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第七話

 翌日、アオイは荷車の上で揺られていた。体がひどく重い。

「お!ようやく見えて来たね」

 テクトの嬉しそうな声につられ、アオイは行く手の方を見た。遠くの方に、今進んでいる間道と交差するようにして、長大な人工物が一線、横たわっているのが見えた。

「あれが王都に続く、父さんによって敷設された最初の街道『アッピア』だよ」

 テクトは自慢げにそう言った。その後に長々と語られる街道の賛辞と蘊蓄をアオイが気の無い相槌を打ちながら聞き流していると、荷車は、地面がむき出しの茶色い路面から、石で覆われた灰色の路面へと差し掛かった。

 路面の境界は殆ど段差が無いように均されており、あまり揺れる事も無く、荷車は街道を走り始めた。

 先程まで進んでいた間道と違い、硬く平らな路面は、ただでさえ早い荷車を一段と速く走らせる。アオイは荷台に掴まりながら、荷車を牽いているメンを見た。時たま、恍惚とした表情の横顔が見える。

 昨日は結局、テクトの言った通り、陽が沈むまで走らされた。

 周囲が暗くなり、ようやく止まった後に覚えているのは三点だけ。ハンドルにもたれながら霞んでいく視界で見た、生まれたての小鹿のように震える自分の足。それと、遠のいていく、ひたすらに酸素を求める自分の呼吸音と、我に返ったメンの繰り返される謝罪の声。

 気が付くと荷台に寝かされていた。日は既に昇っており周囲は明るかった。重い体を何とか起こすとテクトに水と軽食を渡され、自分は半日程気絶していたと教えられた。

 それから暫くして、今に至っている。

「このペースなら、昼ぐらいには王都に着きそうだね」

 道行く馬車や徒歩の旅人を追い抜きながら、アオイ達を載せた標準荷車は平らで滑らかな路面を進んでいく。それをボーっと眺めていると前方に大きな石造りの門が見えた。

「ようやく着いたね」

 何時の間にか、太陽がアオイの頭の真上に来ていた。流石に城門が見えると冷静になったのかメンは段々と速度を下げ、やがて徒歩と変わらぬ速度になった。

 門番をしている衛兵に、囚人となったゴブリン族を引き渡し、門をくぐると、雑多な熱気にアオイは包まれた。耳から聞こえるのは商品を売り込む声、客を引き込む声、粗相をした労働者をどやしつける声や、へばった駄獣を叱咤する声。目に映るのは、売り物となっている色鮮やかな衣類や絨毯、輝く宝石や見た事も無い食べ物、そして名前すら聞いた事無いような多種多様の異種族だった。

「あれ?もしかして王都は初めて?」

 アオイが物珍しそうに王都を見ていたのがまるわかりだったのだろう。テクトがそう尋ねてきた。

 普通、吟遊詩人というのは人の多い都市で活動する。そうすればより多くの人の目に触れるため名が売れやすく、また、富裕な者も多い為、支援者になってくれそうな者の目にも止まりやすい。

 しかし、アオイは王都に今まで来る事は無かった。

「あ、あたしは地域密着型を目指してたから、王都には興味が無かったの」

 そう口にしたものの、本当は、田舎育ちだった為に、都会に行くのに軽い恐怖心があったからである。

 その発言にテクトは胡散臭さを感じ取ったのか、疑わしい目をアオイに向けた。

「ふーん……。今日は別にお祭りとかじゃないよ」

「分かってるわよ!」

 都市の中心に進んでいくと雑踏もまばらになった。人のざわめきが減るとアオイの耳に、街の中にも拘らず川のせせらぎのような音が聞こえて来た。

 テクトにその理由を尋ねると、何も言わず頭上を指差した。アオイが見上げると石でできた橋の様なものがあった。見上げて初めて気づいたが、その橋のような物が町中に張り巡らされている。見上げるような高さの物だけでなく、腰の高さに作られている物もあった。

「これは何かしら?」

「上水道だよ。これで街の人に水を届けるんだ。綺麗だからそのままでも飲めるよ」

 テクトの言葉を聞き、喉の渇きを覚えていたアオイは、丁度良かったと荷車から降りて腰の高さに張り巡らされている水道に向かった。

 確かにテクトの言う通り流れは清らかだった。心地良い冷たさの水に手を浸し、掬って飲もうとした時、掬った水と目が合った。

 水の中の目はやがて二つに増え、徐々に顔を形作っていき、口が出来上がるとアオイに不機嫌そうに尋ねた。

「なんか用?」

「い、いえ!何でもありません!失礼しました!」

 驚いたアオイは慌ててその顔を水道に帰す。顔を帰してホッとしたのも束の間、アオイの目の前を、魚の様な魔人が水しぶきをあげながら物凄い速さで泳いでいった。アオイはその魔人のあげる水しぶきでしたたかに濡れた。 

「そこは水棲の魔人が移動するための通水路だよ。人の飲用はこっち」

 何時の間にか荷車から降りてきていたテクトがそう言った。指差す先には小さな噴水の様な物がある。

「……先に言いなさいよね」

 水を滴らせながらアオイはその水飲み場へ向かった。

 滝の様に絶えず流れ落ちる水を、井戸の様な大きな器が受け止め、その周りに、溢れた水で周囲がぬかるまないようにする為であろう、荒い砂利が敷き詰められている。流れ落ちる水を手で掬い、本当に水かどうか確認してから、アオイは喉を潤した。期待していたわけではないが、味は別にどこの村の井戸とも変わりは無かった。

 渇きを癒す事が出来た為、荷車に戻ろうとした時、アオイは水飲み場に看板が掛けられている事に気づいた。

「えーっと。『この水飲み場を故意に汚した者は厳罰に処す 街道保安局局長テクト』――テクト!?」

「あー……。バレちゃった?」

 テクトは、いたずらが親にバレた子供の様に頭を掻いた。

「……何で黙っていたのよ」

「あれ?教えてなかったっけ?」

 テクトを更に問い詰めようとすると風が吹いてきた。まだ肌寒さを感じる季節である。濡れた体を急激に冷やされたアオイは、一つ、大きなくしゃみをした。

「このままじゃ風邪引いちゃうから、今日はもう解散する事にしようか。後は僕一人で充分だし」

 そう言い、テクトはアオイに銅貨三枚を渡した。今日の宿代のという事なのだろう。その後に荷車で待機しているメンとも軽く話をし、

「それじゃ。後は若い人たち同士で」

 と言って一人荷車を牽いて去っていった。去っていくテクトを見てアオイはポツリと呟いた。

「……あいつ本当に何歳なのよ」

 その呟きは風にかき消され、アオイはまた一つくしゃみをした。

「あの……アオイさん……。良かったら一緒に公衆浴場に行きませんか……?」

 本当に風邪を引きそうなアオイを見かねてか、メンがそう提案してきた。

 














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