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代打オレ! 6

 物心ついた時から私には声が聞こえていた。

 苦しみ喘ぐ声が。

 痛みに叫ぶ声が。

 孤独に震え泣く声が。

 ずっとずっと私の耳朶を揺らしていたそれらが私の生き方を決めたのだ。


『しかし難儀なものだな救済の業というものは』


 誰かを救いたいと願う気持ちをルシファーは業と称した。


『私をして呪いとしか言えんよ君らのそれは』


 そして呪いであるとも。

 奴の嘲笑を否定する言葉を私は持たない。

 客観視するまでもない。だって私自身、そう思っているから。

 救いを求める声は耳を塞いでも聞こえて来る。それは最早、呪いだろう。


『くだらない。嗚呼、くだらない』


 十を数える頃には私はすっかり倦み切っていた。

 世には多くの嘆きにが溢れている。

 なのに多くの人間はそれに目を向けることなく笑っている。

 一寸先は闇。今在る幸福など薄氷のそれでしかなく踏み外せば不幸に真っ逆さま。

 明日は我が身なのに今苦しむ誰かに手を差し伸べる者はあまりに少ない。

 自らの幸福だけを貴ぶのが人間の性だというのならば、


『そのツケを払っているだけでしょう』


 幸せも不幸せは等価値。等しく価値が無い。

 倦怠の果てに人を見限ろうとしていた。

 だからこれで最後にしよう。

 そう思って名も知らぬ誰かを救った。


『“ありがとう”』


 その短い言葉を覚えている

 その飾りのない笑顔を覚えている。

 人は喜びでも泣けるのだと知った。

 救済の業。諸人に手を伸ばさずにはいられない聖者の疵。呪い。

 否定はできない。否定のしようがない。


 ――――それでも誰かの涙を拭うために生きると私は決めたのだ。


 踏み出したその一歩に迷いはなかった。

 見返りなんて要らない。

 だってこれは私のエゴだから。

 その代わり誰に何を言われようと止まる気はない。

 この世界が笑顔の花で満たされるその日まで走り続けよう。


『それが私の生きる道だから』


 目につく悲劇を片っ端から刈り取りながら思い描く救済へ向け私は走り出した。

 そうして進んでいく内に私は奴と出会った。

 私と同じ業に苛まれ私と同じ答えを得て私とは異なる救いを見出した不倶戴天の敵。

 言葉を交わすまでもなく相容れないことが分かった。

 誰かの涙を拭うことを選んだことに敬意は抱けども除かねばならぬと決意した。


『僕が正しいのか君が正しいのか』

『潰し合いましょう。そうすれば答えは出るはずだから』


 三日三晩殺し合い、私たちは手を止めた。

 殺し合う中で思ったのだ。

 どうしたって私と奴は相容れはしない。しかし同時に互いをこれ以上ないほど認めてもいた。

 これほどの人間に否定される時点で私の描く救済は不完全なのでは、と。

 それはあちらも同じで、


『『ならばより完全なものを』』


 私たちは互いの救済(ゆめ)を捨てた。

 完全な消却。最早、奴も私もそれがどんな形であったからすら思い出せない。

 それで良い。後悔はない。私たちが見つけられなかった最善の救いはきっと――――


「……ぱい……先輩!」

「ぁ」

「大丈夫っすか? 何かぼーっとしてますけど体調悪いとか?」


 心配そうに私の顔を覗き込む明星くんを見て意識が浮上する。

 かなり感傷に浸ってしまったらしい。


「ありがとうございます。大丈夫ですよ。ただもう少しで今年も終わるんだなと思ったら」

「あー、分かります。何かもうマッハっすよね。え、嘘でしょ? ってレベルっすわ」


 十二月二十四日、クリスマスイヴ。

 終業式を終えた後、私は明星くんとデートに繰り出していた。

 彼からの誘いではなく私から、誘った。

 だって今日が最後だから。


「先輩は年が明けたら受験っすよね。一般でしたっけ?」

「ええ」

「先輩の成績なら推薦も余裕だったでしょうに」

「私の学力なら一般入試でも問題はありませんからね。でしたらその枠は他の方に譲るべきでしょう」


 勿論、方便だ。

 正規の高校生ですらない私が前途ある若者の選択肢を狭めるなど言語道断である。


「あは」

「明星くん?」

「いや、先輩のそーゆーとこ好きだなって」


 ドキっとする。


「飛鳥と了もそうなんだけどさ。先輩も自分の幸せより他人の幸せを願える人なんだよね」


 そういう人が好きなのだと笑った。

 飛鳥と了。あの子たちと似ているというのは嬉しくもあり心苦しくもあった。

 より完全な救いをと願って創りはした。しかし、それは性能だけ。


『もしも子がそれを選ばなければ』

『ええ、その時はそれまででしょう』


 最後に残った期待、だったのだと思う。酷く身勝手で浅ましいという自覚はある。

 敢えて空白を残すことで私たちは普通の人間なのだと思いたかったのだ。

 だが生まれた子供は完璧だった。見ただけで分かった。

 ああ、この子は私たちと同じように声が聞こえていると。間違いなく同じ道を選ぶと。

 そして実際、業部分を切り離した愛理と正子は迷うことなく救済に生きて死んだ。


「ただそういう人って自分のことは疎かにしがちなんだよな。先輩も、気を付けなきゃだぜ」

「お心遣いありがたく」

「どもども」


 あてもなく手を繋ぎ街をぶらつく。

 ただそれだけ本当に本当に幸せで涙が出そうだ。


「~♪」


 道行く人々の幸せそうな顔が嬉しくて嬉しくてしょうがないのだろう。

 明星くんは鼻歌を歌い始めていた。

 ただそれは、


「キリエ、ですか」


 明けの明星の子がキリエを口ずさむというのは中々に驚きの光景だ。


「ああうん。悪魔の力を使う奴がと思わなくもないすけど」


 思い出の歌なのだと照れ臭そうに言った。


「むか~しこんな小さい頃なんですがね。

これぐらいの時期におや――大人の人に散歩に連れてってもらったんすよ」


 お父上との……事情を知らないと思っているから言い繕ったのだろう。

 あの夜のことを思い返すと酷く胸が痛むがそれさえ罪深いことだと飲み込む。


「教会から歌が聞こえてきたんすわ」

「それがキリエですか」

「うん。でも正直、何言ってるかわかんなかったっす。日本語じゃなかったし」


 それでも誰かの幸福を祈りながら紡がれる歌声が幼心に響いたのだという。


「んでそっからヘビロテっすわ。つっても聞きかじったテキトーなのですがね。

したらその大人の人がしょうがないなって教えてくれたんですよ。

それでまあこの時期が来て気分が良くなると自然と口ずさんじゃうんすわ」


 誰かの幸福を我が事のように心から喜び、祝福しているのだ。

 私は彼のそういう部分が好きで好きでしょうがなかった。

 そんなあなたが愛しくてしょうがなかった。

 きっと愛理や正子、飛鳥と了も同じなのだろう。そしてあの男も。


「……ねえ、明星くん」

「何すか?」

「一つワガママを言って良いでしょうか?」

「珍しいっすね。良いっすよ! 俺に出来ることなら何でも!」


 犯した罪。その清算はもう直ぐそこまで迫っている。

 浅ましいのは百も承知。そんな資格がないことも。

 それでも、


「今日は日付が変わるまで一緒に居てくれませんか?」

「ええ、喜んで!!」


 罰が訪れるまでのほんの僅かなひと時をあなたと共に居たいのだ。

息子可愛さで賛美歌もアカペラっちゃう魔王様

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