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星の王子さま 11

「ぬ、ぐぅ……! ただ飛び回るだけでこれとは……何と傍迷惑な親子であるか!?」


 ひとところに留まることなく魔界を縦横無尽に飛び回りぶつかり合う父と子。

 さながら意思持つ二つの流れ星がじゃれ合っているかのよう。

 衝突の余波で齎される被害に目を瞑ればいっそ幻想的ですらあった。


「オルァ!!」

「ハハハッ!!」


 交差する蹴りと蹴り。

 互いの顔面に情け容赦なく突き刺さる拳。

 弾幕の応酬。

 激しさを増す戦いは徐々に次郎劣勢へと傾き始めていた。


「もう一つギアを上げよう」


 放たれた魔弾が翼の一枚を根本から穿つ。

 構わず繰り出した反撃は受け止められもう一枚、持って行かれる。

 絶望が心身を侵し始めてもおかしくない状況。


(……ずっと、小さな引っ掛かりを覚えていた)


 しかし次郎は別のことを考えていた。


(深く考えたことはなかったが、気にはなっていた)


 戦闘に集中していないわけではない。

 集中しつつも彼にとって酷く大切なことを再確認していたのだ。

 それは入学式の日。己に宿る血について知らされた際のやり取りだ。


『親父、それ偽りの姿なんだろ? 真の姿ってどんな感じなん?』


 次郎は何となしにそう尋ねた。

 別段、本気で知りたかったわけではない。

 質問はないかと問われ何もないというのもアレだしと口にした疑問だった。


『何で苦い顔?』


 ほんの一瞬だけ見せられた真の姿。

 今目の前で哄笑を上げながら自身の腹をぶち抜いている男のそれと同じもの。

 だがあの時の父は何故だか渋い顔をしていた。

 まるで見られたくないものを見られたかのような。


『いや私的にはもうこの姿が本当の私っていうか』


 不思議に思って更に問いを重ねると返って来た答えはこれだった。


(何でだろうって思った)


 理屈をつけられなくはない。

 例えばそう愛する女と出会ったのが人間明星太郎の姿だったから、とか。

 だが一見それっぽくは聞こえるが深く考えるとこれもやっぱりおかしい。


(お袋は外見なんぞにこだわるタイプじゃない)


 フィーリングが全てだ。

 あくまでルシファー側のこだわりだから? まあ、その線もなくはない。

 だが、


『何かもうあっちが偽の姿で良いんじゃないかなって』


 真の己を偽りであると否定するほどのことか?

 この点が次郎には不思議でならなかった。

 あの場で聞かなかったのは触れて欲しくなさそうだったから。

 そしてそろそろ家を出る時間が迫っていたからだ。

 そこからは目まぐるしい日々の中で片隅に置いやられてしまった。

 再度、掘り起こす切っ掛けになったのがのスタルトスがやらかしたあの忌々しい聖夜。

 小さな違和感を覚えるがそれも舐め腐った展開による怒りで直ぐに忘れてしまった。


(……だけど、分かった)


 先のクリスマスを経てようやく理解した。

 いと高き明けの明星に覚えた違和感その正体は、


(――――自己嫌悪)


 何に起因する自己嫌悪なのか。


(あんたは俺とお袋を一番に愛せない自分がどうしようもなく厭わしいんだ)


 己こそが至上至高の存在であると神にさえ弓を引くほどの独尊。

 ルシファーにとっての唯一無二は常に己だった。それで良かった。何の問題もなかった。

 そう、本当の愛を知るまでは。


(お袋への愛に偽りはない。俺がその証だ)


 魔王と一般通過ギャル。生物としての格は大きく隔たっている。

 象と蟻どころの話ではない。月と原子とかそれほどのレべルだ。

 その差を埋め自然に子を成してしまうほどにその愛は大きい。


(それでも一番にはなれない。二番が限界だった)


 己以外の一切を省みぬ傲慢の星が己の次に愛する。

 それだけでも十分凄い。

 ある意味、救世よりも困難な奇跡を成したと言っても過言ではなかろう。


(でも、それじゃ駄目なんだよな? 分かるよ。俺もそうだから)


 他人同士が惜しみなく愛し合うとはどういうことなのかを次郎は身を以って知った。

 だからこそ分かるのだ……まあ二名ほど血縁はあるのだがそこは置いておこう。

 家族を作るための始まりに立った今の次郎には父の気持ちが痛いほど分かってしまう。


(俺はまあ、複数人で不純ではあるんだろう。優劣はつけられない)


 だがそれは自分を愛する女たちの優劣というだけ。

 自分よりも大切で自分よりも愛しく思っているのは当然。

 だがその当然がルシファーには出来なかった。


(俺とお袋を一番愛したいのに自分って邪魔者が消えてくれない)


 だからルシファーは自らの玉体を離れ人間明星太郎の肉体に入った。

 己を捨てることでようやく明けの明星は妻子を一番に愛せるのだ。

 それでも、完全にというわけではない。

 何時だって鬱陶しい星の光がちらつきその愛を揺るがせようとしている。


(だからあんたは自らの傲慢を打ち砕くため俺に賭けたんだ)


 神の被造物たる明けの明星は父を超えられず地に堕ちた。


(だがあんたの被造物とも言える俺が父を超えることが出来たのならば……)


 己を至尊であると驕ればこそ超えられるはずがない。

 己がそうであったように次郎もまたそうであらねばならない。

 父と子という絶対の力関係が崩れ去ることはないのだ。

 もしそこが覆るのならその時こそが始まりだ。

 呪いの如き自己愛から解放され真の意味で愛することを始められる。


(――――だからこそ俺は、勝つ)


 ちょっとボコられると直ぐに投げやりになるのが次郎だ。

 しかし今回に限ってはただの一度も諦めを見せてはいない。

 圧倒的な力で嬲られながらも常に己の勝利を確信し続けている。

 父のため、自分たちを信じて待つ身の辛さに耐える母のため、愛する女、仲間たちのため。

 自らを取り巻く全てに報いるために勝利すると決めたのだ。


「随分と楽しそうじゃないか」


 悠然と語り掛けているように見えるだろう。

 だが次郎だけは父の胸中にある焦りを見抜いていた。


「はは、そりゃあ……なあ? アガるに決まってんだろ」


 潰れた喉から発せられる声は酷くしゃがれていた。

 だけどその声色は酷く楽し気だ。


「だってこんな最高のシチュエーションそうそうないぜ?」

「何を」

「ほうら、耳を澄ましてみろよ」


 耳をそばだてるような仕草をして次郎は笑う。


「今にも聞こえて来そうだろ? 逆転のBGMがさあ」


 その瞬間、次郎の体から眩い輝きが放たれた。


「これは……ミカエル!?」


 ルシファーは全てを理解した。

 あの夜、ミカエルは自身に対抗するため次郎に力を託したと思っていた。

 だが違った。ミカエルは力なぞ与えていなかった。

 次郎には愛娘を始めとする素晴らしい仲間が居る。力の不足は彼らが補ってくれるだろう。


『ならば私たちはその心を護りましょう』


 どんな絶望的な状況でもその在り方を貫けるように。

 折れそうになった時、我らの愛が寒さに震えるその心を温めてあげられるように。

 あの夜、次郎に宿ったのはそんな祈りだった。


「は、ははは」


 そして今、その祈りが形を成すに相応しい場面が訪れた。

 絶体絶命。勝機など微塵も見えやしない無明の闇。

 だがしかし、そんな状況でも次郎は欠片も折れておらず魂の輝きは増すばかり。

 ゆえに祈りは形を変えた。


「やってくれるじゃないか」


 絶望の中でも折れず曲がらず己を貫く君に祝福を!

 これからもっとずっと素敵な大人になっていく君に多くの幸があらんことを!

 それは戦いを有利に進めるためのものなど一切与えてくれない。


 そう――――“別の奇跡(ピース)”と合わさることがなければ。


 愛衣が持つ奇跡についてもルシファーは見当をつけていた。

 その上で放置したのは聖人というものの性質を熟知していたから。

 聖人というのは厄介なもので死後、起こす奇跡は生前のそれよりも強化されてしまうのだ。

 ルシファーが愛衣を直接間接問わず殺めれば魔王の手にかかった聖人という状況で更なる強化が見込まれる。

 自死による奇跡の強化だけでは不足だが、魔王に殺されるというブーストがかかれば怪しい。

 それゆえの放置だったが状況が変わった。


「……ッ!!」


 ルシファーは咄嗟にトドメの一撃を放っていた。

 今の次郎では防ぐことさえ出来ない本気の一撃。

 だがそれは乱入して来た三つの影に阻まれ我が子に届くことはなかった。


「私のダーリンに随分なことしてくれるじゃないですか」

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