魔王ジュニアVS因習村 2
「おんせん♪おんっせん♪」
「おい飛鳥、コイツ完全に浮かれ切ってるぞ」
「君さあ、何しに行くか忘れてない?」
鼻歌歌いながら掃除をしている俺に冷たい視線を向けるフレンズたち。
おいおいおいゴールデンウィーク後半も修行だからってそう妬むなよ。
「ちゃんと土産買ってきてやっからさ!」
「「うっざ」」
「ひどない?」
「心配しているんだよ」
「実質、初めての実戦のようなものだろう。大丈夫なのか?」
心配性だな。いやだがそれも友情ゆえか。
ちなみに堂々と裏の話をしてるが問題ない。他の班員は用事で抜けて俺だけしかいないからな。
だからまあコイツらが手伝ってくれているわけだし。
「だ~いじょうぶだって。俺っち天才だから!」
敵はよりにもよって悪魔!
はー! 我を悪魔王ルシファーの子と知ってのことか? モノが違うんすよね。
「先生だって俺が対処できるレベルだって言ってたし問題ねえよ」
ちゃんと訓練の通りにやれば倒せるはずだ。
それにいざとなればケツ捲って逃げるしな。
「てかそっちはどうなんよ?」
「……正直言うと、あんまりだな」
「力を振るうことに躊躇いがある、だってさ」
それは俺も気づいていた。
先行ダッシュしてるのとルシファーの息子ゆえの力もあるだろう。
だが昨日俺が有利に立ち回れたのは二人の攻撃が鈍かったからってのもある。
「藤馬とやった時は全力で戦えた。だがあれは危機的状況で言ってしまえばハイになっていたからというのもある」
「素面で他人に暴力を振るうってのはどうにもねえ」
やり辛いと零す。
「次郎、お前はどうして戦えるんだ?」
「喧嘩っ早いというか血の気の多い性質でもないよね?」
「……まあ俺だって暴力を振るうことに思うところがないって言えば嘘になるぜ?」
今んとこ俺が力を振るったのは藤馬、ミア先生、飛鳥と了の四人だ。
藤馬は了が言ったようにハイになってたから除外するとして残る三人は素面で戦った。
それでも俺は迷いなく力を振るえたと思う。
実戦じゃないから? いいや練習で出来ないなら実戦でもできやしない。
根拠はないが俺は実戦でも躊躇なく敵をブン殴れるし事によっては……殺すこともできるだろう。
「でも仕方ない――って言うと何か違うか。あー、えーっと」
弁の立つ方じゃねえんだよなあ……。
でも本気で悩んでる二人のためにできる限りのことはしてやりたい。
俺と同じように考えろとは言わないが参考になるかもだしな。
「退けない理由があるからやるっきゃねえっつーの?
多分、どっかで俺も今二人が抱えてるそーゆー葛藤にぶつかるんじゃねえかな」
そんな予感が確かにある。
「でもそれは今じゃない。だから壁にぶつかるまでは走り続けようって決めてんだ」
まずは自分にできることをする。
その上で足が止まるような時が来れば、そこで足を止めて俺なりに考えようと思う。
開き直って知ったことかと進むのか。飲み込んで腹にずっしり重いもん抱えて進むのか。
退くことはできないけど進み方ぐらいは選べるだろう。
「「……」」
二人は黙って俺の話を聞いてくれている。
だから俺も言葉を尽くさないといけない。多少、恥ずかしいがな。
「壁にぶつかって足を止めたとして一人でまた歩き出せるならそれが一番だけどさ」
そこまで俺は強くないかもしれない。
「無理そうならそん時は素直に助けを求めるつもりだ」
志村さんに。先生に。
「んで飛鳥と了にもな。お前らはきっと、力になってくれるんだろ? それが分かってるから突っ走れるんだ」
甘えてると言われればその通りだが、でもただ甘えてるだけじゃない。
「だからお前らも遠慮なく頼ってくれよ。助け合ってこうぜ? それが一番だ」
沈黙の帳がおりる。
それを破ったのは深い深いため息だった。
「はあ。お前という奴は……」
「まあでも、間違ってはいないかな。うん、言ってることは正しいよ」
「そうだな。助け合って進む。それが一番に決まっている」
「ありがと次郎。少し、肩の力が抜けたよ」
自分なりの答えはまだ見つけられないがそれでも少し楽になった。
二人がそう言ってくれたので俺も胸を撫で下ろす。
「とりあえず掃除手伝ってくれた礼代わりぐれえにはなったか?」
「少し足りんな」
「というわけで不足分はお土産でよろしく」
「あいよ!」
掃除を済ませ二人と別れ帰路につく。
温泉温泉と弾む心。足取りも自然と軽くなるというものだ。
「ただいマッハ3で俺帰宅!!」
【たろちゃんとじろちゃんはマジにマッハ出せそうでウケる】
まあ今の俺でもフルなら車のトップスピードより早いしな。
俺より遥かに強い親父ならマッハいけそうな気もする。
【ってかテンション高すぎ。温泉そんな楽しみなん? そんな趣味あったっけ?】
「いやねえけど聖パイセンの温泉トークがめっちゃ上手くてさあ。すっかり温泉脳になっちゃったワケよ」
【は~でも良いねえ温泉。ちょっと今度行ってくるわ】
「行けんの!?」
【言うて極楽だからココ。マジスローライフ】
スローライフは何か違う気もするがまあええわ。
【とりま仕事のついでに思う存分羽根伸ばしてき。あ、これ比喩だかんね?】
「まあ俺らはマジに羽根伸ばせるけど伸ばしたら迷惑だかんな」
抜け毛とかは気付いたら消えてるけどサイズがデカいから普通に邪魔なんだよね。
「親父は今日残業だっけ?」
【そ。何か忙しいらしいよ~たろちゃんマジ大黒柱。明星一家、めっちゃ支えられてる】
「新しいスマホも買ってもらったしますます頑張ってもらわんとなァ!!」
【だね! ってかスマホ大丈夫なん? また戦うんでしょ?】
「ああそこは問題なし。何か防護の魔術? だか何だかで保護してもらったしポーチも貰ったから」
裏の世界の人間だって現代社会で暮らしてんだ。そりゃスマホも携帯しますわ。
突発的な戦いでも壊れないよう考えてるよねっていう。
保護した上で異空間的なとこ繋がってるポーチん中入れておけば壊れることはまずないだろう。
【はーめっちゃ便利。始まってんじゃんファンタジー】
「すげえよなファンタジー! ってか俺らめっちゃIQ低い会話してね?」
【「ウケる!!」】
ゲラゲラ笑う。
母さんは女だけどゲラゲラ笑ってても品のなさより楽しさが全面に出てるよな。
親父はこういうとこも好きらしい……けっ、惚気やがって。
「じゃ、電車あるしそろそろ行くわ」
【りょ。ってかシャワー浴びんで良いん?】
「山狩りするし温泉あっから良いや。じゃ、いってきまーす」
【ってらー】
リビングに置いていた旅行セットを持って家を出る。
現在の時刻は午後一時半。今日から連休中は学校の大規模設備点検だかがあり午前中で終わったのだ。
多分、連休後半を少しでも楽しんでもらえるようにって気を利かせてくれたんだろう。
その分、先週の土曜は登校日になってしまったがまあ仕方ない。
それはさておき今から出ればまあ夕飯時ぐらいには到着するだろう。
(チェックインしたら悪魔始末しに行って帰ったら温泉だ!!)
新幹線に揺られ数時間。乗り換え駅に到着。
「こっからは鈍行だよな。乗り場は……」
と、その時である。
「――――明星か?」
「え」
突然名前を呼ばれ振り返ると、
「……清水先生?」
茶道部顧問の清水正一先生がいた。
一年の担当じゃないし顧問とはいえ部活には殆ど顔を出さないのであんま面識はないが挨拶ぐらいはする仲だ。
ラフな格好で肩からは旅行鞄を提げているところを見るに先生も旅行のようだ。
「旅行っすか?」
「ああ。実は前々から行きたかった温泉があってな。そういう明星は?」
お父さんかお母さんの田舎に帰省とかか? と聞かれたので首を横に振る。
「俺も旅行っす。お目当ても同じ温泉ですね」
「……一人で温泉旅行とはまた渋いなあ」
「聖先輩に影響されまして」
「へえ? あいつも温泉好きなのか。知らなかった」
そりゃ殆ど顔出さないからなあんた。
「ちなみに明星が行くとこはどこなんだ?」
と聞かれたので答えると先生は目を白黒させた。
「先生?」
「いや、こんな偶然あるんだな。僕もなんだよ」
「えぇ!? マジ!?」
めっちゃ奇遇じゃん!
聖先輩のトークで乗り気になったとかならともかくそうじゃないわけで……うっわ、こんなことあるんだな。
「んじゃまあ一緒に行きます?」
「はは、そうだな。旅は道連れ世は情けだ」
ということで急遽、同行者ができた。
俺としても喋る相手がいるのは嬉しいのでバッチこいだ。
「にしても先生、連休に男一人で温泉って……」
「いやいやそれは明星も同じだろう」
「俺と大人の先生では違うでしょ」
俺はほら、高校生の一人旅とか良い経験だなってなるけど先生だと寂しい感じになっちゃう。
「先生さあ女子からもモテてるのに彼女とかいないの?」
「モテてるって……そんなことはないさ。大人がカッコよく見える時期というだけだろう」
そういう時期にたまたま良さそうなのがいたから好感を抱いてるだけ。
麻疹みたいなものだと先生は言うがどうだかね。
いや殆どは大人の男に夢見てるだけなのかもだが全員が全員、そうじゃないだろう。
「中には本気で惚れてる女子もいるかもだぜ?」
「……もしそうなら嬉しくはあるが僕自身、問題のある人間だからね」
恋人や妻のような存在は持たない方が良いと苦笑する。
「問題?」
「ああ。世の中にはいるんだよ。どうしたって家庭を持つのに向いていない人間がね」
自分はそういう人種で恋人ができても幸せにはしてあげられない。
そう語る先生の横顔はどこか寂し気で、
「――――先生がそう決めつけてるだけでしょ」
「……明星?」
だから俺もついつい踏み込んでしまった。
普段なら気まずい空気だしと話題変えてたんだろうが何でかな。
「人は変われるよ」
ガキが何をと思うかもしれないが俺は生きた実例を間近で見ている。
魔王ルシファーが所帯持つのに向いてると思うか?
ルシファーが子供を作ったと知れば誰もが良からぬことを企てていると思うだろう。
何かしらの陰謀のピースであってそこに愛があるなどとは誰も予想しない。
でも親父はマジに恋してマジに愛を知って明星一家という家庭を築いた。
お袋を見れば分かる。親父は良い夫なんだろう。
俺が断言する。親父は良い父親だよ。
魔王ルシファーですら変われたんだ。それに比べたら人間一人が変わるぐらい余裕さ。
「好きになった人と温かい家庭を築く。そういう、何つーの?」
人並の幸福っていうのかな。
そういうのに価値を見出せず軽んじているのなら難易度は高いだろう。
「でも先生は人並の幸福が素晴らしいものだと知ってる」
じゃなきゃあんな寂しそうな顔するもんかよ。
それを尊いものだと仰ぎ見ているからこそ自分のような人間にはって思ってるんだろ。
「その価値を理解してるんなら大丈夫だよ」
何か切っ掛けがあれば変われるさ。
そしてその切っ掛けなんて一歩、踏み出してみるだけで見つかるかもしれない。
「何ならほら、ちょっと頑張ってみようって気持ちでナンパしてみたら運命の人に出会えたり」
それでガラリと人生変わっちゃうかもだ。
「……」
「自分に見切りをつけるのはやめようよ」
自分に期待できない人生なんて寂しいじゃないか。
ガンガン期待してこうぜ。その方がずっと良いに決まってる。
「だからまあ、ネバギバ! ってことで一つどうよ?」
とそこまで言ったところで気付く。
高校入ったばかりのガキが何を偉そうに説教垂れてんだって不快にさせてしまったかもと。
だが、
「……ふふ」
先生は笑った。嘲りなどではなく……。
「ははははは! いやはや、なるほどなるほど。そうだな、そうかもしれないなあ」
肩の力が抜けたというか何だろう? 俺を見る視線――納得?
「良いこと言うじゃないか明星。こりゃ将来はカウンセラーかな?」
「え、マジ? そんな響いた?」
おいおいおい将来の進路広がっちまったなァ!