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魔王ジュニアVS因習村 4

「お待たせしちゃったかしら?」


 朝。朝食を食べて歯磨きを済ませ部屋で休んでいると愛理ちゃんがやってきた。

 まだ朝九時だぜ普通に早いよと思ったが俺のためなんだ。ここでぶーたれるほど俺の器は小さくねえ。


「んにゃ。準備万端さ。昨日からワクワクしてたんだ俺」

「まあ。嬉しいわ」


 ちょっとしたリップサービスにも本気で喜んでくれているようで俺としても気分が良い。

 部屋に鍵をかけ旅館を出る。


「とりあえず最初に案内してほしいとこあるんだけど良いかな?」

「勿論。何でも言って頂戴」

「コンビニ……とかはないだろうしえーっと、何つーんだ?」


 こういうところで日用品とか売ってる店……。


「商店? 雑貨屋? そういうとこ見ておきたいんだが」


 旅館にも小さいが売店はあるが村の生活を賄ってるとこのが品ぞろえは豊富だろう。


「木村さんのところね。こっちよ」


 愛理ちゃんに手を引かれて村の中を歩く。


「……」


 あまり多くはないがすれ違う人々を見ているとやはり引っ掛かりを覚える。

 好意的な視線もあればその逆もあったが共通して俺は嫌なものを感じていた。淀んでいる。濁っている。


「ここよ。木村商店。手作りのおはぎが一番のおススメ」

「ほう? そりゃ良い」


 引き戸を開け中に入る。奥の座敷にいた老婆がこちらを見る。

 俺を見て、愛理ちゃんを見た。


(……薄汚ねえ)


 下卑た視線、とでも言うのか。

 昨日女将さんと話すとこを見て薄々感じていたしここにくるまでにすれ違った奴らからも感じていた。

 この村で感じる嫌な空気は全て愛理ちゃんに収束しているように思う。

 ただ、


(当人の反応がなあ)


 頭が悪いわけではない。察しが悪いわけでもない。

 普通こんな目を向けられたら悪感情を抱くものだ。

 だが愛理ちゃんの村人たちを見る目は慈しみに満ちている。

 本当にこの村が大好きなのが伝わってくる。


(やっぱ俺の考えすぎだったのかな……)


 ナイーブになってるのかな。何だよまるで思春期の子供みたいじゃねえか。

 いや思春期の子供だったわ。

 ともあれ気持ちを切り替えよう。折角の旅行なんだからな。


「ほうかほうか。お友達ができたんだねえ。ええことじゃあ」


 老婆が俺を見る。


「坊ちゃん、愛理ちゃんはええ子じゃあ。村にいる間だけでええから仲良くしてやっておくれや」

「っす!」

「ありがとなあ。坊ちゃんもええ子じゃあ。ええ子の坊ちゃんにはぷれぜんとじゃ」


 と老婆はおはぎの入ったパックを差し出してくれた。

 愛理ちゃんが言ってたおススメだろう。

 断る理由もないので感謝と共に受け取る。

 ただ貰いっぱなしも何なので他にもお菓子やらパンやらを買っておく。おやつや夜食にすれば良いだろう。


「へへ、ラッキーだぜ。愛理ちゃん、後で一緒に食べようぜ」

「ふふ、そうね。次に行きたいところはある?」

「買い物できる場所はもう分かったし特に希望はないかな。愛理ちゃんのおススメスポット連れてってよ」

「そう? じゃあ私の御気に入りの場所を教えてあげる」


 再度、手を引かれて歩き出す。


「おや? おやや? おいおいおい人にあんなこと言っといて明星も隅に置けないじゃないか!」


 釣り竿とクーラーボックスを持った半パン姿の清水先生に遭遇。


「別にそんなんじゃないっすよ。あ、この子は村の子で供花愛理ちゃん」

「供花愛理と申します」

「これはご丁寧に。清水正一です」

「……」

「僕の顔に何かついてるかな?」

「いえ、どこかでお会いしたような気がしたのだけど」

「……? いや僕はこの村にくるのは初めてだよ」

「そうよねえ。多分、気のせいだわ。ごめんなさい変なことを言ってしまって」

「いえいえ」


 おいおいおい人にあんなこと言っといてこれか?

 どう考えても逆ナンじゃんね。かーっ、これだからイケメンは得ですなあ!


「ってか先生、釣りっすか? そんな道具持ってましたけ?」

「宿で借りたんだよ。釣った魚を調理してくれるらしくてなあ。明星の分も釣っておくから楽しみにしててくれ」


 そう言ってウィンクを一つ。


「じゃ、僕はこれで。若い二人の邪魔をするのも何だしね!」


 カラカラ笑いながら清水先生は山の方へと歩いて行った。


「……」

「やっぱ気になる感じ? まあ清水先生イケメンだかんなあ」


 村の顔面偏差値より遥かに高かろう。

 平均値高い都会でも尚、高いのだから当然である。


「もう、からかわないで。本当にそういうのじゃないから」


 ぷくーっと頬を膨らます姿にちょっとキュン。


「そもそも、そういう“好き”が私には分からないもの」

「そうなの?」

「ええ。お父さんやお母さん、村のみんなは大好きよ? でもそれとは違うのでしょう?」

「まあ、そうね」


 俺も恋愛的な意味での好きをちゃんと分かってるかは怪しい。

 ミア先生に興味津々だったけど性欲混じりであることは否定できんしな。

 とはいえ家族愛、隣人愛のようなものとは異なることぐらいは分かる。


「興味がないと言えばうそになるのだけど……」

「無理にするもんでもねえからな。これからの出会いに期待ってとこだな」


 愛理ちゃんならきっといつかイイ男に出会えるだろう。


「そう? なら……ふふ、期待しちゃおうかしら」

「おうともさ」


 談笑しながら歩くことしばし。

 連れてこられたのは村を一望できる小高い丘だった。


(景色も良いが……)


 何より空気が良い。澄んでいるというのか。

 ある種、異質さえ感じるほどにこのあたりは心地良い空間だった。


「どう?」

「……良いね。うん、最高だ」


 大きく息を吸って深く吐き出す。

 モヤモヤとしたものが体の中から出て行くような感覚に思わず頬が綻んでしまう。


「良かった。気に入ってもらえて」

「ありがとね。素敵なとこを教えてくれて。お陰で良い気分転換になったよ」


 俺がそう言うと愛理ちゃんはどういたしましてと微笑み返してくれた。


「気分転換、ってことは何か悩み事でもあったの?」

「ああ。高校に入学してから色々あってねえ。どれもこれも一朝一夕で片付くようなもんじゃなくてさ」


 心が軽くなれば口も軽くなるのか。

 話せない部分はぼかしながらも俺は愛理ちゃんに悩みを打ち明けていた。

 一通り話し終えるまで彼女は黙って話を聞いてくれた。


「大変なのね」

「ああ」

「重い荷物をおろしてしまおうとは思わないの?」

「思わないね。そしたら俺は俺を嫌いになっちまう」


 それに頑張ったことは決して無駄にはならない。

 しんどい思いをしてもその分だけ、いつか報いがやってくるはずだ。

 それを思えば踏ん張れようってもんさ。


「……そう」

「ああ」


 愛理ちゃんは無言で俺の手を強く握った。

 伝わる体温がそれそのまま彼女の心の温かさにも思えて俺は少し泣きそうになった。


(……出会ってまだ二日目だぞ?)


 愛理ちゃんがそういう人心を惹き付ける魔性の女なのか俺がチョロいのか。

 ……できれば前者であってほしいもんだ。


「……おはぎ、食べよっか」

「ええ」


 二人でおはぎを食べながらぽつぽつとお喋りに興じる。

 真面目な空気を引きずって最初はちょっと気まずかった。

 ただ話をしていく内に自然と明るい方向へと軌道修正できたので良しとしよう。

 それから昼食を挟んだりしながら日が暮れるまで俺は愛理ちゃんと共に村や周辺の自然を楽しめた。


「じゃあまた明日ね?」

「ああ、また明日」


 明日は彼女のお家に遊びに行く約束をして宿の前で別れた。

 その背が見えなくなるまで見届けてから宿に入るとロビーで寛いでいた先生に声をかけられる。


「やあおかえり」

「あ、先生。釣果はどうでした?」

「ふふふ、ばっちりさ! 自分で言うのも何だが僕には釣りの才能があるのかもしれんなあ」


 ニヤニヤと笑いながら顎を摩る先生のドヤっぷりよ。


「今晩の夕飯にでてくるだろうから楽しみにしててくれ」

「はい」

「あ、そうだ。どうせなら今日は僕の部屋で一緒に食べないか?」

「良いっすねえ。一人飯も嫌いじゃねえっすけど折角、縁があって一緒の宿に泊まってますしね」


 飯の後は男同士、裸の付き合いしようぜと誘ってみたら先生は良いね! と快諾してくれた。

 仲居さんに二人で食事をする旨を伝え、先生の部屋へ向かった。


「ほう、それはまた……良い時間を過ごしたじゃないか」

「ええ。普通に楽しかったし何より隣にいるのが美少女っすからねえ。そらテンション上がりますわ」


 飯の時間までお喋りでもということで今日あったことを話すと先生は嬉しそうに笑った。

 ミア先生もそうだったが教師って人はプライベートでも教師なんだな。


「そっちはどうでした? いや釣りを楽しんでたのは分かりましたけど」

「良かったとも。都会の喧騒を離れ川のせせらぎを聞きながら釣り糸を垂らす……」


 堪らなく癒されたとしみじみ呟く先生。やっぱり大人って大変なのね。


「いやホント、ここを選んで正解だったよ。老後はこんなところで余生を過ごしたいもんだ」


 初日の老人のように誰もが歓迎してくれているわけではない。

 それでも村人は基本、親切だしここは良い村だという先生の言も分からなくはない。

 やっぱり俺が感じてる諸々は杞憂だったんだろう。


「言うてまだ二十後半か三十前半ってとこでしょ? 老後のことを考えるには早すぎでしょ」

「そうでもないさ。こういうのはまだ心身共に充実してる時から考えておかんとな」

「そういうもんっすかねえ」

「明星の親御さんは将来的にこういうところでゆっくり過ごしたいなーとかそんな話をしたりしないのか?」

「あー……直接はしたことないっすね。でも言われてみれば旅番組とかで田舎が映ると結構……」


 良いなあとか呟いてたりするわ。俺が知らないだけで密かに老後のこととか考えてるのかも。

 いやでもアイツ、今じゃん。今が余生みたいなもんだろ。余生の余生って何だよ。


「? どうした明星」

「何でもねっす。でも俺は爺になっても田舎よか都会のが良いなあ」

「今はそうかもしれんがお前も大人になれば考えが変わるかもだぞ?」

「いやいや。旅行とかでこういうとこ行くのは良いっすけど住むとなればねえ」


 コンビニも病院も遠いじゃん。

 いや今の俺なら問題ないけどさ。病気にかかることはまずないだろうし。

 でもコンビニ遠いのは無理だわ。飛べば距離とか関係ないだろうけど日常的に使うような力でもないし。


(……いや待て。俺って老後とかあるのか?)


 親父の姿はあくまで偽りのもの。真の姿は実に若々しかったしな。

 人間とのハーフだし加齢はするのか? 

 不安定なハーフは寿命が短いとか聞いたがド安定してるしな俺。

 もし不老とかならどうすれば良いんだ?


「お、良い匂いが……明星、きたみたいだぞ」

「みたいっすね! いや楽しみだ!」


 まあええわ。将来のことより今は飯飯。

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