星の王子さま 1
二月十一日。決戦に向けて出来る限りの準備はした。
あとはもう心身を休め時を待つだけとなったその日、俺は飛鳥、了と共に墓地を訪れていた。
「悪いね、わざわざ付き合ってもらって」
「気にすんな。お前らのご両親には俺も良くしてもらったからな」
訪れた理由は二人の両親とご親類の墓参りのためだ。
彼らはとうの昔に死んだ人間であり一時の夢を見ていただけ。
本当のお墓は別にあるが、それを承知の上で新たに墓を建てた。
墓碑に刻まれた名は夢を見るために用意された偽りのそれで本当のものではない。
それでも二人にとってはこの名が真実のものだったから新たに墓を建てたのだ。
「「……」」
線香を上げると二人は並ぶ墓の前で静かに手を合わせた。
俺もそれに倣って手を合わせる。
(……どんな気持ちだったんだろうな)
二人のお父さんお母さんとは俺も面識がある。
遊びに行ったら手作りのお菓子や夕飯を振舞ってもらったり本当、良くしてくれた。
特別何があるわけでもない幸せな普通の家族だった。
だからこそ思う。記憶を取り戻した時、彼らは何を想ったのか。
「「“愛してる”だったよ」」
ぽつりとそう言った。
飛鳥も了も俺の考えていることはお見通しだったらしい。
「お前がそうだったように私も飛鳥もそれで十分だ」
「……そうか。悪いな。野暮なこと言わせちまって」
「こっちが勝手に察して言っただけさ」
俺がそうだったようにってのはアレか。
去年の悲しい親子の別れ()の後にあったやり取りのことだと思う。
あれは単なる逃げの一手だったんだがな……。
「そうかい。にしても、お前らのご両親もビックリしてるだろうな」
息子がいきなり娘になったんだもんと話題を変える。
「問題ない。うちは娘も欲しいと言ってたからな。一挙両得だろう」
「うちもそうだね。可愛い息子と可愛い娘、両方の性質を併せ持つ僕に大喜びだろうさ」
「いやその理屈はおかしい」
両方の性質っつーけど片方完全に消えてんじゃん。
下着のカタログ見ながらこれ良いねとか完全に女の子になってるじゃん。
「完全にというわけではないだろう」
「だね。少なくとも来年の春までは男装もしなきゃだし」
「それもそうか」
来年の春までは、というのは学校のことだ。
異国で尚且つ転校というクッションを挟んだから忍者は平気だった。
だが飛鳥と了はそうもいかない。なので今は男装をして学校に通っている。
「けどバレねえもんなんだな」
認識阻害も使えるが学校で常時というのも面倒臭い。
なので誤魔化せなさそうな時はそうしようということになったそうな。
しかし今のところまるで気付かれてない。
「元から女顔だったってのもあるが……やっぱ乳か?」
ペタペタと二人の胸を触ると秒でビンタが飛んで来た。
「いきなり貧乳ディスとはド失礼な奴め」
「フン、言いつつ僕らの美乳に夢中なくせに」
あ、気にしてたんだ……すいません。
あと俺は控えめな胸をディスったつもりはない。大きいのも小さいのも大好きだ。
「クソ、巨乳の血に生まれていれば……」
「四姉妹全員、将来性が見えないあたりやっぱ遺伝だよねこれ……」
「清水の奴もどうせならそこらも気を遣えという話だ」
「そうそう。転生させるんならサービスして欲しいよね」
また無茶なことを仰る。
しかし、遺伝……血……か。
「どうしたの?」
「いや、ふと思ったが愛衣先輩の親御さんはどうしてるのかなって」
飛鳥や了たちにとって祖父母にあたる人たちだ。
清水先生は天涯孤独の身の上なので親兄弟は居ない。
以前あの村で一緒に温泉入ってる時に聞いた。多分、嘘じゃないと思う。
「普通に御存命らしいぞ」
「あ、聞いてるの?」
「そりゃ一緒に暮らしてるからね。色々と話はするさ」
曰く、実家は京都の名家だが救済の道を選んだ際に勘当されたらしい。
両親は一般人なので真実は話せなかったが仮に話しても結果は同じだろうとのこと。
「当然だよね。高校中退して世を救うとか真っ当な親が受け入れるもんかって話さ」
……そうか。
俺も詳しい話は聞いてないが年齢的に考えると先輩、高校中退して聖人やってたのか。
そう考えると今高校通ってるのは良いことなのかもしれん。
学校に行けなかったお爺ちゃんお婆ちゃんが大人になってとか偶に聞くし。
「ただあちらは今も先輩を探しているようでな」
「あー……まあ、そうだわな」
仲違いしてしまっても子は子。我が子を心配しない親は居るまい。
何なら軽々に勘当を言い渡した事実を悔やんでいる可能性もある。
因果に干渉してた時は存在していなかったことになってたがその偽装も解除されたしな。
「先輩は何て?」
「自分のことは死んだものだと思ってもらうとか舐めたこと言ってたからケツに蹴り入れた」
セメントだなオイ。
「負い目があるのは分かるけどさ。駄目でしょそれじゃ」
「そこは俺も同意する」
先輩としては聖人活動で恨みを買うこともあるだろうと距離を取ったのだろう。
だが救世を諦めただの人間として再出発したのだから向き合うべきだ。
「まだうじうじしてるから次郎の口からも言ってやってくれ」
「君の言うことならあの人も聞くだろうしね」
「そうだな」
聞いてしまった以上は一度、そこらについて話し合う必要はあるだろう。
俺としても親が居るってんなら結婚の挨拶ぐらいしておきたいし。
「とりあえずルシファーぶっ殺した後で話をしてみるよ」
「うむ、頼む」
決戦前に、というのはナシだ。
下手に身辺整理とかするとフラグになっちゃいそうだし。
「さて。それじゃそろそろ」
「「……」」
「どうした?」
帰ろうかと言おうとしたが二人の様子がおかしい。
「その、さ。ルシファーを殺せばお父さんとの関係も戻ったりするのかな」
「お前も、このままというわけにはいかんだろう」
あー……前々から気になってたがこの機会に切り出した感じか。
「どうだろうな。先輩たちのそれとは違う完全な形で因果への干渉は既に終わってるわけだし」
「……そうだな。すまん、妙なことを言ってしまって」
「……ごめん」
俯く二人を抱き寄せ気にするなと頭をくしゃくしゃにしてやる。
(……俺一生このネタ擦られ続けんのかなあ)
地獄やんけ。
(クソ、マジに面倒な流れを作りやがって……)
この怒りも全て三日後、奴にぶつけてやろう。