魔王ジュニアVS因習村 10
私、ここしばらくはずっと悩んでたの。
真綿で首を絞められるとは正にこのことね。
理由はまあ、分かるでしょう? お腹の中で日毎に存在感が大きくなっていくよすが様よ。
弱くて儚くて脆い……こんなものなの?
村のみんなやそのご先祖様、歴代の供花たちの無念の結晶がこんなものだなんてやり切れないじゃない。
確かに私は知ってたわよ? でもまさかここまでとは思わないじゃない。
……正直な話をすると甘く見てたのよ。
私の代ではみんなの夢が実を結ぶことはないだろう、って。
だって私によすが様のことを教えてくれた名前も顔も思い出せない男の人も言ってたんだもの。
『これはそもそも正当な術理に則った儀式ではないのさ。怪しい民間療法と同程度の児戯。
それでも積み上げられた妄執によっていつかは実を結びはするだろう。
とはいえ望むほどのものでは絶対にないしそれですら結実するまでにどれだけの時を要するのか』
ってね。
だから私の代では何も起こらないと思い込んでいたの。
私の役目は小さく哀れな人たちを愛すること。そして次代の供花にその在り方を伝えることだけだって。
そう思っていたから心の準備なんてまるでしていなかったわ。
――――そんな時、あなたに出会ったの。
『ほへえ』
ふふ、今思い出しても笑っちゃう。
間の抜けた顔でぼんやり私を見つめてるあなた。愛嬌があってとっても可愛かったわ。
でも、それよりも何よりも私の目を惹いたのはその心の輝き。
私の周りにいる小さく哀れな愛しい人たちのそれはドス黒く濁り切っていたけどあなたは違った。
偶に村を訪れる外の人間と比較してもキラキラと輝いていた。
夜、空を見上げて目に映る星がそのまま地上に現れたかのようだったわ。
『はじめてだわ。こんなに近くでお星さまを見るのは』
だから私もつい、こんな間の抜けた感想を思わず口にしてしまったの。
ふふ、覚えてるわ。何言ってんだこの女? みたいな顔をしてたわよね。
自分でもそう思うけどしょうがないじゃない。だって心の底からそう思ったんだもの。
ねえ運命の出会いって信じる? 私は信じてなかったわ。
そう、過去形。だって実際にあったもの。
あの瞬間がきっと、私にとっての運命の出会いだった。
時間にしてみればたった数日。短いわ。瞬きする間に過ぎていくぐらい。
けど、その短い時間であなたと言葉を交わし触れ合って……どうしようもないくらい好きになっちゃった。
きっと私たちとっても相性が良いのよ。だってあなたも私のこと大好きでしょう?
でもそう、だから……だからなのよ。
告白するわ。私、一つだけ嘘を吐いたの。
『みんなの悲しい顔が脳裏をよぎったわ』
私が力に目覚めた理由。
村のみんなを救ってあげたくて悩みに悩み抜いた末だと言ったでしょう? あれ、嘘。
本当はあなただった。
村のみんなのことがどうでも良くなったわけではないのよ?
ええ、変わらず大事に思ってる。けどそれよりも優先しなきゃいけないことに気付いてしまったの。
夢中でお星さまを見つめている内に、ね?
私にとっての運命はあなた。だけどあなたは私だけの運命ではない。
あなたという人間はきっと多くの人にとっての運命なのよ。
無数に絡みつく縁の糸が見えた。それは悪縁ばかり。
あなたという運命と行き会う人間はみんな苦難を連れてくる。
論理立てて説明しろと言われれば困るけど、何となくそう思ったの。
ああいえ一つ証拠はあるわね。
――――私がその証拠。
あなたの道に待ち受ける苦難の数々。
それをどうにかしてあげたいと思って考えて考えて……導き出した答えがあれだった。
夢は見ている内が華。少しでもマシな内に終わることこそが救いだと。
他人からすればロクでもない思想だと分かってはいるけれど私にはそれこそが光に思えたの。
『これで、あなたを救えるのね』
力に目覚めた時、心の底から安堵したわ。
でもいきなりじゃない? 上手にやれるかわからないからまずは村の人たちから始めたのよ。
途中であなたが村を出て行くのが分かったけど必ず戻ってくるって分かってたから不安はなかったわ。
そして案の定、戻ってきてしまった。そんなあなただから私のような人間を惹き付けてしまうのでしょうね。
私の力で打ち据えられる度、あなたは眠りに近づいていったわね。
それはすなわち別れの時が近付くということでもあった。
寂しいわ。悲しいわ。でもあなたが一番だから。我慢しようってそう思ったの。
なのに、なのに嗚呼……。
『――――愛理ちゃんは“どうなるんだよ”!!』
やっぱりあなたはお星さま。
嬉しかったわ。愛することは知っていても愛されることは知らなかったから。
答えを得る前の私ならともかく答えを得た後の私なら尚更そう。誰が愛するのこんな女?
なのにあなたは私の救いを否定しながらも、私を肯定して自分のためじゃなく私のために怒ってくれた。
それじゃ君が救われないだろうと。
ええ、ええ、その通りよ。
あなた、そして村のみんな。それが終われば私は外にでるつもりだったもの。
もう何もかもが愛しくてしょうがないから……馬鹿みたいって思うでしょ?
でもね、本気で世界中の人間を救いたいって思ってたの。
それは夢を叶えるということ、私にとっての救いとは正反対の場所なのは分かってる。
でも私が我慢すれば皆が幸せになれるならって、そう思ってたのに……。
『――――私、とっても嬉しいわ』
本当に嬉しかった。
もう二度と肩を並べて歩くことはないと分かっていたけれど。
その先に待つのが別れしかないと分かっていたけれど。
愛する幸福だけでなく愛される幸福を知ることができたから。
罪深い女だって自覚はあるわ。でもね。本当に幸せだったの。
祈るように拳を振るい私を打ち据える度、その痛みに苦しみ喘ぐあなた。
それがそのまま私への愛の証明に思えて心が満たされていった。
それこそ、このまま終わってしまっても良いかなってぐらい。
『……何か、言い遺すことはあるかい?』
あなたはきっと私に友情を感じていたのよね?
『あなたって』
『うん』
でも私は違うわ。
『顔立ちは良いのに結構、間の抜けた顔をしてるわよね』
これがきっと私の初恋。でも伝えなかった。
今更何をと自分でも思うけどこれ以上、余計な傷を負ってほしくなかったから。
『……酷いな』
『でも、可愛くて好きよ?』
さようなら次郎くん。さようなら私の最初で最後の恋。
だから、ええ、ここからは任せるわね。顔も名前も知らない誰かさん?
次郎くんのことをよろしくお願いします。
「――――」
目覚めは最悪だった。
目の周りが湿っている。泣いているのだと気付いたが涙を拭うことさえ億劫だった。
夢を、見ていた。内容は覚えていないが悲しい夢だった気がする。
了、と自分を呼ぶ母の声が聞こえた。時計を見れば起床時間を過ぎていた。
のそりとベッドを下りて歩き出す。
「……次郎」
どうしてか無性に友の顔が見たかった。




