新しい日常 終
「でさあ、入っちゃったわけよ茶道部ゥ!」
【ウケる。あれっしょ? 詫び入れてるとかそういう?】
「そうそれそんな感じィ! んで先輩がマジ美人なワケ。美人な先輩と二人きりの部活動とか……なあお袋!」
【始まっちゃうでしょラブストーリー! ウケる】
「だよなァ!? やー、バトル展開だけじゃ味気ないから味変しないとだわ~」
妻が復帰してからますます賑やかになった食卓。
今日も今日とてお喋りに花を咲かせている妻と息子の姿を見てルシファーこと明星太郎は思った。
(コイツ調子乗ってんな)
いや流石は傲慢を象徴する私の息子。ポジティブ通り越して普通に驕ってる。
血の繋がりというものに太郎は心底、感心していた。
(愛嬌はあるが……巻き込まれている事が事だしなあ)
父親として心配でもある。
(それに次郎の体に微かに残ってる気配。これは……仕掛け人の一人、かな?)
少しばかり忠告をくれてやろうかと決め太郎は噛んでいたタクアンを飲み込んだ。
「次郎」
「あんだよ親父。おかわりか?」
「ああうん、頼む」
茶碗を差し出すと次郎は大盛りで飯を盛ってくれた。
受け取りながら太郎は言う。
「順風満帆で何よりだが早ければ夏ぐらいにはもう本格的に代理戦争に殴り込みをかけるわけだろう?」
「ん? おお」
「少しばかり気を引き締め直した方が良いと思うぞ」
「む」
「確かにお前は血筋で言えばとんでもないサラブレッドではある。潜在能力は世界でもトップクラスだ」
長ずれば私をも、とは言わず太郎は続ける。
「だが純粋な人間も侮れないもの。特にこんなゲームに参加するような輩はな」
「わーってるさ。ロクでもないのがひしめきあってるのは」
「お前の考えるロクでもないは単なる外道だろう? そうじゃない、そうじゃないんだよ」
「?」
「時代が下るにつれ突出した個。いわゆる英雄と呼ばれるような人種は現れ辛くなっていくものだ」
何言ってんのこの禿? さあ? と会話を交わす子と妻。
少し傷ついたが魔王(元)はめげない。
「英雄とは善悪問わず世の在り方を変えるもの。変化を願うのは現状の世界に不満を持つからだ」
善性の英雄ならば戦争、飢餓、貧困、差別あたりか。
それらの蔓延る闇を少しでも祓わんと願う心こそが英雄の誕生を後押しするのだ。
「だから豊かな現代社会ではってこと?」
「そう。善悪どちらであっても世界に戦いを挑んででも変化を望む熱が生じ難い」
そして仮に熱を抱いても社会システムが英雄の誕生を阻んでしまう。
現代社会の仕組みは英雄が生まれる可能性を摘み取り易いものになっているのだ。
「分かり易い例を挙げるなら個人の武力による革命だな。
昔ならいざ知らず今、個人がその国のトップを堂々と正面から討ち取ったとして国が倒れるか?」
社会が変わるか? よっぽどの途上国なら可能性はゼロではないかもしれない。
だが社会構造がしっかり整備された国家ではまず不可能だ。
「だからこそ現代社会で生まれる英雄は過去のそれよりも“性質が悪い”」
特に日本やアメリカのような豊かな国で生まれる英雄は。
「……性質が悪い?」
「考えてもみろ。衣食住に事欠かず普通に暮らしていけるような中で世界を変えたいと願うほどの熱が生じるんだぞ?」
それはどうしたって歪なものになってしまう。
「例えばそう。万人に等しく幸福な社会を、という思想でさえそうだ」
【良いことじゃんね】
「だよな。立派だよ」
「常人の域でそう願えるのは善良で済ませられるが英雄になるほどの熱量が伴うならそれは真っ当とは言えんよ」
既存の社会構造を一度、完全に破壊しない限りは不可能なのだから。
破壊に伴う流血も尋常ではないだろう。
百点満点ではないが及第点があげられる暮らしができる世界を破壊してまでやるなど真っ当ではない。
「もしそんな輩がいるのだとしたらその道行きは常人には理解し難いものとなろうさ」
常人なら強い忌避感を抱くようなことでさえ平然とやってのける。
清濁併せ呑むならまだマシ。それを悪と思わず純粋な善心を以って行えてしまう可能性すらある。
あるいはその悪さえいずれ精算する時が来ると確信を抱いて。
どちらであっても真っ当な精神状態ではない。
「代理戦争にはそんな連中が参加しているんだぞ」
「……あ」
とようやく何が言いたいのか次郎は気づいたようだ。
ちょっと抜けてるがそういうところ母さんにそっくりだなと太郎は少し良い気分になった。
「本気で魔王の座を狙っている連中は相応の人材をプレイヤーに仕立てたはずだ」
摘み取られるはずの英雄の芽は保護され代理戦争という土壌に植え替えられた。
闘争が水となり肥料となりその芽はぐんぐんと育っていくことだろう。
「で、でも全員が全員そんなやばい奴らでもないだろうし」
「そうだな。しかし弱いプレイヤーはドンドン淘汰されていくぞ?」
「う゛」
至極当然のことだ。
偉業の達成を第一の勝利条件にしているプレイヤーであっても他のプレイヤーを排除しない理由がない。
積極的に獲りにいかずともやれるチャンスがあればやるだろう。
他のプレイヤー排除を第一に設定している積極的なプレイヤーなら尚更だ。
「それと父さん気になってたんだがお前、代理戦争の詳しいルールはちゃんと聞いたのか?」
例えばゲームの期間は何時までなのか。立てられるプレイヤーの数は?
知っておかねばらないことは多々ある。
「……まだ」
「だと思った。まだ猶予があるからそこまで気にしていないんだろうがそれは悪手だろう」
猶予とは戦いに備えるための時間なのだから。
「……今度先生に会う時、聞いてみるけどさ。親父はどんな感じだと思う?」
「ん? そうだなあ。ゲームの期間なら人外に寿命なんてあってないものだし数百年……」
「はぁ!?」
「と言いたいところだが人間が絡んでいるから大体、百年ぐらいが目安だろう」
「十分なげえよ……」
ただ百年フルに使うかと言えばそれは疑問だ。
あくまでリミットがそこらだろうというのが太郎の見立てだった。
【でも百年で決着つかなかったらどうするん?】
「仕切り直しだろう」
人外の力を与えられているプレイヤーだ。寿命も平均的な人間のそれよりも長くはなるだろう。
だが加齢が緩やかで全盛期の体と力を維持できるのは上澄みだけ。
だから百年で決着がつかねば再度、プレイヤーを立て仕切り直す。
「ただまあ優勝候補に名を連ねる悪魔たちは最初の百年以内で決着をつけるつもりだろうて」
仕切り直しだ何だは保険であり公平感を出すためのものでしかない。
「そのためにも連中に対して有利に働くルールがそこかしこに隠されていると見て間違いない」
「……」
「お前もお友達も積極的に勝ちに行くつもりはないだろうが潰されないためには相応の備えをせんとな」
「……うん」
◆
ルシファーが父として息子を教え諭している頃、もう一人の師とも言えるミカエラは……。
「しくじりましたね」
自室のベッドに全裸で寝転がりながら自らの失態を悔いていた。
クソどうでも良いことだが補足するとミカエラはプライベートでは全裸派である。
天使の血を引くがゆえ穢れというものに強く衛生的な問題が起こり得ないからだ。
ルシファーですら風呂上りから起床まではステテコ腹巻きのクラシカル中年スタイルなのにミカエルの娘は全裸。
ニュージェネレーションの風を感じると言わざるを得ない。
「……次郎くんは私が顧問を務める文芸部に入るだろうと睨んでいたのですが」
茶道部に入りました(*‘∀‘)というメッセージを受け取ったミカエルは心底から悔しがった。
自分にそういう目を向けている次郎なら部活動をするならきっとと思っていただけにかなり悔しい。
しかも茶道部は女子の部員が一人いるだけ。これはよろしくない。
「まあ聖さんは少々、萎縮してしまうような高嶺の花ですしそういうことになはならないとは思いますが」
それに次郎の好みは肉付きの良いタイプ。つまり自分だ。
そういう意味でも聖愛衣に転がるようなことはないだろう。
そう思い直しミカエラはメンタルリセットを行った。
「まあ良いです。一緒に部活動はできずとも週三でマンツーマンなわけですし」
秘密のレッスンだ。
無論、下心を優先して指導を怠るつもりはない。
ないが頑張ったら色々ご褒美という名目であれこれできそうだしそれぐらいは許されるだろう。
こんなことを大真面目に考えてるのが大天使の娘なのだから世も末である。
「早速明日から指導が始まるわけですしもう一度メニューを……おや?」
スマホが震える。電話だ。画面には志村の文字。
「はいもしもし」
【……やあ、今大丈夫かい?】
「え、ええ」
電話口の志村は元気がない。
ミカエラは正直、嫌な予感を覚えていたが無視することはできない。
【飛鳥くんと了くんの検査結果が出たんだが】
「……何か分かったのですか?」
科学方面での検査結果だろう。
まさかそちらから何か出るとは思っていなかったミカエラが驚きつつ先を促すと、
【健康面で気になることは幾つかあった。ホルモン異常とかね】
ただまあそちらはさして重要ではないと言う。
「いや重要なのでは? 健康は大事でしょう」
【科学的には何かしら肉体に異常が出ているはずではあるが驚くほどの健康体なんだよ】
異常がないことが異常ということか。
ただそっちはオカルト方面で理屈はつけられなくもない。
科学的な異常云々と言うのであれば全身に無数の死病を宿しているのに健常な人間など他にも例はある。
【そっちもまあこれから調べてはいくつもりだが】
本題はそこではないとのこと。
【まず大前提として彼らがプレイヤーに仕立て上げられた経緯は分からなかった】
それ自体は半ば予想していたことだ。驚きはない。
【そしてこれから伝える検査の結果判明したある事実は異常というわけではない。
ただこれは代理戦争にはまるで関係ないこととは一概に切り捨てることもできなくてね】
えらく歯切れが悪い。
【ミアくんは彼らの担任なわけだし家族構成やら出身校やらそういうのは知ってるんだよね?】
「え、ええ」
【彼らは高校で出会った友人になったと聞くが中学は別々ってことで良いのかな?】
「はい。全員ばらばらですね」
それがどうしたというのか。
「あの、回りくどいことは抜きにして本題に入って頂けませんか?」
【……】
「志村さん?」
【DNA検査の結果、飛鳥くんと了くんが双子の兄弟であることが判明したんだよ】
「――――は?」
【……知らないみたいだね】
「え、ええ。養子かどうかなんて報告義務もありませんし……しかし、それは……」
飛鳥と了の態度を見れば分かる。二人は自分たちが兄弟であることなど知らないのだろう。
生き別れの双子が偶然、高校で再会し偶然、友となり偶然、代理戦争のプレイヤーに選ばれる。
しかも共通の友はルシファーの息子。こんなことがあり得るのか?
親睦の会の後で報告を入れた際も十中八九作為的なものだろうと話し合った。
だが双子という要素が増えたことでほんの僅かにあった偶然という可能性は消え失せた。
これを偶然で片付けるのは流石に不可能だ。どう考えても仕組まれている。
【問題は誰が仕組んだか】
「……ルシファー、ではないかと」
飛鳥と了に次郎が出会ったことはルシファーの仕込みである可能性は高い。
しかし二人にルシファーが関わっているという可能性は低いだろう。
【つまりルシファーは誰かの謀に乗っかった、割り込んだだけと】
「恐らくは、ですが」
もしルシファーが関わっているなら飛鳥と了からも何かしら兆しを感じ取れたはずだ。
自身の存在を気取らせたくないのであれば次郎の存在が把握される事態も避けていただろう。
ゆえにルシファーは直接、関係ないであろうと推測できる。
だがルシファーが目をつけ我が子を関わらせたという点は無視できない。
「……志村さん」
【代理戦争に参加した覚えのないプレイヤー。それだけでも十分イレギュラーだが】
事は僕らが思うより複雑で、尚且つ厄介な可能性が高い。
志村の言葉にミカエラは苦い顔で同意を示した。
「……どこかで私と志村さん以外にも情報を共有するべきでしょう」
【だね。手が足りなさすぎる。まあそっちは僕の方で色々考えておく。ミアくんは】
「学校の方に目を配れ、ですね?」
【ああ。正直、どこにどう謀の糸が張り巡らされているのか想像もつかない】
学校側にも事の成り行きを監視する者、或いは誘導者が潜んでいる可能性も十分ある。
そちらに対処できるのは教員であるミカエラだけだ。
【それと二人に真実を告げるかどうかも君に判断を委ねるよ】
「……まだ伏せておきましょう。とりあえず次郎くんを通じて探りを入れてみます」
父母が実の両親でないことを知らぬ可能性も高いのだ。
もしそうなら実子ではないこと、友達が肉親であったことと立て続けにショックを受けることになる。
この話題については慎重にならざるを得ない。
人としての良識の面でもそうだが、戦う者としても徒に心をかき乱すようなことはできないのだ。
【よろしく頼むよ。じゃあ、僕はこれで】
電話が切れる。
ミカエラは天井を仰ぎ深々と溜息を吐いた。
「色々考えなければいけないことはありますが」
一先ず、全部棚上げ。
「――――スッキリしてから寝ましょう」