悪い奴だぜルシファー… 序
どこまで走っても終わらない廊下。
廃墟ゆえ窓ガラスなども割れているのでそこから飛び出そうとするが引き戻されてしまう。まるで迷宮だ。
「み~つけたぁ」
走り疲れて足を止めた俺たち三人を見て追跡者がニタリと笑う。
背景を考えれば狙いは当然、俺――――じゃないんだよな。
「……すまない次郎」
「……ごめんね次郎」
狙われているのは苦しそうに謝罪の言葉を告げる飛鳥と了の友人二人なのだ。
おかしい。おかしいだろ。我、ルシファーの子ぞ? ルシファーJrぞ?
何でその俺ではなく二人が狙われてるんだマジで意味が分からねえ。
(し、しかも何この雰囲気?)
いやまあ狙われてる時点で何かあるだろうとは思っていた。
だがどうだ? 苦しそうにしていたかと思えば一転、腹を決めた顔になった。
二人は覚悟したのだ。何をしてでも俺だけは、せめて友だけは生かして帰すと。
その決意に呼応するかの如く“存在感が増した”。
何かこう、俺が言うのも色々な意味でおかしな話だが神々しさえ感じる。
「貴様に問う。まずは名を名乗れ」
と了。
追跡者――チンピラ風の男が意外そうな顔をしつつも素直に名乗りを返す。
「藤馬 渚」
「藤馬か。貴様が何故か私と飛鳥を狙っているのは理解した」
「その上で問うよ。せめて彼だけでも逃がしてはくれないかい?」
「そりゃ無理だ。白の駒ならともかく俺は黒なんでね」
それに、と藤馬は続ける。
「餌が足りねえんだ。一般人であろうと貴重な栄養源。
普通に一般人襲うのはリスクが高いが俺たちのゲームに巻き込まれた結果なら“仕方ない”で済ませられる」
……よく分からんが何らかのロクでもないゲームのプレイヤーがコイツ。
プレイヤーには良い者と悪者がいて藤馬は後者。
いきなり街中で一般人を襲うようなことは悪者にとっては都合が悪い。
多分、良い者が徒党を組んで排除しようとするとかそういうことだと思う。
だが今俺たちがいる迷路のようなフィールドを整えた上で不意に一般人が巻き込まれた場合はギリセーフ?
ってことだとは思うんだが……うーむ。
「「――――仕方ない?」」
飛鳥と了が声を揃える。ぞっとするほど冷たい声に悪寒が背に走った。
「「人の命を何だと思っている!!!!」」
ぶわぁ、と風が吹き抜けた。見れば二人の身体にバトル漫画でよく見るオーラみたいなものが。
藤馬はそれを見て動揺するでもなくむしろどこか嬉しそうだ。
「良いね! 雑魚のまま殺すのもまあ楽っちゃ楽だが駒が減る以外の旨味はねえ」
どうせなら経験値になるような相手じゃねえと、と奴は笑う。
一触即発。今にも戦いが始まりそうな光景を見つめながら俺は思った。
(――――か、完全にタイミングを逸した!!)
我、ルシファーの子ぞ?
当たり前の話だが親父が告白した際に垣間見えたような力は藤馬からは感じない。
俺が力を解放すれば何とかなるんじゃねえかとぼんやり考えていた。
じゃあ何で逃げてたのかっつーと力を上手いこと引き出せなかったからだ。
出ろ出ろ! って念じても出ねえから逃走の最中、必死で俺はあの時の感覚を思い返していた。
そして思い出した。屁だ。それもかなりデカい屁をこいた時の感覚に似ているのだ。
そこで俺は必死に……もう最悪実も出す覚悟で自分のケツにエールを送っていた。
バーベキューでジャガイモ美味くて食いまくったからいけるやろ頑張れ俺ヒップ! ってな。
そしてつい今しがた俺は屁の兆しを感じ取った。
ぶぼ! っといけば多分、一緒に羽根も出せるという確信があった。
(こ、ここで俺が羽根出すのか……?)
こ、この空気で? どでけえ屁と共に? じょ、冗談じゃねえ。
キョドってる内に戦いが始まる。
飛鳥も了も武道なんてやっているわけではない。
だというのにキレのある動きで果敢に藤馬を攻め立てている。
本人たちも困惑しているようだが今は脅威を排除するのが最優先と直ぐに飲み込んだようだ。
「藤馬、貴様は自分をプレイヤーだと言っていたがこの殺し合いがゲームなのか?」
「僕も了も生憎、そんな悪趣味な催しに参加した覚えはないんだけど……ね!!」
了のハイキックが空を切った。しかしそれも織り込み済み。
藤馬が回避したところを飛鳥が狙い打った。
が、藤馬はあっさりとその拳を受け止め二人を弾き飛ばした。
「別に殺し合いそのものがゲームの趣旨ってわけでもねえよ。プレイヤーの排除も勝利条件の一つ、ってところさ」
同じプレイヤーには目もくれず別の勝利条件を目指す者もいる。
自分はあらゆる勝利条件を視野に入れているだけだと藤馬は笑う。
「何なんだそのゲームとやらは」
「……ふむ? いやリアクション見るにそうだとは思ってたがマジに知らねえのか。こんなことあるのか?」
藤馬の殺気が薄れる。だが消えたわけではない。
冷や汗を浮かべながら機を窺う二人に藤馬は言う。
「何も知らねえまま死ぬんじゃやり切れねえわな。良いぜ、少しばかり説明してやるよ」
……チュートリアル。
いや別に当人にそのつもりはないんだろうけどさ。
何か藤馬ってチュートリアルの敵キャラみたいだな。
「これは代理戦争さ」
「「……代理戦争?」」
「現在進行形で身を以って味わってるから分かるだろうがこの世界には漫画みてえなファンタジーがマジに存在する」
だろうな。俺もそうなんだよ。
「神や悪魔なんてのもそうさ。奴らはマジに存在する。つっても基本、連中はノータッチなんだがな」
それは俺も親父から聞いた。
下っ端の人外は善悪問わず細々と人間に干渉してるが上位存在は違う。
人の世は移り変わったと不干渉を貫いているそうな。
親父は干渉してるっちゃしてるが悪魔としての活動じゃねえから問題ないらしい。
藤馬の説明は大体、親父がしてくれたものと同じだった。
「だが例外がある。そうだな?」
「察しが良いじゃねえか」
「代理戦争って前置きがあるんだ。それぐらいは察せられるよ」
人間を駒にしている人外は何者か。その目的は?
二人の問いに藤馬は両手を広げニタリと笑う。
「――――悪魔さ」
「「悪魔……」」
つまり苦情は親父に言えば良いのか?
「お前ら悪魔の王様が誰か知ってるか?」
「……サタン?」
「ルシファーだろう」
「ルシファーの別名がサタンなんじゃないの?」
「いやだが別人とされている記述もあった気がするぞ」
親父に聞いた話ではサタンという悪魔が別個に存在しているわけではないらしい。
人間が勝手に同一視しているだけで本人はサタンなどと名乗ったことはないとのこと。
「OK俺が悪かった。確かにちょっと知識ありゃ迷うわな。魔王はルシファーさ」
「そのルシファーがどうしたというんだ」
「そう焦るなよ。あれはそう、十七年ぐらい前のことさ」
……十七年前?
「悪魔なんてのはまあ、想像通りのロクでもねえ種族なわけだが秩序がないわけじゃねえ。
明けの明星ルシファーという絶対の法の下、連中は生きてた。
基本は好き勝手してて悪魔同士で揉めることもしょっちゅうだがデケエ規模の揉め事となれば話は上に行く」
ルシファーの役割はその裁定なのだという。
「当時、魔界は色々とホットだったらしくてよぉ。ルシファーの下にも山ほど裁定の話が持ち込まれたらしい」
「「……はあ」」
それがどうしたというのか。二人はそんなリアクションだ。
しかし俺は何故だろう。冷や汗が止まらない。
「――――ルシファーはキレた」
「「キレた?」」
「あれこれ好き勝手言われてキレたのさ。この糞忙しい時にお前らの面倒なんざ見てられるか禿! ってな」
「「……えぇ?」」
「んで辞職宣言かまして失踪。闇の玉座は空になったわけだ」
……。
「さあこうなると困るのは残された悪魔たちだ」
「分からんな。無秩序を好むのが悪魔なのだろう?」
「そうそう。うるさいのが居なくなったんだし好都合じゃないか」
「ところがどっこいそうでもねえ」
待って。
「他勢力が攻めて来てもまとまらねえ。内乱が起きたら歯止めがきかねえ。
悪魔どもは自覚してんのさ。絶対の王がいなきゃ自分たちがどうなるかってな。
かと言ってその性を改めることもできねえ。なら新しい王を立てるってことになるがこれも中々難しい。
有力な悪魔はそりゃ他にも居るぜ?だがそいつらはルシファーほど圧倒的な力を備えてるわけじゃねえ。
王になりますつっても上手いことまとまらねえ。だから連中は話し合ってルールを決めたのさ」
待ってくれ。
「「それがこの代理戦争か!!」」
「イエス! 自分の推す人間が成した偉業を競い合って最も偉大だと認められたら王様になれるわけだ!!」
「「……そしてその偉業は善悪を問わない」」
「ああ。極論、その人間が世界を滅ぼしたとしても問題ねえ。紛れもない偉業だからなあ」
……つまりこの状況って親父が原因じゃねえか!!
(は、は、禿ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!)
立つ鳥跡を濁し過ぎィ!