4話 試験終了
「お前は……魔法が使えねぇだろ」
一瞬なぜそれをと言いかけたがすぐにそれを飲み込む。さっきからどこかで彼を見たことがあるような気がしていたからだ。僕が魔法使えないことを知っていることから以前どこかで会ったことは確実だと思う。なら、いったいどこで会ったんだ?
「……以前どこかで会ったことが?」
その言葉に答えは返ってこない。言う気がないのだろうか。その代わりに彼は槍を構えて闘いの続きを促してくる。闘うのはいい、でもその前に一つ言っておかないと。
「言わないならそれでいいです。でも……」
両手に力を入れ、木刀を構える。
「魔法を使えないから手加減しているなら、止めてください」
どんな動きも見逃さないよう相手を見据える。その目にははっきりとした意志が籠もっていた。
「それは僕に対する侮辱だ」
そう祐人は宣告した。
◇◆◇
黄色髪の男視点
校門をくぐって試験会場へむかってたとき、あいつを見かけた。もう何年も前になるが俺はあの出来事を今も覚えてる。だからあいつが黎明に来てくれたことに少し高揚してた。そんであいつのことを見てたら赤毛の女にぶつかった。よそ見してたのは俺だ。普通に謝ったつもりだったが気のつえぇ奴だったみたいでなかなか許しちゃくれなかった。そんとき赤毛とあいつの目が合ったらしい。女はあいつに近づいて俺は難を逃れた。あいつがこっちを気にしてることに何となく居心地悪くて、すぐに試験会場に向かった。
で、試験が始まってからそこら辺の相手を倒しつつ、俺はあいつを探していた。見つからないまま終わりに近づいたんで、諦めかけたとき赤毛に見つかっちまった。そこからは適当に魔法を受け流しながら終わりを待ってた。そしたらいきなり赤毛が茂みの方に魔法を放った。なんだと思ったら撃った方からあいつが出てきた。俺たちの闘いを観察していたみてぇだ。いてもたってもいられなくなって槍を振るった。そこからは森で戦闘になって今はなぜ魔法を使わないのかとあいつに問われてる。
俺は魔法を使えないお前を魔法を使わないで倒しておまえを越したかった。それでこそちゃんとおまえに勝ったと言えると思った。だがあいつはそれを侮辱だと言いやがった。その言葉とあいつの目を見て思い直した。戦場で情けは不要。あいつは魔法が使えねぇことを受け入れてるし、ちゃぁんと前も向いてる。そんな奴に使えないなら俺も使わないというのは確かに侮辱と取られてもおかしくねぇ。俺がバカだった。あとそういやあいつ、魔法が好きだったな。そういう意味でも魔法を使わない俺を焦れったく思ってやがるのか。なら……
俺の持てる全てでおまえを越えてみせる。
◇◆◇
祐人視点
あれから魔法を使わないならそのまま倒す勢いで仕掛けて見たんだけど、どうやら思い直してくれたようで彼は雷の魔法を多様しながらの戦闘に切り替えていた。それから結構苦戦してて大分劣勢を強いられていた。
でも、やっぱりこっちの方が楽しい。僕は魔法が好きだ。それは僕が魔法を使えないからではなくて純粋に魔法が不思議で、綺麗で、夢や希望に溢れたものだからだ。そしてここは魔法使いの巣窟、黎明高校。著名な人物のほとんどがここの門をくぐっている。そして目の前の彼や赤髪の子、植木くんみたいな人がまだ他にもいるだろう。それはいろんな魔法が拝めるということと同義だ。
見たい。そして勝ちたい。
魔法がなくても、
弱虫でも、
あの人のようになれると証明したい。
研ぎ澄ませ。あの魔法と槍をくぐり抜けろ。この森の中で取り回しの効かない槍を補助する形で彼は小さい雷を四方八方に展開している。近づいた場合はどこから雷が来てもおかしくない。離れたとしても魔法を主体に攻撃してくるため遠距離に対応できない僕ではどうしようもなくなる。
……いや、一つだけ攻撃手段があるけどこの雷の弾幕と槍を突破して彼に届かせることが出来るかどうか。
ただ他に方法が思いつかない以上とりあえずやるしかない。
実行を決めた僕はあえて今までの近距離戦闘を切り上げ、距離をとる。それに合わせて彼も魔法を主体に攻撃を始める。できるだけ距離を取りつつ、木を盾にして走り続ける。それを彼は油断なく魔法を展開しながら追ってくる。そのままの状態で条件が整うのを待つ。やがて開けた場所が見えてきた。迷わず森から抜けてそこで反転し彼が来るのを待つ。手には石を持っている。
人影がどんどん近づいてくる。それが森から出てきた瞬間に思いっきり石を投げつける。少し驚いた様子だったが難なく槍で弾かれてしまった。
が、気にせず僕はすぐさま居合いの姿勢をとる。
魔法の使えない僕が何か魔力で出来ないかと模索した結果に編み出した攻撃手段。だが初見だとしても彼なら槍で防げてしまうかもしれない。だから念には念を入れて石で槍を使わせた。これなら防がれる可能性はない。いけると思った僕は魔力を木刀の表面に這うように纏わせる。
「斬来ッ!」
そのまま木刀を振り抜き、その瞬間に表面を這っていた魔力を自分の制御から離反させる。すると行き場を失った魔力が木刀を振り抜いた勢いで飛んでいく。
まさか斬撃が飛んでくるとは思わなかった彼は為す術なくそれを受けてしまう。
「……マジかよ」
僕を凝視する彼の顔には戸惑いの色が見て取れた。魔法を使えない者が斬撃を飛ばすという有り得ない事態を飲み込めていないようだ。
それに対し僕は確かな手応えを感じていた。とりあえず一発入れた。もう一撃ちゃんとした攻撃を入れられれば結界を割ることが出来る。
だが、もうだまし討ちは通じない。これからはアドリブかなと思いながらそれでも頭で勝ち筋を模索する。彼は先ほどの斬撃を警戒して直立不動でいる。状況を動かすためにもこちらから間合いを詰めようと走り出す。
そして間合いに入ろうかというタイミング僕たちを覆う大きい影が現れた。
「だーかーらー、無視してんじゃないわよ!!!」
「えっ」
「またお前か」
影と一緒に朱莉が飛び出してくる。影の正体は朱莉が作り出した超の付くほどドデカい火の玉だった。打ち合いをしようとしていた二人はすぐにそれを止めて回避に専念する。
「辺り一帯焼き尽くしてあげるわ!!!」
それが不可能ではないだろうことは膨れ上がった火の玉を見れば分かる。放てば今いる場所は焦土となるだろう。
どうしようと考えていると彼女のとは別の火の玉が空へと登っていくのに気がついた。
「ちょっ、ストップ!」
「はっ!それで止めてくれるとでも思って……」
バ~ンと朱莉が言い切る前に空へと登った花火が爆発した。試験終了を告げる花火だ。それに気づいた朱莉は唖然とした表情のまま大きい火の玉を持て余していた。
「な、なんでこのタイミングで終わるのよお!!」
自らの火の玉と気持ちのやり場を失った朱莉は悔しそうに地面に手をついている。少し泣きそうになっていた。
祐人もさすがに可哀想だなと思い始める。雷使いには相手にされず、僕も巻き込まれはしたものの碌に相手をしていなかったため無視すんなという彼女の言葉が妙に刺さる。
「お、どうやら終わったみたいだね」
僕が変に申し訳なく思っていると横に飄々とした植木くんが立っていた。
「それにしても凄い闘いをしてたね」
「植木くん、見てたんだ。てか僕一人残して逃げたことまだ根に持ってるからね?」
「それはごめんて。朱莉怖いし、戦いたくはなかったんだよ。ああ、あと呼び捨てでいいよ。ここまで残って不合格はないだろうし」
「じゃあ草哉って呼ぶよ。あと僕も祐人でいいよ」
「ああ祐人、これからよろしくな」
ここに来てやっと終わったんだと実感が湧いてきた。好成績を残せただろうし、最後にいい闘いが出来ため振り返れば満足な内容だった。そう思っていると向こうから今日最もしのぎを削った相手が近づいてきた。
「いい闘いだった。それと途中まで魔法を使わなかくてすまねぇ」
そう言って手をだして握手を求めてきた。
「ああ、うん。こっちこそ強い言葉を使っちゃってごめ……」
改めて祐人は彼の姿を見る。派手な黄色い髪に、イカつめな顔、空いたピアスからは不良感が伝わってくる。先ほどまでは試験ということで割り切っていたが元々気弱な祐人からすれば絶対に関わらないタイプの人間だ。それを自覚したことで体が硬直してしまう。
「俺は迅雷司っつうんだ」
「ぼ、ぼくは天海祐人です……」
自己紹介がたどたどしいが、何とか声を捻り出す。しかし、目線は横を向いていて額から汗が流れている。その時に司はどこか寂しそうな顔をしたのだが、祐人はそれに気づかない。ただ、名前を聞いてやっぱりどこかで聞いたことがあるなと感じた僕は勇気を出して聞こうとする。
「あ、あの!」
「あー!!もう!何終わった雰囲気だしてるのよ!」
だがそれは朱莉の叫び声に遮られる。恐る恐るそちらを向くと腕を組んでまさに怒ってますといった雰囲気の朱莉がいた。
「私はまだ物足りないんだけど」
「いやでも試験は終わったんだよ。朱莉」
「ここから仕切り直しよ。そうじゃなきゃ腹の虫が治まらないわ!」
本当におっぱじめる気なのか今まで待機させていた火の玉を構える。急遽起こったイレギュラーにびっくりして祐人は慌てて木刀に手をかける。ほ、本当にやるの?魔法は見てみたいけど。
「おいおい、だから仕事を増やすなって言っただろう」
そう言いながらここへ割って入ってくる人物が一人。最初に説明を行った試験官、鵜鷹だ。どこから現れたんだとここにいる皆がギョッとする。ここにいる誰一人として鵜鷹を感じ取れた者はいなかった。その鵜鷹は眠そうにあくびをしながら頭を掻いている。そうして周りをぐるりと見回すと視線を朱莉に向ける。
「おい、魔法を中断しろ。面倒はごめんなんでな」
そう言われた朱莉は渋々ながら魔法を中断して魔力を霧散させる。それを見た鵜鷹はよし、といってみんなへ視線を移す。
「試験はこれで終了だ。残ったのはお前らだけのようだな。今から確認だなんだがあるから俺についてこい」
その一言でこの実技試験が完全に終わりを迎えた。