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魔王ジュニアVS因習村 7

 出鼻を挫かれた、というのが正直な感想だった。

 その日は朝から酷い豪雨で出歩くなどもっての外。

 お代は結構だから安全に山を下りられるまではと宿の人間が言うほどだ。

 これまでなら素直にその善意を受け取れたが今となってはどのツラ下げてというもの。

 内心を悟られまいと愛想を振り撒くのが大変だった。


『いや参ったな。学校に連絡を入れないとだ。ああついでに明星のことも伝えておこう』

『……どもっす』


 清水先生と話すのも億劫だった俺は直ぐ部屋に引っ込み不貞寝を決め込んだ。

 起きていると怒りでどうにも落ち着かないからだ。

 電源を落とすように深い眠りに落ちた俺だったが、


「……し! あ……ぼ……!! 明星!!」


 焦りの滲む声に体を揺さぶられ目を覚ます。

 寝ぼけ眼に映るのは半ば恐慌状態に見える清水先生の顔だった。


「しみず、先生? どしたんすか」


 枕元のスマホを見ると時刻は既に0時を回っていた。

 結構な時間眠ったお陰か少しばかり苛立ちも収まったようだ。


「ど、どうしたもこうしたも……ああ! 何て言えば良いんだこれを……!!」


 頭を抱える先生をどうにかこうにか落ち着かせようとするが駄目。

 一体何があったというのか。


「と、とりあえず外! 外を見てくれ!!」


 促されるまま部屋を出て旅館の外へ。


「…………は?」


 村が燃えていた。

 轟々と降りしきる雨も吹き荒ぶ風も関係ないと言わんばかりに燃え盛っていた。

 何なら俺たちのいる旅館も炎に包まれている。

 幾ら人外パワーを手に入れたつっても炎の中で爆睡キメられるほど人間辞めてはいない。

 この業火は明らかに摂理から外れた現象だ。


「な、何が起きて」


 ふと、風雨の音に別の音が紛れていることに気付く。

 人の声? 酷く楽しそうでそれがまたどうしようもなく俺の癪に障る。


「も、燃えてるんだ! 何もかも! む、村の人たちもなのに……何で、ああ……!!」

「――――理解した」

「あ、明星……?」


 慌てる先生ともう一つ。遠くに感じるその気配が俺を落ち着かせてくれた。

 今、俺が何をすべきかを冷静に考える。


「まずは先生を避難させないとだ」

「い、一体何を言って」


 力を解放し翼を広げる。

 先生が驚愕に目を見開くが無視して彼を抱きかかえ空に舞い上がる。

 とんでもない雨と風だが俺からすれば何てことはない。


「……舌噛まないように口を閉じててください」


 訳が分からないなりに先生は俺の言葉に従ってくれた。

 先生が口を閉じるのを見届け俺は全速力で飛んだ。

 一分と経たず山を抜け最寄り駅に辿り着いた俺は先生を下ろし告げる。


「色々聞きたいことはあるでしょうが全部、後です。今はやんなきゃいけないことがあるんで」

「……まさか、戻るのか? あんなところに!? 馬鹿なことはやめるんだ!!」


 言わんとすることは分かる。

 何も分からない一般人にも理解できてしまうほど今の村は悍ましい。

 そんなところに生徒を行かせるわけにはいかないと思うのは教師として当然だろう。

 こんな状況でも教師としての職責を全うしようとする先生に……少し、和む。


「ありがと先生。でも、俺行かなきゃいけねえんだ」

「何を」

「待ってる人がいるから」


 きっとあの子は待っている。あの小高い丘で俺を。

 どうしてか分かってしまうのだ。


「明星……」

「だからゴメン」


 心配してくれてるのにごめんなさい。

 そう頭を下げる俺に先生は一瞬、泣きそうな顔をするも直ぐに表情を引き締め言った。


「……分かった。でも約束してくれ。ちゃんと帰ってくるって」

「ああ、約束するよ」


 と翼を広げたところで気付く。

 今は一刻を争う事態だからこそやっておかねばならないことがあると。


「先生、スマホ持ってる?」

「え? あ、ああ……必要なら貸すが……」

「いやそうじゃない。ねえ先生、ミア先生の電話番号は知ってる?」

「ああ、知ってる……けど……それがどうしたんだ?」

「じゃあミア先生に電話して状況を伝えてほしい。ミア先生の指示に従えば大丈夫だと思うから」

「え、え、え?」

「じゃ、そういうことで!!」


 返事を待たず飛び上がり村へと帰還する。

 そのまま愛理ちゃんの下まで飛んで行こうと思ったが……やめた。

 俺自身、どうしようもない不安を感じているのだろう。

 村の入り口で地上に下り、そこから徒歩で向かうことにした。

 事が少し先延ばしになっただけなのは分かってる。でも俺だって覚悟を決めたいんだ。


「ふぅ」


 深呼吸をしてはじめの一歩を踏み出す。


「あっはははははははははは!!」

「ついにこの日がやってきた!」

「よすが様が我らをお救いくださる! 夢を叶えてくださる!!」

「満願成就の夜だ! 飲めや歌えや! 皆で祝おう!!」


 村が燃えている。人が燃えている。

 だというのに彼らは皆、狂ったように笑っている。

 絶望を和らげるための狂気か? いや違う。狂ってはいるが彼らに絶望はない。あるのは喜びだけ。

 死に向かっていることを理解していないのだ。

 真実、待ち望んだものがやってきたのだと目を開けながら虚構(ゆめ)に溺れている。

 おぞましい。酷くおぞましい光景だ。


(……清水先生を避難させといて正解だったな)


 この状況を作り出した者の下へ行くため一人歩を進める。


「やあやお兄さん! 一杯どうだい?」

「……未成年だから」


 声をかけてきた老人には見覚えがあった。

 皺くちゃの顔をだらしなく緩ませて笑っているから最初は分からなかったが……。


(あの爺さんだ)


 村を訪れた際によそ者めと悪態を吐き背を向けた老人だ。

 厳めしく排他の色を隠しもしなかった彼が童のように笑っている。

 吐き気を催す光景だ。


(……ここは、どこなんだ)


 表面だけを見れば地獄と断じることもできよう。

 だが紅蓮の炎に焼かれながら笑う村人たちに辛いだとか苦しいだとか負の感情は一切ない。

 幸福の一色で塗り潰された彼らにとってここは天国と言えるのではないだろうか。

 逆に俺はどうだ? 炎に焼かれることはないし正気のままでもおぞましい現実を見せつけられている。

 天国と呼ぶには厳し過ぎて地獄と呼ぶには甘過ぎる。丁度、境目のような場所をふらついているのかもしれない。


(魔王の子が天国と地獄の境界線を彷徨い歩いているとはまた皮肉な……)


 おぞましい光景を目に焼き付けながら歩き続け、


「あら次郎くん。こんばんは」

「……ああ、こんばんは愛理ちゃん」


 俺は遂に彼女と対面した。




                                  ◆




「つ、疲れた……」


 朝っぱらからあちこちで大暴れする馬鹿どもの相手をし続け私のゴールデンウィークは終わった。

 休みらしい休みもなく戦って戦って……この道を選んだことに後悔はない。

 それでも思う。花の二十代のすることか、と。


「ご飯、は良いですね」


 栄養ブロックやゼリーぐらいしか食事をしていないので空腹だが時間も時間なので我慢しよう。

 朝起きてしっかり食べれば良いだろう。シャワーは帰る前に浴びてきたので服を脱げばもう眠れる。


「ですがその前に」


 スッキリしよう。

 ロクでもない連休だったが一つ、素晴らしいこともあった。

 入浴シーン……想像するだけでもう……。


「よし――って何ですかもう」


 服を脱ぎ捨ていざ! とベッドに飛び込もうとしたところでスマホが鳴る。

 こんな時間に電話? 誰だと思い画面を見ると同僚から。

 申し訳ないが無視させてもら――いや待って。


「……清水先生?」


 画面に表示された名前は次郎くんと一緒に連休を過ごした羨ましい同僚の名だ。

 もう帰ってきているはずだが……ふと、何かが引っ掛かった。

 超常の力を扱う者にとって勘とは決して無視できる要素ではない。


「はいもしもしアシュ――――」

【ミカエラ先生ですか!? 僕です! 清水です! あ、明星が……明星が!!】


 やはり厄介ごとだったらしい。しかも次郎くん絡み。

 気持ちいいことしている場合ではないと気を引き締める。


「落ち着いてください清水先生。一体何があったんですか?」


 そもそも明日……いや日付が変わったので今日か。今日から学校だ。

 とっくのとうにこちらへ戻ってきているはず。

 なのに何故、一緒に行動していた次郎くんの名が今出るのか。


【急な豪雨で足止めされて、でも村が燃えて明星から翼が……!!】


 正しく緊急事態のようだ。

 確か次郎くんが行った温泉宿は山奥の村だったか。

 豪雨で山を下りれず滞在を伸ばすことになったということだろう。

 そして何かしらの非常事態が起きて一般人である清水先生に力を見せざるを得なくなった、と。


「分かりました。直ぐそちらに向かいます。現在地を教えて頂けますか?」

【え、こっちにってこんな時間じゃ……】

「問題ありません。私も次――明星くんと同じように飛べますから」


 流石に同僚の前で名前呼びは自重しなければ。

 清水先生から所在地を聞きだした私は脱ぎ捨てた服を着て組織に連絡を入れておく。

 かなりのことが起きているので後からでも人員を送ってもらわないといけないからだ。

 準備を済ませると靴を履きベランダから飛び出す。


「え、えぇ!?」


 速度だけに重きを置いて多少、無茶をしたので五分ほどで到着。

 突然現れたとしか思えない私に無人駅の構内にた清水先生がギョッとしている。


「ご無事のようで何よりです」

「あ、ああ……いや! 僕は良いんだ!!」


 村に戻った次郎くんを助けてくれ、と清水先生は懇願した。

 正直、何が何だか訳が分からないと思う。

 それでも自分のことより次郎くんを――尊敬できる同僚だ。

 力強く頷き私は引き抜いた羽根とスマホを手渡す。


「これは御守りです。多少の危険はこれで跳ね退けられるはずです」

「あ、ありがとう……だがこのスマホは……」

「私の仲間たちに位置情報を伝えるためのものです」


 彼らと合流して後はその指示に従ってくれと伝えると清水先生は戸惑いながらも頷いてくれた。

 これでもう憂いはないと再度、空に舞い上がる。

 今度はゆっくりと飛ぶ。少しクールタイムが必要だったからだ。


(……正確に覚えているわけではありませんが)


 天気予報ではこのあたりも東京と同じく五月晴れだったはず。

 その証拠に風雨からは超常の力を感じる。何者かの陰謀である可能性は濃厚だ。


「次郎くんを一人で行かせたのは軽そ……う゛!?」


 村を視界に収めた瞬間、吐き気を催すほどに神聖な力が頭蓋を揺らした。

 村とその周辺を覆うように張り巡らされた炎のドーム。中の様子は窺えない。

 だが見ただけで分かる。村を中心にしてあのあたりが完全に異界化している。

 世の摂理を捻じ曲げ己がルールを敷くというのは生半可なことではない。

 今の次郎くんがどうこうできるような相手ではない。一体何が起きている?


「チィッ……!!」


 穴を開け内部に侵入しようと貫通に重きを置いた攻撃を放つ。

 だが私が放った光の槍は炎の壁に飲み込まれ霧散……するどころか吸収されてしまった。

 聖なる力に聖なる力をぶつけたから威力が減るのなら分かる。

 だが接触の瞬間を見るにどうもそんな感じではない。あの異界を形成する法則ゆえか?


「ちょっと待ってください。私ですらどうにもできないのに何故、次郎くんはあの中に?」


 出ることも入ることもできない。

 誰かが巡らせた謀の重要なピースだから次郎くんは例外として設定されていた。

 そう考えるのは簡単だが次郎くん“だけ”を除外するような融通が利くような異界には思えない。

 つまりあそこに入れる正規の条件を次郎くんが満たしていたと考えるべきか。

 その条件を満たしているから彼は謀に巻き込まれた?


「……いえ今は置いておきましょう。今考えるべきはどうやってあの中に……!?」


 答えを出すには材料が足りない。思考を切り替えたところで、ギョッとする。

 十、百、千……いやもっとか?

 誘蛾灯に群がる蟲のように異形の群れが遠くから迫ってきていることに気付いたのだ。

 あの異界に吸い寄せられている?


「まったく、とんだ連休最終日ですよ」


 だがプラスに考えよう。


「――――ここで大活躍して次郎くんの好感度を更に上げる!!」


 向かってくる敵を倒す。中にいる次郎くんも救う。全部こなせばキャー素敵! ってなものでしょう。

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