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魔王ジュニアVSカルト教団 7

 日曜。正子は次郎と彼の住まうマンション近くの駅で待ち合わせをしていた。

 電車を降りて改札へ向かうと既に次郎が居た。


「ごめん、待たせちゃったかな?」

「そうだね。でも気にしないでよ」


 久しぶりに正子ちゃんと会えるからテンション上がってたんだと笑う。

 ここしばらく正子はあまり次郎と会えていなかった。

 来る日に備えて信者集めに勤しんでいたからだ。

 バイトで忙しいと嘘を吐くのは心苦しかったけれど伝えるわけにはいかなかった。


「会えて嬉しいよ」

「私も」


 笑い合う。


「……ところでさ。次郎くん、何かあった?」

「何かって?」

「何時もよりちょっと刺々しいというか空気が違う感じ」


 正子がそう言うと次郎は困ったように頬をかきながら答えてくれた。


「こないだ期末の答案返って来たんだけど、ちょっと酷くてさ。それでまあ、ね?」

「そうなんだ」


 嘘だ。

 次郎がまた面倒な輩に絡まれていることを正子は知っていた。

 一般人だと思っているから話せないのは重々承知している。

 それでも、


(酷いな)


 自分に嘘を吐いたことが、ではない。

 次郎に嘘を吐かせている彼を取り巻く環境が酷いと静かに憤っていた。


「そうそう。それより今日はどこへ? 一緒に来て欲しいとこがあるって話だけど」

「ちょっと、ね。着いてから話すよ」

「OK。じゃ、行くか」

「うん」


 幾つか乗り継ぎをして電車に揺られることしばし。

 辿り着いたのはあまり治安がよろしくない、掃き溜めのような町だった。

 どうしてこんなところに? 次郎の顔は正直だ。

 それでも事情があるのだろうと何も聞かずに居てくれた。


「ここ、私が生まれ育った町なんだ」

「え」

「九歳ぐらいまでかな? この町に居たのは」


 次郎の手を引き歩きながらぽつぽつと正子は語りだした。


「ここが昔暮らしてたアパート」


 既に人は住んでおらず廃墟として放置されているアパート。

 階段を上がりかつて住んでいた部屋へ向かう。

 中は荒れ放題で、思わず笑ってしまった。


「私の両親はまあ、お世辞にも真っ当な人たちじゃなかったんだよね」


 博打に溺れ酒色に耽り幼子にも平気で暴力を振るうような人間だった。

 控え目に言ってロクデナシ。

 餓えに喘ぎ、痛みに耐え、寒さに震える、そんな幼少期だったと正子は言う。


「……」


 次郎は黙って正子の話に耳を傾けていた。

 どうして急に、という疑問はあるのだろう。

 それでもきっと大事なことだからと何も言わずに聞いているのだ。


「転機が訪れたのは六歳の頃。隣の部屋にお爺さんが越して来たんだ」


 近寄り難い研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を持つ老人だった。

 当然、こんなところだから挨拶もなかった。

 他の住人と同じように関わることはないのだろうと思っていたが……。


「その夜もお父さんに殴られてたんだったかな。急にお爺さんが訪ねて来たの」

「……怒声とか悲鳴を聞いて助けなきゃって?」

「ううん。ただうるさかったみたい」


 老人とは思えないような立ち回りであっという間に父母を叩きのめした。

 あれは正しく暴力だった。泣いて詫びを入れても淡々と二人を痛めつけていた。


「それでその日は終わり。親子三人、ボロ雑巾みたいに転がってたよ」

「……それは、笑えないな」

「あはは、ごめんね」


 それから二度、三度同じことがあった。

 そうして気付けば父母は家に寄りつかなくなり正子は一人になったのだという。


「それからはずっとお爺さんにくっついてた。迷惑だったろうね。

でも邪険にすることもなくご飯をくれたりして……うん、とっても良くしてもらった」


 愛想もなければロクに会話をした覚えもない。

 食事を施していたのも、純粋な善意ではなかった。

 今にして思えば彼も寂しかったのだ。


「八歳の夏だったかな。お爺さんが倒れたの。病気だった」


 子供ながらにこれはやばいと救急車を呼ぼうとした。

 しかし老人はそれを止め、何もするなと言ったのだ。

 それから正子は老人の世話をするようになった。

 と言っても渡された金で食料や日用品を買いに行ったりするぐらいだが。


「日に日に弱っていく中で、多分懺悔のつもりだったのかな。

お爺さんは自分の過去をぽつぽつ語り始めたの。どうも元はヤクザだったらしくてね」


 若い頃は人を殺したことだってあった。

 口にするのも憚られるような悪事を働き続け金も女も多くを手に入れた。

 だがやがて何もかもが虚しくなり全てを捨てて逃げ出したのだという。


「そうして流れ流されこの町へって感じ。正直、当時は半分も理解できていなかった」

「そりゃあ、そうだろう。まだ十歳にもなってない子供なんだから」


 そうして九歳の誕生日が間近に迫ったある冬の日、遂にその時が訪れた。

 子供ながらに今日を越すことはないだろうというのが理解できた。


「お爺さんの息子さんって人が来てさ」


 必死に声をかけるんだけど何も聞こえていない。


「ただ寒い、寂しい、とうわごとのように繰り返すだけ」

「ひょっとして」

「うん。孤独が一番恐ろしいものだって思うようになったのはあれが切っ掛けだと思う」


 当時の正子にとって老人は世界で一番強い人間だった。

 若い父母を叩きのめす暴力もそうだが、それ以上にその心が強かった。


「病に蝕まれて本当に苦しかったと思う。けどお爺さんはただの一度も弱音を吐かなかった」


 呼吸をするだけで全身を耐え難い痛みが襲っていたはずだ。

 なのに血を吐こうとも仏頂面で鼻を鳴らすだけ。

 そんな老人がああも弱弱しい姿を見せたのが何よりもの衝撃だった。

 死ぬことが怖いんじゃない。

 二度と浮かび上がれない孤独の虚に堕ちていくことが恐ろしかったのだ。


「正直、今にして思えばよく分からない関係だよね」


 それでも老人は紛れもない恩人だった。


「少しでもその辛さが軽くなりますようにって手を握ったんだ。

そしたらこれまでが嘘のように安らかな顔になってさ。

日付が変わる少し前、ありがとうって言って息を引き取ったの」


 嘘ではないが、本当のことでもない。


(そう、あれが私の始まりだった)


 力に目覚めたのはあの夜だった。

 どうにか孤独に震えるこの老人を救ってやりたい。

 その祈りに呼応するように力が発現した。


(私に溶けるその間際に見せたあの安らかな顔。感謝の言葉。あれが全てだった)


 ああ、自分はこのために生まれて来たのだと理解した。

 老人の息子は一代で財を成したとある企業のトップだった。

 父を看取ってくれた恩だけではない。彼は正子の力に救済の光を見出した。

 そして教団設立を手伝い今に至るまで裏方として彼女を支え続けている。


「その時、一緒に居た息子さんが父を看取ってくれたお礼にって後見人になってくれてさ」

「この町を出て普通の暮らしを始められたわけだ」

「うん」


 ふぅ、と正子は息を吐いた。

 どうしてこんな話をしようと思ったのか。その実、彼女にも分かっていない。

 全てを終わらせる前に少しでも自分を知って欲しかったのか。

 理屈は色々つけられそうだが、止めた。


「次郎くん」

「うん」

「好きだよ。大好き。愛してる」


 次郎に抱き着き嘘偽りのない気持ちを伝える。

 女として、友達として、きっとそれ以外にも。

 ただただ次郎が愛しくてしょうがないのだ。


「……ありがとう。俺も正子ちゃんのこと大好きだよ」


 彼氏彼女になるとか、そういう次元の話ではない。

 それは次郎にも分かっていた。だから飾らない気持ちを返したのだ。

 友達としてなのか女の子としてなのか。

 それはよく分からないけど俺も君のことが大好きだと。


「……うん。やっぱり、温かいね」

「……そっか。良かった」


 無言で抱き合う。


(ありがとう、次郎くん。これで本当に覚悟が決まったよ)


 あなたを救いたい。そのためなら何だってしよう。

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