決戦前 11
眷属化のための同棲生活の一番手は聖先輩に決まった。
とはいえ直ぐにというわけにもいかない。
各々理想の同棲のための準備もあるということで開始は年明けからになった。
時間に大幅な余裕があるわけではないが、数日ぐらいなら問題はない。
そんなわけで翌日三十一日。俺は特に何をするでもなく朝から家でダラダラしていた。
「……何かようやっと一息って感じだ」
今年は初っ端から忙しかった。
ところどころで息は抜けたがそれでも大きなイベントが重なり過ぎだ。
高校二年という一番気楽に遊べる時期だぞいい加減にしろよ。
「まあでも上手くいけば来年はゆっくり……できんのか?」
親父に勝ったとしても事後処理がある。
真正面から親父をぶちのめして魔王になれば表立って逆らう者は居まい。
それでもルシファーよりは付け入る隙があると調子こくのも出て来るだろう。
そういう奴らの対処とか新しい統治の体制とか考えるだけで億劫だ。
「……いやそこはもうバアルたちにブン投げるか」
高校最後の一年ぐらいは気兼ねなく遊ばせてほしい。折角彼女も出来たんだしさあ。
それぐらいは許されて良いだろ。高校入学からこっちずっと頑張りっぱなしだったんだし。
「お?」
四個目のミカンに手をつけたところでインターホンが鳴った。
玄関に向かうと、
「「こんにちは」」
愛理ちゃんと正子ちゃんが居た。
突然どうしたのかと思ったがとりあえず部屋に招き入れお茶を出す。
「梅昆布茶……好きなの?」
「ああ。寒い冬はコイツが美味いんだ」
「……ルシファーの息子が梅昆布茶飲んでるって何だか不思議だね」
「はは、それは俺もちょっと思った」
まあ禿も梅昆布茶好きなんだが。
何なら俺が梅昆布茶好きになったのも禿の影響だし。
しょっぱいお茶ー! って最初はなったが中々どうして癖になる……。
(さて、どうしようか)
他愛のないお喋りに興じつつ思案する。
二人は雑談を楽しんでいるように見えるがその実、落ち着きがない。
切り出したい本題は別にあるが気まずくてって感じに見える。
まあ、時間もあるんだし急かすこともないだろう。
俺自身、聞きたいこともあるし。
「ところでさ。飛鳥、了とはどんな感じなの?」
「そう、ね。私は正直、戸惑ってるわ」
「同じく。ずーっと一人っ子でやって来たから突然、姉妹って言われてもね」
特にこの子と違って二人とは面識もあったからと正子ちゃんは苦笑する。
そうだよな。正子ちゃんの場合は俺が引き合わせたから面識あるんだよ。
友達の友達が男から女になって実は姉妹ですって文字にするとマジ意味わかんねえ。
「でも一つになっていた影響かしら。気を遣わなくて良いのは楽だわ」
「……それは良かった」
気を遣わなくて良い。
自分より誰かのことを優先していた愛理ちゃんの口からその言葉が聞けて少し嬉しくなった。
「ただ二人は歳も同じだからそこまでではないんだよね」
問題は、と正子ちゃんが溜息を吐く。
「良い歳こいて女子高生やってる人。どう接すれば良いのか」
「ええ、分からないわ」
「……先輩のこと、恨んでる?」
救済の業を押し付けられたこと。
いずれ殺されるためだけに生かされたこと。
先輩と清水先生を恨む理由は幾つもある。
「「いいえ」」
けど二人はハッキリとそれを否定した。
「押し付けられたというのは違うわ。だって最初から私たちが持っていたものでしょう?」
「生き方を押し付けられた覚えもない。私たちはちゃんと自分の意思で選んだ」
「引き返す機会だってあったわ」
「何でもない日常の素晴らしさを理解していたのに自分で背を向けたんだよ」
突き進んだのは自分の意思であって誰かに選ばされたものではない。
その道の上で犯した罪は誰でもない私のものだと二人は迷いなく言い切った。
「それに、ねえ」
「うん」
二人は声を揃えて言った。
「「私たちは望まれてこの世に生まれて来ることが出来た」」
望みの形が何であれ、その生の始まりには確かな祝福があった。
ならばどうして恨むことができようか。
「だから色々複雑ではあるけれどやっぱりあの人たちはお母さんでお父さんなのよ」
「あ、その望まれてっていうのはあくまで私たちの考えで」
少し焦ったように言う正子ちゃんに大丈夫だと笑いかける。
望まれてというなら表向き悪辣な企みのために生み出された俺もってことになるしな。
「「……」」
会話が途切れ二人は意を決したように視線を交わした。
そして小さく頷き静かに語り始める。
「出生を恨むつもりはないわ」
「選んだ道を悔やむつもりもない」
「精一杯生きたわ」
「辿り着いた結末も含めての私だから」
けど、と言葉を区切る。
「……あなたに私を殺めさせてしまったことだけは今になって後悔しているわ」
「あの時は本当に幸せだった。それは嘘じゃないよ」
「けれどこうして生まれ変わって背負っていたものがなくなったら」
「本当に酷いことをしてしまったって」
……ああ、これを伝えたかったのか。
生まれ変わってからずっと気にしてたんだな。
「あの夜、次郎くんを泣かせた二人を責めたわ」
「よくも泣かせたなって」
「でも、あの涙は決してあの時のことだけが原因じゃないのは分かってる」
「私たちが傷付けた心が限界を迎えた結果、なんだよね」
それを棚に上げて怒ったことを二人は心底から恥じ入っていた。
けど、俺はそれで良いと思う。
人間なんだ。我が身を省みず身勝手を振りかざすことだってあるさ。
二人がそれを出来るようになったのは良いことじゃないか。
「笑ってくれたわよね? 最期に私の目に映る顔が悲しいものではないようにって」
「悲しい時に泣けないのは本当に辛いことで、私たちはそれを強いてしまった」
謝りたくて、でも謝ったからって許されるようなことでもなくて。
気付けば二人はポロポロと涙を流し始めていた。
それを見て俺は、
(……ああ、良かった)
心底から安堵した。
かつての二人ならこんな姿を見せることはなかっただろう。
笑顔の裏に重い葛藤を忍ばせ、誰にも気づかれず何時かは飲み込んでいたはずだ。
それができなくなったのは二人が普通の女の子になれたから。
「俺は、さ。ぶっちゃけ終わり良ければそれで良しなタイプなワケ」
「「……」」
ぶっちゃけ面倒くさいんだよな。
これが他人の問題なら俺も真面目にやるけどさ。
自分のことなら俺が消化出来たんならもう良いじゃんで終わる話なんだよ。
「でも、それだと二人は納得しないよな?」
「……謝罪をする側が納得できないっていうのもおかしな話だけれど、そうね」
「……うん」
「だから俺のお願いを聞いてくれ」
それを以って一つの区切りにしよう。
「傍に居て欲しい」
どこにも行かないでくれ。
「永遠の果てでも俺は君たちと寄り添っていたい」
対面に座る二人に手を差し出す。
「……ずるいわ」
「……ほんと、ずるい」
こんなの償いでも何でもない。
きっとそう言いたいのだろう。
でも俺が欲しいのは過去の償いではなく未来への誓いなんだ。
「返答は如何に?」
仕方なさそうに溜息を吐き、
「「喜んで」」
晴れ晴れとして笑顔で二人は手を重ねてくれた。
その瞬間、光が溢れ昨夜と同じようにデザインは異なるが寄り添う二つ星の指輪が形成された。
「これって」
「……ああ、こういう感じなんだね」
少し驚きはしたが理解はしたようで頬を染めながら頷く。
そして自分の時に渡してねと愛理ちゃんと正子ちゃんは俺に指輪を預けてくれた。
「順番に横入する気はないけれど……ねえ?」
「うん」
顔を見合わせるとこれまでとは違う種類の笑みを浮かべ言った。
「「これで調子乗ってるあのふしだらな母にマウント取れる!!」」
……これもまあ、普通の女の子になれた結果ってことで。
それはさておくとしてだ。俺の手に乗せられた指輪を見て一つの疑問が浮かぶ。
(ひょっとして俺、かなりチョロい感じ?)
いやまさか、そんなことは……。