紳士と言えなくもない」
つまるところ応報の理ってのは在るべき自分、目指すべき姿を知り易くするためのものってことか?
「そしてそのついでにあんたの理想もステマする、と」
今の世界は曖昧だ。善人が損をして泣く一方で悪党が笑っているなんてこともままある。
良いことをしても良いことがない。悪いことをしているのに悪いことが返ってこない。
それは灰色の世界だから成立するのだ。白黒キッチリ分けてしまえばどちらかに寄るしかない。
そしてどちらかに寄るということはその先にある自分を見つめやすくなるということでもある。
善か悪か。白か黒か。身の置き所をハッキリさせるだけでも大分違うはずだからな。
「……難しいな。灰色を消すというのは厳しくはあるが」
「応報の度合いがそれに見合ったものなら戦争とかはなくなりそうだ。犯罪率もぐっと低くなるだろうね」
「だけどよ、その分質が上がるんじゃねえか?」
ジジイがさっき言った応報の理にめげずそれを捻じ曲げんとする悪党が正にそれだ。
悪に厳しい世界でそれでも尚、悪たらんとするなら世界に潰されないだけの力が必要になる。
そういう特級の悪党の出現率は今よりも上がるだろう。
「それでも総合的に見れば今の世界よりは暮らしやすかろう」
質問に答えてくれて感謝すると言って了は話を打ち切った。
ここで議論するようなことでもないからな。
いやそもそも俺らの場合はまず生き残ることが最優先なわけだし。
「しかし何だい爺さん。あんたイカレてんな」
うちの禿が言ってた性質が悪いって言葉の意味を理解できたよ。
愛理ちゃんもイカレてはいたがあの子は環境が環境だったからな。
だがこのジジイは恵まれた環境の中でこうなったんだから……ねえ?
「ちょ、ちょっと次郎くん!?」
これまで黙って成り行きを見守っていた先生があたふたし始める。
つい気が緩んで口にしてしまったが確かにいかんなこれは。
「いや構わんよ。まともな人間からすればそう思うのが自然だろう」
「あ、そう? いやすいませんねえ。俺は素直なとこが長所であり短所でして」
「「自分で言うな」」
っせえ! 折角相手が流してくれたんだから余計なツッコミ入れんなや。
「今度は逆に私が君たちに聞きたいことがあるのだが良いかね?」
俺たちに? まあ別に良いけどと三人揃って頷く。
「もしも君たちが世の摂理を書き換えられるとしたらどうする?」
「「「む……」」」
言葉に詰まる。
いきなりそんなことを言われても困る。俺らはそもそも世界に対して不満なんかないからな。
「強いて言うなら世界に永遠の平和をとか?」
「悪くはないな。だが上手く理を敷かないと怖いことになりそうでもある」
「うーん、確かに今の人間とまったく別の生き物になっちゃうなんて可能性もありそうだ」
飛鳥と了は暫定世界平和ってことで納得したらしくお前は? と視線を向けてくる。
いや俺も世界が良くなるならそれに越したことはねえと思うが……。
世の理がどうとかのレベルで手を加えないとどうにもならないなら手を出すべきじゃないとも思う。
「あー……じゃあ、アレで。皆が一日一回笑えますようにとかそういう?」
「と言うと?」
「いやほら、あるっしょ? 大それたハッピーってわけでもないけどちょっとご機嫌になるような瞬間がさ」
俺で言うなら朝のジンクスとかだな。
何かちょっと良いことあるなと思えるようなイベントに遭遇すれば自然とニヤついちゃうだろ?
その後の人生を一変させるようなドデカイ幸運ってわけじゃない。
一時間もすりゃ頭の片隅に追いやられる程度のささやかなハッピーだ。
「それを一日一回は味わえるならこう、心に余裕が生まれて何か良い感じになるんでね?」
知らんけど。
「「ふわふわし過ぎだろ」」
「っせーな。世の摂理がどうたらとか言われても思いつかねーんだよ」
むしろふわふわでも一応答えを用意できたことを褒めてくれや。
「甘過ぎずかと言って突き放し過ぎでもないあり触れた優しさが滲む答えだ」
何それ褒めてんの? 分かり難いんですけど。
「やはり君はあまり心配は要らなさそうだ。いや別の意味で心配ではあるが」
何故かジジイは先生を見た。先生はすっと目を逸らした。
「紳士は条例にも厳しいということは明言しておこう」
「はぁ?」
「「……」」
何言ってんだこのジジイ。




