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第八話

 公衆浴場はテクトの父親が、その能力を存分に行使する事が出来る社会的地位を得てから初めて建設したものである。その道のりは険しく、この非常に大きな建造物を建てるため最初に取り掛かったのは、効率良く大量の石材の確保できるよう、石切り場から王都までを街道で繋ぐ事からであった。その街道こそがここに来る時に通ったアッピア街道である。

 そのような話をメンから聞きながら、アオイは脱衣所で服を脱ぎ、籠を持った係りの者に渡した。そうすると、代わりに番号の刺繍されたタオルを渡された。どうやら帰る時はこれを差し出せば服が帰って来るらしい。

「サービスで洗濯してくれた上に、乾燥までしてくれますよ……」

 服の濡れていたアオイにとって嬉しい情報だった。

 脱衣所を抜け、建物の内部に入ると、その広さにアオイは驚いた。アオイが今まで見てきた中で一番大きな建物である、村人全員が一度に入れるという居酒屋よりも大きかった。その後メンから聞かされた、まだ大きい区画があるという発言に、アオイはまた驚いた。

 この区画には長方形の水槽があった。メンが言うには水棲の魔人達が主に利用する常温の風呂らしい。基本的に浴場の奥に行けば行くほど温度が高くなっていく。そうメンは付け加えた。

 重い木の扉を開け、次の区画に入ると、同じ程度の大きさの区画があった。メンの言った通り、部屋内は少し暖かかった。

 ここの浴槽はぬるめの温度になっており、浅い。熱いのが苦手な者がゆったりと入る。もしくはのぼせた者がここで体を冷ます。そう、メンは教えてくれた。実際に長椅子がいくつか並べられており、そこで体を冷ましているのか何人か横たわっている。

 端の方には飲み物などを販売する売店もあった。壁際を流れる冷水で冷やされている為、火照った体との相性は最高に良いらしい。

「ここでの売り上げは全てこの浴場の運用や、街道保安局の資金になります……」

 といっても売り上げよりも浴場の維持管理費用の方が多く、赤字らしかった。

 大体の者は次の区画で入浴する。そう言いながら、メンは重厚な木製の扉を軽々と開けた。

 次の区画に入ると、メンが最初に言っていた一番大きな区画がここだと分かった。村の一角がそのまま入りそうな広さに、雲と同じ高さにあるのではないかと思うほど高い天井。奥の方には城門と同じかそれ以上大きな両開きのドア。室温も高く、アオイは全身にじんわりと汗が滲んで来たのを感じた。

 真ん中で先程の区画と同じような大きさの浴槽が湯気を立てている。その浴槽の近くまで来ると、メンは少し得意げになりながらアオイに入浴時の作法を教えた。

 公衆浴場は、今のところ温泉の湧く地域か王都にしかない。アオイは喜んで教えを受けた。

「まず、そのまま入らず――えっと……あった……。この桶でお湯を掬って、何回かお湯を被ります。その後貸してもらったタオルで体を擦って、またお湯で垢を洗い流してから入ります……」

 メンは言った通り体を擦り、垢を洗い流してから浴槽に入っていった。アオイもそれに習う。

「タオルはお湯につけないようにしてください……。皆は大体頭の上に載せて入っています……」

 メンから遅れて湯船に入り、首まで浸かりながら体の力を抜くとアオイは得も言われぬ幸福感に包まれた。前日の強制的な持久走で疲弊した体が癒されていくようだった。

 体の大きなメンはアオイから一段低い箇所にいた。浴槽の深さは一定では無く、中心部に向かうほど階段状に深くなっている。

「……結構深そうね」

 メンのいる段は、立ったアオイが胸まで浸かりそうな深さだった。

 アオイは浴槽の中心部の方を見た。アオイどころかメンですら足が届かなさそうな深さだった。

 浴槽の底には所々手すりの様な物があった。アオイはなぜこのような構造なのかメンに尋ねた。すると、メンが口を開く前に、天井の方から腹に響く大きな声がした。

「おチビさん達気をつけな!おっきいのが入るよ!」

 巨大な扉から現れたであろう、その扉の大きさに見合う巨体を有する人型の魔人。まさしくこれが巨人族であると、アオイは見るのが初めてながらも確信した。これが巨人でなければ後は動く山ぐらいしかそう呼ばれる者はいないだろう。

 巨人族の女は扉の向こうで体を洗い流しているのか既に濡れており、アオイ達をまたぎ、そのまま湯船へ片足をつけた。それだけで波が浴槽全体に広がる。

 アオイは折角出会えた巨人族の全体を一目見ようと思い移動するため立ち上がった。それは丁度、巨人がその大きな体を湯に沈めようとしている時だった。

 直後、アオイは波に襲われた。波の高さは胸下辺りだったが、それでも人がバランスを崩すのに十分な力を持っていた。だが、幸いな事に、逞しい腕に抱きかかえられたおかげで大事には至らなかった。

「大丈夫ですか……!」

 アオイは助けてくれたメンに礼を言った。しかし、メンは自責の念に駆られているようで、自分の説明不足だったと謝罪しながら、近くに浮いていたアオイのタオルを渡してきた。

「成程ね……真ん中は巨人族用なのね……」

 底に取り付けられた手すりは、先程の様な波に攫われたりしない為に据え付けられているのだろう。現に他の客は慣れているようで、波が収まると手すりから離れていった。

 それから巨人族と話をしながら、湯船の心地良さを堪能していると、アオイは軽くのぼせてしまった。涼むため一つ前の区画に戻るとメンに伝えると、彼女も丁度のぼせかけていた所だと言った。巨人族の女に別れを言い、二人は共に区画を移動した。

 アオイが長椅子に寝そべり体を冷ましていると、メンが器を一つ持ってやってきた。アオイはその器をさっきのと、そして昨日の分の詫びの印だと言われ渡された。中身は冷たいジュースだった。

 それを飲むと、火照った体の中を、冷たい液体がどこを通って流れていっているのかが良く分かった。甘く、やや酸味もある爽やかな味だった。この施設で一番人気の飲料なのだとメンは言った。アオイはメンが器を持っていない事に気付いた。

 メンに売店での購入方法を聞くと後払い方式であるらしい。その料金はタオルの番号に紐づけられ、出る時に請求される。

 それを聞くと、アオイは売店へと向かい、先程飲んだものと同じのを一つ頼んだ。

「はい、これ」

 元の場所に戻りアオイはそれをメンに差し出す。

「さっき助けてくれたお礼と友好の印に」

 メンはその器を受け取ると突然泣き出した。

「ご、ごめん!嫌いだった!?」

 メンは激しく首を横に振った。涙が辺り一面に飛び散る。

「……私……!昔から大きかったので……!小さな頃から……!同世代の……!友達が……!いなくて……!」

 アオイがなだめながら聞いた所、同世代の人間から奢ってもらうのが初めての経験だった為、感激して泣き出したようだった。

 落ち着いてからメンは自分の身の上の話をし始めた。

 子供の頃から体が周りよりも大きく、そのせいで虐められはしなかったが露骨に避けられていた事。その為、暇を潰すためにひたすら勉学と鍛錬に明け暮れていた事。筋肉が付いたら更に避けられるようになった事。三年前にテクトに出会い局員として働き始めた事。

「二十二歳にもなってあんなに泣くとは思いませんでした……」

「……私より四歳年上なのね」

 














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