きよしこの夜 8
(全員一切の躊躇なく私を殺しに来たな。我が子がモテモテで私も鼻が高いよ)
四人は一瞬で沸騰し全力でルシファーに襲い掛かった。
垂れ流されている魔力が壁となり貫けてはいないが結果はどうでも良い。
全員が次郎のために怒っていることがルシファーにとっては誇らしかった。
っぱ私の息子すげえな、と。
「初めから……初めからそのつもりだったのか!?」
憤怒も露わに飛鳥が叫ぶ。
「あいつは、次郎は……本当にお父さんのことが大好きで……!!
それをお前は奪うために与えたのか!? 今日、この瞬間のためだけに……ッ。
これが、これが親のすることか―――ルシファァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
いや私は普通に親子やってたよ。
こんなことになったから急遽そういうカバーストーリーを仕立てただけだよ。
そんなことを考えながらルシファーは“らしい”ムーブをする。
「さよならだけが人生だ。そう言ったのは君たち人間だろう?」
別れは避けられぬものだ。
どれだけの痛みが伴うとして受け止めるしかない。
そう語るルシファーに今度は了が噛み付く。
「だとしても! いずれ別れがやって来るのだとしても!!
だから人はそれが悔いなきものであるように精一杯を尽くすのだろう!?
貴様如きの悪意に玩弄される謂れがどこにある!?」
ルシファーは見た。
怒りのあまり涙を滲ませる了の背後。長い黒髪を靡かせ自分を睨みつける少女の姿を。
(フフ、息子が世話になったようだねお嬢さん)
敵意を隠そうともしないその視線。
話に聞くその性からは到底、あり得ないことだ。
既に彼らの目論みが破綻している何よりもの証左だろう。
(いや子供らだけでなく親たちも既に……なのにまるで自覚がないのだからな)
うちの子、刺さり過ぎだろうと思わず笑ってしまう。
「何がおかしい!? 少なくとも“私たち”はそうだった! 悲しい別れだったけれど……。
それでも互いに想いを尽くし合って、だから“私”は彼の幸福を祈れた!!」
ルシファーの笑みを嘲笑の類と受け止めた了がまくしたてる。
全員、冷静さを欠いているから誰一人として不自然な言葉に気付けない。
(ああ、確かに悲しい別れだったようだが……いや今は良いか)
と今度はレモンに視線を移す。
「ならば君はどう思う? レモン・ヴィナス」
「死ね! 死ね!! 死ね死ね死ね死ねぇええええええええええええ!!」
「何を怒ることがある。悪魔なりの愛情表現じゃないか」
やはり君には理解ができないかな?
暗に失敗作と嗤われているがレモンからすればそんなことどうでも良かった。
「そんなものが愛であるものか!! 私は……私は兄様のお陰でようやく良かったって思えた!
この世に生を受けて良かったって! そう思わせてくれたのは兄様の愛があったから!!
お前なんかのおぞましいものと一緒にするな!! クソクソクソ! 何で届かないのよ!?」
溢れる涙もそのままに決死の形相で魔力を燃やし続けるレモン。
彼女は気づいていないがルシファーの目には見えていた。
(驚いたな。壁を超えているじゃないか。厄介オタクは失敗作と断じたが)
レモンを自分の娘などとはやはり思えない。
だがそれはそれとして想定されている性能を目の前で超えてみせたことは評価していた。
これまでも成長の余地はあったが天井が更に高くなったのは、
(っぱ私の息子すげえな。次郎しか勝たんわ)
親馬鹿ここに極まれりである。
「やってくれましたねルシファー」
「おいおい、伯父を呼び捨てとはミカエルは子にどんな教育をしているんだ」
からかうような言葉にもミカエラは眉一つ動かさない。
彼女は怒りが極まれば逆に起伏が少なくなるタイプらしい。
「悪魔は人の欲望に敏感だ。堕落し易い人間なぞ簡単に分かってしまう。
ならば逆も然り。どんな苦境でも堕ちない人間だって分かる。
悪魔の頂点に立つあなたならばその精度も比肩し得る者が居ないでしょう」
蒼い炎を思わせる瞳はそのまま彼女の内に燃える怒りを示しているようだ。
「だから、選んだ。明星太郎さんを。乗っ取っている間の記憶を残したのもそう。
不可解で理不尽な現実を押し付けても尚、彼が真っ向から受け入れると。
そんな人間だからこそ……いずれ、次郎くんから奪うのに相応しいと」
次郎を飾る喪失に足る人間であると。
「反吐が出る」
「ならばどうするね?」
「決まってるでしょう? お前を殺すんですよ。私の怒りを以って」
「影にすら指一本届かせられない有様でかい?」
はは、とミカエラは笑った。
「今、届かなくても一秒後の私なら? 一秒後の私が無理でも二秒後なら?
この殺意を届かせられるまで成長すれば良いんですよ。それだけの話でしょう?」
そんなことも分からないのかお前は。
そう語るミカエラにルシファーは思った。
(傲岸不遜過ぎて笑う。お前の娘すごいなミカエル)
虚勢ではない。本気でそう信じている。
それを証明するようにミカエラの翼が一枚、二枚と増えて行く。
だがそれは、
「――――おやめなさいミカエラ」
静かな声がミカエラを制止する。
「やあミカエル、ガブリエル。それにバアルとライラまで。良い夜だね」
観客席には臨戦態勢のガブリエルとその肩にミカエル。
そしてその隣に同じく臨戦態勢に入っているバアルとライラが居た。
「止めないでくださいお父さん」
「いいえ止めさせて頂きます。あなたには確かに私を超える素養があります」
しかしそれは今、この瞬間に至れる領域ではないと断じる。
その言葉は正しく、ミカエラの体は増加する力の反動で罅が入り始めていた。
「冷静になりなさいよあんた。目の前の閣下は所詮、ただの影よ」
「影を踏めたからとて後に続かなければ意味がありませんよ」
ライラ、ガブリエルも諭すように言葉を重ねる。
「桐生飛鳥、如月了、レモン・ヴィナス。お前たちもなのである。
今ここでどれだけ怒ろうとその怒りは一欠片も届きはせんのである。
何と愛らしく愚かな人間なのだろうと閣下を喜ばせるだけ。今は引け」
そこまで言ってバアルはルシファーに視線を向けた。
「挨拶が遅れて申し訳ありませぬ閣下。御壮健のようで何よりで御座います」
「君らも息災のようで何よりだよ」
「いやいや閣下には負けますよ。絶好調じゃないですか。マ~ジで見事な糞親父っぷりでしたよ」
「ライラの言う通りなのである。ここまでの毒親、そうはおりませぬぞ」
悪魔二人の言葉は刺々しい。
とはいえそれは善悪ではなく好き嫌いによるものだが。
契約者たちが次郎寄りだし、二人もそれなりに彼を好ましく思っているからルシファーに否定的なのだ。
仮に見知らぬ人間が同じシチュエーションに巻き込まれていたらどうとも思わなかっただろう。
「酷い言われようだな」
苦笑するルシファーだが、
(いやマジで心外だわ)
本気で不服だった。
(お前ら言っとくが私、親の中では一番マシだからな)
前科一犯で豚箱に入って子育てに参加していないミカエル。
普通にクソなオルターク。
このカバーストーリーのようなことをマジに計画してる飛鳥、了の実親。
めいっぱいの愛情を注いで息子を育て上げたルシファー。
比較するとマジで立派な親してるのがルシファーになるの何かのバグだろう。
「早速ですが本題をば。我らは閣下と御曹司の対立に限り御曹司に味方させて頂く」
「何の問題もないですよね? あたしら悪魔なんだし」
「ああ息子をよろしく頼むよ」
微笑み一つ。バアルとライラも笑顔で応じるが不快さが滲んでいた。
「……兄さん。あなたは何故、我が子にあのような惨い仕打ちをできるのですか」
「それをお前が言うかミカエル。惨いというのならばお前とガブリエルも大概ではないのかな?」
身分を偽り接近したことを次郎が知ればどう思うかな?
ルシファーの指摘に大天使二人は顔を顰める。
「特にミカエル。監視のために近付いたくせに友を気取るとは素晴らしいな。流石、私の弟だよ」
「始まりが兄さんの息子だからであったことは否定しません。ですが」
「お前がどう思うかではないんだよ。相も変わらず独善的な男だなあ」
重要なのは次郎がどう受け取るかだ。
「あの子のことだ。許しはするだろう。しかし傷つくのではないかな?」
「償いは必ず。しかしそれはあなたの悍ましい野望を食い止めてからだ」
「同じく。我らは赦されない。しかしあなたも決して赦されはしないのです」
誰も彼もがルシファーにキレている。
だが今一番ルシファーにキレているのは、
【禿禿禿禿禿ェ! 無視してんじゃねえぞオルルルァアアアアアアアアアアアン!!】
先ほどからずっとキレ続けている明星次郎くん(じゅうろくちゃい)である。
【調子良くペラ回して聖人パパさんムーブかましてる時点でムカついてたけどよォ!
何だその後の展開は!? どうしてくれるんだこれ! 聞いてんのかオラぁ!
お前これ完全に俺、過酷な運命に翻弄される悲しい主人公じゃろうがい!!!
お前明日から皆とどんなツラで会えば良いんだよ!? 気まずいとかそういうレベルじゃねえぞ!!】
父と子、最後の時間()を過ごしながら次郎はひたすら罵倒を続けていたのだ。
【まあ落ち着けって。お前も乗ったじゃないか】
【乗るしかねえだろ!? あっこからどう軌道修正すりゃ良いんだよ!?】
全部分かった頃には手遅れだったと嘆く次郎。
【しかもお前……お前……俺とミア先生たちだけ記憶残すとか何してくれてんの!?】
【でもその悪趣味は魔王っぽいだろ?】
【ぽいけどさあ! 実際に迷惑被る俺は堪ったもんじゃないんだが!?】
【まあまあ】
【まあまあじゃねえから! 心が痛むんだが!? かつてお前を苦しめた結石レベルでな!】
【そりゃ痛いな。ヤバいぞ。水飲まないと……】
【水飲んでこの胸の痛み消えるなら徳山ダムの水飲み干すわ!】
【お、よく知ってたな。日本最大のダム】
シリアスな語らいの裏でこんな親子漫才が繰り広げられていると誰が想像できるだろうか。
「さて、言いたいことはそれぐらいかな?」
「兄さん……あなたという人は……」
「私も暇ではないのさ。今日はもう解散で良いんじゃないか?」
どうせこれから直接間接問わず関わることになるのだから、と。
人外組はこれ以上は無意味かと溜息を吐き子供らに撤収を促した。
去り際、子供らはルシファーを見つめ宣言した。
「お前には必ず報いを受けさせてやるわ」
「「絶対にな」」
「首を洗って待っていなさい」
力強いその言葉に笑みを深めルシファーは頷く。
「楽しみにしているよ」
こうして誰も得しない時間が終わった。