闇堕ち→×××堕ち→パパ誕生!
「……いよし、幸先良いな」
カーテンの隙間から差し込む陽光で目を覚ます。
セットした目覚まし時計の時間まではまだ五分ある。
他人からすれば心底どうでも良いことだがこれは俺のジンクスなのだ。
目覚ましが鳴る少し前に起きられればその日は絶対に退屈しない。
重要なのは“少し前”だ。十分以上だと損した気分になるしギリギリだと何か違う。
五分から七分が俺のゴールデンタイム。この間に起きるのが良いんだ。
「ふふふ、しかも今日は二倍だぜ二倍」
今日は高校入学の日というただでさえワクワクする日なのだ。
ここにジンクスも加わればこれもう勝ち確。何ならこの先の高校生活はウィニングランだろう。
ルンルン気分で階段下りてダイニングへ。
「あれ、親父?」
禿、デブ、眼鏡のオッサン欲張りセットを備えた我が父、明星太郎がキッチンで料理をしていた。
親父も料理はできなくはないが飯は俺の担当なのに……どうしたんだ急に。
「ん、まあ、何だ……今日ぐらいはな。めでたい日だし」
「ああそういう? んじゃま甘えさせてもらうよ」
ソファに座って飯ができあがるのを待つ。
漂って来る匂いからして今日はパンか。
親父は白ご飯に納豆の和食派なので俺に合わせてくれたのだろう。
(……高校生になるんだし、俺もそろそろ将来のこととか色々考えないとなあ)
うちに母はいない。俺が二歳ぐらいの時に事故で逝ってしまった。
それから親父は再婚もせず男手一つで俺を育ててくれた。
駄目なところも多々あるが俺は親父に感謝している。
だからこそいずれはちゃんと恩返しもしたい。
そのためにも将来設計とかを真面目に考えないとな。
高校入学という節目を迎えたからか、自然とそんなことを思う俺だった。
「「いただきます」」
トーストにベーコンエッグ、コーンスープにサラダ。ご機嫌な朝食だ。
夕飯の時はお喋りをするが朝は俺も親父もそんな気分ではないので言葉もなく無言の食卓が続く。
先に食べ終えた俺が洗顔と歯磨きを済ませてダイニングに戻ると、
「母さんに報告しようか」
「ん」
親父に言われて二人で仏間へ。
高校入学の日だからな。一言あっても良いだろう。
線香を上げて二人で手を合わせる。
しんみりとした空気が流れるも、仏壇に飾られてある写真を見て俺は小さく溜息を吐く。
「……あのさぁ、丁度良い機会だから言うけど仏壇の写真変えない?」
如何にもなギャルがアホみたいな顔でダブピーをキメている写真を遺影にするってどういうこったよ。
昔は気にならなかったけど分別つくようになってからは……なあ?
「しょうがないだろ。母さんの写真、大体こんなんばっかなんだから」
真面目に映っているのもなくはないがそれは高校以前のものだけだとか。
そしてこれは近影で一番マシなのを選んだ結果なのだという。
「マジか……いや何か明るい人だった記憶はうすぼんやりとあるけど」
「まあ、小さかったから覚えていないのも無理はないが」
お前の記憶より四、五倍ははしゃいでいたと親父は苦笑する。
(……そんな陽ギャルとどこで知り合ったんだ……?)
お袋と親父はそこそこ歳が離れている。
出会った当時は今より若かったとは言えそれでも高校生からすりゃオッサンだろうに……。
「母さん。次郎も遂に今日から高校生だ」
「……」
「甘えんぼだったこの子も今じゃすっかり大人びてな……子供の成長というのは本当に早いなあ」
眼鏡の向こうに見える親父の瞳は少し潤んでいるように見えた。
ぽつぽつと母さんに語り掛ける親父だったが、
「それでな。私もそろそろ次郎に話をしようと思うんだ」
……話?
親父はキョトンする俺に向き直ると何時もの締まりのないそれではなく真面目な表情で俺を見つめた。
背筋を正し、俺も聞く姿勢に入る。
「次郎」
「……うん」
ごくりと息を呑む。
「――――父さんな、実は魔王ルシファーなんだ」
「――――何言ってんのお前?」
お前……お前……そんな空気じゃなかっただろ。
「あのさあ。真面目な場面でそういう小ボケはいら……な……は?」
言葉は続かなかった。
何故って? 親父が無言で指を鳴らすや仏間の風景が宇宙空間のようなものに変化したからだ。
しかも何だこれ、浮いてる? 俺浮いてる?
「え、あ」
困惑する俺に更なる衝撃。
宙で正座する親父の背中から禍々しくも荘厳な十二枚の翼が飛び出した。
作り物のそれではない生々しさと息が詰まるような圧に瞬きすらできず俺は、
「……いや何だそれ」
逆に落ち着いた。
よくよく考えて欲しい。王道の中年親父に魔王っぽい翼が生えている姿を。
雑なコラージュじゃん。ネット掲示板のネタ画像スレとかに貼られるやつじゃん。
「父さんな、実は魔王ルシファーなんだ」
「二度打ちやめろ」
【ウケる】
確かに俺もちょっと笑い……いや待て誰の声だ?
何となく懐かしい女の声に振り向くと、
【いぇーい♪ じろちゃん元気ー?】
「――――」
浮かんでいた仏壇に飾られた遺影の母がけらけら笑っていた。
【ママちゃんは元気だよ! まあ死んでっけど(笑)】
(笑)じゃねえんだわ。ちょっと待って。もう無理。キャパオーバーしてる。
何がどうなってんの? 説明、説明して?
「まずは何から話そうか」
【あーしとたろちゃんの馴れ初めからで良くない?】
「そうだね。みーちゃんの言う通りそこから始めようか」
ってかうちの両親、たろちゃんみーちゃんって呼びあってんの……?
な、何かすっげえむずむずする。親のイチャつき見せられるのってこんなむず痒いの?
「当時、私は人間界で冴えないリーマンロールをすることにハマっていてなあ」
「仕事しろ王様」
「真面目に仕事する悪魔ってそれはもうキャラ崩壊じゃないか?」
言われてみれば……。
「そんな時、高校生だった母さんに逆ナンされてな」
何照れ臭そうにしてんだよ止めろよ魔王……息子の前だぞ……。
【当時付き合ってた彼氏がマジクソでさぁ。女癖めっちゃ悪いの。
まーずるずる付き合ってたあーしが馬鹿だって言われたらまあそうなんだけどさあ】
そして今更ながらに喋る遺影に超違和感。
【その日も喧嘩してめっちゃ不機嫌だったのね。
むしゃくしゃするしムラムラするしでもう最悪って時にたろちゃんと出会ったの。
電車だったんだけどさ。なーんか視線感じるなと思ったら冴えないオッサンがあーしのパンツチラチラ見てるわけ。
ガン見してやったら慌てて目ぇ逸らしてさ。何かもう逆に笑った。普通にウケた。
じゃあもう丁度良いやってことで逆ナンしてホテル行ったの。お小遣いも欲しかったしぃ?
したら存外、身体の相性も良くてべしゃりも上手くて良いじゃんってなったの。
んでその場の流れで付き合う? ってことになって……うん、それがパパちゃんとママちゃんの馴れ初めです】
聞きたくなかったそんな話……。
「いやでも何で結婚したわけ?」
悪魔だろ。魔王だろ親父。
何普通に人間と結婚して家庭築いちゃってるんだ。
「そらまあ母さんに惚れちゃったからに決まってる」
【まあデキ婚だよね】
「い、いやでも惚れてるのはホントだから!!」
【それは分かってるけどぉ、それはそれとして正直に話すべきっしょ。あのー、何だっけ? 契約がどうとかそういう?】
「どういう?」
ギャル特有の圧縮言語やめてもろて。
【えぇっと、たろちゃんが生でシタイっつってー】
「母さん!?」
「もう何か既に聞くのが嫌になったけど順序立てて話してくんない?」
【おけ。十九になったんだっけ? なってないんだっけ? とりま高校卒業した後ね】
親父との付き合いは順調だったらしい。
そんなある日のことだ。
【たろちゃんが生でシタイつったわけ。まあ大丈夫な日だったけどぉ、絶対はないっしょ?】
「……はい」
クッソ。何で親の性事情聞かされてんだ俺ぁ。
親父の無駄に派手な翼がしなしなになってんぞ。
【赤ちゃんできたらどうするのっつー話。ちゃんと責任取ってパパんなるなら別に良いけどつったの。
したら取る! 絶対取る! って食い気味に言うから……まー、あーしも興味はあったしぃ?
ちゃんとやるっつーんなら良いかってつけずにシたわけ。したらちょっとして生理止まってんのマジウケる】
ウケるじゃねえんだわ。
「……そこで私は自分の感情に気付いたんだ。
明星太郎という人間の皮を被りロールプレイをしているつもりだった。
太郎は親父にも優しいギャルにキュンキュンしてたが私、ルシファーはそうではないと思っていた。
だがどうやら気付かぬうちに随分と入れ込んでいたようでな。
明星太郎としてではなくルシファーとして責任を取ると無意識の内に“契約”を交わしていたんだ」
曰く、悪魔の契約は絶対。
穴を突いて騙し騙されはするがその余地がないなら額面通りに遵守しなければいけない。
それは魔王ですら逃れられぬものなのだと親父は言う。
「……シリアスな話してっけどスケベ根性で契約とか馬鹿のやることっすよね?」
「い、いや契約とは言うが気持ちはあったから! あったからこそ契約が成立したわけで」
「はあ」
「母さんが妊娠したのも愛あればこそだしな!!」
人間を装っているが根本的には別の種族。
悪魔側が意図してそうしない限り人間が子を宿すなど不可能なのだとか。
「まあ、理解したよ。私情込みで契約を遵守した結果が明星一家の出来上がりってわけだ」
【そゆこと。めっちゃ飲み込み早いじゃん。あーしらの息子ちゃん賢すぎない?】
賢くはないと思う……ってか親父が正真正銘の魔王だってんなら……。
「何か聞きたいことがありそうだな? 予想はつくが言ってみなさい」
「……親父がすげえ魔王様だっつーんならさ。母さんを死なせずに済んだんじゃないか?」
与り知らぬところで事故に巻き込まれたとしてもだ。
その後、超常の力で復活させることもできたんじゃないかという疑念。
親父はあっさりと肯定した。
「ああ。蘇らせることもできただろう」
「なら何で」
【ママちゃんが断ったからだよ】
「え」
何で……。
【あーしの一番はその頃にはたろちゃんとじろちゃんだったけどさ。
ダチとかパパママも大切だしぃ爺ちゃん婆ちゃんもそう。死んで欲しくないっしょ?
たろちゃんはあーしのためにやってくれるかもだけどキリないじゃん?
ずっとたろちゃんに寄りかかるのって違うっしょ。夫婦ってそういうあれじゃなくない?
一回、やっちゃうともう後ずるずるんなるの目に見えてるしじろちゃんの教育にも悪いじゃん】
死んでも生き返れる。それは命の価値を貶めることだと言いたいのだろう。
「だから母さんは死を受け入れたんだ。そして更に惚れた」
【じゃあせめて連絡だけでもつって泣きながらスマホ渡されたけどね。ま、それぐらいはセーフっしょ】
スマホなのこれ?
「ってかそういうことなら俺と話してるのは駄目なんじゃない?」
親父は分かる。人の理の外側に居る存在だからな。
じゃあ俺は? 今のこの状況はどうなんだ?
【ほんとはじろちゃんにも会うつもりはなかったんだけどさあ。事情があってねえ】
「本当は私も母さんも悪魔云々の話はするつもりはなかったんだ」
「じゃあ何で」
【何かたろちゃんが言うにはさあ。じろちゃんも魔王? 的な何かあれがあれらしいよ】
どれやねん。
「……力を受け継いだみたいなんだ。赤ん坊の頃は普通の人間だったんだがなあ」
どうにも親父のお袋に対する愛が強過ぎたらしい。
俺が宿る切っ掛けになった夜、親父は真の意味で二人の愛の結晶を望んだのだという。
その結果、俺は人間と魔王を受け継いだ存在になったらしい。
「気付いたのはお前が小学生に入るか入らないかぐらいの時だったかな」
愛ゆえに俺が宿ったことは理解していた。
だがその愛は冷静な自分の見立てを覆すほどに強かったのだと親父は苦笑する。
「いやぁ、人間自分のことほど分からないっていうのは本当なんだな」
「悪魔だろお前」
【ウケる】
ウケるじゃねえんだわ。
「……まあ、事情は理解した。んでも俺、特別な力とか感じたことないんだけど?」
「そりゃまあ日常生活で必要になる場面もないからな。でも事実だよ」
親父が指を鳴らす左腕と背中が熱を帯びた。
「あふん!?」
妙な感覚に変な声を漏らしてしまったがそれはどうでも良い。
熱が抜けると俺の体に変化が現れた。
左腕はやたら刺々しい中二チックな異形のそれに変わり背中からは二枚の翼が飛び出しているではないか。
「ほ、ほんとに俺って……あれ? でも何か親父のと違うくね?」
親父のそれは蝙蝠っぽい如何にもなデビルウィングだ。
しかし俺のは白と黒で天使のような感じ。
「父さん今は悪魔だが昔は大天使でそこから堕天使、悪魔とジョブチェンしてったからな」
「ジョブチェン言うな」
「そんな私という存在を色濃く受け継いだ結果だろう」
だから聖なる天使の翼と堕ちた闇の翼、悪魔の腕が俺に受け継がれた、と。
なるほどねえ。
「天使、堕天使、悪魔、人間――四種のハイブリッドだな」
「天使と堕天使って別枠なん?」
いや違うのは分かるけど根っこは同じじゃん?
ロボっともので例えるならそう、あれ。
量産機のバリエ違い。高機動型と寒冷地仕様みたいな?
「神の使いが邪悪の徒であるなど赦されざることだからな」
へー。
それはそうとそのツラで大物感たっぷりな邪悪な笑顔するのやめて笑うから。
【じろちゃんカッケー……写メっとこ】
とくな。ってか古いなオイ。
……まあカッコいいのは認めるけど。少年ハートに響くわ俺のビジュアル。
「はー……何かもう頭パンクしそう」
「すまんな朝からヘビーな話題で」
「ホントだよ。胃もたれするわ」
「だがまあタイミングとしてはここかなあって」
それも分かる。
「何か質問とかあるか?」
「あ? あー……いきなり言われても」
別にこれからも一緒に暮らしてくんだし気になることがあればその都度聞けば良いだろう。
「それもそうか」
「あ、でも一つだけ」
「何だ?」
「親父、それ偽りの姿なんだろ? 真の姿ってどんな感じなん?」
禿、デブ、眼鏡のオッサン欲張りセットが真の姿なはずがないだろう。
「まあ、あるが……」
親父の像がブレる。
垣間見えたのはぞっとするほどのイケメン。
肌の色も違うし角とかも生えていたが息をするのを忘れてしまうほどに美しかった。
なのに、
「何で苦い顔?」
「いや私的にはもうこの姿が本当の私っていうか」
オッサンに戻った親父はどこか安堵しているように見える。
「はぁ?」
「感覚としては家でパンツ一丁のまま寛ぐ気軽さに近いと思う」
肩の力を抜いてリラックスできるのだという。
「何かもうあっちが偽の姿で良いんじゃないかなって」
【ウケる】
ウケるじゃねえんだわ。
【でもあーしも今のたろちゃんが好きだよ!】
「みーちゃん!!」
だから子供の前でイチャつくなや……。
ルシファーの人間名はからしマヨの香りが漂ってそうな明星一平にしようと思ってましたが流石にそれはアウトかなと思い太郎になりました。