決戦前 2
先生との語らいを終えた俺はその足で監視者本部に向かった。
皆も薄々分かってはいたのだろう。眷属を作る覚悟を決めたと言えば直ぐに集まってくれた。
「まず明言しとくが誰かの命令で俺の眷属になるとかそういうのは絶対、認めない。
自分の意思で人として自由に生きる権利を捨てる選択をした奴以外を眷属にする気は毛頭ない」
志村さんとジジイを見ながら断言する。
二人とも良い人ではあるが組織の長でもあり時として非情な判断も下さねばならない。
そこには理解を示すが、俺は俺で譲れない一線がある。
そこを超えようってんなら俺はもう好き勝手動く。
「ならば僕らも明言しておこう。君が護っている一線を侵すつもりはないよ」
「情もなくはないが純粋な損得計算もある」
やる気次第で十二の翼にまで至れるのだ。
水を差すような真似をしてやる気を下げてしまえば戦力の低下にも繋がる。
だからやらないと長二人は明言してくれたので俺もほっと胸を撫で下ろす。
「じゃ、時間も惜しいしさっさと僕らを眷属にしてよ」
「だな。決戦に向け力を慣熟させる時は多ければ多いほど良い」
「……俺の話聞いてたか?」
「責任取れって言ったの君でしょ」
「お前の考えていることなどお見通しだ。とっくに腹は決めてある」
さらっと言うじゃんね。
「二度も次郎くんに私を看取らせたくはないもの」
「そもそもの話、私は別に人間であることにこだわりとかないんだよね」
「私の体も何とかしてくださると言ったでしょう? 眷属になれば万事解決ではありませんか」
愛理ちゃん正子ちゃんパイセンが続ける。
……嘘はない。心からの言葉、なのは分かるけど軽いなあ。
え、何? 俺がこだわり過ぎてんの?
「真ちゃんとディアナは?」
「私は私だ」
「拙者のメイン種族は忍で人外になったからとてそこが変わるわけでは御座らぬし」
真ちゃんは良いよ。種族が変わろうが自分は自分だってことだろうからな。
正直こっちは予想できてた。この子の在り方は全霊で生きることそれだけだから。
でもお前、忍者。お前そういう認識で忍者やってたの? 種族忍者だったの?
あとメイン種族って何だよ。サブ種族とかあるのか? そこが人間だったの?
「私はそもそも混血だし……自由も、兄様に縛られるならそれは良いかなって」
何かいかがわしいな……。
「皆の気持ちは理解した」
でも一つ、根本的な問題があるんだよな。
俺は悪魔三人を見つめ問う。
「あの、眷属ってどうやって作るの?」
「「「は?」」」
こんな質問が来るとは思わなかったのだろう。
少しキョトンとしたが直ぐに答えてくれた。
「こないだ言ったが、まあ状況が状況であったからな」
「聞き逃しててもしゃーないよね。あと微妙に説明不足だったか」
「眷属にするという意思を示し相手がそれを承諾した上で御身の血か精を注ぐのだよ」
「……出来なかったんだけど」
「「「え」」」
先生が覚醒を果たした後のことだ。
「皆にマウント取りたいから今ここでサクっと眷属にしてくれって頼まれてな」
「先生、そんなことしてたんです?」
「あんたホントにどうしようもないな……」
飛鳥と了のツッコミはさておきだ。
先生からオルタークがしたのと同じ説明を聞いてやったんだよ。
互いに意思を示した後で指先をちょっと切ってさ。
「興奮しただけで特に変化はありませんでしたね」
それな。
先生に指を咥えられた時はすごいゾクゾクした。
でもそれだけ。マジで何もなかった。
「最初は私の特異体質が悪さをしているのかと思いましたが」
先生の翼は黒く染まらない。
だから俺が持つ堕天使と悪魔の要素が弾かれてしまったのかと思った。
「でもそれならそれでこっち側に弾かれたって感覚が来るはずだろ?」
それもなかったのだ。
マジで俺、美人女教師に指チュパされるというドキドキ体験しただけっつーね。
「……おい貴様ら、これどういうことだと思う?」
「どう思うって言われても」
「うむ。このような事例はとんと」
「それぞれの種族の要素が干渉し合った結果であるか?」
「いやそこは関係なくない?」
「上位存在の眷属作成方法は共通だからね。人間は眷属を作るような機能は持たないが」
「人間とのハーフ悪魔でも普通に眷属作ってたりするし王子様だけってのはどうも」
大悪魔三人でさえ困惑しているようでああでもないこうでもないと言い合っている。
おいおいおい、コイツらで分からないならお手上げじゃん。
禿に聞くか? でもクリスマス以降、アイツ連絡しても出ないんだよな。
お袋も終わるまではどっちとも連絡取らないつってるからパイプになんねえし。
「……あのさ、次郎。そういう大事な話は最初にすべきじゃない?」
「意思確認も大切ではあると思うがそもそも眷属が作れるか怪しいというのは先に言え」
「いや俺的には大事な話だったし、俺のスタンスを明示した後で言うつもりだったんだよ」
それをお前らがせっつくからさあ……。
「王子。一応確認するが人間のままということは」
「ねえよ。俺も先生もバッチリ翼広げてたわ」
クソでけえウイングが計二十四枚。すげえ派手な絵面だったぞ。
「私たちの羽根が残留するタイプなら公園酷いことになってたでしょうね」
「っすねえ。いやホント何もしてねえのにひらひら舞うの何かのバグだろ」
「もしくは病気ですかね」
悪魔の翼は羽毛ねえから平気なんだが天使と堕天使はな。
「ふぅむ。直に見れば何か分かるか?」
「でしたら私が試してみましょう。この中では悪魔たちと並び色々知識もありますし」
「「「「抜け駆けババア!!」」」」
娘四人をさらっとスルーし先輩がこちらにやって来た。
うんまあ、心の距離が縮まってるようで何よりだよ。
ともあれそういうことならと俺も翼を出して人差し指の腹を軽く傷付ける。
「あなたを俺の眷属にしよう」
「私はあなたの眷属になりましょう。では失礼して……ん」
先生はがっつり咥えに来たが先輩は軽く口づけるように血を舐め取った。
洋物美人女教師の次は清楚系和風美人に指ペロされるとは最高の年末だな。
「…………本当に、これっぽっちも変化がありませんね」
悪魔の翼も天使、堕天使の翼が生えることもない。
……ボロボロの体もそのままだ。
「手順は何も間違ってなかったはず、だよね?」
「であるな」
「こ、これは……いやだが閣下が眷属をと仰った以上は……」
三人が俺に近寄り幾つも魔方陣を展開し調査を始める。
が、マジで何も分からないらしい。
「おいおいおい、これどうするんだい?」
頬を引き攣らせながら志村さんが言う。
彼らからすればルシファーは俺との決戦に備え大人しくしているだけ。
俺が負けてしまえば完全にフリーハンド。
四大天使の力を手にし更なるパワーアップを遂げた魔王が野放しになるとか悪夢だ。
絶対、ロクなことにはならないという確信があるからこそ俺を勝たせねばならない。
なのにこんなところで躓くなんて思いもしなかったのだろう。
「とりあえず原因を探るのはそっちに任せるわ」
今俺の体を調べても理由は分からなかった。
まずは話し合って幾つも仮説を立てるところから始めるべきだろう。
なら、その話し合いの場に俺は要らない。
「何か他にやることでもあるのかね?」
ジジイの問いに頷き、理由を告げる。
「後顧の憂いを絶つのと戦力強化っすね」
いい加減、ケリをつけておくべきだろう。