魔王ジュニアVSカルト教団 8
正子と次郎が好きを伝えあっている頃、飛鳥と了は街に出て聞き込みをしていた。
始海教の影響力を調べるためだ。やり方は至って単純。
アンケート収集を装い始海教という新興宗教をご存じですかと道行く人に聞くだけ。
人によっては色々な意味でハードルが高いやり方ではある。
だが二人はさして気にするタイプでもなかったのでガンガン聞き込みをしていた。
「飛鳥、そろそろ一息入れようか」
「そうだね」
夏真っ盛り。炎天下の中でやっていたものだから流石に疲れた。
二人は近くのファミレスに入り飢えと渇きを満たすことにした。
「どうだった?」
「まだ百人ちょっとだけど三割ぐらいは認知してたし何なら数は少ないけど信者も居た」
「私の方もだ」
揃って溜息を吐く。
親戚や友人などの近しい範囲での調査結果も似たようなものだった。
そこに来て街頭調査でもこれなのだ。溜息を吐きたくなるのもしょうがないだろう。
「不気味だよね」
「ああ、不気味だ」
影響は自分たちが思う以上に深刻だ。
にも関わらずこうして調査に出るまでそれを実感することが出来なかった。
少し積極的に調べれば判明するのにだ。
どう考えてもおかしい。その理由は何なのか。
幾人かの信徒と接したことで二人はようやく理解した。
「普通、勧誘の一つや二つはあってもおかしくないよね?」
「ああ。信者になった人間が新たに信者を増やすよう試みるのは極々自然な流れだ」
だというのにそれが一切、ないのだ。
アンケートに答えてくれた信者が自分たちを勧誘しなかったのはまだ分かる。
だが友人知人に信者が居ると答えた人たちは誰一人として勧誘を受けていなかった。
「宗教を利用して利益を追求しようというならやって当然だよね」
「そうではなく心底からその教えが良いものだと思っているのなら尚更だ」
この流れが欠けているのが影響力を実感し難かった理由なのだろう。
それなら一体どうやって信者を急速に増やしているというのか。
「洗脳とかなら先生たちが調査の段階で気付くだろうし」
「……マンパワーによる布教以外で信者をこうも増やせる理由」
しばし考え込んでいた了が渋い顔で自身の推論を口にする。
「それこそ見ただけで心腹してしまうようなカリスマを教祖が持っている、とか?」
「おいおい」
「自分でも馬鹿なことを言っている自覚はある」
だが救いようのない悪人ですら改心させてしまうほどだ。
あり得ないとは言い切れないだろう。
「そのカリスマに加えて、何かこう」
「こう?」
「人間の根源的な部分に訴える何かがあるのかもしれん」
それぐらいでなければ理屈がつかないと了は言う。
「うぅん。何にせよ厄介極まるね」
「ああ」
届いたアイスコーヒーを呷り二人は何度目になるか分からない溜息を吐いた。
と、その時である。二人は何となしに店内を見渡しある一点でぴたりと視線を止めた。
「「うぉ、すっげ」」
視線の先、少し離れた席で僧侶らしき人間がメニューを広げている。
法衣に袈裟でファミレスというのも目を引くが、それだけではない。
髪型はスキンヘッドではなくソウルを感じるドレッドヘアー。
顔には入れ墨に大量のピアスとかなりファンキーな出で立ちをしている。
注目するなという方が無理な話だろう。
「……あ、あれお坊さんなのかな?」
「何かもう、ファッションで僧形をしていると言っても不思議ではない感じだが」
などと話していると了のスマホが震えた。
ディスプレイには先生の文字。ミカエラからだった。
「はいもしもし如月です」
【お疲れ様です。調査の方はどうでしょう?】
「ああ、それなんですが」
了が視線を僧侶? に向けたまま報告をしていると、
「ん?」
突如として僧侶が天井を見上げたまま電源が切れたように制止した。
目も口もかっ開いたまま微動だにしない。
あれこれヤバい人かな? と二人は軽くビビるが本番はこれからだった。
「七月二十一日! 東京が、日本が、いやさ世界が滅ぶかもしれませぬぞー!!」
「「えぇ……?」」
電波な雄たけびが店内に響き渡る。
誰も彼も引いていた。飛鳥と了もわりと本気でビビっていた。
怪物を相手取ることはあっても、こういう人間とエンカウントするのは初めてだったのだ。
【……如月くん、今お二人はどこに?】
「え、突然何を」
【事は急を要します。説明は後ほど行いますので住所を】
「え、えっと」
言われるがまま住所を伝えると電話が切れた。
「お、お客様? えと、店内ではお静かに」
勇気ある店員が未だ電波な発言をする僧侶に注意をするがまるで届かない。
どうするよこれと飛鳥と了が囁き合っていると、
「「あ」」
監視者の人間と思われる男女が店内に踏み入って来たではないか。
そして店内の一般人に認識阻害の術をかけるや僧侶を拉致し店を出て行った。
嵐のようにやって来て嵐のように去って行くとは正にこのことだろう。
店が平穏を取り戻し二人だけが呆然としていると、
「「あ、先生」」
少ししてミカエラが入店した。
二人の姿を見つけると真っ直ぐやって来て頷き告げた。
「お手柄です」
「「いや意味分からないんですけど」」
「まあ、説明しましょう。同席しても?」
「あ、はい。じゃあ僕、了の側に移りますんで」
腰を下ろすとミカエラは早速、本題へと入った。
「先ほど連れて行かれた男は上田デスティニー直人という予言者です」
「「すいません。どこから突っ込めば?」」
「まあ、言いたいことは分かります」
ただ、困ったことに本物なのだという。
「普段の予言はゴミみたいなものだしまず当たりません」
しかし大きな災厄と呼べるようなものが出た場合はまず外さないのだという。
全ての災禍を網羅しているわけではないし具体的に何が起きるかというのは分からない。
だが予言した日にはこれまで必ず表裏問わず大きな事件が起きて来た。
ミカエラの説明を聞き二人は盛大に顔を引き攣らせる。
「恐らくそういう制約なのでしょうが彼は予言をしたという認識がないんですよね」
一種のトランス状態で予言を口にしている時、本人の自我はない。
なのでその場に居合わせなければ予言をしたということさえ分からないのだ。
「ああ、だからお手柄って」
「うん? いやだが身柄を確保する意味はあったので?」
「もう少し情報が出て来る場合があるんですよ」
だからその前日ぐらいまでは身柄を抑えておく必要がある。
普段から監視下に置いていないのは反動が怖いから。
「多分、これも予言に関わる制約なのでしょうね」
遠巻きに監視したり監禁なんかをしようとすると悪いことが起きるのだ。
「SNSで変な僧侶の目撃情報を探すぐらいならセーフっぽいんですが……」
「「何とまあ」」
「というわけで始海教の調査は一時、中断です」
志村やジョンの話し合いが終われば緊急シフトが敷かれる。
二人にも何かしら役割が振られるからそれまで心身を休めていて欲しい。
ミカエラの言葉に頷きつつ二人は気になっていたことを問う。
「ちなみにこれ、次郎には?」
「……内緒にしておきましょう」
刀剣狂いが何時襲って来るか分からないのが現状だ。
あちらは災厄などお構いなしに襲撃をかけて来るだろう。
だって馬鹿だから。だがこの馬鹿、馬鹿ではあるが力だけはある。
他のことに気を取られていて勝てるような甘い手合いではないのだ。
「でも事情が事情だし耳に入りませんかね?」
「予言のことは一部の人間にしか周知させないので大丈夫かと」
下手を打てば世界が滅びかねない。
そんな情報を徒に広めれば混乱は必至だ。
なので予言が出たこと、その内容は一握りにしか教えるつもりはないらしい。
「迷宮狂いも恐らく情報をシャットアウトするでしょうしね」
「……なるほど確かに」
「そういうわけで御二人も他言無用でお願いしますね」
「「了解」」