星の王子さま 終
どうだ親父。あんたの息子はやってのけたぞ。
誰もが恐れる傲慢の星を見事、撃ち落としてみせたぞ。
言い訳の余地もない完全な敗北を与えてやったぞ。
(……あんたの背中、追い越したよ)
胸に去来する寂しさとそれ以上の誇らしさ。
目の奥が熱くて少し、泣きそうになるけど我慢する。
(最後までやり通さなきゃな)
魔王ルシファーを表舞台から完全に消し去る。
そうすることで親父はようやく新しい人生を始められるのだ。
「……クク、そうだな。お前の勝ちだよ」
色濃く刻まれた消耗。それでも尚、親父は傲慢に笑ってみせた。
これは魔王ルシファー最後の演目だ。
「ああ、認めよう。我が闇の子よ。お前は見事、この父を超えてみせた」
だが、と笑みを深め続ける。
「それは“私の勝ち”でもある」
「……なるほど認知症か。まあ、良い歳だもんなあんた」
俺の軽口を無視し親父は問う。
疑問に思わなかったのか、と。
「あ?」
「何故、お前を創ったかだよ。バアルやライラあたりが言わなかったか?」
明けの明星が子を成すなんてあり得ない、と。
……そういやそんな話をされたと後々、志村さんたちから聞いたな。
「証明したかったのだよ」
「証明?」
「お前も見ただろう? 私が創り上げた八つの災厄を」
頷く。
紛い物の四騎士。出来損ないの三獣。虚妄の魔王。
マジでロクでもねえもん出して来やがったと思ったよ。
「供物が捧げられず不完全極まる状態でさえその力は有象無象の及ぶところではない。
単独でやり合えるのはお前やミカエラのような十二の翼に至れる者だけ。
数を揃えて当たるにしても一握りの精鋭を山ほど集めてようやくと言ったところだろう」
あれを人間界に放っていたらどうなっていたと思う?
楽し気に投げられた問いだが聞いてる奴らからすれば笑えないだろうな。
死を糧に肥え太るという奴らの性質を考えれば“最悪”は想像に難くない。
俺も状況に合わせて冷や汗を流しておく。
「……」
「良い顔だ。そうさ。それだけのものを創った自負がある」
実際は在庫処分品だろ。何偉そうに抜かしてんだ。
創るだけ創って倉庫の隅で埃被ってたのを引っ張り出して来てさあ。
アイツらが可哀そうだと思わんのか?
「だがアレらだけではないぞ」
黒き太陽。人の欲望を解き放つ光。不和の楽団。
今回使う機会がなかった不穏な何かをつらつらと挙げていく。
コイツ、ロクでもないことさせたらマジ右に出る者いねえな……。
「来るべき神との再戦に向け私は多くの備えをして来た」
……ってか今回のセールに出て来なかったものの処分、俺がするの?
「四大天使なぞ私が手を下すまでもない戦力だ。
いやさ奴らだけではない他神話の介入があろうとも丸ごと蹴散らせるだろうよ」
だが、と親父は苦々しく吐き捨てた。
「そこまでしても創造主には勝てないのではないかという小さな疑念が消えなかった」
「……子が親を超えることはない。その反証のために俺を創ったって?」
「そうさ。そしてお前は見事、証明してのけた」
「そりゃ結構なことだがお前に次はねえよ。お前は今日、ここで終わる」
どういう方向に話を持って行きたいのかはもう分かった。
なので俺もそういう方向性の返答をしてやる。
「お前が居る」
多分これ、遠くで見守ってるはっつぁんたち最高にビビってるな。
天界で見てるであろう他の天使たちもそう。
ようやっとハッピーエンド! ってとこで爆弾投げられたようなもんだし。
「はあ? 俺が神と戦う理由がどこにある?」
「お前は“私の息子”だ」
ぞっとするほど悍ましく美しい笑みを浮かべ親父は告げた。
事情を知らぬ者には最悪の呪いのように見えるだろう。
「私に勝利しお前は創造主の軛を振り払ったと満足しているだろう。
だがそれは不完全だ。何せお前を創った私の創造主が残っているのだからな。
お前のその傲慢の性が神の存在を許容出来なくなる日がいずれ来る」
千年先か万年先か億年先かは分からない。
だが、必ずその時は訪れると厳かな予言者のように断言した。
「馬鹿らしい。そりゃ結局、親の掌中から逃れられてないってことじゃねえか」
「いいや。単にお前が親に似た性根の持ち主だからそうなるというだけの話さ」
「似てねえよ」
「己が望みを満たすため極々自然に魔王を殺すと考える男を傲慢と言わず何と言う?」
はあ、と溜息を吐く。
「平行線だな。まあ良い。なら俺は俺の生き様を以ってお前を否定し続けてやろうじゃねえか」
「それも良い。まあ結果は見えているがね」
親父の体が光の粒子となり消えていくのと並行してその力が俺に流れ込んで来る。
傍から見れば神殺しの一助となるよう力を遺して死ぬようにしか見えんだろうな。
「神を殺しお前が真の天へ至る日が来るのを楽しみにしているよ」
そう言い残し、魔王ルシファーは完全に消滅した。
それっぽい雰囲気が出るよう佇み虚空を見つめる。
さっさと帰りてえが最後までしっかりやらんといけんのが辛いところだ。
そうこうしていると幾つもの羽ばたきが聞こえ多くの影が俺の背後に降り立った。
魔界の実力者たちだ。先頭には最初からこちらの陣営に居た大悪魔三人が居る。
「非の打ちどころのない勝利。祝着至極に存じまする」
代表してバアルがまず祝いの言葉を述べる。
そして新たな魔界の王たる俺に忠誠の誓いを立てると全員が跪き頭を垂れた。
「おう。じゃ、早速命令な」
「何なりと御申しつけくだされ」
「そう難しいことは言わねえよ。あれだ、今後どう統治してくかの方針? みたいな?」
それが目的でなかったとはいえ、だ。
ここで俺が魔王の座を放り投げたら親父の二の舞。収まるものも収まらないからな。
「俺の空気を読んで何か良い感じにやってくれ」
≪……ハッ!!≫
一瞬の間があったのは幾ら何でも雑過ぎだろと思ったからだろう。
でもしゃあないだろ。こちとら政治のセの字も知らん高校生やぞ。
「うん、まあよろしく頼むわ」
「時に王よ。戦勝の宴などは……」
「あー、そういうのは後日で。俺、これから行くとこあんだわ」
そうこうしていると何時ものスーツ姿に着替えた先生がこちらにやって来た。
タイミングを見計らっていたのだろう。
「王よ。あなたはどこへ行かれるのか」
神経質で社畜っぽいイケメン悪魔が俺に問うた。
俺は先生と顔を見合わせ口を揃えて答えた。
「「ラブホテル」」
≪……≫
痛いほどの沈黙の中、どこか遠くで聞き覚えのある泣き声が聞こえた気がした。
積もる話は後にと言ったがすまん。今はスルーさせてくれ。約束を果たすのが先だ。
「期待して待ってな。お前らの王は男として一段上のステージに上がって帰って来るからよ」
「王妃たる私も女として一段上のステージに上がって帰って来ますから乞うご期待」
こうして俺の戦いは終わりを告げた。