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第二話 神速の戦乙女 《ヴァルキュリア》 3

 その後――

 マリアが捕えたレッドファルコンメンバーは駆け付けた憲兵隊に身柄を引き渡された。監督役の引き継ぎや任務参加者の回復待ちなどで現場は二日程の中断を余儀なくされたが、新たに迎えた監督のもと作業は再開し、詠太たちは無事予定の日数を終えるに至ったのだった。


 ちなみに本来この任務に監督役として同行するはずだった二名の兵士は、毒を盛られた状態で郊外の小屋に監禁されていたのが発見されたとのことである。



「いやーさすがよねー。丸二日作業なしだったのに報酬はちゃんとくれるってんだから!」

 任務を終え、ルメルシュへと帰ってきた暁ノ銀翼メンバー。

 騒動によって実質の作業日数は減ったものの、当初の予定通り支払われた報酬に隊長は上機嫌である。


「それにしてもアイッツら!! こともあろうに討伐隊を騙るなんて! バッジもニセモノだったって言うじゃない!」

 後から分かったのだがそもそもセレニア討伐隊にレッドファルコンなどというチームは存在せず、監督役の兵士に扮していた男も含めて単なる野盗のような手合いであったらしい。


「まあ、あれだけの咎だ。やつらもそれなりの罰は受けることとなるだろう」

「当然よねっ! いーい詠太、アンタも注意しなさいよ。今回のアイツらは偽者だったけど、アタシたちだってこのバッジを付けてる以上、いい加減な行動は許されないんだからね!」

「え!? あ、お、俺ぇー!??」

 完全なとばっちりである。


「それはそうと――」

 口を開いたのはマリアだ。

「今後の任務についてなのだが、見通しは立っているのだろうか」

「え? んー……さっき見てきたんだけど、最近戦闘が山間部に移ってるみたいなのよねー。討伐隊の募集もその周りが主体になってて、他はあんまりチカラ入ってないのよー」

「山間部の戦闘か……厄介だな」

「あ、うん、確かに戦闘要員の募集もあるんだけどね、それよりも足場が悪い分伝令が途絶えがちで苦戦してるみたい。伝令の報酬が相場より高めに設定されてるわ。やるならこの辺が狙い目かなーって。ただし……どの任務も『山地および岩場での行動適性が高いメンバーを有すること』って条件がついてる」


 二人の会話を聞いていた詠太が口を開く。

「山地の行動適性……ウチにそんなのいたか? マリア、どうだ?」

「私は……残念ながら得意とは言いかねるな」

「じゃあ意表をついてリリアナが山ガールだった、とか?」

「んなワケないでしょ! 召喚すんのよ、岩場の得意な種族を」

「ふむ、だとすれば……獣人族などは山地の移動も苦にはしないだろう」

「実は……」

 リリアナが言いづらそうに口を開く。


「たまたまケットシーのグリモワール素材なら揃ってるんだけど……」

「ケットシーか……」

 マリアが眉間に皺を寄せ考え込む。

「なんだ? 何かまずいのか?」

「うーん……」

 リリアナも言葉を濁す。


「獣人族の中でもケットシーは猫の獣人。その性格の奔放さから制御は困難を極めると聞く」

「だったら他の種族のグリモワール素材を集めるか?」

「今から? 報酬の高い任務は人気ですぐなくなっちゃうのよねー」

「リリアナ殿。背に腹は変えられぬ」

 リリアナは目を閉じてしばしの沈黙の後、真顔で詠太を正面から見つめる。

「詠太」

「なんだよ」

「アンタがサマナーなんだからね。ちゃんと面倒見んのよ」

「なっ……! 動物拾ってきた時の母ちゃんのセリフだろそれ! でも……って事は」

「グリモワールは明日、昼のうちに練成しておくわ。二人は……そうねぇ、オフでいいわよ」


「オフかあ……とはいえ特にすることも――あ!」

 詠太の脳裏にある考えが浮かぶ。

「なあ、マリア」

「どうした、主殿」

「明日なんだけど……俺に稽古をつけてくれないか。俺、戦闘は素人だから少しでもその、基本というか……そりゃいきなりマリアのようには無理だろうけど、いくらかでも戦えるようになっておきたいんだ」

「おお、良い心掛けだな主殿。そういった事なら、いくらでも力になろう」

「助かるよ」

「アンタたち、暗くなる前には帰ってくんのよ?」

「――だからオマエは母ちゃんか!」



 翌日。グリモワール生成のため地下室へ籠ったリリアナを残し、詠太、マリアの二人がやってきたのはルメルシュ郊外にある城壁の上だった。

 ルメルシュは街全体が城塞都市のような造りになっており、有事の際には街全体を取り囲む城壁が敵を防ぐ。さらにこの城壁の上に兵を配置し、敵を迎え撃つことも可能となっている。

 とはいえ、現状ルメルシュの街の中は至って平和であり、穏やかだ。この城壁も朝晩に散歩をする者があるぐらいで、防壁として機能することは現時点ではなさそうだった。


「この辺でどうだ、マリア」

「うむ。ここなら周囲への迷惑もないだろう」

「よし! じゃあまず何から……」

「…………!!」

 ふとマリアが何かに気付いたように振り返り、遠くに見える山を見つめる。


「どうかしたのか?」

「今……三つの命が散っていった。あの山向こうで激しい戦闘が行われている」

 詠太はマリアの指差す方向に目を凝らす。確かに山は見えるが、人がいる様子までは見えない。


「こんなに遠いのに……見えるのか?」

 マリアが詠太の方に向き直り、問いに答える。

「いや……私も肉眼では見えはしない。しかしヴァルキュリアとは元来戦場に死を告げるもの。こうしていても生命の波動、ゆらぎ……そういったものが常に肌で感じられるのだ」


 マリアの表情に陰が差す。もともと感情をあまり表に出す方ではないようだったが、それでも明らかに今のマリアからは負の感情が見て取れた。


 そういえば、コイツ笑わない――


 召喚されてから今まで、それほど長い期間ではないが詠太は未だ彼女の笑顔を見たことがない。

 ヴァルキュリアとして、人の死を看取る者としての彼女の存在理由はまた、彼女の個人としての喜怒哀楽、感情というものを犠牲として成り立っている。

 武人として気丈に振舞ってはいるが、彼女も年頃の娘。

 種族としての役目を背負い、あくまでヴァルキュリアとしての生き方を強いられたマリアの人生――


「マリア……」

 それきり言葉が続かなくなる。どんな言葉を掛けたらいいかわからなくなる。

 そんな詠太の心中を察してか、マリアは深く息を吸い込むと、力強く言い放った。

「……しかし今、この身には主殿のエンティティとして与えられた役目がある。サマナーである主殿と志を共にし、行動を共にする事が私自身にも大きな喜びを与えてくれるのだ」


 その言葉に嘘はない。

 サマナーとしてエンティティの感情はある程度詠太の中に流れ込んでくる。しかしそれ以上に、真っ直ぐに見据えられたマリアの澄んだ瞳が十分すぎる程にそれを物語っていた。


「さあ、日暮れまであまり時間もない。そろそろ始めるとしよう」

「おう!」


 詠太とマリアの特訓は日が傾くまで続いた。



 夕暮れ時。特訓を終えた詠太たちが戻ると、既にグリモワールは完成していた。

 夕食後の深夜の地下室。今回は手順に間違いはない。マリアを召喚した時と同じように、儀式を進行させていく。


「これで――」

 光が広がり、辺りを照らす。ここまではマリアの時と同じ。

 しかし今回、光の中から現れたのはネコミミの少女だった。

 褐色の肌に栗色のくせっ毛が映えるその少女は、きょとんとした顔でしきりに部屋を見回している。


 なんだ、可愛いらしい女の子じゃないか――

 リリアナとマリアの話からどんな怪物が出てくるかと想像を膨らませていた詠太であったが、その予想が外れてくれたことに安堵し胸を撫で下ろす。


「は……始めまして。俺は秋月詠太」

 詠太が挨拶すると少女は大きく見開いた好奇心旺盛な目を詠太に向け、あふれんばかりの笑顔で自己紹介を始めた。

「あなたがご主人? メリッサ・ケルケルだよ! メリッサはケットシー族の……」

「きゃっ!」

 突然、リリアナが小さな悲鳴を漏らす。何かがリリアナの足元を走り抜けたのだ。


「んにゃっ☆」

 走り抜けたもの――小さなネズミの姿を目ざとく捉え、メリッサの目がキラリと光る。

 その視線の先は、ネズミが入り込んだ戸棚の裏。一瞬の溜めを置いた後、メリッサは隙間をその目掛けて一気に飛びかかった。


「ヂュッ!!」

 巨大な敵に目を付けられ、ネズミもたまったものではない。戸棚の裏を駆け抜け、反対側の隙間からの逃走を試みる。

 メリッサもそれを察知して素早くそちらへ回り込むのだが、しかしここは僅かにネズミに分があった。

 隙間から勢いよく飛び出し、安息の地を求めて走るネズミ。メリッサはそれを執拗に追い回し、テーブルや棚の上を跳ね回る。


「おい! ちょっと――」

 詠太が駆け寄る。

「んにゃぁーーーー!!」

 ガッ

 棚を蹴って跳ぶメリッサ、衝撃で棚から落下するあれこれのガラクタ。それらは狙い澄ましたように詠太の頭上に落下した。


 ガシャン、バラバラ――


「ぐっ、あつつつつ……」

 詠太がたまらず尻餅をついたところに、リリアナの慌てた声が響く。

「詠太! 上!!」

「え!?」

 咄嗟に上を確認する詠太だったが……


 ――バフッ


 丁度上を向いたところに、落下した袋が直撃する。袋に入った穀物の粉を全身に浴び、白塗りのような状態で茫然自失の詠太。

「ちょっと大丈夫!?」

ガッ

 慌てて詠太に近寄ったリリアナが、床に散らばった缶詰のひとつを踏みつけバランスを崩す。

「きゃ!? ……んべっ!」

 顔から床へ倒れ込むリリアナ。袋から溢れた粉の山へ突っ込み、白塗りがもう一人誕生する。

「にゃにゃーーー!」

 そんな事はお構いなしにネズミを追い回すメリッサ。

 ほんの少し前まで同じ空間で厳かに儀式が行われていた事実はどこへやら、事態はいよいよもって混迷を極める。


「プッ……クク……アハハハハハ!」

 突然上がった笑い声。その主は意外な人物だった。


「マリア……!?」

「なに笑ってんのよぉ~もぉぉぉぉ」

「これが笑わずにいられるか! ハ、ハハッ……ハハハハハ!」


 この日賑やかに加入を果たした新メンバーが、ルメルシュの夜に、そしてマリアの心に小さな明るい灯をともす。

 かくして暁ノ銀翼はまた新たなスタートを切ったのであった。


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