決戦前 5
「迷宮狂い。お前も天に帰る時が来たようですね……」
「待て待て待て!!」
再度、招集をかけて藤馬を眷属にしたと言ったらこれである。
自分に惚れてる女の子の嫉妬って可愛いね。すげえ誇らしいわ。
「流石に殺しはしませんよ。次郎きゅんの頑張りを無駄にするわけにはいきませんからね」
ただ一週間はベッドで指一本動かせない状態になってもらう。
俺のお初を奪った報いを受けてもらうと先生は本気の目で言った。
「いやあ」
「照れてんじゃねえよ! 助けろやご主人様!!」
そないこと言われても……。
「……これから轡を並べるわけだし過去の因縁をチャラにするという意味でも」
「……うん。ちょっとボコってノーサイドってことにしようか」
「了きゅん飛鳥きゅん、嫉妬でちゅか~?」
と俺がからかってみると、
「「ああそうだよ嫉妬だよ! 悪いか!?」」
「いやすげえ嬉しい」
「イチャついてんじゃねえよ!!」
部屋の隅に追い詰められた藤馬が叫ぶ。
まあ流石に可哀そうだしそろそろフォローを入れてやるかと思ったが、
「落ち着けお前ら! 俺が眷属になれたのはコイツの好感度が低いからだ!!」
≪はぁ?≫
突然妙なことを口にした。
俺含む全員が発言の意図が分からず首を傾げる。
すると奴は呆れたように溜息を吐き言った。
「コイツらはともかくお前らは気付けよ。次郎はどう考えてもルールを作る側の人間だろ」
「「「あ」」」
と悪魔三人が何かに気付いたようにそう漏らした。
「迷宮狂い。君は一体何を言っているんだ?」
ジョンのジジイが話すよう促すと藤馬は自らの推論を語り始めた。
「俺にとっちゃ眷属になるかなんて些細な問題でしかねえが次郎にとっては違う。
コイツにとって人を辞めることや自由を失うことはとんでもなく重いことだ。
正直馬鹿らしいと思うぜ? 後者は次郎の性格からして実質、意味ないようなものなのにな」
……確かに絶対服従つっても俺がその権利を行使しなければ良いだけではある。
「でも」
「わーってるよ。奪われたって事実そのものがお前には重要なんだろ?」
そこはどうでも良いから黙ってろと言われ口を閉ざす。
つーかコイツ態度でけえな。やっぱ先生らにボコってもらうか?
「それほど重い契約だからこそ踏み切れなかった」
「その頑なな心を溶かしたのが私の愛の言葉なんですよね。実に誉高い」
「そうだよ。そこまで分かってて何で気付かない?」
やはり俺にはまだ分からない。
しかし、聖パイセンはどうやら気付いたようでそういうことかと頷いている。
「……明星くんにとって眷属の契約とは一生を共にするほど重いもの。
つまりは婚姻を結ぶようなものであるという認識だからこそ通常のやり方では成立しない、と」
藤馬が頷く。
「そうだ。根本的にシステムが違うんだよ。コイツの場合は二つ眷属の作り方が存在する。
一つは通常のそれ。ただやり方は通常のそれだがこっちはこっちで条件があるっぽいな」
仮に二種と名づけようと言って藤馬は続ける。
「次郎とまったく縁がない相手は恐らく不可能だ。巻き込むのを嫌がるだろうからな」
つまり、
「……ある程度の好感度はあるがコイツなら良いやって腐れ縁の相手ってことか?」
「多分な。実際、俺に対する認識そんな感じだろ?」
「まあ、うん」
好感度が低いからってのはそういうことだったのね。
確かに藤馬は……嫌いではないが、特別好きってわけでもねえしな。
眷属になる際に失われるものについても納得済みで殺し合った結果だし。
「つまり私のことがしゅきしゅきだいしゅきだから通常のやり方では眷属にできなかったと」
「そうだけどお前、頭悪い表現しか使えねえの?」
藤馬が殴り飛ばされた。マジで躊躇なく暴力振るうな先生。
まあ躊躇なく暴言吐く奴相手だし別に良いか。
「っでえなクソ……まあ、そういうわけだ。
婚姻に類する方、ってーと長いし一種じゃ本質を考えると味気ないな。星の花嫁で良いか。
星の花嫁の方は特別な相手だからこそ血を飲ませるだとか雑な方法じゃ出来ねえのさ」
特別な相手だからこそ普通の眷属とは違うって俺の中で区分けされてるのか。
同じやり方じゃ同列に並べるようなもんだから……と。
「というか眷属候補が赦されざる天使含めそういう関係の女ばっかじゃん。
だから次郎の意識も自然とそういう方向に傾いてシステム変わったんじゃねえの?」
とのことだが、
「……そんな簡単に変わるようなもんなのか?」
「変わるよ。何せ御身は魔王の子にしていずれ父を超える存在なのだから」
「うむ。迷宮狂いが言うように御曹司は法則を作る或いは変える側の人間であるしな」
「言われてみりゃ納得だよねっつー」
悪魔三人に太鼓判を押されてしまう。
「じゃあ何かい? 僕らが眷属になるには結婚っぽいことすれば良いの?」
「婚姻届け、は無理だからどこかの教会を借りてドレス着て式を挙げるのか」
手間はかかるが必要なことだし仕方ないと飛鳥、了は言うが……。
「馬鹿かお前ら!!」
「何でキレてんだよ」
「情緒不安定か? 行くかカウンセリング」
「ちげーよそうじゃねえよ!!」
性別の自認がなかった頃と違い今は完全に女だろう。
なのに何で分からないんだ。
「そんなテキトーに済ませて良いもんじゃねえだろ!?
あるだろ! 理想の結婚式とかさあ! ドレスも良いけど白無垢もとかよォ!!
あと眷属にならなきゃいけないからって理由でやるのがもう嫌!! あり得ない!
ルシファーとか関係ねえし! 俺は! 好きだから! 愛してるからやりたいの!!」
一人だけを愛さない不誠実な男が何をと自分でも思う。
が、好きなもんはしょうがないし好きだからこそ余計なものを混ぜたくない。
「特にさあ! 愛理ちゃんと正子ちゃんにはもう二度と触れ合えないと思ってたんだぞ!?」
それがまさかまさかの奇跡が起きて再会できた。
二人は背負っていた荷を下ろしただの女の子になれたんだ。
そしてこんなだらしない男を本気で好きだと言ってくれた。
だったら俺も男として応えたいじゃん。
「でも違うじゃん。必要性に駆られて式挙げるとかないないあり得ませーん!」
「次郎くん次郎くん。私、その気持ちだけで十分嬉しいわ」
「うん。必要性に駆られてって言っても大前提として次郎くんが私たちを好きだからなわけだし」
「……本当に?」
真っ直ぐ目を見つめ、問う。
二人はキョトンとするも俺の言葉を飲み込むと少し考え込んだ。
「そう、ね。確かにちょっと嫌かもしれないわ」
「う、うん。実際やれば嬉しくはあるけど、ちょっとケチついちゃった感は拭えない……かも」
そわそわとどこか落ち着きのない様子で二人は答えてくれた。
わがままを言うことに慣れていないからだろう。
でも良いんだよ。望むことを望むままに。それが俺には何よりも嬉しいことだから。
「……いやでも仕方ないじゃないか」
「……うむ。実際、ルシファーを殺らんことには気持ち良く関係を始められんわけだし」
「だからさあ! その仕方ないっての一旦止めようぜ!?」
話になんねえから。
「ってかさ。お前ら気付いてる?」
「「は?」」
「必要だから、で自分の気持ちを押し殺した結果がパイセンと清水先生じゃろがい」
世を救うためなら仕方ない。必要なことだと自らの良心が咎めることをやり続けた。
「その生きた証がお前らじゃねえか」
当人も自覚はあったのだろう。
先輩は俺が駄々をこね始めたあたりからひっじょ~に気まずそうな顔をしていた。
「「――――ごめん次郎、僕(私)が間違ってた」」
「手のひら返しはっや。モーターでも仕込んでんのか」
一瞬ですん……ってなるじゃんね。
お前らどんだけ一緒にされたくないんだよ。