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第二話

 間道を一人の女性が牽く荷車が往く。

「クソ!またハマった!」

 荷車を牽き始めてから度々起こる、もう何度目か分からない脱輪。アオイは必死に荷車を押し引きして脱出を試みるが、車輪のハマった窪みは深く中々抜け出せない。

「……ムカつくけど……またとがり耳に……頼むしかないか……。どこ……行ったのよ……あいつは……?」

 息を切らしながら雇い主を探す。さっきまで荷車から少し先行しながら、ずっと足元を熱心に見ていたはずであったがその姿が見えない。

 いない者をあてにするわけにもいかないと、アオイはまた、力を込めて荷車を脱出させようとしたが先程と同じ結果となった。

「全……然……割りに……合わない……わ……この……仕事。銅貨……五枚……の仕事じゃ……ない。あの……テクトっていう……エルフ族……ろくでも……ないやつね……」

 呼吸を整える為アオイは愚痴を一旦止め、深呼吸を始めた。息を吐いて、吸って――。

「呼んだ?」

 突如隣に現れたテクトに、アオイは驚いてむせた。

「あんた、どこ行ってたのよ!?」

 数回激しい咳をして、落ち着いてからアオイはテクトにそう聞いた。

「ちょっと野暮用でね」

 恐らく道端の茂みの中を突っ切ったのであろう。そう言うテクトの服には、葉や小枝がいくつか引っ付いていた。

「それより君。なんか最初にあった時と雰囲気違わない?目つきも悪くなったし」

 テクトの言う通り、最初にあった時に比べて、アオイの口調はぶっきらぼうになり目つきも悪くなっている。しかし、飢えてない今のこの状態が、世間の荒波に揉まれ、成長し、それに適応した結果出来上がった普段のアオイそのものであった。

「気のせいよ。それより、ほら手伝って」

「またハマったのかい?もうこれで六回目だよ。これじゃあ雇った甲斐がないっ……ね」

 わざわざ脱輪した回数を数えている意地の悪いエルフ族の男は、易々と荷車を窪みから脱出させた。

「……あんた、私を雇う必要あった?」

「野暮用に集中出来るからあるよ。対費用効果は良くないけどね」

 一言余計だった。アオイは一言返した。

「あんた、普段からそんな調子だと、絶対揉め事とか起こすからやめたほうがいいわよ」

「余計なお世話だよ。……さっきから気になっていたんだけど、僕一応君の雇い主だよ?そんな態度はよくないんじゃない?」

「何言ってんの?雇い主と労働者の関係は対等のはずでしょ?」

 アオイはそう言った。本来であればそうであると、人からよく聞いていた。

「どこの酒場で吹き込まれたんだか……まあいいや、これから先は僕も乗っていくからね」

 そう言い、テクトは荷車に乗り込んだ。

 人一人分さらに重くなった荷車をアオイは牽き始めた。あまり使われてはいないが、街道保安局設計のこの荷車は物が良いらしく、一度動き始めたら、上り坂か先程みたいに窪みにはまらない限りは、華奢な体つきのアオイでも何とか牽き続ける事が出来た。

「これ君の楽器だよね?ちょっと借りるよ」

 手持ち無沙汰になったからなのか、テクトは荷台に乗せてあったアオイの弦楽器に興味を持ったようだった。

「ちょっと!勝手に商売道具に触らないでよ!」

 振り向いてアオイは拒否したが、テクトは既に楽器を構えていた。

「大丈夫、大丈夫。昔父さんに習った事があるから」

 そう言いながらテクトは自信満々に楽器を弾き始めた。演奏の仕方を見る限り確かに心得はあるようだった。この様子なら壊される事も無いだろうと思い、アオイはまた前を向き、荷車を牽くのに集中した。

「……微妙に下手糞なのがムカつく」

 度々調子を外す演奏を伴いながら、狭い間道を荷車はゆっくりと進んでいく。

 少し進むとまた車輪が窪みにハマった。

「よい……しょっと!」

 しかし、今回の窪みは浅く、アオイの力でも抜け出せた。

「この辺りは特に道路状況が悪いからねぇ」

 テクトはそう言った。荷車の上で楽器を弾きながら。

「道の悪さは今のあんたに何も関係ないでしょうよ。まったく……街道保安局は何をやっているのよ」

「ん?街道保安局?」

 その単語が引っ掛かったのかテクトは演奏を止めた。

「何よ、知らないの?」

「……うん」

 返事がやや間を開けて、来た。

「しょうがないわねー教えてあげるわ」

 得意げになりながらアオイは街道保安局について知っている事を話し始めた。

「十年ぐらいだったかしら?それぐらい前に作られた組織で、強い権限と大量の税金が与えられて、道とか作ったりしてるらしいわ」

「うんうん。他には」

 後ろから相槌が打たれる。前を向いているアオイにその顔は見えない。

「あとは皆が『高い税金払っているのに俺達の村にいつまでも街道が敷かれないのはあいつらが全然仕事しないから』って言ってたわ。どこの酒場でも言ってたから多分そうなんでしょうね」

「……へぇ……そうなんだ……」

 また後ろから相槌が打たれた。前を向いているアオイにその顔は見えなかった。

 その後しばらく進むと、遠くの方に、橋の欄干らしきものが見えてきた。

 すると突然テクトが荷車を飛び降り、その方向へと走り去っていった。

「え?ちょっ――……足早すぎでしょ……」

 少しでも早く追いつくため、アオイは地を踏みしめる足に力を更に込め、荷車を牽いた。荷車はその気持ちに応えるかのように、僅かだがその速度を上げた。

 テクトが荷車を飛び降りる直前の

「嘘……!?」

 という呟きと、走り去る直前に見えた余裕のない表情が、何かただならぬ事が起こったとアオイに予感させ、その上心配もさせた。

「ったく。何があったかぐらい教えなさいよね……」

 アオイが見た限り、行先に車輪がハマりそうな窪みは無かった。

  














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