決戦前 1
(……参ったな)
はっつぁんのことでも悩んではいた。
けど、そっちはイマイチ消化できないってだけで頭ではもう納得してた。
本命は眷属について。こっちは頭でも心でも納得はできていない。
考えなきゃとは分かってるが真面目に考えるのもしんどい。
それで別の悩みに逃げてたんだが、先生には俺の悩みもお見通しだったようだ。
「次郎きゅんは今回の一件を、身内の不始末と考えているんじゃないですか?」
……不始末ってか個人的な事情だとは思ってるがいい加減良いかな?
真面目な話してるのにきゅん付けは僕、どうかと思うの。
「救いようのないドカスであろうと自分がここに居るのはあれのお陰であるのも事実。
だから身内として自分が……正直アレを身内認定することはないと思いますが次郎きゅんですからね」
そこは良い。だがそこからがよろしくないという。
どうでも良いけど親父ってマジで嫌われてんな。
「眷属を作るということはその人から多くを奪うことになってしまう。
人としての生。自由。その代わりに大きな力は得られますが君にとってそれは価値あるものではない」
その通りだ。持てる側の傲慢さなのかもしれない。
それでも力なんてものよりよっぽど価値のあるものがあると思うのだ。
「だったらもう、一人で魔界に殴り込みをかけるのもアリかなと考えたのでは?」
「……」
「一人で乗り込む分にはあちらも戦火を拡大させることはあるまい、と」
「……そっすね。たった一人で決戦に挑むってのも絵面的には悪くないと思いますし」
「ええ。ルシファーもこれはこれで盛り上がると受け入れるでしょう」
盛り上がり云々はまあ表向きの理由だけど実際問題、一人でも問題はないだろう。
言っちゃ何だが親父以外の悪魔ならどれだけ束になろうとやれるという確信がある。
徒党を組まなきゃガキ一人殺れねえって時点で俺には大幅な補正がかかるしな。
そりゃ相応の消耗は強いられるだろう。大ボス前にそれは大きなマイナス要素だと思う。
だがそれぐらいやってのけなきゃ親父には届かないのではという思いもある。
「でも私や桐生くん如月くんたちがそれを受け入れるかどうかは別です」
「……」
「愛する人をみすみす一人で地獄に送り込む? 冗談でしょう」
咎めるように見つめられバツが悪く目を逸らそうとするが先生にホールドされてしまう。
「女としてはとんだ生き恥です。生き恥ウェディングビキニより生き恥です。
いえ生き恥ウェディングビキニは良い生き恥ですけどね。
でもこれは悪い生き恥です。生きてはいられないと腹を切るレベルの極悪生き恥です」
良い生き恥と悪い生き恥って何だよ(哲学)。
あと今思えばあの生き恥ウェディングビキニって先生が自主的にやったんじゃ……?
「眷属になることで失われるものに対して次郎きゅんは後ろめたさを感じている。
それは構いません。でも、選ぶ権利さえ与えられないのはあまり酷ではありませんか?
君が眷属を作りたくないと思うのは自由です。それは君の権利でしょう。
ですが、その権利は愛する人を護りたいという私たちの願いを奪う権利まで有するのですか?」
もし逆の立場だったら俺はそれを受け入れるのかと問われ言葉に詰まる。
「あとですね」
「……はい」
「現実問題、一人でルシファーに勝てるわけないじゃないですか」
い、言ってくれるじゃないの……。
「確かに次郎きゅんは未知数の素養を秘めています。
他人から見れば規格外の私よりも尚、規格外のものをね。それは揺るぎない事実です」
でも、と先生は続ける。
「一人で何でもかんでもやるって、それ結局ルシファーの劣化コピーじゃないですか」
「――――」
その指摘に俺は言葉を失った。
「あれは他人を使いますが決して誰かと心を繋いでいるわけではありません。
やろうと思えば全部独力でやれる。あくまで“使ってやってる”というスタンスでしょう。
我こそが天上に輝く至尊の星であるという傲慢さこそがルシファーをルシファー足らしめている」
そこに並べるほどの傲慢さがあるのか?
よしんばあったとしてそれは俺が求める強さなのか?
先生の問いがグサグサと胸に刺さる。
そしてトドメ。
「次郎きゅんはそんな自分を好きになれますか?」
天を仰ぎ全身に充満していた澱みを追い出すように大きく息を吐く。
ああ、実に正しい指摘だ。ぐうの音も出ないとはこのことだろう。
そんな俺は俺じゃないし……ああ、きっとそれじゃ親父の期待にも応えられやしない。
「……ごめんなさい先生。俺が間違ってました」
「はい。そうやって素直に間違えを認められるのは次郎きゅんの美点ですね」
良い子良い子と頭を撫でられる。
「さて」
先生は立ち上がり俺から少し距離を取り背を向けた。
「丁度ここに君が死ねば後を追っちゃうぐらいメロメロな女が一人居るわけですが」
どうします? と振り返り悪戯っぽく笑う。
それがあんまりにも可愛くて息をするのも忘れ見惚れてしまった。
「……参ったな。今、完全にハートぶち抜かれちゃいましたよ」
気恥ずかしくて目を逸らしてしまいたいが、ここでそれはない。
真っ直ぐ好意を伝えられてんのに男としてどうかっつー話よ。
「なら」
「でもその前に一つ」
「ああ、分かってますよ。私だけをと言いたいところですが」
「待った。俺から言わせてください」
それが誠意というものだろう。
「俺は飛鳥が好きです。了が好きです。愛理ちゃんが、正子ちゃんが、先輩が好きです」
行きつくところまで行きついてしまった。
心を奪われたというのであればアイツらもそう。
今更離れることは考えられない。全部が欲しい。
……レモンや真ちゃん、日影ちゃんも正直、かなりぐらついてる。
何なら忍者だって最近はちょっと怪しい。尽くしてくれて喜ばないわけがないっつーね。
「俺の心が本気で誰かを求めてることはこれから先もあるかもしれない」
先生一人だけを愛するのは無理だ。
現時点でも先生含めて六人に撃墜されちゃってるしな俺。
何かもう俺が攻略されてるよねっつー。
「それでも良いですか?」
「……ちなみに私が嫌だと言えば?」
きっと先生は俺の答えを分かっている。
だからちょっと楽しそうにしているのだ。
「もっともっと俺に惚れさせます。だらしのなさがどうでも良くなるぐらいに」
「フフ、参りましたね。これ以上となるとどうなるのか」
まあこれがなくても何回だって惚れ直させるがな。
「分かりました。受け入れましょう。でも一つだけ良いですか?」
「何すか?」
「今、ここで君の憂いを全部吹き飛ばしたのは私ですよね?」
「はい」
「ならその分、ご褒美があっても良いと思うのです」
「ご褒美、っすか?」
俺に出来ることなら何でも、と答えると先生は満足げに頷いた。
「ではあのカスを始末した後、真っ先に私を抱いてください」
「いやそれ俺にとってのご褒美では?」
何ならゲザってお願いする立場だと思う。
「いや私だってずっと次郎きゅんとラブラブエッチしたいと思ってましたし。で、どうです?」
「約束します。ホテルの確保は任せてください」
最高の夜になるよう全力を尽くす所存だ。
「――――ッしゃあ!!」
「!?」
先生がガッツポーズをキメた正にその瞬間だ。
その体から嵐の如き聖なる波動が放たれ十二の翼が出現した。
俺がそうだから分かる。あれは一時のそれではなく完全な覚醒だ。
「……え、嘘でしょ?」
眷属の契約結んで得た力により至るとかじゃないの?
もしくは死力を尽くした激闘の最中でとかさ。
え、全部終わったら一発キメようぜって約束だけで覚醒しちゃうの?
「な、何て理不尽な才覚……」
「そこは次郎きゅんも大概だと思いますよ。いや冗談抜きで」




