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推ししか勝たん 終

「まだ始まらねえのかよ」

「もう時間だよね?」

「トラブルでもあったのかな?」


 校庭に集まった生徒や一般客たちの間に良くない空気が流れ出す。

 そんな中、楽器を抱えた一団がグラウンドの中央へ歩いて行く。

 だがそれは演奏予定の楽団ではなく、


「え、あれ明星?」

「先生?」

「聖さんじゃん」


 楽団が演奏するための場所に陣取った次郎たちは外野の困惑をよそに準備を整える。

 そして困惑が不審不満の色に変わろうかという正にその時である。


≪――――≫


 すぅ、と次郎が左手上げると校庭は一瞬で静まり返った。

 腕を上げるというただそれだけの動作に圧倒されたのだ。


(……マジか。アイツの言った通りになりやがった)


 次郎がゆったりと腕を振るい始めるとミカエラたちも演奏を始める。

 素人のものとは思えない旋律にギャラリーが息を呑む。

 当然のことながら彼らの殆どに楽器の心得などはない。

 強いて言うならレモンとガブリエルだけで他は完全な素人だ。

 それがプロ顔負けの演奏をしているのには理由がある。


 少し前のことだ。

 トラブルを聞いたオルタークが力になると宣言するや次郎らを呼び寄せ事情を説明した。

 楽団が来れなくなったことは理解したが何故、自分たちを呼んだのか。

 そう聞く次郎らにオルタークは言った。


『君たちが代理で演奏すれば場の空気は保てるだろう』

『はぁ? 何言ってんのお前。俺ら全員、素人だぞ』

『一応、私はバイオリンとピアノは弾けるけれど……あ』

『気付いたかねレモン。何せ我が家が手がける商いの一つなのだからね』


 オルタークは薄笑いを浮かべたまま指を鳴らしその場に楽器を出現させた。


『おま……!?』


 一般人の前でと焦るも暗示を使ったので問題ないよと笑いオルタークはこう続けた。

 ヤッキーノ家は幅広く商売を手がけておりこの楽器もそうなのだという。


『君も聞いたことはあるかもしれないが魔界には人間界の文化が浸透していてね。

音楽、クラシカルなものから流行りのヒットソングまで広く受け入れられている。

中には聴くだけでなく演奏をしてみたいという者も、当然居る。

しかしそこは怠惰を貪る悪魔。一々練習なんてするのは面倒だと思う者が結構な割合を占めていてね』


 そういった者らを対象にしたのがこの楽器。

 演奏したい曲の知識なり頭の中で思い描く旋律なりがあるならその通りに演奏できる。


『商品のランクによって演奏のクオリティも変わってね。

これは当家のホビー会社が発売している物の中では最上位のものだ』


 来れなかった楽団のそれよりも素晴らしい音を奏でられるとのこと。


『これを見目麗しい男女が使えば聴衆の熱も保てよう』


 加えてちょっとした思い出も作れようとオルタークは笑った。

 そしてこう続けた。


『ああそうだ。ついでに一つ、助言を。明星次郎くん。指揮は君が執ると良い』

『そりゃ構わねえが……指揮棒とか見当たらないんだけど?』


 誰でもプロ並みの演奏ができる同じような指揮棒もあるはずだ。

 しかしオルタークが召喚した物の中にはそれらしいものは見当たらない。


『必要ないからね。この程度の場でなら“それっぽく”振舞うだけで事足りよう』


 このように、とテキトーに腕を振るってみせるオルターク。

 それだけで誤魔化せるかよとぼやく次郎に更にこう続ける。


『では悪魔らしく人間を欺く助言を一つ。“堂々”と格好をつけたまえ』


 まだ言いたいことはあったがあまり時間はかけられないので飲み込んだ。

 場の空気が完全に白け切る前に動く必要がある。

 次郎は皆に確認をして同意を取ってから行動に移したという経緯でこうなった。


(確かにこのクオリティの演奏なら……指揮なんてそれっぽく振舞うだけで良いわな)


 穏やかな夜に抱かれているような優しい旋律が流れる。

 聴衆の心を完全に掴めたところで次郎は口元に指を当て静かに、のジェスチャーを取った。

 ぴたりと曲も、聴衆の呼吸さえ止まり皆の意識が次郎に向けられる。

 篝火に照らされ赤く見える瞳で聴衆を見渡しクスリと笑う。

 そしてゆったりと両手を広げ、


「――――ブチあげろ!!」


 夜空を押し上げるように強く腕を振るった。

 瞬間、爆ぜるような歓声と旋律がグラウンドに広がった。

 これを見れば誰もが熱狂という言葉の意味を知るだろう。

 この光景を作り出した星の王子は不敵な笑みを湛え聴衆と演者を操り更に場を沸かせていく。


「……」


 そんな熱狂を階段に腰掛け眺めるオルターク。

 常と変わらぬように見えるがそうではない。

 完全に陶酔している。付き合いのある者らからすれば一目瞭然だった。


「……なるほど。貴様、これが狙いだったのであるか」


 呆れたようにバアルが呟く。


「あんた何時の間に推し変したワケ?」


 ライラも同様に呆れを滲ませながら言う。

 ここに至って悪魔二人をようやっとオルタークの企みを理解した。

 あそこで楽し気に指揮を執る次郎を見るためだけに状況を整えたのだ。

 楽団の人間を来れなくさせて都合の良い魔道具を提供しあの場へと誘った。

 そして目論み通りに次郎は父譲りの輝ける魔性を以って熱狂を作り出してみせた。


「視線がね、交わったのだよ」

「「はぁ?」」


 お前何言うてんねや? という態度を隠しもしない大悪魔二人。

 気分を害した様子もなくオルタークは言う。


「レモンを通じてこちらにコンタクトを取って来た王子が私に何を言ったと思う?」

「何を? 御曹司の性格を考えれば糾弾の言葉であろうよ」

「控え目に言って毒親だしねあんた。死ねば?」

「ああ、そういったことを言おうと思ってはいたらしいよ」


 思ってはいた、ということは言わなかったのか。では何を?


「“あんた自分のこと嫌いだろ。ああいや正確には自分に価値を見出せない?”」


 一言一句違わず、あの日次郎に言われたことをそのまま口にする。


「そう、言われたのだよ。言ってくれたのだよ」


 はぁ、と恍惚を滲ませた吐息が漏れだす。

 バアルとライラは思った。うわコイツ、キッショ! と。


「気付いていたというのならば閣下も我が恥部に気付いておられただろうよ」


 だが、それだけだ。それ以上はない。

 自分を見てはいなかった。目と目が合うことはなかった。

 だが次郎は真っ直ぐ自分を見つめてくれた。


「「なるほど」」


 大悪魔二人は頷き言った。


「「キッショ! 目が合ったと思って自分に気があるとか勘違いしちゃう痛いドルオタかよ!」」


 悪魔らしからぬ嘘偽りのない真っ直ぐな言葉であった。

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― 新着の感想 ―
でもこのキショイドルオタ次郎きゅんが次郎きゅんし続ける限り石油王ばりに貢いで来そうなんだよなぁ〜そして娘が嫁になれば義理の家族になれるぞ
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