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敗戦処理 2

 東京を飛び出して三日後の二十九日。


「あ゛ぁ゛ー……ええ湯じゃあ……」


 次郎は朝っぱらから海の見える露天風呂を楽しみご満悦だった。

 年末の忙しない空気など知ったことかと言わんばかりの漫喫っぷりである。

 とはいえ春から続く怒涛のイベントラッシュを思えばこれぐらいは許容範囲だろう。

 温泉と絶景を楽しんだ後は部屋に戻り朝食に舌鼓を打った。


「……はあ」


 食事の後、お籠り用に現地で大量に購入した漫画を読んでいた次郎。

 しかし次の巻に手を伸ばそうとしたところで小さく溜息を吐いた。


「いい加減無視を続けるのもしんどくなってきたな」


 こちらに着いた日の夜から遠巻きに自分を見つめる気配を感じていた。

 数は二つ。どちらもかなり強い力を感じる。

 その気配からは強い敵意を感じていたが少し気になる点があった。

 おかしな表現になるがその敵意はどこか清廉だったのだ。

 ゆえに次郎は少し様子を見ることにしたわけだ。


「気付いた上でガン無視決め込んでるのはあっちも分かってるはずだよな」


 にも関わらず一般人を盾にして呼び出すようなことはなかった。

 真っ当な人間か、ルシファーの息子にそれは悪手だと思っているからか。

 知らぬわけではないだろうが何となく前者のように思えた。


「……しょうがねえ」


 “受けて立つ。そう呟き次郎は気配の主たちに殺気を飛ばした。

 中身のないものだったがメッセージなのでこれは問題ないはずだ。

 応じるようにあちらの敵意が薄れ気配が遠ざかっていく。

 場所も時間も何一つ決めてはいない。


「ま、あっちが合わせてくれるだろ」


 やり合うなら誰もが寝静まった深夜に。

 夕飯の時間まで読書を楽しみ食事を終えると次郎は仮眠を取ることにした。

 そして午前二時。外出着に着替えマフラーを巻き支度を終えると次郎は窓から飛び出した。

 迷うことなく海上を飛び続け普通の視力では陸が見えなくなったところで止まる。


「一応、聞くよ。何で俺を狙う?」


 距離を置いてこちらの背を追っていた二人が止まったのを確認し振り返り問う。

 やっぱり、と次郎は思った。そんな感じはしていたのだ。


「悪しき星の子。次代の絶対悪を我らが見過ごすと思うてか?」

「汝に罪はなく、しかしその血は決して赦されはしない」

「だよな」


 その白い翼が飾りでなければそうなるだろうと次郎は頷いた。


(……大天使。先生以外では初めて見たよ)


 短髪と長髪のマッシブな男二人。だがその背中には六枚の翼が生えていた。

 ミカエラも大天使ではあるがあちらは海賊品のようなもの。

 本物の大天使と相対するのはこれが初めてだった。


(恐らくは独断専行。天界も俺の扱いを決めかねていると見た)


 仮に神の命ならば数が少な過ぎる。

 確殺できるよう数も質も十分に揃えてから始末にかかるべきだ。

 そうでないのは二人が独自の判断で動いているから。


(その結果、堕天したとしても覚悟の上ってか)


 いわゆる過激派に分類されるのは間違いない。

 ただ大義のためと嘯き無関係な犠牲を許容するような輩ではない。

 そこらの分別はあると判断した。だからこそ気の毒だなと次郎は憐憫を滲ませた。

 これが分別のない輩なら気持ち良くぶっ飛ばせたのだがそうでないなら同情してしまう。


(スタルトスのアホがやらかさなければコイツらもこんなことをしなくて済んだのに)


 迷惑ではある。

 だが彼らの行動原理は誰かの幸福を護るため。

 そのために彼らは神に背を向け堕ちる覚悟を決めてまで戦おうというのだ。

 次郎からすれば気の毒な奴ら以外の何でもなかった。

 話し合いで何とかできるならその方が良い。


(でもまあ、無理だわな)


 アイデンティティでもある白い翼。

 それが黒く染まる覚悟をしてまでここに来ているのだから。

 まずは一度、ぶちのめさないことにはどうにもならない。


「じゃあやるか。そっちも要らぬ問答はしたくないだろう?」

「「……参る!!」」


 六枚の翼を広げ名も知らぬ二人の大天使が襲い掛かって来た。


(見える)


 短髪が振るう光の剣。長髪が操る光の槍。どちらの軌道も手に取るように分かった。

 翼が六枚に増えたことにより次郎の力は格段に向上していた。


(……全然嬉しくねえな)


 太郎曰く、


『私が力を暴走させた結果、六翼になったわけではない。

これから面倒なことになる、そのためには力が必要だとお前は無意識の内に判断したのさ。

だからレモンの時のように一時的なものではなく永続的な覚醒へと至ったわけだな』


 とのこと。

 自覚はなかったが現状を鑑みるにその通りらしい。

 バレてしまった以上、面倒事が増えるのは分かっていた。

 それでもこうして現実を見せつけられると億劫になってしまうのは仕方のないことだろう。


「避けるばかりで反撃もなしとはな! 我らを見下しているのか!?」

「別にそんなじゃないさ」


 右手の指先にオーラを纏い剣の切っ先を撫ぜるようにして攻撃を逸らす。

 そのまま流れるような動きで懐に入り込むと同時に胸元へ肘を突き刺す。


「ウリア! くっ……よくも!!」


 仰け反り血を吐く短髪、ウリアとやらをフォローせんと長髪が槍を突き出す。

 次郎はそれを見もせず躱しながら足をウリアの後頭部に引っ掛け倒れ込むように蹴り出した。

 そして間髪入れず攻撃の勢いで体が流れ背を晒す形となった長髪を後ろから蹴り飛ばす。

 回避も防御も間に合わず大天使二人は海の中へ叩き込まれてしまった。


「この程度で! トビアス、合わせろ!!」

「ええ!」


 しかし直ぐに戦線復帰し果敢に攻め立てる。

 だが、届かない。ただの一撃も当てられない。

 正に次郎の無双状態と言えよう。だが当の本人はまるで嬉しくなかった。

 どうせ無双するなら気兼ねなくぶっ飛ばせる相手が良かったのだ。


「「はぁ……はぁ……ッッ!!」」


 全身から血を流し美しい羽根もボロボロで痛々しい限りだ。

 それでもまだ彼らは戦おうとしている。


「我らはまだやれるぞ!」

「来なさい、この命尽きるまで私たちは決して戦うことを止めはしませんよ!!」


 武器を構えるその手も覚束ないのにその瞳はあまりにも真っ直ぐだ。

 次郎はそんな彼らに向け左手を突き出し炎を放った。


「「――――」」


 焼き尽くされる。そう思っていたのだろう。

 業火に包まれた二人は自らの身に起きたことに呆然としていた。


「……何のつもりだ?」


 愛理の炎による治癒で回復したウリアが敵意と困惑を滲ませながら問う。


「怖いんだな」

「は?」


 問いと答えがまるで繋がっていない。

 それでも構わず次郎は続ける。


「ルシファーが何をしたかなんて俺は知らない。でも、相当なことやらかしたんだろうな」


 その息子というだけで何が何でも殺さねばならぬと思うほどに。

 その血を心底から恐れている。

 かつての惨劇が繰り返されることを心底から恐れている。

 その悪意が無辜の誰かに降りかかることを心底から恐れている。


「だから我が身も顧みずに戦おうとしている」


 神に背を向けようとも。

 その翼が黒く染まってしまおうとも。

 誰かの涙を少しでも減らすことができるならと。


「……我らを哀れんで、いるのですか?」

「ああ。少なくとも俺にあんたらは殺せないよ」


 だから今日はこれで終わろうと提案する。


「一旦引いて体を休めて策を練り戦力を集めてまた来れば良い。

お前らが無関係な誰かを巻き込むようなことをしない限り何度だって付き合ってやるかさ」


 素直に聞き入れてくれるとは思えない。

 だからボロボロにして退かざるを得ない状況を作るつもりだった。

 しかし必死な姿を見続けていたら衝動的に炎を使ってしまった。

 聞き入れてはくれないだろうと思いつつも次郎は説得を口にした。


(まあ駄目だろうが俺が逃げ出せば良いだけだわな)


 もう少しゆっくり休みたかったが致し方ない。

 そんなことを考えていたが、


「「おぉ……おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

「!?」


 キレた、とかではない。

 電に打たれたように仰け反り叫ぶ大天使二人に次郎はマジでビビっていた。

 いや待て、


「はぁ!?」


 びしぃ! と彼らの体に大きな亀裂が走ったではないか。

 やべえやべえ炎で癒せるかパニクる次郎だが衝撃は続く。

 その体が真っ二つに裂け夜を塗り潰すような光が溢れ出したではないか。


「は? え?」


 光が晴れるとそこには髪の長さこそ同じだがまったく違う天使たちがいた。

 困惑する次郎に二人の天使は厳かに告げる。


「我が名は“ウリエル”」

「我が名は“ラファエル”」

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親父の元部下による突撃晩御飯!?
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