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魔王ジュニアVSカルト教団 13

「……」


 正子の死により海は消え同化されていた人々も皆、外に追いやられた。

 超常の力に浸っていた影響か皆、意識を失っている。

 日が暮れたとはいえ季節は真夏。

 これではまずいと次郎は魔力を冷気に変え結界内部を快適な温度に変えた。

 やるべきことはやった。さっさと外に出て事の次第を報告しなければいけない。


(頭では、分かってるんだけどな)


 だけど動けない。体が鉛のように重いのだ。

 正子の亡骸を抱えたまま立ち尽くす次郎だったが、


「……?」


 ふと後頭部に衝撃を感じた。

 瓦礫が足元に転がる。これをぶつけられたのか?

 のろのろと振り向けば五十半ばほどの男が怒りも露わにこちらを睨みつけているのが見えた。


「明星、次郎……!!」


 当然、知らない。


「やはり貴様は魔王の子だ! 貴様のせいで全てが台無しだ!!」

「……」

「救われるはずだった! 皆が! もう苦しまずに済んだのに!!」


 感情のまま叫ぶ男を次郎は冷めた目で見つめていた。


「救世の光は潰えたぞ! 貴様のせいだ! 貴様が正子様を、世を救う聖女を堕落させなければ今頃人類は……ッ」


 救済は成されず人の世に蔓延る痛苦はこれからも続いて行く。

 大罪だ。お前は赦されざる罪を犯したのだと糾弾された次郎は皮肉げに口元を歪める。


「何がおかしい!?」

「絶好調だな。同化が解けたお陰でよく回る舌が嘘を吐けるようになったらしい」

「う゛」


 特別、圧をかけているわけではないが男は次郎に気圧され後ずさった。


「皆が救われるはずだった? 救世の光?」


 冗談はよせといっそ親し気に次郎は笑った。


「本気で人類丸ごと救おうとしてたのは正子ちゃんだけだろ。

キレてる時までおためごかしか? みっともねえな。滑稽ですらある。

お前が俺は許せない理由は別のとこにあるんじゃないのか?」


 主語を大きくするな。自らの醜悪さから目を背けるな。

 チンピラの口調で、しかし纏う空気は厳かな裁定者のそれだった。


「身なりの良さと雰囲気からしてお前、社会的地位のある人間だな?

ははぁん。そうかお前が正子ちゃんが看取ったって元ヤクザの息子だな。

子供に教団なんぞ興せるはずがないしお前がバックアップしたんだろ?

親父が救われる瞬間を見て目が眩んだな。嗚呼、何て素晴らしいんだって」


 正子の善性に惹かれたのはあるだろう。

 その思想に共感したのもそうだろう。

 だが一番深い部分。剥き出しの本音は違う。

 考えるのも面倒なのに思考は澱みなく答えを導き男の真実を暴き立てていく。


「大方、親父だろ?」

「……ッ」

「複雑な家庭環境で育ち立身出世を果たしたがずっと父親の影を追い求めていた」


 ようやっと辿り着いたら自分のことさえ分からない有様。

 その絶望は察するに余りある。

 裁定者のそれに悪辣な魔性の色が滲みだす。


「だが正子ちゃんの中で一つになれる。親父とまた会える。もう離れずに済む」

「き、利いた風な口を……!!」

「そうじゃないだろ? 否定するならちゃんと主語を明確にしろよ」


 嘲笑を浴びせながら次郎は続ける。


「私は父親のことなんてどうでも良いです。ただただ皆の幸せと救いだけを願ってますってな」


 それがこの場における正しい否定だ。

 それが出来て初めて男は次郎を、聖者を堕落に導いた魔王の子を糾弾できる。


「そらどうした? 言えよ。言ってみろよ」

「……ッ」

「言えないのか? そりゃそうだ」


 だってそんなこと欠片も思っちゃいないから。


「良いよ。言ってみろよお前の本音。受け止めてやるからさ。

よくも俺の救いを台無しにしやがって、お前のせいで俺は救われない。

二十歳にもなってねえ小娘に寄りかかってでも救われたかったのに何で邪魔をするんだってさぁ」


 言え。言ってみろ。言葉の刃は容赦なく男を切り裂いていく。

 例え自分に非がなくても普段ならここまで言えば気まずさを感じるのが次郎だ。

 しかし、今はまるで痛痒を感じない。ただただ黒い衝動のまま言葉を紡ぐ。

 次郎自身、分かっていなかった。

 今、この胸を渦巻くこの怒りが何なのか。考えるのも億劫だった。


「だ、黙れ黙れ! 悪鬼外道が好き放題言ってくれる!!」


 男が瓦礫を拾い再度投げようとするが、


「もう止めろ」


 何時の間にか近付いていた枯れ木のような老人がそれを止めた。

 今にも死にそうな有様で、しかしその眼光はとても鋭い。


「お、お父さん……」

「……明星、次郎だったか」

「ああ」


 それがどうしたという次郎に男の父は、


「――――ありがとう」

「……」


 感謝の言葉を口にする。


「お前さんのお陰で娘っこは、救われた。幸福の中で逝けた」


 恩人の心を救ってくれてありがとうと男は深々と頭を下げた。


「……聖女なんて知らない。救世主なんて知らない」


 次郎は纏っていた魔性の空気を霧散させ言う。


「そんな訳の分からないものでなくたって良かった。普通の女の子で十分だった」


 隣で笑ってくれるだけで幸せだった。

 ただそれだけで良かったのだと。


「本当に、それだけで俺は」


 と、その時である。覚えのある気配が複数、結界内部に侵入して来た。


「「次ろ……う……」」


 ミカエラと飛鳥、了の三人であった。


「……次郎くん、彼女が?」

「東京を沈めた張本人です」


 細かいことは教団の連中に聞いてくれとだけ告げ次郎は翼を広げた。


「正子ちゃんは俺が弔う」


 こんなことをやってのけた人間の死体だ。

 調べれば様々なことが分かるだろう。その中には有益なものもあるかもしれない。

 理屈では分かっているが次郎は断固としてそれを許す気はなかった。

 もし強行しようとする者が居るなら誰とだって戦う。例え世界を敵に回してでも。


「指一本、触れさせやしない」


 世界すら軋ませるほどの圧。

 今の次郎は確実に、ミカエラよりも強かった。

 もしもここで戦えばその瞬間に次郎は十二の翼に至っただろう。


「ええ。その方が良いでしょう」


 諸々の後始末はこちらでやっておく。

 ミカエラは必要以上に深く問おうとはせず淡々と必要事項だけを告げた。


「ありがとうございます」


 感謝の言葉を伝え次郎は振り返りもせず空に舞い上がった。


「……」


 あてなど何もない。

 迫り来る夜から逃げるように黄昏の空を飛び続ける。

 少しでも離れたくなくて。雲を越えて高く、高く。只管に飛び続ける。

 それでも時間は止まってくれない。別れからは逃げられない。

 やがて空に星が輝きだし、次郎は止まった。


「……ばいばい、正子ちゃん」


 一年前から続く二人の長い夏が終わりを告げた。

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― 新着の感想 ―
はぁ~~~、全くどこの世界にも欲望を優先して危機管理能力を疎かにする馬鹿はいるですね~~。 憐れとしか思えませんな「ヤクザ息子を見て」 さて、殿下を気配を消しながら離れて追いかけるといたしましょう。ワ…
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