1話 能無し
「よう、能無し!」
「相変わらずしけた顔してんなあ、能無しは」
「う、うん。おはよう……」
どこにでもある普通の中学校。その一クラス。このクラスでは日常となった光景がある。それはある生徒を”能無し”と呼称することである。中学生であることを考えればありふれた半いじめ的な行為であった。
そんな場所で今日も今日とて例に漏れず能無しと言われる生徒、天海祐人はぎこちない笑みを浮かべながら二人の男子生徒へ返事をする。その姿はおどおどしていて、典型的ないじられ体質が見受けられた。
「見ろよ。昨日練習した甲斐あってこんなこと出来るようになったんだぜ」
男子生徒の片方がそう言って手のひらを突き出す。少し手が光った後、祐人の机の上にあった筆箱が吸い寄せられ男子生徒の手に収まった。
「どうだ?能無し。お前には絶対に出来ない芸当だ」
「そりゃそうだ。だってお前は魔法どころか魔力すら持ってない能無しだもんな!」
勝ち誇った顔をしながら二人は祐人を馬鹿にする。二人が言ったように祐人は魔法や魔力を持っていない。そもそも魔法とは何かを説明するためには歴史を紐解く必要がある。
100年前、未曾有の大災害”迷宮大災”が発生。突如としてモンスターを擁する迷宮が現れ、世界は混沌に包まれた。ダンジョンから放出されたモンスターは人や都市を襲い、人類そして文明は崩壊余儀なくされた。世界滅亡の文字が人々の頭を過った頃、未知の力に目覚めた者達がいた。後に魔法と呼ばれるようになるその力でモンスターを次々に討伐していった彼らのお陰で世界は滅亡の道を辿ることはなかった。それでも人類は多大なる犠牲を払ったが、今の世界はその影を感じさせないほどに人類、文明は回復していた。
とはいえまだ迷宮は存在しているし、モンスターの脅威も未だ続いている。だが、魔法も時が経つにつれて使える人間が増え、昔は人口の1割程度しか使えなかった魔法は今では9割9分の人が使えるようになっている。魔力に至ってはほぼ全員が持っているだろう。そんな中で祐人は数少ない魔法も魔力も持っていないと判断された人間だった。それらを意味する蔑称で能無しと周りから言われていた。
そんな彼にとって目の前で行われたことは耐えがたい苦行であり屈辱であるはずなのだが。
「……すごい!!今のは干渉型の魔法かな?手と筆箱から同じ魔力を感じたし。それなら磁石のS極とN極の関係と同じようなモノなのかな?それとも単純に物体を浮かした?いやいや、重力の中心を手のひらにして落ちてきたとも考えられる……。あぁぁ、考えれば考えるだけ面白い。やっぱり魔法はわくわくするなぁ~!!」
そんなことは気にしていないのかはたまた魔法への好奇心が勝ったのかは分からないが、いきなり魔法の分析をし始めた。目を輝かせて魔法を発動させた男子生徒と筆箱を見る様からは彼の魔法へ対する想いが伝わってくる。こういったことは日常茶飯事であり、魔法のこととなると周りが見えなくなるのは彼の悪癖とも言えた。ようは魔法ばかなのである。
「おわっ!」
「おい、もう行こうぜ」
「お、おう」
「あっ……」
二人はそんな彼を薄気味悪く思ったのか筆箱を放り投げてそそくさと自分達の席へ去って行く。
「はあ……。またやっちゃった」
祐人自身この行動が他人からすればよく思われないことは理解している。そのため終わった後に毎度反省しているのだが治らない辺りどうしようもない生来の気質と言えた。
「またちょっかい掛けられてたのかい?天海君」
「御堂くん。まあそんな感じだよ。でもまた熱くなっちゃって……」
「あはは、君らしいね」
御堂聖。成績良し、運動良し、見た目良しの三拍子がそろった完璧超人。加えて性格も良く、聖人君子と言う言葉を体現したかのような人物である。当然クラスの人気者中の人気者。同じ空間にいながら雲の上の存在のように祐人は感じていた。そんな彼は「そういえば」と言いながら祐人の耳に顔を近づけた。
「天海君、黎明受けるんだって?」
「っ!!」
思わず座っていた椅子から落ちそうになった祐人はギリギリバランスを取りほっと息をつく。そのまま御堂をギョッとした様子でガン見した。
「な、なんでそれを」
「さあ、何でだろうね?一つ言えるのは僕も同じだってことさ」
「み、御堂くんも受けるの?」
「ああ。お互い頑張ろう」
御堂は手を差し出して握手を求めてくる。それに対し、祐人も手を重ねて応えた。ちなみに黎明とは黎明高校という高校のことだ。普通の高校とは異なりここで学ぶのは主に魔法のことと迷宮のこと。人々の間ではこういった分野を専門とする学び舎を総称で魔法学校と言っていたりする。黎明はその中でトップ、具体的に言えば世界でも五指に入る。
「頑張るのは僕だけじゃないかな?御堂くんなら余裕で受かりそうだし」
「そう?君に言われると自信がつくよ」
何で僕に言われると自信がつくんだろうと思った祐人だったがそれを聞く前に御堂が質問をしてきたためその疑問は闇に葬られた。
「あと、天海君はいつが試験日なんだい?」
「僕?僕は明後日だけど」
「じゃあ別日だね。僕は四日後だ」
ちなみに今は12月で本来なら受験を行う時期ではないが、これは黎明の人気が理由である。つまり公立の受験に混ぜると他の公立の学校の受験者数が極端に減ってしまうのだ。それを防ぐため受験時期をずらし、黎明を受けた場合でも他の公立学校の受験を受けられるようにしたのだ。ただ、それだと記念受験者が増えるのではと危惧されたがそれを含めて才能を発掘するためなので是非受験してほしいというのが黎明側の主張だ。
キンコンカンコーンというチャイムの音と同時に担任がドアを開けて入ってきたので僕と御堂くんの会話はそこで中断した。それと、御堂くんが席に戻るとき手振ってきたのだけどそのせいで女子の視線を集めた僕は目線を逸らしながら冷や汗をかくはめになってた。
◇◆◇
――放課後――
「ただいまー」
家に帰った僕はすぐさま自室に籠もる。そして日課を始める。
彼の日課は結構ハードだ。ランニングに素振りに筋トレ、どれも手を抜いておらず一概には比べられないがその負荷は全国を相手にするようなアスリートと遜色ない。
しかし、今からやるのはそのどれでもない。
祐人は座禅を組んで意識を体内へと向ける。自分の中にある力をしっかりと感じ取り、それをゆっくりと動かす。ほんの少し、だが確かに彼は光を生んでいた。
「本当になんなんだろう。この魔力は」
天海祐人は魔法を使えない。それは確かなことであるが魔力を持っていないは間違いであった。何回と行った検査の全てをくぐり抜けた自分の魔力を祐人はずっと不思議に思っている。ただ、悩んでいても答えが出ることはないので「まあ、いっか」と日課に集中する。
そのままいつものように魔力の制御に努めていると「祐人、ご飯よー」と下の階から母さんの声がした。「分かったー」と返事をして時計を見ると短い針が7時を指していた。魔力制御を始めてからかれこれ三時間近く経っている。
明後日に向けてもっと頑張らないとと思いながら祐人は部屋を出て行った。