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星の王子さま 序

 今日のためわざわざ日本時間に合わせられた魔界の“時”。

 全ての悪魔は日付が変わると同時に弾かれたように空を仰いだ。

 当時を知る者も知らぬ者も一様に感じた。それはかつての再現であると。


「俺が新たな魔界の王だ。大人しく従うなら悪いようにはしねえよ」


 それは二十年も生きていない少年だった。

 しかしガキだと侮る者は誰も居ない。

 この世で最も深く暗い闇の王の力を受け継ぐ子を誰が侮れよう。

 ものが違う。万魔殿の深奥で微笑む王を除くすべての悪魔が言葉一つで思い知らされた。

 恐ろしい。酷く恐ろしい。

 だが、


≪かかれ――――!!≫


 それよりも悍ましい恐怖に縛られた悪魔たちには関係がなかった。

 魔王を除く全ての悪魔が空に舞い上がり攻め入って来た王子を迎え撃つ。

 億を優に超える魔界の軍勢に対し王子の手勢は僅か十四。彼を合わせても十五。

 常識的に考えれば後者が刹那ですり潰されるのは自明の理。

 しかし、王子を除く十四人もまた規格外の怪物。

 殆どの悪魔は瞬く間に藤馬が展開した迷宮に囚われてしまった。


「ほっ。下位と中位の一部が一瞬で……これは驚いたのう」

「アガレス、王子の眷属を舐め過ぎである。これぐらいはやって当然だろう」


 迷宮を展開している藤馬と内部に居る冬花、愛理、正子を除く眷属が残る悪魔たちと対峙する。


「次郎、言うまでもないけど手は出さないでよ」

「分かってる。チョコ食いながら見物させてもらうよ」


 その気になれば突破は容易だが次郎は動かない。

 僅かでも消耗を減らすためもあるがそれ以上に完璧な勝利を目指すがゆえだ。

 ソロモン七十二柱を始めとした悪名高き大悪魔たちを含む軍勢との戦いが始まった。

 両陣営共に死闘と呼ぶに相応しい闘争の末、やがて道は開かれる。

 戦いは続いているが悠々と進む次郎とミカエラを阻む余裕すらなくなったのだ。


「……これがお前の隠し玉ですか」


 辿り着いた万魔殿の入口で二人を迎えたのは最低最悪の隠し札。


「直ぐに私も後を追いますので次郎くんは先に」


 促され次郎はミカエラを残し一人、万魔殿へと乗り込むことに。

 進めば進むほどに増す禍々しい圧力。

 下位中位の人外では充満する瘴気に触れただけで消滅してしまうだろう。

 だが次郎は構わず突き進みやがて最奥、玉座の間に辿り着く。


「やあ」


 玉座に腰掛け悠然と微笑む魔王。

 相対した親子は少し言葉を交わすと散歩にでも行くような気軽さで殺し合いを始める。


「こ、これほどまでの御力を……!?」


 ただ動くだけで吹き荒ぶ国一つが消し飛ぶような嵐。

 広大な魔界の大地を絶え間なく揺らす大震災レベルの地震。

 放たれた魔力がぶつかり合えば魔界の時間が狂いだす。

 ルシファー、明星次郎、生きた天災地変とも言うべき超越者たち。

 彼らの衝突が巻き起こす余波ですら尋常のそれではなかった。

 かつての侵略を知る古参たちでさえ慄くほどだ。


「ッ……藤馬! お前の迷宮をシェルター代わりにするぞ!!」

「おう! ドンドン放り込んでけ!!」


 親子の争いが続く魔界に居続ける。

 ただそれだけでヘラクレスの難行に匹敵するだろう。

 今や両陣営合わせて百と少ししか魔界の空には残っていなかった。


【……均衡が崩れ始めたな】


 他勢力の長たちも魔界の外から注視する世界最悪の親子喧嘩。

 その天秤は少しずつ本気を出し始めたルシファーへと傾き始めていた。


【やはり、無理か】

【死ぬならせめて彼奴に相応の痛手を負わせて欲しいものだが】


 魔王の子。明星の後継。その素養は誰もが認めるところ。

 だが力に目覚めて二年程度。ルシファーと戦うのは早過ぎた。

 最早次郎は嬲られ殺されるだけ。


(――――とでも思っているのだろうな無知蒙昧の輩は)


 私という輝きに目が眩み過ぎだ馬鹿めと内心吐き捨てる。

 無惨にも引き千切られた十二の翼。辛うじて繋がっているだけの手足。

 息も絶え絶えで傷のない部分を探す方が難しいぐらいだ。

 ああ、正しく満身創痍と言えよう。

 次郎の眷属たちでさえ助けに入らねばと思っているはずだ。


(馬鹿め)


 再度、内心で吐き捨てる。

 本気を出したわけではない。未だ余力は残している。

 だがそれがどうしたというのか。

 四大天使を取り込み自らに有利なフィールドを創り上げ臨んだ戦い。

 手を抜いていようと戦いの形になる時点でおかしいのだ。


(私がトドメを刺さないのはその傲慢さゆえとでも思っているのだろう?)


 ルシファーはかつてない焦燥に駆られていた。

 愛しい我が子を殺めてしまうから、ではない。

 自らの敗北という可能性に焦りを感じているのだ。

 負けた経験がないわけではない。神には一度、敗北している。

 だが神は自らの創造主であり例外。

 明確に格下と呼べる存在に敗北を予感させられたことはただの一度もなかった。


(違う。動けないのだ)


 我こそ至上至高。神に敗れても尚、揺るがぬ不遜。それがルシファーである。

 そんな男が格下に敗北の可能性を感じている。

 これがどれほどにあり得ないことか分かるだろうか?

 彼を知る者なら文字通り天地がひっくり返ってもあり得ないと言うだろう。

 だがそのあり得ざる事態が今、目の前で起きていた。


(今の次郎であれば七十二柱如きでも殺せよう)


 だが動けない。指一本さえ動かすことに躊躇いを覚えてしまう。

 攻撃を加えようとしたその次の瞬間には全てが覆ってしまいそうな不安が背を撫でるのだ。


「随分と楽しそうじゃないか」


 胸焦がす不安を取り繕うようにルシファーは悠然と語り掛ける。

 腫れで殆ど閉じかけた次郎の瞳は未だ死んでいない。むしろ活き活きとしているぐらいだ。

 親子だから分かる。次郎はここまでただの一度も諦めていない。

 レモンのような格下にすら途中で自棄を起こしていたあの次郎が、だ。


「はは、そりゃあ……なあ? アガるに決まってんだろ」


 潰れた喉から発せられる声は酷くしゃがれていた。

 だけどその声色はとても楽し気だ。


「だってこんな最高のシチュエーションそうそうないぜ?」


 何を言っている? ルシファーが眉をひそめる。


「何を」

「ほうら、耳を澄ましてみろよ」


 耳をそばだてるような仕草をして次郎は笑う。


「今にも聞こえて来そうだろ? 逆転のBGMがさあ」


 彼は何の根拠もなく己が勝利を確信している。


(……次郎……次郎……ッ! 我が愛し子よ!!)


 その姿にルシファーはかつてない絶望とかつてない希望を感じていた。

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