星の王子さま 8
王子軍には本当に危なくならない限り敵を殺せないという枷があった。
ゆえに魔王軍はそこを突いて有利に立ち回っていたのだがそれにも限度がある。
王子の寵愛を受ける星の花嫁。経験不足ゆえの拙さはあるがその性能は段違い。
二種眷属は強化の幅こそ劣るものの通常のそれとは比べ物にならない。
加えて経験豊富な大悪魔三人と優勝候補にも名を連ねるプレイヤーが強化されているのだ。
数の有利など皆無。前者の未熟を後者が補い攻め立てれば趨勢は王子軍に傾いていく。
そうして遂に次郎とミカエラを阻む余裕すらなくなり二人はようやっと動き出す。
「――――いってくる!!」
仲間たちに見送られ次郎はミカエラを伴い飛び立った。
魔界の地理など当然、知らない。地元である悪魔三人にも聞いていない。
そんなことをせずともルシファーの居る場所は嫌でも分かる。
吐き気を催すほどに濃密な闇の気配を辿れば良いだけなのだから。
「……これが」
あるラインを超えたところで景色が一変した。
曇天の空から雲一つない青空へ。淀んだ空気は澄んだそれに。
大地には花々が咲き誇り透き通った湖の畔では小鳥が歌っている。
そんな美しい景色の中に佇む白亜の巨城。あれが万魔殿なのだろう。
「色々な意味で趣味が悪いですね」
「何かもう色々な方面に喧嘩売ってますよね」
ミカエラの言葉に次郎も同意を示す。
邪悪を謳う悪魔にも聖性を誇る天使にも中指をおっ立てているようなものだ。
「次郎くん、心の準備はよろしいですか?」
「勿論。先生は大丈夫ですか?」
「愛する人が隣に居るのです。何を不安に思うことがありますか」
我が心に一点の曇りもなし。
堂々と言い切ったミカエラに次郎は頼もしいと笑い二人は地上に下りた。
そのまま城に突っ込んでも良いが正面入り口以外を覆う結界がある。
破れはするが無駄な消耗をする必要はない。
巨大な湖の中央に佇む万魔殿へと続く吊り橋の前まで来たところで、声が響いた。
【やあ、よく来たね】
ルシファーだ。
「ああ。来てやったぜ」
「お前を殺すためにね」
【フフ……まずは褒めてあげよう】
現状、君らは私の想定を僅かに上回っていると賛辞を送った。
その言葉に次郎とミカエラは怪訝な顔をする。
「こっちがどう動くかは読んでたんだろ?」
「そもそもお前にとってここまでは茶番でしかないでしょうに」
嫌味かと吐き捨てる二人に魔王はそんなことはないと言う。
【次郎。お前が有象無象をなるべく生かそうとすることは分かっていたさ】
そしてそれなりの数、生存させられるであろうこともと愉快そうに笑う。
「なら」
【その上で私の指した手ならば一億は確実に“殺せる”はずだった】
「……王様の言葉じゃねえな」
【臣民あっての王ではない。王あっての臣民だよ】
「つくづく腐って――先生?」
ふと気付く。ミカエラが嫌悪とはまた違う理由で険しい顔をしていることに。
「……“殺せる”?」
「ぁ」
そこで次郎も気づく。ルシファーの言葉の不自然さに。
一億は犠牲が出るはずだった。死ぬはずだったなら分かるが殺せる?
次郎たちが殺せる、というのはおかしな言い回しだろう。彼らの目的は犠牲を減らすことなのだから。
【フフフ……】
戦争にかこつけ邪魔者を排除し息子の治世を支援する。
次郎はそう読んでいたがそれは大きな間違いだ。
そういった理由もなくはないがあくまでオマケ。
忘れてはいけない。ルシファーは“本気”で勝利を狙っているのだ。
【現時点で死者は零。そのお陰で不完全極まる状態だがまあ良い】
その時である。穏やかな静寂の中、音が響いた。
東西南北。四方から聞こえるこれは……蹄の音?
背筋に走る悪寒に突き動かされるがまま二人は視線を向け、それを目にする。
蒼白い炎を纏った馬に跨りこちらにやって来る全身を外套で覆ったナニカ。
不吉という言葉が形を持ったかのようなそれは、
「まさか……黙示録の四騎士? いえ、ですがこれは」
世界の終わりに現れ地上に死を振り撒く四つの殺戮装置。
その身に刻まれた遺伝子がそれを想起するが、あり得ない。
世界は終わっていないし何よりルシファーが使役する存在ではないから。
【ああ。偽物さ。紛い物の四騎士と私は名付けた】
多くの死を呼び水に召喚するはずだったがこれこの通り。
大幅に弱体化したままお出しすることになってしまったとルシファーは苦笑する。
「……これがお前の隠し玉ですか」
【気が早いなミカエラ。私の心尽くしの歓待はまだ終わっていないよ】
すると四騎士がそれぞれの得物を構え空間を切り裂いた。
楽園は崩壊しこれまで目にしていた魔界の景色に変わる。
何をと思ったのも束の間、天変地異が巻き起こった。
まず空が歪み次に大地が裂けそこから大量の水が噴き出し海が形成された。
そして“ソレら”は姿を現す。
「「――――!!」」
空に、大地に、海に出現した三匹の獣。
魔界のどこに居ても分かるほどの巨体を持つ彼らが何なのか。
その手の知識に疎い次郎にさえ分かってしまった。
バハムート、ベヒーモス、リヴァイアサン、終末の獣の模倣品に違いない。
【紹介しよう。出来損ないの三獣だ】
これもまた不完全。
だがそれはあくまでルシファーから見ての話。
先の四騎士と合わせ規格外の存在であることに変わりはない。
それこそ十二翼に至ったミカエラですら全員を相手取れば命を懸けねばならぬほどに。
「……神の被造物を敢えて真似ることで皮肉っているというわけですか」
七つの大罪ならぬ七つの涜神かとミカエラが吐き捨てる。
しかしルシファーはそれを否定した。
【人間を除け者にする気はないよ】
神も人も分け隔てなく平等に冒涜してこそだと。
【人は私を恐れるあまりその悪を架空の存在に押し付けることで目を逸らした】
「……まさか」
「先生?」
【嘘で飾り立てたそれを私が真実にしてやろうじゃないか】
三獣が天地を鳴動させるほどの雄たけびを上げた。
呼応するように天が真っ二つに裂け神々しい光と共に十二の翼を広げる赤き竜が顕現する。
人が思い描き魔王が肉を与えたあり得ざる悪、
【虚妄の魔王】
汝の名はサタン。
これらはいずれ訪れる神へのリベンジのため秘密裏に用意していたもの。
妻との出会いを経て使い道がなくなり蔵の隅で埃をかぶっていたもの。
日々の暮らしが楽し過ぎて何なら存在すら忘却していたもの。
ルシファーは偉そうに語っているがつまりはまあ、
【どうかな? お気に召して頂けたなら幸いだ】
在庫一斉処分セールである。