代打オレ! 9
「殿、味見をお願いしたく」
「おう」
ルシファーが超闇営業に勤しんでいる頃、次郎は自宅でパーティの準備をしていた。
飛鳥と了の誕生日とクリスマスを祝うためのものだ。
ディアナがシチュー、レモンがサラダ、真がターキー、次郎がキッシュの担当だった。
ミカエラは監視者の仕事で後ほどケーキとピザを買って合流する予定だ。
「……うめえ。お前マジにハイスペックだよな」
「拙者、忍で御座るからな。ともあれお褒めの言葉はありがたく頂戴致す」
「忍者に求めるものが多過ぎんだろ……」
「というか日本に来てそこそこ経つんだから忍者がそういうものじゃないって分かってるでしょ」
レモンが呆れたように言うと、
「拙者が思い描く忍者の在り方ゆえ。それに実際はどうか分からんで御座ろう?」
表に出ていないだけで語られるざる歴史における忍者はそういうものだったのかもしれない。
シュレディンガーの忍者論をぶち上げるディアナに次郎とレモンは引いていた。
真は特に興味がないようでオーブンをじっと見つめている。
「あら、お客さんかしら」
「良いよ良いよ俺が出るから。家主なんだし」
手を洗い玄関先に向かい扉を開けると、
「――――またかよ!!」
「ひでえリアクションだあ」
毎度お馴染み迷宮狂い藤馬渚が居た。
めでたいクリスマスの日に見たい顔では絶対にない。
だがこの男が訪ねて来たという事実を無視すればロクなことにもならない。
「……で? 何の用だよ」
「いや俺はただのメッセンジャーさ」
「メッセンジャ~?」
「オルターク・ヤッキーノが今からお前を招待したいってよ」
その時点で意味が分からない。
更に言うならそんな用件に藤馬を使う使う理由も。
酷くきな臭い。次郎は舌打ちを一つして他に何か言っていなかったと問う。
「大切なご友人の正体について、だとさ」
自分がメッセンジャーを引き受けた理由もそれだという。
確かに藤馬からしてもイレギュラー二人については気になるだろう。
気になるのはオルタークがわざわざ藤馬を選んだ理由。
「……ちょっと待ってろ」
次郎は少しの思案の後、家の中に引っ込んだ。
そしてキッチンに居る面子に事情を説明すると皆が渋い顔になった。
「行くのか?」
「ああ」
「殿に直接危害を与えることはなくとも何やら思惑がありそうで御座るが」
「だろうな。でも飛鳥と了のことを持ち出されたら無視はできねえよ」
「兄様、私も」
「いや俺一人で良い。というか向こうもそのつもりだろうしな」
お前、と次郎だけを指名して来たのだ。
レモンたちを連れて行くのは不可能と見て良い。
人を隔離させるのにお誂え向きの藤馬が選ばれた理由の一つだろう。
「安心しろ。俺に不都合なことして来るんなら全部食い破る」
思い通りにはさせないと断言した上でこう続けた。
「んでやり合うことになっても殺しゃしねえよ。……あんなでもお前の親父だからね」
「……うん」
ぽんぽんと軽く頭を撫でエプロンを外しレモンに渡して次郎は玄関に戻った。
玄関付近に刻んであった魔方陣を藤馬が起動し二人は魔界へ飛んだ。
「ここが?」
「おう」
華美ではないが品のある佇まいの屋敷。
その門前に転移した二人を使用人らしき悪魔たちが頭を垂れて迎えた。
そういや俺ボンボンだったなと思いつつ案内に従って中へ。
応接室に入ると相も変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けたオルタークが居た。
「王子、突然の招待にも関わらず応じて頂き恐悦至極に御座います」
「きめえから普通に話せ」
さっさと本題に入れ。次郎の目は雄弁だった。
「ふふ、ではそうさせて頂くとしよう。さて、どこから話したものか」
「チッチッチッチッ」
「舌打ち連打やめろ。行儀悪過ぎるぞお前」
「っせえ! こちとら今年こそは楽しいクリスマスをと思ってたんだよ!!」
それが蓋を開けて見ればもう暗雲が立ち込めている。
機嫌が悪くなるのも当たり前だろうと次郎は藤馬を睨みつけた。
「世紀末。御身が住まう国で活動していた空白の聖者と呼ばれる者らはご存じだろうか?」
「少し前に聞いたが……ら? 複数居るのか?」
女の子という話だったがと首を傾げる次郎にオルタークは言う。
それは西日本で生まれた片割れで東日本で活動していた者も居るのだと。
「空白の聖者と呼ばれる者は少年と少女で二人居たのだよ」
まずは彼らが歴史の表舞台から消えるまでの話をしよう。
飛鳥と了の話はどうしたと思う次郎だったが必要な前提なのだろうと頷き返す。
「彼らは奇跡を行使する権利を生まれながらに有する聖人と呼ばれる人種でね。
他者の救済という衝動に突き動かされるがまま多くの人間を救っていた。
だが悲しいかな。個人を救うだけではキリがない。救えど救えど不幸の種が尽きることはないのだから」
誰かが幸せになれてもまた別の不幸が生まれる。永遠に終わらないイタチゴッコ。
それでも動き出した体と心は止まらない。やらずにはいられないのだ。
「苦難の円環で足掻く内、やがて彼らは根本的な救済を考えるようになった。
そして思い描く救世を成さんと活動していく内に二人の聖人は出会ったのだ。
共に人と世界の救済を願ってはいるが掲げる救いの形は違う。そうなれば、分かるだろう?」
衝突、と口にした次郎にオルタークは満足げに頷いた。
「そう。異なる思想の対立は衝突へと至る。それは自明の理だ。
しかしそこは聖人。完全な否定でも妥協の和解でもなく第三の結末へと至った。
彼らは自らの救済を否定したのだ。これほどの相手を納得させられないということは不完全であると」
完全な救いを成すにはどうすれば良いか。
二人の聖者は互いの力を合わせることにした。
「自分たち以上に完璧な聖人を創り出すことを考えたのだよ」
表舞台から消えたのもそのため。
現代に生まれた規格外の聖人を目障りに思う者などごまんと居る。
既にかなり名が売れてしまっていたため要らぬ邪魔が入ることを嫌ったのだ。
「創り出す……まさか」
「そう。その赤子こそが御身のご友人のオリジナルだ」
「おり、じなる?」
「互いの血を混ぜ多くの仕込みをして生まれた子は正に完璧な存在だった」
だが、空白の聖者たちはそれ以上を望んだのだという。
「完全なものを敢えて分かつことで不完全という可能性を織り込んだのだ。
最終的に子は四つに分かたれた。桐生飛鳥、如月了。そして」
どこか陶酔の色が滲む瞳で次郎を見つめオルタークは告げる。
「供花愛理、久世正子」
「――――」
「本来の予定では供花愛理と如月了が、桐生飛鳥と久世正子が殺し合うはずだった」
理不尽極まる少女二人の能力も飛鳥と了ならば問題なかった。
他者の救済が根底にある能力だからこそ同一存在である飛鳥と了には通じない。
「コイツにぶつけたのはより上質な贄になるようにってか」
「ああ」
「しかしオルターク、お前は何故それを知ってる?」
黙り込む次郎をよそに藤馬が問いを投げる。
「救世の子を創る段階で空白の聖者は悪魔の助力を得てね」
「……そういうことか。アイツらは空白の聖者が掲げる“偉業”そのものってわけだ」
二人がイレギュラーである理由に思い至り藤馬は呆れたように笑う。
自分が言うのも何だがマジでロクでもねえなと。
「うむ。私は彼らが契約した悪魔たちと知己でね。助力を乞われたのだよ」
人間二人に自分の身元を明かさないことを条件に完璧な聖人の製造に関わったのだという。
そしてその際に得たノウハウでレモンを作ったとも。
「……オルターク。何で、空白の聖者は本来の筋書きを変えて俺を選んだ?」
黙り込んでいた次郎がようやく口を開く。
その表情は一言では括れない雑多な感情で彩られていた。
「理由は藤馬が言った通りだとして、俺ならそれが出来ると思った根拠は何だ?」
ルシファーの子だからか?
その言葉と視線にはどこか縋るような色が滲んでいた。
次郎自身、何となく分かり始めているのだ。
オルタークは笑みを深めその疑問に答えた。
「否。閣下の御子であるかなどは彼らにとっては重要ではない」
「……なら、何故?」
「御身が御身であるからだ。その心根をこそ彼らは評価したのだよ」
次郎ならば相性などではなく愛を以って正しい形で愛理と正子を殺せる、と。
それはつまりそう信じられる程度には次郎の人柄を知っているということで……。
「……聖先輩と、清水先生なのか?」
次郎が愛理の住まう村に行く切っ掛けになったのは愛衣との雑談だった。
道中の駅で行動を共にすることになったのは清水だった。
ありとあらゆる状況証拠が空白の聖者の正体を告げている。
「ご名答。彼らこそが裏で糸を引いていた黒幕だよ」
目を閉じその言葉を噛み締める次郎にオルタークはこう続けた。
「報復を望むなら急いで東京に帰還することをお勧めしよう」
「……何?」
「今宵、黒のプレイヤーが連合を組んで同盟と監視者を相手に決戦を仕掛ける予定でね」
決戦の場になる東京が隔離されるのだという。
「実は連合からそのために王子を東京から引き離すよう頼まれていてね」
そのためにこの場を設けたのだと悪びれることなく言った。
「ちょっと待て。そんなん俺、知らねえぞ!?」
「君は分類上、黒ではあるが好き勝手やってるからね。協調性なしと見做されハブられたのだよ」
「藤馬のことははどうでも良い。馬鹿どもの動きと急げってことに何の関係がある?」
愛衣と清水に報復を望むなら急げ。
まるで今夜を逃せばその機が失われると言っているようではないか。
「御身の友人と空白の聖者たちが殺し合うからさ。最後の枷を外すためにね」
オルタークは飛鳥と了の身に起きたこと、これから起ころうとしていることを語った。
驚愕に目を見開く次郎だが直ぐに冷静さを取り戻し口を開く。
「東京に向かう。藤馬、オルターク、俺に力を貸せ」
「ふむ……まあ、良いぜ」
「私も構わないが一つだけ聞かせて欲しい」
何だよと次郎が促すとオルタークは問いを口にする。
「東京に帰還するのは空白の聖者たちへの報復を行うためということで良いのかな?」
「アホか。そんなわけねえだろ」
「では何のために?」
「……決まってる」
思い返せば一度目も二度目もそうだった。
面と向かってその言葉を口にできなかった。
だから三度目は、
「――――」
次郎の答えを聞いたオルタークはキショイ笑みで助力を約束した。