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魔王ジュニアVS因習村 序

「あっはははははははははは!!」

「ついにこの日がやってきた!」

「よすが様が我らをお救いくださる! 夢を叶えてくださる!!」

「満願成就の夜だ! 飲めや歌えや! 皆で祝おう!!」


 村が燃えている。人が燃えている。

 だというのに彼らは皆、狂ったように笑っている。

 絶望を和らげるための狂気か? いや違う。狂ってはいるが彼らに絶望はない。あるのは喜びだけ。

 死に向かっていることを理解していないのだ。

 真実、待ち望んだものがやってきたのだと目を開けながら虚構(ゆめ)に溺れている。

 おぞましい。酷くおぞましい光景だ。


(……清水先生を避難させといて正解だったな)


 この状況を作り出した者の下へ行くため一人歩を進める。


「やあやお兄さん! 一杯どうだい?」

「……未成年だから」


 声をかけてきた老人には見覚えがあった。

 皺くちゃの顔をだらしなく緩ませて笑っているから最初は分からなかったが……。


(あの爺さんだ)


 村を訪れた際によそ者めと悪態を吐き背を向けた老人だ。

 厳めしく排他の色を隠しもしなかった彼が童のように笑っている。

 吐き気を催す光景だ。


(……ここは、どこなんだ)


 表面だけを見れば地獄と断じることもできよう。

 だが紅蓮の炎に焼かれながら笑う村人たちに辛いだとか苦しいだとか負の感情は一切ない。

 幸福の一色で塗り潰された彼らにとってここは天国と言えるのではないだろうか。

 逆に俺はどうだ? 炎に焼かれることはないし正気のままでもおぞましい現実を見せつけられている。

 天国と呼ぶには厳し過ぎて地獄と呼ぶには甘過ぎる。丁度、境目のような場所をふらついているのかもしれない。


(魔王の子が天国と地獄の境界線を彷徨い歩いているとはまた皮肉な……)


 どん、と軽い衝撃。


「あ、ごめんよお兄ちゃん!」


 小6ぐらいの子供が俺にぶつかってきた。

 彼もまた例に漏れず焼かれ続けている。ぼろぼろと指先が灰になっているのに心底、嬉しそうだ。


「いや良いさ。でも気を付けなよ? 危ないからな」

「うん! じゃあね!!」


 子供がこの地獄に囚われている。普通なら憐れみ憤るべきなんだろう。

 だが俺には一片の同情心もありはしない。

 この炎に焼かれてる時点でこのガキも……そういうことだろうからな。

 親の教育の結果、狭い世界しか知らなかったからそれが当たり前だった。

 そういう面もあるんだろうが――いや、既に手遅れだ。今考えるべきはこの光景を作り出した者についてだ。


(積もりに積もった恨みの末、なら良い。いや良くはねえが“マシ”だ)


 復讐云々について語る気はない。語れるほどの言葉を持たないから。

 重要なのはこの光景が「まあそうなるわな」という理解の及ぶ感情に起因するものかどうかだ。


(……は、ははこんなこと考えてる時点で、だよな)


 でも直に言葉を交わすまでは分からない。

 煉獄を抜けた俺は村を一望できる小高い丘の上へとやって来た。

 先客がいた。透けた襦袢を身に纏う黒髪の少女。


「あら次郎くん。こんばんは」

「……ああ、こんばんは愛理(えり)ちゃん」


 愛理ちゃんは、この状況を作り出したであろう少女の眼差しは酷く穏やかだ。

 その視線の先は地獄が広がっているのにな。

 でも、誰かが言ってたな。満願成就の夜だと。

 応報を与えられたことによる達成感によるものなら……ああ、理解はできる。


「あれは、君が?」

「ええ。私がやったわ」


 ここまでは予想通り。


「それは、復讐?」


 復讐だというのなら彼女にはその権利がある。

 散々に貪られ虐げられ最期はわけのわからないものに捧げられて死ぬ運命を強いられていたのだから。

 その憎悪をぶつけた結果、こうなったのだというのなら……。


「いいえ」


 ああ、やっぱり。愛理ちゃんはキッパリと否定した。


「父も母も祖父も祖母もお隣の山田さんもはすむかいの中島さんも」


 つらつらと第三者から見れば加害者にしか見えない者らの名前を挙げていく。

 その中にはきっとさっきの子供もいたのだろう。


「みんなみーんな――――大好きだもの」


 花が綻ぶような笑顔だった。

 地獄が後ろに広がっていなければきっと息をするのも忘れて見惚れていただろう。


(……これだ。だから読み違えた)


 別段、自分が鋭い性質だとは思わない。

 しかし村に入った時から得体のしれぬ気持ち悪さを感じていた。

 空気が淀んでいる。人が濁っている。

 この澱みがどこに繋がっているのかを探り辿り着いたのが愛理ちゃんだ。

 露骨に彼女を見る村人の目が薄汚かった。

 しかし、そんな視線を受け続ける少女はあまりにも朗らかで彼女だけがこの村で透き通っていた。

 だからこそ気付くのが遅れてしまった。

 勘違いかと思ったのだ。裏の世界なんてものを知ってちょっと過敏になっているんだって。


「……好きなら、何でこんなことを?」

「“好きだから”よ次郎くん」


 眩暈がする……。


「夢はね、見ている内が花なのよ」

「どういう、ことだい?」

「必死に追い求めた夢を叶えたことで燃え尽き空っぽになってしまうのならまだマシ」


 愛理ちゃんは悲し気に目を伏せ続けた。


「でも“こんなはずじゃなかった”は何よりも残酷だと思うの」


 愛理ちゃんが自分の下腹部を撫でる。

 濡れて透けた肌がぼんやり光を放っていた。ひょっとしてあれが……?


「最初から何もかもを赦せていたかと言えば嘘になるわ。

十歳ぐらいまではええ、どうしてこんな目にとみんなを恨んだことだってある。

でも真実を聞かされてからは……恨めなくなってしまった。だってあまりにも悲しすぎるから」


 ずぷりと愛理ちゃんの腕が腹に突き刺さる。

 ずるりと引きずり出されたバスケットボール大の輝く珠を見せつけるように彼女は告げる。


「これが“よすが様”。みんなが狂おしいほどに誕生を待ち望んでいたかみさまの正体」


 ねえ、と心底から切ない声が漏れる。


「これにどんな望みも叶えてくれるような力があると思う?」

「…………いや」


 ハッキリ言ってしまえば現段階でも俺の方がよっぽど強い力を秘めている。

 というか俺どころか母胎であるはずの愛理ちゃんよりも遥かに……。


「そう。結局、よすが様なんてものは虚構の希望でしかなかったの」


 始まりからしてそうだったのだ。

 遠い遠い昔。虐げられ不遇に沈んだ哀れな人々が奉った存在しない神。

 いつか自分たちだけを救ってくれる神様が現れる。

 そんな慰めと弱者の中に更なる弱者を作ることでガス抜きをするための口実。

 それがよすが様の正体で延々と続けられてきた因習の正体なのだと言う。


「長く続けただけあって虚構に肉がつきはしたけれど」

「……それは到底、村人たちの期待する存在ではなかった」

「ええ」


 愛理ちゃんが手を握り締めると虚空に浮かんでいたよすが様もぐしゃりと握り潰された。


「この事実を知ってから私はみんなを恨めなくなった。それどころかみんなを愛おしく思うようになったの」


 恨めなくなった、はまだ分からなくもない。

 必死こいて愚行を続ける様が滑稽でとかそういう感情に辿り着くのは分かる。

 だがそれにしたって憐れみや嘲りだろう。何故、愛に?


「それまでは私に群がり貪り食らう虫けらにしか思えなかったけど真実を知ったら」


 ふふ、と照れ臭そうに笑うその姿に心底怖気が走った。


「母親に縋りつく赤ん坊のように小さく健気な存在に思えたわ」


 だから、終わらせる。

 夢を叶えてこんなはずじゃなかったと泣き暮れるよりも空虚な幸福の中で。


「私、次郎くんのことも好き。特別、好きよ」

「!?」


 驚愕に目を見開く。


「あなたはきっと村のみんなよりもずっとずっと険しい道を歩いている」


 視線が愛理ちゃんの下腹部に釘付けになる。


「その先にある幸福な未来を夢見て歯を食い縛って戦っている」


 そこにはぼんやりと光る紋様が浮かんでいた。


「キラキラキラキラまるでお星さまみたいなあなた」


 それは代理戦争の参加者である証だ。

 飛鳥と了のを何度か見たから同じものであることが分かった。


「その輝きが哀しみで曇る前に。苦しみで濁る前に。星が地に堕ちてしまう前に」


 何で、どうして、混乱の最中にある俺に彼女はめいっぱいの愛情と共に告げる。


「――――眠りましょう?」


 混乱は頂点に達し、


(いや何で俺こんなラスボスみてえな女と対峙してんだよ)


 逆に落ち着いた。いやホント何でこうなったの?

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(いや何で俺こんなラスボスみてえな女と対峙してんだよ) 逆に落ち着いた。いやホント何でこうなったの? ラスボスみたいな血筋の次郎なのに…
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