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新しい日常 1

「良い友達を持ったね」


 ブラウン管テレビに視線を向けたまま微笑む志村に飛鳥と了はむず痒いものを感じていた。

 施設の一室で二人は化学、オカルト両面から検査を受けていた。


『どうしたって時間かかっちゃうからね。暇潰しにどうだい?』


 と志村がブラウン管テレビを持ち込み二人に観るよう促した。

 画面に映ったのは広い空間で対峙するミカエラと次郎の姿。

 どう足掻いてもゲームへの参加は避けられない。それ自体は二人も半ば予想していたことなので驚きはなかった。

 少しでも時間を有効活用するために志村はこの問答を見せたのだろうと。

 しかし続く話題は二人にとって予想外のものだった。

 次郎がゲームに首を突っ込む。完全に盲点だった。

 余裕がなかったのだろう。だが次郎の性格を考えれば当然のこと。

 飛鳥も了も苦い思いでミカエラと次郎の会話を見つめていた。


『飛鳥と了を見捨てて安穏と暮らすなんて無理だ。俺はこの先、一生俺を好きになれなくなる』


 だが鬱々とした気持ちを吹き飛ばすような次郎の宣言を聞き目を丸くして、笑った。

 友情に背を向ければ一生、後悔する。そうまで言われて罪悪感を抱くのはあまりにも無礼だ。

 その思いに報いて強くなる、そして全員で自分たちを取り巻く鎖を引き千切って自由になる。

 それこそが次郎の友情に報いることだと飛鳥と了は気持ちを改めた。


【いや強えなオイ?!】


 そのままミカエラと次郎の戦いも見守っていたのだが、


「……滅茶苦茶強いな先生」

「……うん。いや次郎も見た目だけで言えばすっごい強そうなんだけどさ」

「ビジュアルで言うなら次郎はどう考えても倒される悪党のそれだがな」

「あー、まあ正義がどっちかって言われたら先生のが滅茶苦茶良いもんみたいな見た目だよね」

「というか次郎は何なの?」


 二人の視線が志村に注がれる。


「ハイブリッド、だね。天使と堕天使、悪魔、それと人間の」

「「混ざり過ぎだろ」」

「ははは、まあ確かにこの界隈でも稀有な存在さ」


 稀有、という言葉に二人の視線が鋭くなる。

 しまったという内心を押し殺しつつ志村はおくびにも出さず続ける。


「普通あれだけ混ざってると弱くなるものなんだがねえ」

「「?」」


 本当のことは言えない。なので嘘ではないが真実から遠い理由を告げた。


「力という意味では二つが一番。それ以上だと器用貧乏みたいになっちゃうんだよ」


 しかし次郎は全ての種族の力が均一で高い。

 君たちほどではないが稀有な存在さと首を傾げる志村に飛鳥と了もなるほどと頷く。


「高い潜在能力。そしてそれを活かせるセンス。

中の上ぐらいまでなら苦戦はしても今のままでも勝てるだろうけど……相手が悪かったね」


 志村の言葉に了が問う。先生はそこまで強いのか、と。


「そりゃもう。彼女も君らと同じぐらいの齢でこの世界に足を踏み入れ今まで生き延びて来たんだ。

漫画だと十代の少年少女がそういう世界で普通にバチバチやってるがこれは現実。

普通に考えて経験に大きな差がある大人ともやり合えるのは特別秀でていないと不可能さ。

ミアくんもまた高い潜在能力と抜群のセンスを持つ天才なんだよ」


 話を別方面へ誘導すると二人は思い通りに食いついてくれた。


「先生はその、何なんです? 天使みたいな感じですけど」

「本人不在の時に言えないというのであれば別に構わないが」

「良いよ。彼女も別段、隠し立てしてるわけじゃないし界隈じゃ有名だからね」


 志村はざっくりとミカエラの来歴を語る。


「だからまあ、似た境遇の次郎くんに入れ込んでるんだろうね」

「なるほど。次郎は喜びそうだな」

「先生にデレデレしてるからねえ」

「ほう?」


 などと言っていると画面の向こうで変化が訪れた。


【燃え上がれ! 俺の邪ッ心ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!】


 自棄になった? いや違う。次郎の目には確かな自信がある。

 何らかの勝算を見出したのだろうが一体? と三人は注意深くその様子を観察する。


「何だ? 急に奴の動きが良くなった」

「え、え、どしたの?」

「これは……」


 素人である自分たちには分からないが志村であればと二人は視線をやる。


「翼から絶えず風を放ち気流を作りセンサーのようにしているのか?」


 風の動きでミカエラの動きを察知している? いや違う。

 攻撃を捌けていることはそれで理屈をつけられるが攻めるとなれば話は別。

 次郎は攻撃面でも一撃を食らわせられてはいないがその動きはかなりキレている。

 一体どういうことだと首を傾げる志村だが、


「「あ゛」」

「何か分かったのかい?」


 何かに気付いたような二人のリアクションに志村が目を丸くする。


「先生の……」

「ああ、パンツだ」

「は?」


 それはどういう、と続けるより先に画面の向こうで次郎が種明かしを始める。


【俺の中に宿る人ならざる者の力を更に引き出すためにはどうすりゃ良いかよ~めっちゃ考えたぜ~】


 天使、堕天使、悪魔。三つの力を如何にして引き出すのか。


【で、気付きましたァ! 天使の力を引き出すなら清い心! 堕天使と悪魔なら邪な心ってな!

だが前者は無理! 知らんわ! 高潔な精神とか言われてもピンとこねえ! だが邪心なら!?

邪心も大それた悪事で欲望を叶えてうっはうはァ! とかはうーんだが身近なものならいける!!】


 つまり、


【先生! 結構エッチなの穿いてんねえ!!】


 美人女教師のパンチラを見るという邪心によって次郎は堕天使と悪魔の力を引き出したのだ。

 風はパンチラをゲットするためのもので志村が言った気流の結界云々は副次効果でしかない。

 何なら次郎自身、やってからあれこれ使えるんじゃね? と気付いたぐらいだ。


【――――】


 ぽかん、と戦闘中であるにも関わらず間抜け面を晒すミカエラ。

 それは戦いを観戦している志村もそうだ。


「ま、まさかそんな方法で……盲点だった」


 裏の世界には女性も多数いる。

 しかし命のやり取りをしている最中に下着が見える見えないを気にする者がいるだろうか?

 駆け出しならばともかく実力者と呼ばれる女性の中にそんな者はいない。

 修羅場を潜り経験を積み重ねれば積み重ねるほど気付き難くなるやり方だ。


「逆に言うとパンチラ如きで引き出されてるのかアイツの力」

「どこの誰か知らないけど次郎の力の大元っていうのかな。憐れだね」


 ルシファーです。そう言いたい志村だったがまさかこんな間抜けな形で露呈させるわけにもいかず口を噤む。

 驚いているのはミカエラもだろうと志村は苦笑しつつ画面を見る。


【悪心を以って……アプローチは間違っていませんがまさかそんなやり方で……とは驚きました】


 下着を見られているにも関わらずミカエラは嬉しそうだ。

 似た境遇の教え子が見せた予想外のタフさに喜んでいるのだろう。

 三人はそう思っているし何なら対峙している次郎もそう思っている。

 だが本心は別だ。ここでは語らないがまあお察しである。


【ですが私に一撃を入れるにはもう少し足り……!?】


 眼鏡の奥の蒼い瞳がギョッと見開かれる。


【スッパァアアアアアアアアアキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイング!!!!!】


 画面が光で塗り潰された。




                       ◆




 まあ、何て言うかですね。っぱ俺って天才だなって。

 恵まれた血筋だけじゃない。そもそもがやる男だというのがよく分かった。

 正に天啓。気付いた時は電流走ったよね。

 今は正直、アレだけど昨日まではガチで狙ってた先生のパンツだもん。

 諸々目を伏せて下心迸らせてた時の自分に戻って邪なる心を燃やしたらもう体が軽い軽い。

 凄まじい万能感に身を任せ暴れまくってやったが……足りない。まだ足りない。


(多分、ハードルあげたな)


 ここまでやれるのだからもう少し、と判断したのだと思う。

 でも正直、そろそろかったるくなってきた。

 パンチラはずっと見てたいけどそれはそれ。殴る理由のない人と戦うのはやる気出ねえんだわ。


(つってもどうやって合格判定貰うか)


 先生の蹴りを滑るように躱す。その際、舐めるようにおみ足を拝見することも忘れない。

 邪心を燃やすためだからね。しょうがな……あ、良いこと思いついた。


「悪心を以って……アプローチは間違っていませんがまさかそんなやり方で……とは驚きました」


 点の攻撃じゃ先生を捉えられないなら、なあ?


「ですが私に一撃を入れるにはもう少し足り……!?」


 あ、バレた? けどもう遅い。

 戦ってる内に気付いたが俺はどうやら溜めが異様に早いようだ。

 俺はもう今の俺に出せる力の全てを最大限にまでチャージできている。


「スッパァアアアアアアアアアキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイング!!!!!」


 溜めていた力を一気に解放する。

 野外ならともかく屋内。限りがあるならどこにいても回避できない攻撃を出せば良いだけ。

 問題は先生が合格をくれるかだが、


「――――お見事」


 視界が戻った後、先生は傷つき血を流す左手をひらひらさせながら言った。

 多分、防ぐこともできただろうが敢えて傷を負ったのだ。

 明確に一撃を貰ったということを示すために。


「頑張りましたね」


 柔らかな笑みを浮かべ血のついていない右手で俺の頭を撫でる先生。


(む、胸が……胸が痛いよォ!?)


 禿の存在を隠匿しているという裏切り。

 パンツ覗いてパワーアップを図るというド無礼。

 罪悪感で胸が張り裂けそうなんだが?

 元気になりかけていたルシファーJrのジュニア(意味深)がしなしなになっちゃうだろ。

 もう無理。次はもうパンツ見ても邪心が起こらねえわ。罪悪感が上回るってこれ。


「次郎くん」

「は、はい!!」


 背筋を正す。


「君の友達を想うその心はとても尊いものです」


 や、やめてぇ……。

 いやその気持ちに嘘はないんだけど真っ直ぐな言葉が辛ぁい。


「裏の世界では甘さと断じられるようなものかもしれません。

しかしそれは捨ててはならぬ人間性だと先生は思います。

だからこそ君がこれから先、どんな苦難に巻き込まれても負けないように。

その真っ直ぐで眩い心が曇り冷たい現実に膝を折らずに済むように。

君がいつまでも自分を好きでいられるように――先生は先生にできる全てを以って次郎くんの力になることをここに誓いましょう」


 何だこれ新手の罰ゲームか?


「志村さんとも既に話はついていますがこれからは先生が戦いの面でも先生になります」


 厳しい修行を課すことになるが頑張って欲しい。

 先生の言葉に俺はコクコクと頷くしかできない。

 だってそれどころじゃないもん。他人の優しさがこれほど辛いと感じたのは生まれて初めてだよ。


「よ、よろしくお願いしますぅ……」

「はいよろしくお願いします」


 うぅ……ちょ、ちょっと話題変えよう。俺のメンタルがやられる。


「え、えっと飛鳥と了も先生が鍛えるんすか?」

「いえ桐生くんと如月くんにはまた別の先生がつきます」

「そう、なんですか?」

「はい。二人と君では少々勝手が違うと言いますか」


 ああそうか。俺の力は人外由来のもの。

 二人もそうと言えなくはないが種族の色が滲んでる力じゃねえもんな。

 代理戦争のプレイヤーが与えられる力は別カテゴリーならより適任がいるというのも納得だ。

 例えばそう、先生が言ってたライトサイドのプレイヤーを支援する組織の人間とかな。

 そいつらなら同じプレイヤーを指導者として引っ張って来れるだろうしな。


「……ぶっちゃけ私、こちらでの指導力という意味では底辺ですしね」


 気まずそうに目を逸らされた。


「次郎くんはまあ、何ですか。似た感じだから色々融通を利かせられますが」


 ……血縁だもんね。

 多分何かこう、先生なら俺の中にある力に干渉できたりするから教えやすいとかそんなだろう。

 でもそこらを詳しく説明するわけにはいかないからどうしたって曖昧になってしまう。


「さ、さて! とりあえず二人の検査が終わるまで施設の案内でも致しますね!」

「お、おなしゃす!!」


 クッソ気まずい……これからずっとこんなん続くとか地獄か?

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