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魔王ジュニアVS因習村 3

 鈍行を下りてそこからしばらく山道を行きお目当ての村に辿り着いた。

 山間にひっそりと佇むそこそこ大きな村という感じで田舎暮らしをするならこういうところが良いと思ったんだが……。


(……何だこの空気?)


 村に足を踏み入れた瞬間、嫌な感じがした。

 空気が濁っているというかどうにも居心地が悪い。

 隣を見やるが先生は特に何を感じている様子もなく良い雰囲気だなとスマホで写真を撮っている。

 楽しそうにしてるのだから水を差すこともあるまい。


「あ、どうもこんばんは!」


 村人であろうお爺さんが通りがかったので先生が挨拶をしたので俺もそれに倣う。

 お爺さんは足を止め俺たちを見やると、


「フン」


 と嫌そうに鼻を鳴らした。


「よそ者め……何だって村長は外の人間を招き入れるような真似を……」


 そう吐き捨てお爺さん――いやもうジジイで良いわが背を向けて去って行った。

 残された俺が露骨に顔を顰めていると清水先生がポンと肩を叩き言った。


「まあ、色々あるんだろう今のご時世ずっと昔のままとはいかないからな」

「……っすね」


 村興しのために温泉などの観光資源で人を呼び込もうとする側。

 そんなものはいらんこれまで通りで良いと現状維持を願う側。

 田舎特有のそういう対立があるのかもな。

 この嫌な空気はひょっとしたらそういう排他性を無意識に感じ取っていたのかも。

 などと思ったのだが……。


「あらこんばんは。温泉ですか? ゆっくりしていってくださいね」


 宿に着くまで何人か他にも村人とすれ違った。

 中には愛想よく挨拶をしてくれる人もいたのだがどうにも嫌な感じが拭えない。


(疲れてんのかね)


 何だかんだ親睦会からずっとノンストップだったしな。

 宿に到着しチェックインを済ませ俺と先生はそれぞれの部屋に向かった。

 風情があって中々良い感じの部屋なのだがイマイチ乗れない。


「……さっさと仕事済ませて温泉行くべや」


 荷物を置き宿を出る。

 その際、受付で夕飯はとっておいてくれと言伝をしておくのは忘れない。


「さて」


 人気のない場所まで行き力を解放し、人外の気配を探る。

 見つけた。更に山の奥に行かねばならないがこれぐらいなら一瞬だ。

 ミア先生が持たせてくれた認識阻害のアクセサリーを装着し空に躍り出て一直線に気配の下へ。


「――――お前がそうか」


 山奥にある洞穴の中から異形の怪物がのそりと姿を現した。

 最初討伐しようとした奴を返り討ちにしその後も追っ手を幾度か撃退。

 それなりにやれる奴を向かわせないと危険だということらしいが……なるほど。

 強いは強いんだろう。だがミア先生のような圧はまるで感じない。


「……同族、ではないな混血か。だがよりにもよって阿呆鳥どもの……何と醜い」


 嫌悪感を隠しもしない様子の標的。

 阿呆鳥ってのは多分天使だろう。やっぱ天使が混ざってるのは悪魔的にマイナスなんだな。


「だが良い。その心臓を喰らえば俺は更に強くなれる。小僧、大人しく首を差し出すなら楽に死なせてやるぞ」

「安っぽい台詞吐いてんじゃねえよ。そういうこと言う奴は大概、返り討ちにされるのが世の常だ」


 わりと緊張してたんだが典型的なやられ役の台詞で逆に力が抜けた。

 先生から貰った隔離結界セットの楔を周辺に打ち込みゆっくりと地面に降り立つ。


「温泉が俺を待ってるんだ。さっさとやろうぜ」

「愚かな」


 戦いが始まる。

 ミア先生の見立て通り、油断しなければ問題ないレベルだった。

 戦闘は終始俺が優位に立っており十分ほどで後はトドメというところまで追い詰められた。

 これから俺は一つ、命を奪う。その事実に少し体が強張る――それが隙となった。


「薄汚い混血風情が……貴様に首を獲られるぐらいなら!!!」


 標的の体が膨れ上がる。

 咄嗟に羽根で体を覆う。次の瞬間、凄まじい熱と衝撃がやってきた。


(自爆!? いやだがこれをカモフラにという可能性もあるよな)


 感覚を研ぎ澄ませ探ってみるが……え、これマジで死んだ?


「……」


 何だろう。とても気持ち悪い。

 目の前で命が散ったことによるもの、というわけではない。

 殺し損ねた。結果的に奴は死んだが俺の手で殺すことができなかった。

 そのことに対して俺は漠然と不安を抱いている。何故? 理由が分からない。


「チッ」


 考えても答えが出ない。苛立ち紛れに舌打ちをしてスマホを取り出す。

 先生に入れてもらったアプリを起ち上げると討伐完了のスタンプが押されていた。

 やっぱりマジで死んでるらしい。モヤモヤするが依頼は完了。後は自由時間だ。

 帰り道は途中まで飛んで半ばほどから徒歩にした。

 自然の中を歩いて少し気を紛らわそうと思ったのだ。


「うん?」


 水のせせらぎが耳を揺さぶり、甘い香りが鼻を擽った。

 少し道を外れて川があるであろう方角に何となく足を向けてみると、


「――――」


 川辺に着物姿の女の子がいた。

 傍らに置かれた提灯に照らされるその少女は息を呑むほど美しかった。

 夜を敷き詰めたような長い黒髪。切れ味鋭い美貌。

 要素だけ抜き取れば聖先輩とも被るもののタイプが違う。

 あちらが思わず背筋を正したくなる凛としたお嬢様ならこちらは神秘的な美少女。

 下心も沸かないほど透き通ったその少女を見ていると燻っていた苛立ちが嘘のように消え失せていた。


「あら?」


 ぼけーっと見惚れていると少女は俺に気付いたようでゆっくりと立ち上がりこちらを見た。

 そして二度三度小首を傾げるとテクテクとこちらに向かってきた。

 目の前までやってくるとすっ、と白い手が伸び俺の頬を撫でた。

 あまりにも突然、あまりにも自然。俺は自然と彼女の行為を受け入れていた。

 夏場のそうめんでもここまですんなり飲み込めねえよってぐらいするっと受け入れられた。


「はじめてだわ。こんなに近くでお星さまを見るのは」


 ……電波かな?


「あなたはだあれ? 村の人ではないわよね?」

「え、あ、うん。えっと、温泉目当てで観光にきた東京もんですたい」


 いかん何か訛っちまった。

 恥ずかしくなるが少女はまるで気にした様子もなく会話を続けてくれる。


「清水屋ね。あそこはお風呂も良いけどお料理も素敵なの。もう食べた?」


 清水屋というのは俺と先生が泊ってる宿の名だ。

 名前が同じ、というのも先生がここを選んだ理由の一つだそうで。

 清水なんて苗字や屋号、そう珍しくはないけどな。


「あ、いやまだだね。ちょっと散歩に出てたもんで」

「そう。じゃあこれからなのね。期待して良いわよ」


 ふふ、と口元に手を当て上品に微笑む。


「あらいけない。まだお名前を聞いていなかったわ。私は供花 愛理(くげ えり)。あなたは?」

「明星次郎。供花さん、で良いかな?」

「名前で頂戴。私も次郎くんって呼ばせてもらうから」


 めっちゃぐいぐいくるな……。

 え、何これ田舎だと都会もんがモテるとかそういうあれ?


「じゃ、じゃあ愛理ちゃんで。えっと、よろしく」

「はいよろしく。東京のお話、聞かせてくれる?」

「……面白い話ができるかはわかんないけどそれでも良ければ」


 しばし、川辺で雑談に興じる。

 最初はどぎまぎしていた俺だったが話をしている内に慣れてきた。

 浮世離れした透明感に圧されていたが話してみれば普通の女の子だ。

 ちょいと天然というか独特の間で生きてる感はあるがな。


「あら……ふふ、じゃあそろそろ帰りましょうか」

「は、はは」


 俺の腹が鳴ったことで村に戻ろうということになった。

 夜道は危ないものね。でも私には提灯があるから任せて。

 と極々自然に手を握られ愛理ちゃんに手を引かれ村へ帰還。


「あらまあお客さん。愛理ちゃんと一緒だったんですか」

「ええ。危ないから送ってあげようと思ったの」


 ふふん、と小さく胸を張る愛理ちゃんに女将さんがありがとうねと笑う。

 何てことのないやり取りなんだが……。


(何だ? 何か)


 違和感。愛理ちゃんを見る女将さんの目がどうも気になる。

 いやそれだけじゃない。今しがた脇をすり抜けて行った別の従業員も。

 今感じているそれは決して良いものではない。しかし何と表現すれば良いのか言葉が見つからない。


「次郎くん」

「え? あ、うん。何?」

「迷惑でなければ明日、次郎くんに村を案内してあげたいのだけれど」

「いやいや迷惑だなんて。そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「本当? やったわ。じゃあまた明日」


 沢山お話しましょう? と言って愛理ちゃんは清水屋を出て行った。

 一先ず、違和感は飲み込んで女将さんに食事を部屋まで運んでもらうよう言って部屋に戻った。


「ふぅ」


 畳の上に寝転がり大きく息を吐き出す。


「……疲れてんのかなあ俺」


 あれこれ気になったり嫌な予感を覚えたりだのどうにも調子がおかしい。

 裏の世界なんてものに足を踏み入れたせいで疑心暗鬼になってるのか?

 あれも怪しいこれも怪しいって過敏になり過ぎているのかもしれない。

 やっぱりここを選んで正解だったな。


「温泉と豊かな自然でリフレッシュせんと」


 少しして食事が部屋に届けられた。

 愛理ちゃんも太鼓判を押すだけあってめっちゃ美味い。

 腹が膨れたらいよいよメイン――――温泉だ。

 いそいそと露天風呂に向かうと俺オンリー。貸し切り状態にめっちゃテンションが上がる。


「ん゛あ゛ぁ゛ええ湯じゃあ」


 かけ湯で体を流して湯舟にIN。染みる、とは正にこのことだろう。

 凝り固まっていた心と体がゆるゆると解されていくような感覚に目を細める。

 と、そこで風呂桶に入れていたスマホが鳴ったので指で摘まみ上げる。

 オカルト防護で耐水性もバッチリだから湯舟に落ちても安心だ。


「……ミア先生か」


 アプリを通して達成は伝わっているはず。

 時間を置いたのは初めて意思疎通可能な命を奪った俺を気遣ってくれたんだと思う。

 ありがたいことだとその善意を噛み締め電話にでる。


「はいもしもし」

【ミカエラです。まずは依頼、お疲れ様です】

「っす。まあ油断したら手痛いしっぺ返し食らってたでしょうが堅実に立ち回れば問題ない相手でしたよ」


 ミア先生の見立てはバッチリだったと礼を言う。


【ありがとうございます。それで、その】

「多分、悪魔を殺ったことについて気にかけてくれてるんでしょうけど……直接、手を下していないんすよね」


 戦闘の詳細を伝えるとミア先生は少し間を置いてそうですかと答えた。

 多分だけど何て言葉をかけるか迷っているのだろう。


「嫌なことが先延ばしになってほっとしてる気持ちとそんなことを考えてる時点で駄目なんじゃないかって気持ち」


 その両方がある。俺は素直に告白した。

 言葉選びに迷っているならいっそこちらからってね。


【次郎くん……】

「ま、色々考えることはありますがとりあえずは一人で頑張ってみます」


 一人で抱えきれそうにないならミア先生に、飛鳥に、了に、相談させてもらう。

 そう続けるとほっとしたようにミア先生が小さく息を吐く音が聞こえた。


【その時はどうぞ遠慮なく。すいませんねお休みのところ】

「いえいえ。そだ、実はこっちでサプライズ的な出会いがありましてね」

【……サプライズ? それはひょっとして色っぽい話ですか?】


 おっと何やら冷たい声色。

 まあ、さっきシリアスな悩み打ち明けといて恋バナとか振られたらそうなるわな。


「残念ながらそういうんじゃないです。最寄り駅で偶然、ある人に出会いましてね」

【ある人? ふむ。話の流れからして私も知っている方でしょうか?】

「察しが良いっすねえ。そう。清水先生です」

【……清水先生? あ、そう言えば職員室で温泉旅行のパンフレットをニヤニヤしながら眺めていたような】


 子供か。きっと連休が楽しみだったんだろうなあ。


【絶対彼女と行くんだと名前は伏せますがとある女の先生が嘆いておられましたね】

「やっぱモテるんすねえ。でもその先生にとっちゃ朗報かな? 一人旅っすよ」


 と出会った経緯を軽く説明してやる。


【それはまた何とも不思議な巡り合わせですね】

「っすねえ。しかし……」

【どうかしましたか?】

「いや今露店風呂入ってるんすけど清水先生の姿が見えないなって」


 あんだけ楽しみにしてたから長風呂キメてると思ってたんだがな。

 結構時間あったし先に済ませちゃったんだろうか?


【ほひゅ!? ふ、え……あ、にゅ、入浴中でしたか?】


 おっとミア先生には刺激が強かったか?

 あんだけ美人なら過去に彼氏とかいても不思議じゃないがこの初心な反応を見るに……。


(つくづく惜しいぜ)


 ミカエルの娘でさえなければ……!

 いやそれならそれで接点生まれないんだけどさ。


【す、すいません空気を読まず】

「いえ別に大丈夫っすよ」

【そ、そうですか? いやでもありがとうございます。いえホントに】

「? はあ、どうも?」

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― 新着の感想 ―
この子が章冒頭のヤバい女にワープ進化するのか・・・ 変な女性ばっかに好かれる次郎君の明日はどうなるんでしょうね?w やっぱヤバい女書かせたら天下一品ですね これからもとんでもないのがいっぱい出てき…
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