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魔王ジュニアVS因習村 5

 翌日。愛理ちゃんは昨日と同じ時間に俺を迎えに来てくれた。

 既に朝食と身支度を済ませていたので俺も直ぐ出られた。


「ふふ、じゃあ今日は私のお家にご招待するわね?」

「うん、お招きされちゃう」


 やっぱり極々自然に愛理ちゃんは俺の手を取り歩き出した。

 改めて思ったけどこれは中々にテンションが上がるシチュエーションだ。

 彼女が居るとかでもなければ女の子と手を繋いで歩くなんてことそうはない。


(……握手とか除けば最後に女の子と手を握ったの小学校低学年以来じゃね?)


 低学年の頃は校外に出る時は名前の順で男女横並びで手を繋がされた。

 落ち着きのない俺は直ぐに手を離してフラフラしてたから先生に怒られたっけな。

 他の男子みたいに女子と手を繋ぐのが恥ずかしかったとかはないが……。

 今にして思うと中々に惜しいことをしたと思う。

 異性と手を繋ぐ楽しさをあの頃の俺が知ってればなあ。


「何だか楽しそうね。そんなに楽しみにしてくれてたの?」

「それもあるけどちょっと昔のことを思い出してね」

「あら、どんな思い出?」

「小学校の頃、遠足行く時とか男子女子で手を繋いだろ?」


 名前の順でさと俺が言うと愛理ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。


「ごめんなさい。私、学校に行ったことがないから分からないわ」

「ぇ……あ、ああそっか。ごめん。まあ、そういうことがあるんだよ」


 愛理ちゃんの発言に軽く動揺する。

 冗談……ではないよな。本当に行ったことがないのか?


(……でも言われてみれば)


 昨日、俺は色々な話をした。

 その中で当然、春から始まった高校生活のことも話題にした。

 愛理ちゃんは本当に楽しそうに俺の話を聞いてくれた。


(でも学生なら共感できるようなあるあるネタとかに反応なかったな)


 ニコニコはしてたが分かる~みたいなリアクションはゼロだった。

 そういうノリが分からないだけかと思っていたが……本当に一度も?

 世の中には学校に行けない人間だっているだろう。

 病であったり経済状況、虐待などの家庭環境の問題などもあるか。

 だが愛理ちゃんはどうだ?


(……健康そうだし着てる着物も高そうだし)


 家庭環境、か?

 だが愛理ちゃんを見て虐待児とは思えないだろう。

 見えない部分にないだけかもしれないが少なくとも見える部分には傷一つない。

 おはぎくれた商店のババアも可愛がってたように見えるし。

 そもそも学校に行かせないような家庭環境ならおはぎ買いに行くのも難しいんじゃないか?


(……わっがんね)


 とりあえずよそ様のお家の事情だし深く突っ込むのはやめておこう。


「でさ、女の子と手を繋ぐんだけど……当時の俺は分かってなかったんだ」

「分かってなかった?」

「ああ。女の子と手を繋いで歩くってことの素晴らしさをまるで理解してなかったんだ」


 おもしろおかしく俺の下心を語ってやると愛理ちゃんはクスクスと笑った。

 だがひとしきり笑った後でキョトンと小首を傾げた。どうしたのだろう?


「昨日言ったと思うけど私は恋とかそういうものはよく分からないの」

「うん聞いた」

「だから合っているか分からないのだけれど」


 そう前置きし愛理ちゃんは言った。


「――――次郎くんは私のことが好きなの? 恋してるの?」

「ぶっ!? い、いやちが……」

「嫌いなの?」

「嫌いではないけど! いやもう何て言えば良いのかなあ!」


 惚れた腫れたがなくても単に女の子と手を繋げるだけでも盛り上がるもんなんだよ!

 でもそこらのしょうもない男心をどう説明したものか。


「ふふ、慌ててる。面白くて可愛いわ」

「え、愛理ちゃん」


 そんな風にお喋りをしながら歩き続けドデケエ屋敷の前に辿り着く。

 時代劇とかに出て来そうな風格? 威厳のある佇まいに圧倒されてしまった。


「こ、ここ?」

「そうよ? さ、入って入って」


 大きな門を潜り玄関を開けると通りがかった中年女性がこちらを向く。


「おかえりなさいませお嬢様」

「ただいま。紹介するわね。次郎くんよ」

「伺っております」


 使用人らしき女性と話をする愛理ちゃんだが俺はそれどころではなかった。

 普通なら使用人!? マジのお嬢様やんけ! ぐらいのリアクションはしていたと思う。

 だが、


(き、気持ち悪い……ッッ)


 内臓が腐って口から飛び出るんじゃないかと思うほどの強烈な吐き気。

 何だ、何だこれは。淀んでいる。穢れている。

 柱の一本から壁の小さな傷に至るまで悉くが穢れ切っているように感じるのだ。


「次郎くん?」

「あ、ああいや何でもないよ。ちょ、ちょっと緊張して」


 こんなお屋敷に入るの初めてだからと取り繕う。

 どうやら誤魔化せたらしい。俺、案外嘘が上手なのかもしれない。


「明星くんのお宅も一軒家だけどこんな豪華じゃないもんで」

「次郎くんのお家……気になるわ」

「普通の戸建てさ」


 長い廊下を歩いて愛理ちゃんの私室へ。


「お茶を淹れて来るわね」

「……よろしく」


 外観と同じく和風のお部屋。

 女の子らしさはないが、まあこれ自体はそう不思議でもない。

 浮世離れした愛理ちゃんが女子高生らしい部屋だとか逆に変だしな。


(……頭がいてえ)


 吐き気は未だ収まらない。

 だがここでそれを表に出すことはできない。

 しょうがないので翼などが出ない程度に血を解放した。


(お、少し楽になったな)


 更に強く穢れを感じるようになったが何故か楽にもなった。

 理屈は分からないがとりあえずはこれでええやろ。


(しっかしこれマジに愛理ちゃん大丈夫なのか?)


 こんな環境で……いやそれ言うならあの使用人もか。

 特におかしな様子は見られなかった。

 ひと様のお家に失礼極まるが肥溜めみてえな場所だ。

 こんなところで暮らしてたら一月も経たず心身の調子を崩しそうだ。

 にも関わらずあの使用人は平然としていた。

 愛理ちゃんに至っては透き通ってさえいる。


(どうなってんだか……)


 頭を悩ませているとお茶とお茶菓子を手に愛理ちゃんが帰還した。

 かなりお高そうな奴だ。茶道部に入ったから分かる。

 まだまだニワカではあるがパイセンのご教示のお陰もあって多少は分かるようになった。


「はいどうぞ」

「いやすいませんねえ。こんなお高そうなものを……うへへへ」

「もう」


 クスクスと笑う。

 意図して道化た振る舞いをしているが気付かれていないようで何よりだ。


「あ、そうだわ。次郎くんのお家のことを聞かせて頂戴? 気になってたの」

「俺ん家? 面白い話とかはないと思うが愛理ちゃんが聞きたいってんなら」


 ……いや待て。

 改めて考えると家の話って何すりゃ良いんだ?

 二階建ての戸建てで外観は……とか? いや外観を何て説明する?

 まあ良いや。テキトーに駄弁るか。


「俺ん家は俺と同い年なんだよね」

「ということは産まれた時に?」

「うん。うちはいわゆるデキ婚でさ。授かり婚とも言うんだっけ?」

「でき……?」

「え? ああわかんないか。子供ができたから結婚するってこと」

「へえ、それをデキ婚というのね」


 家の話からズレてってるな。軌道修正軌道修正。


「そん時に爺ちゃん婆ちゃん……母方の方な?」


 親父の方の親戚は普通に会えるようなのじゃねえからな。

 叔父さんにいたっては今、獄中らしいし。


「結婚祝い兼出産祝い兼生前贈与ってことで家をプレゼントしてくれたらしいのよ」

「兼ね過ぎじゃないかしら?」

「まあめでたいことだし土地と家をってんならケチでもないから良いんじゃねえかな」


 一括でポーン! だったらしいからな。

 とまあそんな経緯で明星ハウスは出来上がったわけだ。


「大きくもなければ小さくもない普通の家だけど親子二人暮らしだと広いかな?」


 掃除がめんどくせえし寂しくもあるのでデメリットはある。

 でも人を呼び易かったりとかのメリットもあるのでトントンか。


「小さい頃は禿……ああうちの親父ね? と一緒の部屋で寝てたんだが」


 不思議なものだ。

 話す前は何を話せば良いか分からないのにいざ口を開けば出るわ出るわ。

 自然と語れちゃうのはそれだけの思い出があそこには刻まれているからだろう。


「……」


 愛理ちゃんは本当に嬉しそうに俺の話を聞いてくれた。

 その笑顔があんまりにも綺麗だから俺もついつい口が軽くなる。


「……ふふ」

「愛理ちゃん?」

「ごめんなさい。次郎くん、本当にお父様のことが大好きなんだなって」

「う゛ぇ゛!?」


 いやそりゃ嫌いじゃねえけどさあ。普通に好きではあるさ。

 でも男子高校生が父親好きとか言われるとちょっと……ねえ? 何か恥ずかしい。

 別にファザコンとか言われてるわけじゃないのは分かってるけど。


「次郎くんは沢山の愛情を貰って大きくなったのね。それはとても素敵なことよ?」

「…………んまあ、そうだね」


 親父にめいっぱいの愛情を注がれて育った自覚はある。

 多分、というか十中八九ルシファーを知る者は嫌うか畏れられてるかのどっちかだろう。

 ミア先生だって息子の俺はともかくルシファーについては警戒してると思う。

 実際、魔王としては散々悪いこともしてるんだろうさ。

 けど恥ずかしくて面と向かっては言えないが自慢の親父だ。心底から感謝もしてる。


「きっと次郎くんも何時かお嫁さんを貰ったら素敵なお父さんになると思うわ」

「……そうかな?」

「ええ。今だってこんなにも素敵な男の子なんだもの」


 おいおいおい褒め殺しか?

 屋敷にへばりつく穢れが気にならなくなるぐらいテンション上がって来たんだが?

 いやでも滅茶苦茶恥ずかしいな。


「……ありがと。俺のことより愛理ちゃんの話も聞かせてよ」

「私の?」

「ああ。お父さんとかお母さんの話とか色々」

「そうねえ」


 口元に指を当て小首を傾げながらぽつぽつと語り始める。

 特別なことは何もない。普通の家族の話だ。


(……やっぱり虐待とかはなさそうだな)


 俺が感じている諸々の不快感はやっぱ杞憂か。

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