星の王子さま 4
「……もうこんな時間か」
時刻は午後十時半。あと一時間半で日付が変わる。
それと同時に魔界へ殴り込む予定なのでそろそろ準備をするべきだろう。
「しかし今日の俺、マジ怠惰を貪っただけだな」
負ければ今日が人生最後の一日になってしまう。
心残りを少しでも減らすために特別なことをと考えるのが普通だろう。
だが昨日今日で俺がやったことと言えば徹夜でゲームをしただけ。
『おし。景気づけに魔王を倒す系のゲームでも買ってクリアすっか』
と昨日、ゲーセン帰りにゲームを買って帰宅。
縁起を担ぐ意味でプレイし始めたけど普通に楽しんじゃった。
ゲームしてピザ食って風呂入ってゲームして気付けばこんな時間ってお前……。
「まあでも変に気負うよりゃマシか」
この日のために用意された制服に袖を通す。
軍服風の学生服、とでも言うのか。
アニメや漫画に出て来そうなデザインでぶっちゃけかなりコスプレっぽい。
ただ見かけはコスプレでも使われている素材は希少品のオンパレード。
惜しみなくそれらを注ぎ込んだお陰で最早、値段がつけられないほどだ。
素材はあちこちの勢力が無償で提供してくれたのだが……まあ、そういうことだろう。
どうせ負けるにしてもそれなりの痛手を与えてくれという期待を込めての投資だ。
「すまんねえ」
屈辱はない。俺たち親子は迷惑かけてる側だからな。
着替えを終え早いが家を出ようかなと考えたところで腹が鳴った。
「……ちょっと何か腹に入れてからにしよう」
残っていたピザとインスタントラーメンで腹を満たし家を出る。
目的地である学校の屋上に到着すると俺以外の子供組は既に全員集まっていた。
「くっっさ!!」
「お前、ニンニク食べて来たな」
「おう。ガーリックピザと豚骨醤油キメて来たぜ」
エネルギーは満タン。今ならルシファーも殺せる。
「ルシファー安過ぎでしょ……食べるのは良いけどブレスケアぐらいはして来なよ」
「いや」
答えるより早く忍者が脇に出現し消臭タブレットとスプレーを差し出した。
「コイツが居るから良いかなって」
「これが主従の絆に御座る」
「「甘やかすな」」
ガリガリとタブレットを噛み砕きながら校庭を見下ろす。
「作業の方は?」
「順調だ。もう少しで魔界へのゲートが完成するだろうよ」
「そうか」
何でわざわざ学校でこんなことをしてるのか。当然、理由がある。
決戦に備えてのことだろう。月初から魔界は堅固な要塞と化していた。
それこそ悪魔であるライラたちでさえ立ち入れないほどに。
俺なら力づくでブチ破れるが決戦前に僅かな消耗もするわけにはいかない。
そこで目をつけられたのがここだ。
二年弱の時間を過ごし愛着もある学校には俺の力が染みついているらしい。
それを増幅して魔界の門を開こうということで学校が選ばれたのだ。
「ならちょっとコンビニ行って来て良い? デザート食べなくなってきたんだよね」
俺がそう告げると飛鳥と了に頭をはたかれたので愛理ちゃんに泣きつく。
「アイツらが俺をイジメる……!」
「ごめんなさいね野蛮な妹たちで」
「「おい」」
お喋りをしながら時間を潰すがやはり皆、緊張しているように……うん?
(緊張感はあるが、これ何か違うような?)
魔王との決戦を控えているからという感じではないように思う。
何なら仲間同士で微妙に牽制し合っているような空気さえ感じる。
(え、何? 何なの?)
困惑していると準備が出来たと声がかかったので校庭に向かう。
「あれ? 冬花さんは?」
「甘味狂いは家庭科室で道具の最終点検してるよ」
「そうか」
「思うんだが何かアイツだけジャンル違くね?」
「命懸けって意味では変わんねーよ」
などと話をしていると咳払いが聞こえた。
視線をやると志村さんとジジイが何やら言いたげな顔をしていたので聞く姿勢に入る。
「次郎くん」
「はい」
「僕らに出来るサポートはここまでだ。ここから先は君らに任せるしかない」
自らの不甲斐なさを恥じているのだろう。
その顔には罪悪感がちらついているが……見ない振りをするのが武士の情けだろう。
「最善は勝利することだが最優先すべきはその命だ」
あたら若い命を散らすことはない。
勝てないと思ったら即座に撤退し、次の機を狙うべきだとジジイは言う。
「ええ、分かっ」
分かっています。そう言おうとしたけど言葉は続かなかった。
「次郎くん?」
「……悪いけどそのアドバイスは聞けませんわ」
ここまで尽力してくれた相手にこれ以上嘘を重ねるわけにはいかない。
ただでさえ禿ってデカい隠し事をしてるんだ。
それ以外の部分は誠実で在るべきだろう。
「何?」
「一度でも退いたら二度目はない。一生、俺は奴に勝てなくなる」
やばそうなら退けってのは心配もあるが先々を見据えてのことでもあるんだろう。
たかだか二年でここまで辿り着いた俺なら時間をかければってさ。
「次がある、なんて妥協をした時点で奴の中で格付けが済んじまう」
今だ。今が一番、勝率が高い状態なのだ。
「他の人からすりゃまだ早いんでしょう。でも、奴はそう思っちゃいない」
「何故、そう言い切れるんだい?」
「自分の勝利は揺るがないと確信しているのならそもそも矛を交える必要さえないからですよ」
他人の物差しに興味はない。
出題も回答も採点も全て己で済ませてしまうのがルシファーだなのだから。
「なのに奴は決戦を望んだ」
俺が先に喧嘩を売った形だとしてもだ。
四大天使を取り込み他勢力の介入を排除し金星と魔界を融合させてまで。
それは何故だ? 決まってる。
「奴が今の俺に、極小であろうと敗北の可能性を感じてるからに他ならない」
「……己の絶対性を再確認するため白黒つけようとしているというわけかね?」
「ええ。他にも色々あるんでしょうが今言ったことが大きな理由の一つではあると思いますよ」
だから退かない。今夜、全てを終わらせる。
「俺が奴を殺すか奴が俺を殺すか。答えは二つに一つだ」
≪――――……ッ≫
皆が息を呑むのが分かった。
とそこで張り詰めた空気を壊すように明るい声が響く。
「お待たせしたわね! あら、何かお話中だったかしら?」
「いやもう終わりましたよ」
「あらそう? じゃあはい、これ! 少し早いけどハッピーバレンタイン!!」
冬花さんが可愛くラッピングされた箱を俺に手渡すと、
「ああ! ぬ、抜け駆け……抜け駆けだわ!!」
「わ、私が一番最初に渡そうと思ってたのに……」
わなわなと女性陣が震えだす。
……ひょっとして屋上で駄弁ってた時の張り詰めた空気ってこれ?
「ふ、ふふ……あははははははは!!」
「笑いごとじゃないんですが?」
いや笑うでしょ。
これからルシファーと戦争しようって時にだぜ?
誰が一番最初にチョコ渡すかで真剣に牽制し合ってたんだぞ?
「はー……これもう、負ける気しねえわ」
何なら既に親父から一本取ってると言っても過言じゃねえよな。
だって親父、今はお袋と接触断ってるんだぜ?
つまり奴は愛する女からチョコを貰えてねえってことだ。
おいおいおい、大幅リードキメちまったなぁ!
「訂正するよ。二つに一つじゃない。勝つのは俺だ」
胸を張りそう宣言すると空気が和らぎ小さく笑いが巻き起こった。
「君のやる気が出るようにって今朝から頑張って作ったんだ」
「負けたら承知しないぞ」
「ええ、ええ! 勝つのは兄様よ!!」
言葉と共に全員からチョコを受け取る。
見ればもう時間だ。
「よし、じゃあルシファー殺しに行くか」
≪かっる……≫