推ししか勝たん 4
十五時を回ったところで正子ちゃんからもう少しで着くと連絡が来た。
まずはうちのクラスに来るとのことなので俺はパンケーキを焼きながら到着を待った。
感覚を研ぎ澄ませて待っていると少しして、廊下の方から正子ちゃんの気配を感じた。
「や、来たよ」
「バイトお疲れ様。待ってたぜ」
調理スペースを出たところで教室の入り口で正子ちゃんを見つける。
駆け寄り手を引いてテーブルへと誘った。
「おいおい良いご身分っすねえ明星さん!」
「お前朝から女の子とっかえひっかえしてんな」
「何人目だよ」
クラスの野郎どもから、からかい混じりの野次が飛ぶ。
「悪いな。俺、モテんだわ」
「うっわムカつくぅ」
まあでも実際、中々のもんだよねっていう。
聖先輩、レモン、日影ちゃん、真ちゃんとついでに忍者で今正子ちゃん。
色っぽい話は真ちゃんぐらいだが綺麗どこと文化祭回ってるのは凄いと思う。
男としての自尊心が向こう数年分ぐらいはチャージされた感あるわ。
「あはは、良い雰囲気だね」
「ああ。楽しくやってるよ」
「それは何より。じゃあ早速、お願いしよっかな。お腹空いてるし」
「お任せあれ」
パンケーキと紅茶、トッピングの食券を手渡されたので一旦引っ込む。
パパっと準備をしてテーブルに帰還し正子ちゃんの前に置かせてもらう。
「んー……! あんまりこういうの食べないけど、美味しいね」
「だろ? 本職からアドバイス貰ってるからね」
パンケーキを出すにあたり俺は冬花さんに助言を乞うた。
クラスの連中も本職にアドバイス貰えるならと俺に一任してくれたからな。
それで学祭の予算内でお手軽にちょっとした工夫でクオリティを上げられないか相談すると、
『冬花にお任せなさいな! 少しでも多くの人に幸せなひと時を過ごさせてあげるんだから!』
快諾してくれてちょっとした工夫を幾つか伝授してもらった。
その結果、うちの店は学祭レベルでは中々のものになったわけだ。
「へえ、それは凄いね」
「今度、その人のやってる店に行こうぜ。もっとすげえの食べられるよ」
「ふふ、そうだね。楽しみにしてる」
お喋りをしているとふと正子ちゃんが手を止めた。
視線を辿ってみると休憩から戻って来た飛鳥と了が教室に入って来ることだった。
「あれって」
「うん、俺のダチ。折角だし紹介するよ。おーい! 飛鳥、了、こっち来い!!」
二人もこちらに気付いたようで素直にこっちに来てくれた。
「紹介するぜ。前に写真見せたけどこの一見穏やかそうで中々スパイシーな白髪が桐生飛鳥」
「誰がスパイシーだよ。はじめまして久世さん。うちの馬鹿がお世話になってます」
「誰が馬鹿だアホ。で、こっちのクールに見えて中々に抜けてるロン毛眼鏡が如月了だ」
「誰が抜けてるだ。はじめまして。うちの馬鹿が迷惑をかけていないと良いのだが」
馬鹿言うな間抜け。
「はじめまして。私は久世正子、よろしくね?
ふふ、迷惑なんてかけられてないよ。お世話したりされたりちゃんと持ちつ持たれつだから。
桐生くんと如月くんのことはいっつも次郎くんから聞いてたから何だか初めて会う気がしないね」
三人は本当に仲が良いんだねと正子ちゃんは笑う。
「まあね。アレなとこも多々あるけどさ。殊の外、僕らって気が合うんだ」
「だな。まあ、アレなとこも多々あるのだが」
「それお前らもだからな?」
「やっぱり仲良しだ」
とまた笑った。
それから少し話をしてから飛鳥と了は仕事に戻って行った。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん。でもお仕事は平気?」
食べ終わったので学祭の案内にと立ち上がったところでそう聞かれたが問題ない。
今日だけでちょくちょく抜けてるがその分、準備の段階で働いたからな。
その上調理組としてもそこそこ働いてるから文句を言われるようなことはないのだ。
そう説明すると正子ちゃんも納得したので連れ立って教室を後にした。
「正子ちゃん、今日はもうバイトも学校もないんだよね?」
「うん。だから最後まで楽しめるよ」
「良かった」
19時から21時までの2時間が後夜祭になっている。
俺も初めてだが先輩から聞くにダンスしたり何だりとすっごい楽しそう。
だから正子ちゃんにも一緒にその楽しい時間を共有してほしかったのだ。
「それにしても、何か新鮮だねそういう格好」
「ああこれ? すげえキマってるっしょ?」
何回も着替えるのかったるいから俺は朝からずっと和服姿で居る。
じゃ~っかんコスプレ臭いがお祭りの空気の中なら問題なかろうて。
「そうだね。何時もとは違った魅力を感じるかな。うん、素敵だよ」
「いやいや、どうもどうも!」
こうやって真っ直ぐな言葉で褒めてくれるから好きなんだ。
「さて。どこ行く?」
「甘いものを食べたから次はしょっぱいものが食べたいかな」
今日も今日とてガッツリ肉体労働をして来たからお腹が減っているのだという。
いっぱい食べる女の子って良いよね。
OKと笑って正子ちゃんと一緒にあちこち回って事前に渡していた食券で食べ物を買い込んだ。
どこか落ち着いて食べられる場所はと聞かれたので部室棟の屋上に誘った。
(……今日ぐらいは、まあ良いよな)
屋上に入りそっと人払いの術をかけておく。
誰も来ないだろうとは思うが、まあ一応ね。
「ふふ」
目を閉じ焼き鳥を食べながら正子ちゃんが小さく笑う。
「焼き鳥そんな美味しかった?」
「それもあるけど、やっぱり良いなって」
焼き鳥串を片手に正子ちゃんは言う。
「次郎くんはさ、目を閉じた時に何を感じる?」
「何って……暗い?」
ああでも明るいとこだとぼんやり白い光が目蓋の裏に?
目を閉じた時にそのことについて何かを考えたことないから分からねえわ。
「私は寂しさを感じるんだ。人と世界から遠ざかるっていうのかな」
「寂しさ……」
「人間はさ。常に孤独の寒さに震えてる生き物だと私は思うんだよね」
酷く穏やかな語り口で正子ちゃんは続ける。
「それを普段は見ない振りだったり他のことで気付けなかったりしてるの。
でも目を閉じる、耳を塞ぐ、感覚を一つ閉ざすごとにその孤独が浮き彫りになっていく。
だから人は目を開け何かを見つめ、誰かに手を伸ばす。少しでもそこから遠ざかるために。
私もさ、そうなんだよ。ひとりが怖くて寂しくて眠る時とか正直、かなり嫌なんだよね」
目を閉じて永遠の孤独に沈んでそのまま浮かび上がって来れないかもしれないから。
朗らかで何時もニコニコしている彼女がそんなことを思ってるなんて俺は今日、初めて知った。
「なるほど……でも、今日はそれを感じないって?」
話の流れからしてそういうことなんだと思うが。
「確かに良い意味で騒がしいけど、でも特別ってわけでもなくね?」
いや特別な日である。
けどこういうお祭りみたいな賑やかな空気は生きてれば結構な頻度で遭遇するだろう。
俺の疑問にそうだねと頷き正子ちゃんは答えてくれた。
「そういう場所でさ、目を閉じると余計になんだよ」
「余計に……寂しく感じるってこと?」
「うん。誰とも繋がっていない。ひとりの自分が際立つっていうのかな」
でも、と彼女は俺を見る。
「君と居る時は違う。今日、改めて確信した。
次郎くんと一緒に居る時はひとりの寒さが薄れてるなって前から思ってたんだ。
で、今日こういう喧騒から少し離れた寂しい場所で目を閉じて……ああやっぱりって思った。
目を閉じれば冷えていく心と体が温かい。隣に居る君が私を温めてくれてるんだって」
どうにもこうにも照れ臭くなり誤魔化すように俺は言う。
「……俺、場所のチョイスミスってた?」
「んー、私が何も言わなかったからミスではなくない?」
だがそんな誤魔化しを貫くように彼女は自分の手を俺の手に重ね笑う。
「ありがとう次郎くん。君と出会えて本当に良かった」
「――――」
「これからも一緒に居てくれると嬉しいな」
「……うん」
その笑顔があまりにも綺麗で俺はただ頷くことしかできなかった。